問われる日本の世界に向けた危機管理・その1

あの日、成田空港でおきたこと


二人の外国の人が私に、日本で今回のような地震がおきたら、どこにも頼れないから、自分で判断して動くしかないねと話していました。

これだけ情報があふれているようで、実は外国の人とどう情報を共有するかというシステムに意識がいっていないのが日本の現状。英語でのアナウンスはあるようで意外と少ないのです。

あの3月11日のこと、私は成田空港でサンフランシスコに向け、チェックインをすませていました。そこに地震が発生。地震に慣れていない外国の人がパニックになる場面もありました。

でも、問題は、その直後から深刻に。というのも、地震発生からおおよそ数時間、空港には日本語のアナウンスしかながれなかったのです。余震があって、人が出口に殺到したり、寒い中屋外に退避命令がでたときも、誘導や情報提供は日本語のみ。

見かねて私はボランテフィアで英語のアナウンスをしましょうかと申し出ました。でも、何か間違いがあってはと思ったのか、その申し出は断られます。やがて退避している人のところにパトカーがやってきて、状況をアナウンス。その時も、英語で通訳しましょうかと申し出ましたが、これもだめ。警察官は日本語で退避命令を伝えたあと、文章にした英語を読み上げますが、慣れないせいか、何を言っているのか誰にもわかりません。

やっと、日が暮れた頃に、バイリンガルのアナウンスがはじまりました。

これが最も英語が必要とされる日本の玄関でおきたことです。

だから、原発の混乱のとき、海外からの支援要求や報道への対応がいかにまずかったかも、推測されます。

次回は、原発のとき、海外への対応について、何がおきているのか、解説します。

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