ブログ管理人 のすべての投稿

ベゾスの離婚騒動が巻き起こした報道の論理とは

“Attorney claims National Enquirer threat to publish Bezos photos was ‘journalism,’ not blackmail”

(弁護士は、ナショナル・エンクワイアラーのベゾスへの写真公開の脅しはジャーナリズム活動の一環であって、脅迫ではないと主張)
― Washington Post より

離婚スキャンダルから政治とメディアの論争へ

 アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)の離婚騒動が、思わぬ政治スキャンダルになろうとしています。
 
 事の起こりは、ジェフ・ベゾスが長年連れ添った妻、マッケンジー・ベゾス(MacKenzie Bezos)との離婚を発表したことです。タブロイド紙ナショナル・エンクワイアラー(National Enquirer)が、その離婚の背景にあるベゾスのガールフレンド、ローレン・サンチェス(Lauren Sanchez)との情事を暴こうとしました。
 
 有名人のスキャンダルをメディアが暴くことはよくあり、それ自体は報道が事実に反した誹謗でない限り、合法的な行為です。
 しかし、この問題にベゾスは強く反発します。ベゾスは、アメリカを代表する新聞社ワシントン・ポストのオーナーであり、同紙は現在、トランプ大統領の様々なスキャンダルを追っています。反して、ナショナル・エンクワイアラーの最高経営責任者デイビッド・ペッカー(David Pecker)は、トランプ大統領を支持しており、大統領の政治顧問であるロジャー・ストーン(Roger Stone)とも交流があると噂されていることが、ベゾスの反発の背景にあるようです。
 ベゾスは、メディアなどでの大統領への攻撃を続けるなら、ベゾスの極めてプライベートなスキャンダルの内情を暴く、とペッカー側から脅しをかけられていると主張します。それに対し、ベッカー側はあくまでもベゾスに関する様々な違法行為や情事を記事にする調査であって、違法性はないと主張しているのです。
 

懸念される取材の違法性と才能の枯渇

 タブロイド紙が、有名人や影響力のある人物に対して、スキャンダルをネタに様々な情報を得ようとするのはよくあることです。今回は、ベゾスのガールフレンドであるサンチェスの兄弟から情報のリークがあった、ともいわれています。さらに、ベゾスの離婚発表後にしか知り得ないような情報をナショナル・エンクワイアラーが入手しており、そこにはハッキング行為が介在している疑いも強いのです。ワシントン・ポストは、自社がベゾスに所有されていることをしっかりと紙面で解説しながら、そうした事件について報道をしているのです。ナショナル・エンクワイアラーの親会社にあたるAMI(American Media Inc.)に対して、こうした行為が単なるタブロイド紙の「下品」な報道の域に収まらず、違法性すらあるのではないかと、同紙は解説します。
 
 ベゾスの離婚騒動は、ベゾス自身の資産の分配にからんで、アマゾンの経営自体にへの大きな影響も懸念されています。いわゆるガレージビジネスから始めて、アマゾンを世界屈指のオンライン小売店に育てた、ベゾスの経営手腕が賞賛されてきたことは周知のことです。ベゾスの手腕は、ある意味で不動産など様々な事業に手をかけては失敗を続けてきたトランプ氏にとって、嫉妬の対象であるともいわれています。
 今回のベゾスとタブロイド紙との係争の背景に、そんなトランプ陣営と、トランプ大統領の資質を常に問い続ける、ワシントン・ポストに代表されるアメリカの有名メディアとの小競り合いがあることだけは事実のようです。
 
 日本でも、著名な人物がスキャンダルでその地位や名誉を失うケースが後を絶ちません。メディアが、プライベートな問題と、その個人のビジネス手腕や才能とをまぜこぜにして、その人を葬り去ってしまうケースが多くあります。報道の自由は、民主主義国家では絶対に守られなければならない権利ですが、その権利を武器に、才能ある個人を、才能とは無関係な個人の問題をネタに叩き潰すことが、正しい報道姿勢なのかどうかは、我々も常に評価してゆかなければなりません。特に、メディアがポピュリズムを煽り、安価な勧善懲悪の刃を振りかざし、視聴率や購読者数を増やそうとすることの危険性には注意が必要です。メディアには、国の権力以上に世論への牽引力があるからです。
 

