海外ニュースの英語と文化背景・時事解説

地理的にも西欧社会を脅威にさらす ISIS の現実


【海外ニュース】

ISIS Militants in Syrian Border Town Begin to Retreat After a Month-long Battle
(ニューヨークタイムズより)

シリア国境付近に展開していたイスラム国の武装勢力はひと月にも及ぶ戦闘の末、撤退を開始

【ニュース解説】

世界の注目を集める ISIS イスラム国。先週特集したマララ・ユフスザイさんの暗殺未遂事件の黒幕といわれるパキスタンのタリバーン幹部も、イスラム国の活動に合流するという声明を 14日に発表し、その勢力拡大への新たな脅威となっています。いうまでもなく、捕虜にした欧米のジャーナリストを公開処刑したり、異教徒を奴隷にすると声明を発表したり、その時代錯誤の無法ぶりに憤りを覚える人は少なくないはずです。

そうした中、トルコの国境に接するシリアの都市カバーニ Kobani に ISIS が侵攻してきたことが、ここ数週間、欧米では緊張感をもって報道されていました。アメリカ政府は現地のクルド人勢力を支援し、ISIS に空爆を行い、なんとしてでもカバーニを守り抜こうとします。CNN など欧米の放送局は、トルコ側からその戦闘の模様を中継。それが銃撃や爆撃が肉眼で見えるほどの距離であることが世界に報道されました。

この問題の背景にあるクルド人のことを我々は知っておく必要があります。
クルド人は 3000万近い人口をもつ民族で、イラク北部、トルコなどに居住しています。独立した国家を持たないことから、分離独立運動に端を発した紛争が両国におき、サダムフセイン政権下では、クルド人への化学兵器を使用した大量虐殺が世界の非難に晒されました。
また、トルコもクルド人の民族運動には伝統的に強硬な姿勢に終始し、国内には深刻な差別問題をいまだに抱えているのです。

そうした背景の中で、クルド人の多く居住する地域に ISIS が侵攻し、トルコとの国境へと迫ってきたのです。
トルコとしては、ISIS が自らの国境を脅かし、国内に密入国しテロ活動を展開されることが現実の脅威となっている以上、アメリカとクルド人との共同戦線にまったをかけることはできません。パレスチナ問題だけで語れない中東の複雑な事情が見えてきます。

アメリカ軍の総司令官ロイド・オースティン Gen. Lloyd J. Austin は、今でもコバーニが敵の手に落ちる可能性は充分にあるとしながらも、状況は好転しつつあると報道陣のインタビューに応えています。“The enemy has made a decision to make Kobani his main effort,” General Austin said on Friday.(敵はコバーニを最重要拠点と位置づけているとオースティン司令官は金曜日に発表)と同紙は報道しています。戦国時代の国取りさながらに、ISIS はトルコとの国境の町コバーニをおさえることで、欧米に大きなくさびを打ち込もうとしているのです。実は、国境とはいえ、シリアとトルコとの間には鉄条網も検問所もない地域があちこちにあり、カバーニ陥落はトルコ、さらにその向こうにあるヨーロッパにとっても直接の脅威になるのです。

ISIS は、東側ではバクダッドを脅かし、今西ではトルコに至る地域に展開していることになります。その勢力維持のための資金はどこからきているのでしょうか。
ISIS がイラク北部の油田地帯に勢力を伸ばしたことから、石油が新たな資金源になるのではと危惧されましたが、そもそも確保した石油を輸出することが困難である以上、彼らに潤沢な資金が保証されているのではないと、専門家は指摘します。しかし、世界中に展開するイスラム教原理主義を支持する人々からの支援ルートを完全に押さえ込むことは不可能です。楽観は許せないのが現実です。しかもISISの兵士には、欧米から参加する者も多いといわれています。単に欧米に住むイスラム原理主義者のみならず、現代社会の病巣の中で人生の目的を失った若者に広くリクルートの網をかけている現実は、確かに脅威です。

イラクが自国軍によって ISIS を駆逐するにはまだ実力に限界があります。
そして、アメリカは国内世論も含め、中東への再度の派兵には政治的にも財政的にも課題があります。あのエボラ熱のように、欧米の油断をぬって拡大し、人にまで感染をはじめた ISIS。カバーニを巡る戦闘を通し、それは欧米への地理的な脅威となってきているのです。

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