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官民協力のモデルとなるバージニア工科大学から見える明暗とは

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“Virginia Tech announced Tuesday that it will build a one-million-square-foot, technology-focused campus in Alexandria — a $1 billion project that is part of a higher-education package cited as a key reason Amazon selected Northern Virginia for a new headquarters sites.”

(バージニア工科大学は、火曜日に100万スクエアフット(約2,800坪)のテクノロジー関連のキャンパスをアレクサンドリアに建設する。この1ビリオンドル(約1,100億円)のプロジェクトは、アマゾンがバージニア北部を新たな本拠地にしたことを受け、より高度な教育パッケージを提供する戦略の一つである。)
― バージニア工科大学のプレスリリースより

二都市の明暗を分けたアマゾンの拠点誘致

 今、ワシントンD.C.からニューヨークに向かう列車の中でこの原稿を書いています。 車内は、アメリカ東海岸の政治経済の中心で活動するビジネスマンでほぼ満席の状況です。今回の出張では、この二つの都市の他に、アメリカの富が集まり、南米とのコネクションも強いマイアミでもいくつかの打ち合わせを行いました。
 
 この中で一つ面白いことがありました。 バージニア工科大学でのアプローチです。実はアマゾンシアトルの他に、流通の拠点をバージニアにオープンしたのです。このことによって、ワシントンD.C.から近いアーリントン地区を中心に2万5千人の求人がありました。 しかし、アマゾンは元々、本部をニューヨークに設置しようとしていたのです。
 
 ニューヨークに、将来を期待された下院議員アレクサンドリア・オカシオ=コルテスという人物がいます。彼女はいわゆる労働者階級の両親の元で育ち、女性としては史上最年少で下院議員にのぼり詰めた人物として注目を集めています。 前回の大統領選挙で民主党候補の一人になったバーニー・サンダースの後継者として、いずれは大統領候補にまでなるのではと思われるほど、庶民から強い支持を得ていたのです。 コルテス議員は、移民の規制に強く反発し、彼らの権利を守り、開かれた社会の建設を主張しました。もちろん、彼女はポピュリズムの波に乗ったトランプ政権への批判の急先鋒としても注目を集めたのです。 そんな彼女は、アマゾンのような巨大資本と行政との繋がりに懐疑的で、アマゾンの誘致にニューヨークが財政的な援助をしようとしたことに強く反発しました。彼女は、アマゾンの誘致は巨大企業のメリットだけが優先され、環境や労働者の生活の向上への貢献にはならないと主張したのです。 そして、彼女を中心とした運動の結果、アマゾンはニューヨークへの進出を断念し、バージニアに第二の拠点を設けたのです。 皮肉なことに、この結果がコルテスの支持率低下に繋がりました。 アマゾンが進出しなかったことで雇用が生まれず、さらに地域の活性化にも繋がらなかったという批判にさらされたのです。
 
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Alexandria Ocasio-Cortez

産学連携に見え隠れするリベラル層の分断

 対照的なのがバージニアでした。 アメリカの首都にも近いバージニア工科大学では、即座にMITという学科の強化に踏み切ります。MIT(Master of Information Technology)とは、従来のMBAでの教育のノウハウを活かしながらInformation Technology(情報技術)の分野を伸ばしていこうという学科のことで、MBA以上に将来性を期待されている学科です。バージニア工科大学では、アマゾンと提携してMITをはじめとした様々な分野で研究活動を進めてゆくと発表したのです。
 
 アマゾンから見れば、学術機関で育てられる新たなベンチャーや様々な技術革新を自らの事業に導入できます。大学から見れば、巨大企業の支援によって大学経営を圧迫している設備投資や高騰する人件費の合理化にも繋がります。さらに、アマゾンそのものが研究対象として有益であることは言うまでもありません。 MITには世界中から優秀な学生を集めるつもりであると、関係者は語ってくれました。「学費は18ヶ月で5万ドル(約550万円)です。それを聞くと、誰もが高いからやめとこうと思うでしょう。でも、ここを卒業した人の初任給は10万ドル(1,100万円)以上が普通なんです。すぐに元は取れますよ」 そう関係者は話します。 バージニアから見れば、雇用と新たな産業の芽がこれで創造され、同時に学術拠点としての活力も育まれるのです。
 
 今回のアマゾンの誘致問題から見えてくるアメリカ社会の分断は、単にトランプ政権に代表される内向き志向のアメリカと、移民政策や環境問題などに配慮した人々との溝であるとは言い切れない複雑さが伺えます。 実は、トランプ大統領の政策に反対する、いわゆるリベラル層の間にも、見えない溝があることを忘れてはなりません。 そこに見えるのは、グローバルな企業やIT等で世界とネットワークするビジネス界やそれを支える人々と、移民、人種問題や人権、そして雇用の問題に取り組む伝統的なリベラル層との間にある微妙な意識の隔たりです。 コルテス議員の政策は、後者の人々の支持に支えられながらも、前者の意識、さらにはそこでの雇用を期待した人々への意識との対立を生み出したのです。 この意識の差が、選挙での票の分断へと繋がり、逆に強いアメリカを標榜する保守層に支えられたトランプ政権への追い風にもなるわけです。
 

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アメリカの現実と未来像から考える日本の将来

 今、アメリカの景気は好調です。 とはいえ、これから1年以上先の大統領選挙までその景気が維持できる保証はありません。早く中国との経済戦争の影響を脱皮し、タイミングよく大統領選の時期まで景気を維持できるかはトランプ政権の大きな課題です。 それに対して、民主党の課題は、ここに記した「見えない分断」をどのように克服し、支持を固めるかが課題なのです。 それには強い大統領候補と共に、この微妙な溝を埋められる優秀な副大統領の選抜が極めて大切です。それが次回の選挙の行方を占う鍵となるでしょう。
 
 そして、バージニア工科大学に見られるような企業との取り組みや、MITでの活動などは、とかく民間との壁を作りたがる日本の大学や教育関係者にとってはしっかりと見習うべき事例とも言えるはずです。 アマゾンの誘致をめぐるアメリカ社会の現実と未来像は、アメリカだけの課題ではなく、日本の将来にも投影できる事柄なのです。
 

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『どうすれは日本人は英語を話せるようになるのか!?』アンドリュー・ロビンス (著)どうすれは日本人は英語を話せるようになるのか!?』アンドリュー・ロビンス (著)日本では英語学習が義務づけられているのに、なぜ実際に英語を話す日本人がこれほど少ないのだろう?絶対確実な言語習得法とはなんだろう?他の国では言語教育をどのように行っているのだろう?本書では、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学で学んだ著者が、学習者や教師が英語学習でぶつかる障害から、必ず言語学習に成功できる方法までを網羅。「なぜ」そして「どうしたら」言語能力の向上をコントロールできるかを具体的に伝授します。

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