「報道の自由」はメディアと政治の武器ではない

 ベゾスは、デイビッド・ペッカーの圧力には一切屈しないどころか、その過ちを公表し続ける姿勢を強調しています。この件で、アメリカの三大ネットワークの一つであるABCのコメンテーター、ステファノプロス氏がAMIの弁護士にインタビューをしています。
 その中で彼は、今回の問題は単なるタブロイド紙の報道の域を超えており、その背景にはベゾスのガールフレンドの関係者が、トランプ側と深いつながりがあることも絡んでいるのではないかと詰め寄りました。つまり、トランプ政権による何らかの影響が、暴露報道事件の背景にあったのではというわけです。その真偽はいまだに霧の中ですが、もちろんAMI側はそうした事実を強く否定し、AMIは報道機関として通常の取材と報道を行ったまでだと主張します。
 
 ある意味で、こうした報道は騒ぎが大きくなればなるほど読者を捉え、メディア側の収益につながることも事実です。日本でも、法的な問題が刑事事件にならない限り、民事訴訟での経費は取材費用の一部である、と豪語する人もいます。あえて違法すれすれの報道を行うことによって、取材対象を傷つけながらも売り上げを伸ばし、その行き過ぎを否定されれば、報道の自由は守られなければならないとするのが、報道機関の悪弊でもあるのです。
 
 一方、日本の政治家が、そうした報道を規制する法律が必要だと発言したこともありました。これはこれで、極めて危険なことなのです。報道の自由は絶対に守られるべきですが、それを「ならずものの武器」にしないようにするには、視聴者の良識と目が鍛えられてゆく長い努力が必要なのです。そのことで政治権力が報道への規制に乗り出すことは、民主主義の土台を覆す行為に他なりません。
 
 ベゾスの問題は、こうした複雑な課題を我々に投げかけているのです。
 

* * *

『トランスナショナル・マネジメント:アメリカ人に「NO」と言い、「YES」と言わせるビジネス奥義』山久瀬洋二 (著)トランスナショナル・マネジメント:アメリカ人に「NO」と言い、「YES」と言わせるビジネス奥義』山久瀬洋二 (著)
国家・民族・言語・宗教の境界を超えてアメリカ人と対等にわたりあう、80の絶対法則!
欧米をはじめ、日本・中国・インドの大手グローバル会社で100社4500人の異文化摩擦を解決してきたカリスマコンサルタントである山久瀬 洋二氏が、トランスナショナルなアメリカ人を正しく理解し、対等にビジネスするための奥義を、豊富な事例と図解でわかりやすく説明します。英語よりも、MBAよりも、もっとずっと大切なものがここにあります。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

「戦争とビジネス」、そして「グーグルとビッグデータ」

Delegations during signing of the Treaty of Versailles

“We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness.”

(われわれは、すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているということは、自明なる真実であることを信じる。)
― アメリカの独立宣言より

パリ講和会議に見る「アメリカの世紀」

 ちょうど100年前の1月18日から、パリで第一次世界大戦後の体制を決定するための講和会議が開催されました。
 会議の名前は、パリ講和会議。日本を含む主要な戦勝国5カ国を中心に、世界大戦に関与した国々が集まり、戦後の世界のあり方について討議したのです。
 
 世界史に興味のある人ならお分かりのように、この会議では当初、敗戦国には賠償金を請求せず、恒久的な和平を実現するために国際連盟を設立することなど、様々な理想が討議される予定でした。
 しかし、実際に締結された講和条約には、敗戦国ドイツに対する高額な賠償金の支払いが盛り込まれ、国際連盟にアメリカ合衆国は参加しませんでした。その結果、経済的に破綻したドイツが国家主義に走り、ヒトラー政権を生み出したことは、多くの人の知るところでしょう。
 
 講和会議では、世界史で初めてアメリカの存在感の大きさが注目されました。20世紀は「アメリカの世紀」と呼ばれています。20世紀初頭に移民による豊富な労働資源と消費パワーに押され、さらに19世紀に開拓した広大な領土と、そこで根付いた産業に押され、アメリカは経済大国へと成長したのです。
 アメリカは世界の金融市場にも大きな影響を与えるようになります。もともとアメリカは、イギリスの経済的束縛から脱却しようと独立した国家です。ヘッドラインで紹介した独立宣言にも書かれているように、アメリカは「幸福を追求すること」を国民の基本的な権利であると、世界に先駆けて保障した国家です。この「幸福を追求する権利」の保障こそが、アメリカ人の資本主義精神の背骨となるのです。言い換えれば、アメリカでは経済活動、資本主義活動は、国民の根本的な価値観に沿った行為であるといえましょう。
 
