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歴史と異文化、繊細さと鈍感さの狭間とは

上海でのことです。フランス人のビジネスパートナーと豫園 (上海の庭園) を散歩していたときのことです。
一人の白人系の女性が私に話しかけてきました。

「豫園の近くでお昼を食べるのはどこがいいかしら」

「そうね。庭園の外の池の周りに中華レストランがあって、そこの飲茶がおいしいから試してみたら」

そう、私は気軽に答えました。すると彼女いわく、

「外国人でも気軽に入れるのかしら」

「そう思うけど。僕もさっきランチをしたばかりだし」

「え、あなた海外の人?私てっきりガイドかと思った。ごめんなさい」

そう彼女はいうと、そそくさと私の側を離れていきました。
その会話の一部始終を横にいたフランス人の友人は聞いていましたが、全く気にしていない様子。そこで、私は言いました。

「失礼だよね。これって欧米の人がアジア人をみるある種のステレオタイプだよ。偏見というか何というか」

すると、フランス人の友人が答えていわく。

「でもさ。彼女は君を中国人だと勘違いしただけだろ。別に偏見があったわけではないと思うけど」

欧米の人とアジアの人が一緒に観光地を歩いていると、アジア系の人がガイドと間違えられます。そこが中国で日本人と中国人との区別はつきにくいものの、それでもそこには裕福な欧米人観光客が途上国 (今では新興国) のアジアでガイドを雇っているのがごく自然に思えるという、ステレオタイプじゃないのかなと、私は納得できない不満を感じてしまったというわけです。

それから、一週間して東京で、アフリカ系アメリカ人の友人とランチを一緒にしたときに、彼はいかに黒人が白人系の人々の偏見にいまだに晒されているか、私に色々な例を挙げて語りだしました。
そこで私は、

「いえね。アジア系の人も色々なステレオタイプと闘っているよ」

と言って、上海での一件について語ってみました。
すると、彼は即座に、

「ほらね。よくわかるよ。そうしたことを偏見だと彼らは思わないんだよ」

と私の意図が分かってくれたのです。

「そのフランス人だって、そこで起きたことになぜ君がこだわるか分からなかったろ?」

彼は、私にそう質問したのです。

「そうなんだよ。それは考え過ぎだって、言われてね。どう反論しようか困ってしまった」

「いやいや、彼らには分からないよ。常に差別を受けたり、侵略を受けたりした立場の人が、いかにちょっとしたことに繊細になるかなんて」

「まあね。このこと、日本人と近隣のアジアの人との間にもいえるんだろうね。自分が経験してみないと分からないことってあるもんだ」

「そうさ。いわゆる白人という連中の多くは、自分たちが偏見の対象になったことがないからさ。多分こちらが説明すればする程、考え過ぎだよという答えに終始するんじゃないかな」

さらに、それから2ヶ月して、ヨーロッパで再びそのフランス人の友人と食事をする機会がありました。
彼も私と同様に異文化環境でのビジネスコミュニケーションについてコーチングやコンサルティングをやっている人物で、特にヨーロッパ系の会社の人にアジアでのビジネスについてコンサルティングをしていることもあって、その機会に再び上海での一件について私は話題にしてみました。

「あのさ、この前の上海の件、こう考えてみたらどうだろう。もし僕がパリで君と一緒に観光地を歩いていたとする。すると、そこにいる欧米の旅行者は、君をガイドだと思うだろうか?」

「うーむ。成る程ね。確かにそうは思わないよ」

「だろう。だから、これは欧米の人のアジアなどでの一つのステレオタイプなんだよ。その向こうにはアジアを植民地にしていた頃からの長い歴史の積み重ねがあるというわけ」

「そうか。言われてみるとそうかもしれない。でも、彼女はそんな深い気持ちで言ったんじゃないと思うよ」

「もちろん。彼女はきっとアジアの文化が好きなリベラルな人かも。でも、だからこそ、その無意識な中に眠る意識を、傷ついてきた人々は敏感に察知するというわけさ」

その日は、この話題で結構盛り上がりました。
過去に歴史的な歪みや不幸があったことが、未だ異文化でのコミュニケーションに影を落とすことはしばしばあるもの。これは、そんなことを象徴するちょっとした一コマだったのです。

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