海外ニュースの英語と文化背景・時事解説

68年前の今日、戦後、そして現在の日本の立ち位置が決まった


【海外ニュース】

Hirohito Calls on MacArthur In Precedent-Shattering Visit
Subject of 40 minute “Social” Talk at U.S. Embassy Not Revealed-Emperor Wears Top Hat, General Lacks Necktie, Medals

(New York Times 1945年9月27日 より)

ヒロヒト、マッカーサーを異例の訪問
40分の「社交」的な会話の内容は機密に。天皇は山高帽を、そして将軍はネクタイも勲章もつけず

【ニュース解説】

日本には日本が降伏した8月15日など、戦争にまつわる記念日があります。
しかし、68年前の今日、昭和天皇がマッカーサーを訪問したこの日こそ、戦後の全てが始まった記念日という人は、そう多くはありません。

Hirohito Calls on MacArthur In Precedent-Shattering Visit (New York Times 1945年9月27日 より)

New York Times 1945年9月27日 より


今週は、ドイツではキリスト教民主社会同盟が総選挙で勝利し、保守と中道左派も引き込んだ連立政権が成立する模様。
日本もドイツも戦後大きく国家の舵取りを変え、現在に至っていますが、実は今日は、ドイツも関わった重大な記念日でもあります。日独伊三国軍事同盟が締結されたのが、1940年9月27日だったのです。三国軍事同盟の締結で、日本はアメリカをはじめとする陣営と決定的な対立関係を招来したのです。今回紹介する記事は、皮肉にもそのちょうど5年後の記事ということになります。

ところで、このヘッドラインは、実にコンパクトに状況を描写した見事なヘッドラインです。それだけに、その意味するところは深く、英語を読み解く以上の力が必要です。
文中にある、Precedent-Shattering とは、「前例のない驚きの」という意味を強調しています。記事にも紹介されていますが、アメリカ人にとって、日本の天皇は皇居の奥深くに神としてあがめられた不可思議な存在というイメージがありました。その天皇が自らマッカーサーに会いにきたこと。それも同年9月2日の降伏文章への調印から一月にも満たない時期に会談が行われたことは、マスコミに驚きを持って受け止められました。

Social Talk と書かれている部分にも含みがあり、本当は何のための会談だったのかと多くの人に疑念を与えます。そしてきわめつきは、その後の文章です。

写真にもあるように、昭和天皇は山高帽に礼服姿。対してマッカーサーはネクタイも勲章もつけず、カジュアルそのもの。
日本側からみれば、これは屈辱以外の何ものでもありません。日本の君主が正装し、相手をわざわざ訪問しているのに、迎えるマッカーサーはカジュアルな出で立ち。正に敗戦国の屈辱だと、多くの人は思ったでしょう。

しかし、当時を知るアメリカの記者は別のコメントをしています。
軍国主義という前時代の怪物が去り、日本が平和になったことを示す意味で、あくまでも「敵側の将軍」というイメージを払拭するために、マッカーサーは敢えてこうした対応をしたのだと。アメリカ流のカジュアルな交流を敢えて意図することで、既に戦争は終わり、新しい時代に向かっているのだということを、強調する意図があったのだと解釈するのです。

確かに受け取る側で解釈は大きく異なります。マッカーサーは、この時期大統領になることも意識し、マスコミを通してアメリカ国民に日本において「気取らないカウボーイ」として、アピールする意図もあったのでしょう。

ではこの訪問の歴史的意義は何だったのでしょうか。
戦前、長きにわたって、日本の潜在的な脅威はロシアであり、その後成立したソ連でした。従って、明治以降、朝鮮半島、中国への日本の進出の意図には常に、その向こうにあるロシア帝国(後にはソ連)からの防衛という意識が働いていたことは否めません。この点においては、実は日本もアメリカも利害関係は終始一致していました。そして、アメリカは、戦争が終わった瞬間からソ連を自らの脅威として強く意識し直します。その場合、中国、朝鮮半島ではなく、日本こそ、アメリカの利害を守る拠点としてコントロールしなければ、その脅威に対応できないとアメリカは考えます。アメリカの悪夢は、日本に敗戦の混乱から社会主義勢力が浸透することでもありました。実際、戦争末期、アメリカは焦っています。ソ連よりも一刻も早く日本を自分の手で降伏させ、自らの傘下に引き入れようと必死だったのです。

では、日本をアメリカ側につけるにはどうすればいいか。
天皇がマッカーサーを訪問したこの瞬間に、マッカーサーはなんらかの形で天皇制を維持することによって日本をまとめ、日本をアメリカの同盟国にしようと確信したのではと思われます。“Social Visit” から生まれた際立った結論です。
それまでは、日本の民主化には天皇の処断をもと考えていたマッカーサーの意図は、皮肉にもソ連の意図と一致していた可能性があるのです。
では、こうした状況を見つめ、再び日米の利害を一致させるために、この会見を意図した日本側、そしてそこに極秘に働きかけたアメリカ側にどのような動きがあったのか。戦後の出発点の水面下の駆け引きは、見出しの通り Not Revealed です。

Hirohito’s visit to General MacArthur’s headquarters was the first symbol to the Japanese that their Emperor truly had been stripped of this divine authority.
(ヒロヒトがマッカーサー将軍の本部を訪問したことは、日本人に天皇の「現人神あらひとがみ」であるという権威は既にはぎ取られているということを示す最初の象徴的な出来事だったのだ)。こうニューヨークタイムズは締めくくっています。アメリカとしては、天皇制は残しても、アメリカの脅威となった過去の天皇制であっては困ります。その後の日本国憲法の制定にあたって、そこをどうするかが大きな課題となったのです。

そうした意味でも、1945年9月27日の昭和天皇のマッカーサー訪問こそが、戦後の日米関係の「ありかた」を決定づけた瞬間だったのではないかと思われるのです。

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