問われる日本の世界に向けた危機管理・その2

原発問題、完璧すぎる日本人が導いた誤解と災難


前回、成田空港でおきたこと、そしてその後の原発事件について簡単に触れました。

さて、それではなぜ、こうした不手際がおきるのでしょう。それは、日本のビジネス文化を外からみるとよくわかります。実は、日本人は不手際を極端に恐れるビジネス文化をもっているようです。

例えば、前回お知らせしたように、成田空港で地震がおきたとき、英語のアナウンスができなかったとして、もし私の申し出を受け入れて、私が何か英語でアナウンスをしたとしましょう。すると私のその行為に対して一体誰が責任をとるのかということが、まず関係者の頭にくるため、外部の人のボランティア精神を安易に受け入れられないのです。

原発でも同様です。全ての情報が処理され収集されない限り、安易に記者会見でアナウンスをすれば、後で誰が責任をとるのかという懸念が、情報の的確な配信を阻害しているのです。

日本人は、何かをするときに、常に完璧でなければならないという脅迫観念をもっています。そして何か問題がおきたときには、完璧にできなかったことの責任を追求することに躍起になって、問題が起きないように未来にむけて何をするかというテーマが後回しにされがちです。今の政治家のやりとりをみていればよくわかるのではと思います。

海外では多くの場合、問題がおきる事自体は避けられないものと考えます。そして過去に向かって責任を云々するのではなく、未来に向けてどうするかをしっかりと議論します。例えば、原発の問題でも、その時点で知らないことは知らないといって構わないのです。大切なことは、それをはっきりと表明し、ではいつまでにその情報を調べ伝えるかをコミットすることなのです。

すなわち、知らないことを追求されると、準備が完璧ではないと責任を問われる日本社会には問題があるのです。だからこそ、責任をとらないように、曖昧な対応に終始することによって、逆に内外からの不信のクレームに晒されることになるわけです。

知らないことを知らないとはっきり伝え、いつまでに情報を提供すると約束する行為は、多分にその場にいる人のイニシアチブが要求される行為です。勝手に期限をきることが問題だと非難する人もいるかもしれません。

しかし、欧米では、こうしたイニシアチブを Individual Initiative といって、ビジネスの上では高く評価される行為なのです。

危機管理の基本は Individual Initiative をどう有効的に活用し、コーディネートしてゆくかにつきるのではないでしょうか。

次回は、こうしたビジネスを進めてゆく上でのプロセスのあり方について、さらに分析しながら、今回の震災でのその後について語ってみたいと思います。

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