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ボストンマラソン爆破事件のその後

【海外ニュース】

Suspect charged with using weapon of mass destruction
(Boston Globe より)

被疑者は、大規模な破壊を実効するために武器を使用した罪に問われる

【ニュース解説】

先週、ボストンの爆弾テロ事件について記述したときは、まだ容疑者が特定されていませんでした。
今回、改めてジョハル・ツァルナエフ容疑者が逮捕され、FBI の捜査が大詰めをむかえている段階で、事件を改めて見詰めてみたいと思います。
まず、この事件が前回の記事で解説した、アメリカに適応できない移民の犯行に当てはまることをここで確認します。
ただ、彼を知る友人は、ジョハルのことを
“a sweet sort of guy”. “He was a familiar part of the community, he didn’t isolate himself”
(やさしい、地域のとけ込んだ人で、孤立していたわけではない)とアメリカのメディアに証言しています。
一方、警察との銃撃戦で死亡した兄のタメルラン容疑者は事情が異なります。
彼は、アメリカでボクサーを目指しますが、夢を叶えられず、徐々に社会から孤立してゆきます。友人もないと本人が語っています。
タメルランと弟のジョハルとは7つ年が離れています。7年という年月は異国では相当大きなものです。恐らく兄のほうが、若年の弟より遥かにアメリカ社会への同化という意味では苦労を強いられていたはずです。

異文化に放り込まれ苦労をした人には「振り子現象」がおきると、私はよく企業の海外駐在者の研修で説明します。
振り子とは、知らない文化背景で苦労をすると、自らのアイデンティティを守るために、その人の出身国や出身地の文化に強く傾斜することがあり、逆に滞在国に同化したあとは、新たな経験をした自分のアイデンティティを維持するために祖国などに対して極端に批判的な態度をとったりすること、すなわち振り子のように心が揺れることを「振り子現象」と言っているのです。
タメルラン容疑者は、強く自らのオリジナルの文化や事情に心が傾斜して、今回の犯行に及び、それに同情した弟が、兄に同行したのかもしれません。

特に兄弟ともにイスラム教の家庭で育ち、同時にロシアとの戦争で蹂躙されたチェチェンで幼い頃を過ごしています。大国に翻弄される美しき故郷を彼らがどのようにみていたのか、一般的にはそうしたことに無関心でイスラム社会への理解の薄い、豊かなアメリカで彼らが何を感じたのか、現段階では不明です。
ただ、この事件の背景に、イスラム教徒の移民としての複雑な背景があったことは否めないでしょう。アメリカやヨーロッパでこうした国内に住む者の過激なテロ活動への懸念が強調されていたときだけに、関係者は目下容疑者の動機の解明に必死になっています。

アメリカでは、ボストンのケースを Federal Crime フェデラルクライムとして処罰しようとしています。
ここで理解したいのは、州によって法体系の異なるアメリカでは、州の中でおきた事件は基本的に州の法律で裁かれるものの、連邦政府の資産に対する犯罪、あるいは国家に対する犯罪とみなされた場合は、連邦政府の裁判として訴追されるというアメリカの複雑な法体系です。
また、州をまたいだ犯罪についても、連邦政府の管轄での裁判となります。
今回は、FBI が警察として介在しながらも、州の犯罪としてマサチューセッツ州警察が容疑者逮捕に向け積極的な役割を担いました。
従って、マサチューセッツでおきた犯罪を国家に対する犯罪として連邦政府の管轄にできるかは微妙なところでした。また、同紙でも解説していますが、ジョハル・ツァルナエフ容疑者をアメリカとの戦闘行為による犯罪と認定すべきという法的な解釈も論議されました。
しかし、結果として、丁度1995年にオクラホマ州で連邦政府ビルが爆破された事件の容疑者ティモシー・マクベイが Federal Crime として訴追したケースと酷似した選択を検察官が行おうとしていることに、世論は強く疑念をいだいていないようです。
ちなみに、Federal Court、すなわち連邦裁判所で裁かれる場合、最高刑は死刑で、マクベイ被告の死刑は既に執行されています。一方、マサチューセッツ州は1984年に死刑制度を廃止しています。

最後に、オバマ大統領が、今回の事件の犠牲者を弔う式典で行ったスピーチの締めくくりの部分を掲載します。

And this time next year, on the third Monday in April, the world will return to this great American city to run harder than ever, and to cheer even louder, for the 118th Boston Marathon. Bet on it.
(だから、来年の4月の第三週の月曜日、世界はこの偉大なアメリカの街で、今まで以上に懸命に走り抜く。118回ボストンマラソンの開催では歓声はむしろ大きく。必ずそうしよう)

東日本大震災のとき、東京都知事が、多くの人が花火大会やイベントの自粛を語った対応と異なります。これはアメリカ国内に存在する多様な文化を超越した、為政者としてのリーダーシップの表し方なのかもしれません。
まずは危機管理体制に問題はなかったかなどを問いかけて、責任者の処分などが紙面をにぎわす日本の事件の公での扱いとは対照的です。
未来志向のアメリカのリーダーらしいこのアプローチをもし日本でしたら、マスコミや識者を含めた多くの人から軽率のそしりを受けかねないのではと思ったのは、私一人でしょうか。

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