「本音を見抜かれて」山久瀬洋二・画
「世界の心の交差点で」〜コミュニケーションと誤解の背景〜

アメリカの中の「異文化」の歪みが顕在化した大統領選挙とは


「よく business is business という言葉があるように、欧米には、ビジネスとプライベートな感情をわけて対人関係を維持する文化がありますよね。例えば、仕事上では激しく意見を戦わせても、それは個人と個人との関係には影響を与えないというように。つまり、ビジネスとなれば、相手の立場への配慮や相手との人間関係とは別の次元で対応するんだというけど、それは本当でしょうか」

「その問いに答える前に、business という言葉の意味について考えてみましょう。この言葉、確かに日本では仕事と翻訳しますが、仕事といえば、働いて対価をもらうことを意味します。もちろん、business にはそうした意味もありますが、それとは別に、その人がかかわらなければならないことという意味合いも business という単語は含んでいます。これは私の問題だよ、だからほっといてくれというようなときに、It is not your business. といいますよね。だから business は決して仕事のみを表してはいないのです。でも、確かに、欧米では仕事でのやりとりと、個人的な感情とを分けて対応する習慣があるのは事実です。だから、あたかも喧嘩をしているかのように、激しく仕事上の論争をしても、それが終わればケロリとして仲良く食事をしたりすることは、ごく当たり前の日常なのです」

「今、説明された business という言葉の意味を考えたとき、選挙で誰に投票するかということも個々の business なわけですよね」

「確かに。だから、仕事場などに政治の話を持ち込むことは、日本でもそうですが、タブーなのです。相手がどのようなスタンスをもっているかわかりませんからね」

「今回の大統領選挙で、トランプに投票した人は、白人の男性、それも中高年の男性が多かったっていっていますよね。それに対して、若年層や女性にはヒラリーの支持者が多かったと。家庭の中でも支持する相手が違っているというようなことも多かったんではないですか」

「そうなのです。これは business is business ではすまされない問題だったんです。家庭の中の人間関係に深刻な亀裂がはいることもあったはずです」

「アメリカ社会がなぜそこまで分断されたか、business is business で済まされなくなったのか。日本人にはわかりにくいところもありますね」

アメリカは移民社会です。ですから、移民同士の意識の確執はいつでもあって、社会全体でそれを克服してきたのが、アメリカの歴史だったのです。
今、非白人系の移民の数が増加しているアメリカ。2050年には、非白人系の人々が社会のマジョリティになろうとしています。
そうした動きの中で多様性を尊重しようという価値観が様々な社会制度を生み出しました。例えばアファーマティブ・アクションといって、マイノリティの権利を保護するために、就職や大学への進学などに彼らに有利な条件を設定する制度はその典型です。

「そうした意味では、白人の男性って最も弱い立場にあるんです。黒人系の人が差別されているというけど、ちょっとした言葉のあやで白人系の人は糾弾されてしまいます。しかも、女性に対してはセクハラの誤解を受けないようにピリピリと対応しなければならないし。そんな鬱屈が今回の選挙での投票行動にもあらわれたのかもしれません」

「ビジネスの現場や、社会一般で常識になりつつある価値観への鬱憤が、彼らの中に蓄積していたわけですね。移民社会ではないにせよ、日本でも例えばコンピュータ世代に必死に追随して、女性の進出にも対応しつつ、かつ変化する若者の価値観にも対応しなければならない中年男性の悲哀と似た様なものがあるというわけですね」

「その通り。ヒラリーが女性初の大統領になってしまえば、俺たちの最後の牙城だったせめて大統領は男性というモットーも崩れてしまうというわけですね。だから、トランプに投票した男性は、妻には内緒でこっそりという人も多かったはずですよ」

「宗教的な側面はどうでしょうか」

「アメリカ社会では、伝統的にプロテスタント系の白人が多数派を占めていました。しかし、80年代以降、そうした価値観に疑問符を投げかけてきた人がでてきたのです。特に都市部では国際的な環境の中で宗教的なしばりから離れたライフスタイルを支持する人が増えています。こうした新しい社会への抵抗もあったのではと思います。アメリカ東西両海岸の都市部はヒラリー支持の人々が圧倒的でした。それに対して、中西部ではトランプが優位。ここにそうした宗教観の対立を鮮明にみてとることができますね」

ある意味で、今回の大統領選挙は、政治的なスタンスのみならず、世代や宗教観など、人々が多様に抱いている様々な価値観がぶつかり合った選挙だったのです。
アメリカ国内の「異文化」をいかにまとめて、社会の前向きなパワーにしてゆくかというアメリカ本来のありかたをめぐり、人々が本音を出し合った選挙だったといえるのです。

山久瀬洋二・画

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