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ドナルド・トランプの圧勝という「まさか」に接して

【海外ニュース】

Donald J. Trump was declared the winner of the Nevada caucuses on Tuesday night, according to The Associated Press, gaining a third consecutive victory in an early-voting state and strengthening his position in the Republican presidential race before the wave of Super Tuesday elections on March 1.
(NY Times より)

ドナルド・トランプは、火曜日に開催されたネバダの党大会で勝利したとAP通信が報道。初動の3州で連続の勝利。共和党での大統領候補選として、その一大イベントである3月1日のスーパー・チューズデイに向け、強いプレゼンスを維持

【ニュース解説】

ほんの半年前まであいつは単なるピエロだよと言っていた人が、今本気で戸惑っています。まさか、ドナルド・トランプが共和党の大統領候補に指名される可能性がここまで高まるとは、誰が予測していたでしょうか。
「心配ないよ。大統領の権限は限られているから」
そう、シニカルに評論したアメリカの知人の言葉が印象的でした。確かに大統領が最も強い権限を発動できるのは、外交と軍事の関することのみで、それ以外のほとんどは議会の承認が必要であり、さらに行政や司法といった内政は地方の州政府がほとんど司っています。

とはいえ、もしドナルド・トランプが大統領になったらという「危惧」が現実のものとなってきた今、いわゆるリベラルな知識層は突如襲ってきた見えない将来に恐怖すら感じているのです。これは、民主党支持層のみならず、共和党の支持者の中にも拡散している不安です。
どうしてそうなったのでしょうか。単純なことです。ドナルド・トランプは、大衆が心の中では思っていながら口にできないことをズバズバと表明し、共感をかっているのです。プロの政治家が妥協をもって政策を遂行する中で、右か左かをはっきりとできないことに苛立つ人々が、ドナルド・トランプのストレートなメッセージに惹かれているのです。
移民の流入に心の中でうんざりしていた保守系の白人層や、伝統的なアメリカの価値観が失われつつあることに危惧を抱き、むしろ閉鎖的な地域社会への回帰を望む人々などがその支持母体です。しかも、気になるのは、表面上はリベラルな建前を通している人が、本音の部分で思っていることが、今回の投票行動に表れるのではないかということです。つまり、移民排斥、外国の影響の排除、そして多様ではなく従来のキリスト教の価値観に忠実な社会への回帰など、公に口にすれば批判の対象となるのではと怖れている人々が、こっそりとドナルド・トランプに投票するのではと予想されるのです。

ここで、アメリカ人にとっての移民問題とはなにかを考えましょう。
そもそも、移民文化に馴染んでこなかった日本人の中には、見も知らない外国からの人々が近隣にどんどん流入することに抵抗感を持つ人は多いでしょう。しかし、アメリカはネイティブ・アメリカンと呼ばれる先住民を除けば、すべてが移民によって成り立っている国なのです。
一口に白人系といっても、そのルーツは多種多様。先に移民してきて資産を形成した者が、後発の移民によってそれを脅かされると危惧したとき、そこに偏見や差別がうまれてきます。アメリカ社会は二百年以上にわたって、その偏見と差別の弊害と闘ってきた国なのです。
実際、もう数十年すれば、アジア系や中南米から移住してきたイスパニック系の人々にアフリカ系アメリカ人を加えれば、もともとアメリカ社会を牽引してきた、白人系の人々がマイノリティになるのではといわれています。そんな、現実への反発が今回のトランプブームを引き起こしているのです。
しかし、忘れてはならないのは、移民国家アメリカの場合、アジア系などのマイノリティと呼ばれる人々も、れっきとしたアメリカ人で、市民として平等な権利を享受しているという事実です。ですから、こうしたマイノリティからみれば、ドナルド・トランプの主張はアメリカ社会を半世紀以上過去に後退させる脅威以外のなにものでもないのです。

「まさか」が現実になったドナルド・トランプ候補の意外な躍進。これからの世界にはこの「まさか」があちこちでおきる可能性があることを予測しなければなりません。イギリスの EU脱退、フランスやドイツの右傾化からくるヨーロッパ内の亀裂の深まりなども、未来におこりうる「まさか」です。週末に緊縮財政への反発で、アイルランドで現政権与党が敗北したことなども、そんな「まさか」への導火線かもしれません。
そして、もう一つの「まさか」は、もしドナルド・トランプが大統領になり、日米安保条約に物言いをつけ、米軍の日本でのプレゼンスが低下したらということも考えられます。また、アメリカ国内での日本車をはじめとした外国製品への規制が強化されたらという課題まで、我々は転ばぬ先の杖として考えておかなければならないのかもしれません。
さらなる「まさか」として、ロシアとアメリカとが蜜月となり、中国への無関心がアメリカの国是となることで、世界中で人権の抑圧や領土問題への強硬な対応などが政治的駆け引きなしで行われることもあるかもしれません。

戦後に苦労して作り出した現代社会が変化しはじめているのです。
日本は、これからおこりうる無数の「まさか」へどのように対応すればいいのでしょうか。一つだけいえることは、「まさか」がおきたときに「まさか」といって戸惑わないように、常に国際政治やグローバルな社会の動向への冷静な視点を我々が維持し続けることが必要です。そうした目線を育てる教育も、今最も求められている未来に向けたニーズなのです。

山久瀬洋二・画

「アメリカの伝統的価値…?」山久瀬洋二・画

「アメリカの伝統的価値…?」山久瀬洋二・画

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海外メディアから読み解く世界情勢
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