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20世紀の思い出がまた一つ

【海外ニュース】

Shirley Temple Black, Former Child Star, Dies at 85
(New York Times より)

シャーリー・テンプル・ブラック、往年の子役、85歳で逝く

【ニュース解説】

20世紀がどんどん遠くなります。
シャーリー・テンプル Shirley Temple という子役がアメリカ中を魅了したのは、1930年代のことでした。大恐慌 Great Depression の余波を受け、軍国主義 militarism の軍靴が響き始めたこの時期、少女スターとしてデビューしたその愛くるしい姿に、一抹の癒しを感じたアメリカ人は多かったはずです。

この時代、アメリカは既に世界をリードする大国として、再び混沌としはじめたヨーロッパへの対応に苦慮していました。それは、ヨーロッパ各地から迫害されつつあったユダヤ人などがアメリカに逃れてきていた時代でもありました。まだ、航空機が一般的ではなかった時代、殆どの人は大西洋を渡って東海岸に上陸したものです。彼らがみたアメリカの姿、豊かで、明るいアメリカを象徴したのが、ハリウッドが提供する映画の世界だったのです。シャーリー・テンプルは、そんなハリウッドの花形子役でした。

第二次世界大戦後、冷戦時代に彼女は再び映画に出演します。しかし、それ以上に注目すべきは、シャーリー・テンプルの外交官としての足跡です。共和党を支持し、外交官として国連でも活躍したのです。芸能、政治の双方で黄金期のアメリカを生きた女優が、先週85歳で他界したのです。

今、彼女の訃報に接し、寂しさと懐かしさを感じる人は、少なくなっているでしょう。彼女と時代を共有した人々が、既に高齢となり、最も20世紀らしかった、1930年代から70年代という半世紀が遠くなっているのです。私も含めて、戦後世代という言葉すら、だんだんと死語になりつつあるのですから。

20世紀のアメリカには3つの匂いがありました。
旧大陸からの玄関口東海岸。それは伝統的でかつ産業や金融、人の欲望や夢が渦巻く、人間臭いものでした。次は、開拓者によって拓かれた広大な中西部の大平原と、その向こうのロッキーに象徴される山々の匂い。そして最後が、移民のゴールであり、破格な規模観で豊かさを誇示する西海岸の香りです。この3つの際立った個性がアメリカの魅力であり、今なお人々を引きつけます。
しかし、東海岸の油と石炭の臭いに象徴される製造業の現場は、コンピュータに管理されたクリーンな工場に変化し、ヒューマンな工夫と人々の生々しい演技によって作成されたハリウッド映画やドラマも、コンピュータグラフィックなどの特殊効果にとって変わられました。20世紀の人間臭さは一刻一刻と忘れ去られようとしています。それはアメリカだけのことではありません。日本でも、世界のどこでも20世紀の香りは薄れつつあるのです。

この忘却が、過去の様々な生々しい記憶を奪い、例えば第二次世界大戦が単なる歴史的事実として実感されなくなりつつあることを意味しているのだと感じる人はどれだけいるでしょうか。
Shirley Temple の生涯は、古き良き、そして豊かなアメリカを象徴し、20世紀の「オプティミスティックで重厚な保守」の終焉をも意味しています。懐が深く、プライドをもって泰然と社会を守ろうという GOP (Grand Old Party)、つまり共和党の伝統的な精神の終焉をも意味しているように思えます。

民主党とことさら対立を煽り、古い伝統を取り違え、排他的に孤立しようとする現代の保守の姿が見え隠れするなか、ふと失われた20世紀の良心とは何かを思い起こします。これは、アメリカだけのことではなく、日本を含めた世界のノスタルジーであるともいえそうです。

Little girl in the 1930s sang and tap-danced her way to a height of Hollywood stardom and worldwide fame that no other child has reached, died on Monday night at her home in Woodside, Calif. She was 85.(1930年代、歌とタップダンスで前人未到のハリウッド・スターダムの最高峰に上り詰め世界を席巻した少女が月曜日にウッドサイドの自宅で死去。85歳だった)

Woodside とは、シリコンバレーにも近いサンフランシスコ郊外の住宅地です。
ご冥福をお祈りします。来週は出張中のミャンマーからです。

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