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アメリカのコアバリュー Individualism とは何かが問われる、銃撃事件

【アメリカ合衆国独立宣言より】

That whenever any Form of Government become destructive of these ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government…

政府がこれらの目的を破壊しようとしたときは、それを倒し、新しい政府を造るのは人々の権利である

【解説】

今、アメリカでは、独立以来、アメリカの市民が最も大切にしてきた価値観、そして権利がゆらごうとしています。
ルイジアナ州やモンタナ州で相次いでおきた警察官による黒人系の人への殺害事件。さらに、その報復を主張し、ダラスでおきた白人警察官への無差別殺傷事件など、全米を震撼させる銃による事件が続きました。

こうした銃による事件がおきるたびに、多くの人は、一体なぜアメリカ人は銃をすてないのだろうかと思うはずです。
アメリカ人の多くは、護身のために銃は欠かせないと主張します。しかし、アメリカ人の遺伝子の中の「銃」とは、単に護身のための武器以上の重みがあるのです。

アメリカのモットーである自由 freedom と平等 equality。その価値観の原点は、アメリカがイギリスから独立したときへと遡ります。1776年に発表された独立宣言に高らかとうたわれていること。そこには、人々の自由、平等、そして幸福を追求する権利は、神が与えてくれた基本的な権利であり。政府がそれを踏みにじるときは、民衆はそうした政府を倒し、新しい政府を樹立する権利があるいう主旨が述べられています。
つまり、人々が自らの政府を力で倒す「革命権」を保証しているのです。アメリカ人の遺伝子の中にある「銃」とは、このアメリカという国家が打ち立てられたときの原点と繋がっているわけです。

そんな 240年も前のことを今更と思う人も多いはずです。しかし、銃が「自由」と「平等」を保証する象徴的な存在であるという考え方は、アメリカ人の政治意識の中にしっかりと受け継がれていることは紛れもない事実です。

ところで、アメリカ流の自由とは、個々人の意思を尊重し、異なる個性を認めてゆく価値観に支えられています。それが individualism (個人主義) という価値観なのです。
個人主義というと、日本では自己中心的な考え方のようで、必ずしも積極的な価値観とは思わない人が多いかもしれません。しかし、アメリカ人にとっては、それは極めて大切な、そして積極的な価値観なのです。そして、この価値観の延長に、個人が自らの自立のために、必要なときは銃を持ってでも自分の身を守りぬくべきだという意識がアメリカ人の心の中にあるのです。

ですから、何度銃による無差別殺人がおきても、人々が銃を手放すことに強い抵抗感があるわけです。そんな伝統はすでに過去の遺物で、法治国家であるアメリカでは、人々は銃ではなく法によって守られるべきだと多くの人は主張します。革新系の人々、都市で活動する日本流にいうならば「無党派層」の人々の多くは、この意見に賛同し、銃規制を強く支持しています。
そんな声をテコにオマバ大統領は、在職中になんとか銃規制への道筋をつけたいと思っていた矢先に、立て続けに人種の対立が原因となる銃による犯罪がおきたことになります。

ニューオリンズとミネソタでの事件は、白人系警察官の黒人系の市民への発砲事件ですから、一見銃規制の問題ではなく、人種差別の問題であるかのように映ります。しかし、銃が蔓延しているアメリカでは、警察官も他の国よりも安易に、抵抗感なく銃を使用できるのです。そんな環境があることを思えば、銃規制の問題と警察官の発砲事件とは無縁ではないことが理解できるはずです。
そして、ダラスでは、こうした白人系の警察官の行為に対しての怒りという動機で黒人系の被疑者による発砲事件が発生したのでした。

「銃があれば、撃ちたくなる。だから銃を所有すること自体が危険なのだ」とある識者はコメントします。しかも、アメリカ人の権利と銃とを直結させる保守層の考え方は、却ってアメリカ社会を分断させ、人種間や持てる者と持てない者との対立を深めてしまうと懸念します。彼らは、銃は最も安易な解決方法で、個人主義というアメリカの原点的な価値観を考えたときも、銃ではなく理性や多様性への理解という意識によって、課題を克服してゆくべきだと主張します。

確かに、今アメリカ人の価値観、モラルが問われています。
アメリカ人の個人主義の質が問われています。
対立する人種と、移民への寛容性の是非といった緊張に火を注ぐ銃による犯罪。そしてそこから進められる銃規制への議論。それがそのまま大統領選挙にもつながる政治論争となってゆくことは間違いありません。ECを離脱したイギリスの選択。そして大統領選挙によるアメリカ人の選択、さらに今後憲法論争にも影響を与えてゆく日本の選択。今後の世界史の流れを占う重要な選択が続いているのです。

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『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
海外メディアから読み解く世界情勢
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。

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