 さらにいえば、こうした経済的発想こそが、アメリカ人のいう「business」という感覚なのです。例えば、日本人は露骨にお金の話をすることを伝統的に忌避する傾向があります。ですから、「business」感覚をむき出しにせず、商業活動においても物事を婉曲に進めることを求めがちです。しかし、20世紀になって、そうした「business」的な風土を持つアメリカが世界経済に大きな影響を与えだすと、人々は以前よりも資本主義を信奉し始めるのです。
 

John Trumbull: Declaration of Independence

資本主義が推進する「戦争」という名の「ビジネス」

 第一次世界大戦は、そんな経済的な論理の影響を強く受けた、最初の戦争といっても過言ではありません。アメリカの金融界は戦争に対して投資を行い、その投資した資金の回収を強引に進めます。特にイギリスやフランスへの投資が無駄にならないようにと、アメリカは経済界の圧力の下、伝統的な孤立主義を打ち破って自らもヨーロッパ戦線に参戦します。そして、戦争が終わると、敗戦国からの賠償金の取り立てによって投資の回収を急ぎます。当時のアメリカのウィルソン大統領が提唱した理想主義も、金融界のそうした動きの中で封じ込められてしまうのです。
 
 それ以降、「戦争はビジネス」という一つの常識が生まれました。戦争は国家による巨大な消費行動です。武器のみならず、ありとあらゆる産業が戦争に動員されます。このことが、金融業界や資本家を益々豊かにしてゆきます。
 戦争は、必ずしも有利に展開するとは限りません。しかし、仮に味方が不利であったとしても、生産活動やそれに対する投資には追い風になるかもしれないのです。ある時期まで、ヘンリー・フォードをはじめとしたアメリカの経営者の多くが、ヒトラーを支持していたことは有名な話です。彼らの心の中によぎったのは、こうした資本主義の理念が、ソ連によって打ち砕かれることへの恐怖でした。ドイツに共産主義の浸透を阻止する壁となって欲しかったのです。同時に、独裁国家によって急成長を遂げるドイツの軍備、そして経済への投資にも興味があった彼らにとって、ヒトラーを支持することは、一石二鳥の効果があったのです。
 
 その後、ヒトラーの政策が過激になり常軌を逸してくると、彼らの態度も一変します。しかし、この「戦争とビジネス」との関係は、第一次世界大戦以後、現在に至るまで継続しているのです。ベトナム戦争はアメリカに苦い教訓を与えました。しかし、当初ベトナム戦争に消極的であったケネディ大統領を押し切って、泥沼の内戦への介入を強く求めたのは、アメリカの経済界だったのです。中東でも同様のことがおこります。「戦争とビジネス」、それは今もなお切っても切れない、人間の欲望の追求のテーマとなっているのです。
 
 もちろん、こうした発想にブレーキをかけようと、人々が良心に訴えてきたことは事実です。しかし、戦争とビジネスとの相乗作用によって世界がより便利になり、軍事技術が通常の産業に転用され、人々の「幸福を追求する権利」への甘い蜜となったとき、我々はともすれば妥協をして、そうした繁栄を享受しようとしがちです。
 
 21世紀に入り、「戦争とビジネス」との関係は新たな段階へと「進化」しました。それは、サイバーセキュリティという新たなビジネスが、戦争やそれを遂行する国家運営と手を組んだことです。
 世論を操作するために、グーグルなどによるデータが、国家のニーズに沿って活用されつつあることも懸念材料です。個人の様々な消費行動や趣味趣向がビッグデータに集積され、それが世論操作へ活用されようとしています。選挙はいまや、ネットビジネスにおける巨大な市場の一つです。民主主義を操るツールとしてSNSやAI、さらにビッグデータが活用されていることは周知のことです。しかし、それが第一次世界大戦以降の「戦争とビジネス」との婚姻関係が進化し、モンスター化した結果であることに気づいている人は少ないかもしれません。
 

2019年、「戦争とビジネス」はどこへ向かうのか

 18世紀から19世紀にかけて、人々はアメリカでの綿花の生産を支えるために、進んで奴隷貿易に投資しました。奴隷を捕獲し輸出したのは、アメリカの資本家だけではありません。それによって利益を享受した、イギリスやオランダも奴隷貿易の恩恵にあずかったのです。そのモラルが問われたとき、人々はさらに巧妙に民主主義やグローバリズムの衣を被りながら、「戦争とビジネス」との婚姻を進めました。そして現在、その婚姻関係の蜜月を享受しようと、新たなツールであるインターネットやAI技術に目をつけているのです。
 
 ビジネスは、人々に幸福と不幸を同時にもたらす諸刃の剣であることを、我々は今まで以上に知っておく必要があるわけです。
 パリ講和会議からちょうど100年経つ今、我々は改めて「戦争とビジネス」との関係に注視するべきなのです。
 

