海外ニュースの英語と文化背景・時事解説

Washington Post 売却。ジャーナリズムの牙城の陥落か、それとも再生か


【海外ニュース】

Amazon’s Founder to Buy The Washington Post
(New York Times より)

アマゾンの創業者、ワシントンポストを買収る

【ニュース解説】

この記事の最初の3行をまず紹介します。そこからは、ニューヨークタイムズの記者のジャーナリズムへの思いが沸々と伝わってきます。
The Washington Post, the newspaper whose reporting helped topple a president and inspired a generation of journalists, is being sold for $250 million to the founder of Amazon.com, Jeffrey P. Bezos, in a deal that has shocked the industry.
文中の topple a president (大統領をも躓かせた) とあるのは、ワシントンポストがウォーターゲート事件 Watergate Scandal を暴き、ニクソン大統領を辞任に追い込んだことを意味しています。
ウォーターゲート事件とは、1972年から74年にかけて、民主党の本部のあったワシントンDC のウォーターゲートという建物に盗聴器が仕掛けられ、当時野党であった民主党の情報が不法に聴取されていたスキャンダルです。
この事件の真相を暴いて、ニクソン大統領を辞任に追い込むきっかけをつくったのが Washington Post 紙だったのです。

大統領がこうしたスキャンダルで辞任に追い込まれたのは前代未聞。権力に挑んだ Washington Post は、この記事によれば、inspired a generation of journalists (当時のジャーナリストに強い刺激を与えた) のです。そんな Washington Post が 2億5000万ドル (約250億円) でアマゾンの創業者であるジェフ・ベソス Jeffrey Bezos に買収されました。驚くほどの安値です。ですから、業界は震撼したと記事には書かれているのです。

LA Times はベソスがアマゾンへの投資を行ったときに、利益があがるまでじっくりと耐えながら会社を育てた経緯から、Bezos is one business owner who has shown he’s not averse to giving up profits, at least for some lengthy period, while aiming for much greater gains in the future. (ベソスはすぐに利益があがらない状況を嫌わず、少なくとも一定期間じっくりともっと大きなプロフィットを目指して取り組んでゆくタイプの投資家だ) と解説し、ワシントンポストを短期的な儲けのために、すぐに切り売りしたりはしないと予測します。

アメリカでは、新聞業界、出版業界は伝統的に投資の対象としてよく売り買いされてきました。そこにはヨーロッパの資本も参入し、大手の出版社の殆どはなんらかの形の買収・売却を経験してきています。
しかし、インターネットへ読者がシフトしてゆく中で、こうした買収劇が鈍化してきたのも事実です。メディア業界自体の先行きに対して悲観的な見方が常識になりつつあるのです。

一方、新聞や出版業界にはそれなりの悩みがあります。
新しい時代に対応して電子化を進めるには相当な投資が必要です。しかし、その投資に見合う利益が見込めるかというと、実際は読者の過半はいまだに紙媒体、あるいは通常の書籍を購入しているのが現状です。つまり、急ぎ未来への投資をすれば空振りに終わり、投資を怠れば将来が見えなくなるというジレンマに晒されているのです。
典型的な事例が、アメリカ最大の書籍チェーンであるバーンズ Barnes & Noble の電子ブック Nook への投資の失敗です。電子ブックに特化したディバイスが iPad のようなタブレットに対抗できず、かつ電子ブックの読者自体も予想に反して伸び悩みました。バーンズの投資が裏目にでつつあるのです。
とはいえ、未来へ向けて無策でいるというわけにはいきません。新聞出版業界の状況は、日々逼迫してきているのです。
Washington Post の場合、1993年には毎日 83万部以上発行されていました。それが、今年の3月には 47万部強にまで落ち込んでいます。12年度は赤字決算でした。ですから、破格値で買収されたのです。
しかも、この買収劇の発表は、ボストンの伝統的な新聞社 Boston Globe がプロ野球のボストン・レッド・ソックスのオーナーに売却された直後のことでした。

では、新聞出版業界は、何を拠り所として生き残ってゆくべきなのでしょうか。
それはベソスが今回の買収に踏み切った動機を探る上でも重要です。
新聞出版界の他ではまねできない資産は、そのコンテンツ、そして取材力にあります。ベソスもそこに魅かれたはずです。
ですから、そのコンテンツ力と取材力を尊重するためにも、買収にはデリケートな配慮が必要だったのかもしれません。
つまり、Washington Post は、Amazon が買収したのではなく、Amazon のオーナーが同紙を手にいれたのです。
冒頭の文章のように、新聞社はジャーナリズムの牙城です。そこが特定の企業の影響を受けることは、ジャーナリズムそのもののあり方にも影響を与えかねません。Washington Post のそうした性質を尊重することは、世論を考えた上でも必要なこと。ベソスもその点を配慮し、個人での買収に踏み切ったのでしょう。彼自身、編集方針やその体制には口を挟まないとコメントをしています。

アマゾンは商品を販売する会社であり、コンテンツを配信するディバイスを売る会社です。そして、Apple も Microsoft も、さらにはサムソンもソフトウエアやディバイスの開発で育ってきました。
これらシリコンバレー型の企業に共通する特徴は、自らがコンテンツを制作していないことなのです。
従って、今後ワシントンポストという大型のコンテンツ制作会社がアマゾンなどの業態とどのようなシナジーを築いてゆくのか、さらにそのことがジャーナリズムの未来へどう道標 milestone を並べてゆくことになるのか。この点を我々は見守ってゆかなければならないのです。

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