* * *

『The Mark Zuckerberg Story (Facebookを創った男: ザッカーバーグ・ストーリー)
』トム・クリスティアン(著)The Mark Zuckerberg Story (Facebookを創った男: ザッカーバーグ・ストーリー)』トム・クリスティアン(著)

世界を席巻する巨大メディアFacebook創始者マーク・ザッカーバーグ。最新の話題をシンプルな英語で読む!ビジネスシーンで使えるボキャブラリーも満載。
利用者が全世界で増え続ける交流サイト最大手”Facebook”のアイデアは、米ハーバード大学の寮の一室からはじまった。2004年のことだ。その部屋に住む男子学生の名前は、マーク・ザッカーバーグ。数年で巨大メディアを生み出すことなど想像もしない19歳の学生だ。その若き実業家ザッカーバーグの大学時代の活動から、最新の超大型企業買収までを平易な英語で綴る。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

ゴーン氏事件によってあらわになった日本の司法制度の課題とは

“The Carlos Ghosn case is putting Japan’s system of ‘hostage justice’ under scrutiny”

(カルロス・ゴーンのケースは日本の「人質型司法」の是非を問いかけている)
―CNNより

 日本の司法制度に今、海外の厳しい目が向けられています。
 例のカルロス・ゴーン氏のケースで、彼の勾留が次々と延長されている状況が世界で報道され、注目されているのです。

日本の司法における「被告人」とは

 実は、日本の司法制度は、戦前からの規定がそのまま生きているものも多く、硬直し変化することができない日本の制度の代表、といっても差し支えありません。
 英語でdeath and taxesという言葉があります。これは、「死と納税は人間である以上、逃れられない2つの宿命である」として、税金を納める義務の厳しさを表したイディオムです。
 所得を過少報告し、さらに背任容疑にも問われているゴーン氏の置かれている立場が厳しいものであることは、日本のみならず海外においても異論はありません。
 しかし、日本の場合、検察税務署の旧態依然とした一方的な取り調べ方があまりにも異常であると指摘されているのです。
 日本では、弁護士であっても、税務署と争うことを嫌います。また、検察の取り調べに対し、弁護士が被告を代理して立ち会うことは許されません。その結果、被告は一方的に独房に閉じ込められ、長期間の厳しい取り調べに耐えなければならないのです。
 
 ここで、冷静に考えてみたいことがあります。
 憲法でも保障されているように、民主主義国家では人を非公開な環境で裁くことは禁止されています。同様に、被告人には黙秘権もあれば、弁護士を立てて争う権利も与えられています。当然、被告人は裁判で有罪とされるまでは罪人ではありません。被告人はあくまでも被疑者であって、罪を犯した疑いをかけられているに過ぎないのです。
 従って、裁判に至る過程を含め、裁判所での判決が下るまで、被告人は自らの罪が冤罪であること、あるいは軽微なものであることを証明する権利があるわけです。
 
 アムネスティ・インターナショナルを含む海外の専門家、ジャーナリストが指摘したいのは、日本では被疑者を一方的に長期間拘束する制度が通用することが、この民主主義国家の原則から大きく逸脱しているのではないかということなのです。
 その結果、日本では検察が起訴したケースの99.9%に有罪判決が下されているという、驚異的な統計が指摘されるのです。これは基本的人権が保障され、報道や言論の自由が認められている他の主要先進国と比べると、5%から15%も高い数字です。
 
 それだけ警察や検察官が緻密に捜査をしているからだ、という主張はあるかもしれません。しかし逆にいえば、その緻密さと同様の時間と労力をかけて、被告が自らにかけられている疑いに対して、潔白を示す機会が与えられているのだろうかという疑問が投げかけられるのです。
 そして、被疑者が証拠を隠滅しないために留置するのであれば、被疑者が自由を奪われている間に、検察官や税務官が自らに有利な証拠を捏造しない保障はどこに与えられているのでしょうか。
 このことから、CNNは日本の検察の取り調べをhostage justice、つまり「人質として取り調べる司法制度」と皮肉っているのです。
 

「拘置所」は「刑務所」ではない

 今回、ゴーン氏は何度も保釈を請求したものの、最終的には彼がいまだに影響力があり、証拠を隠滅する可能性があることを理由に、裁判所は保釈請求を却下しています。
 彼の息子によれば、ゴーン氏は長期間の勾留によって、10kg近く体重が減っていると指摘しています。
 
 CNNはこのケースを取り上げるにあたって、2014年にビットコインのスキャンダルで、会社の資金を不正に流用した疑いで11ヶ月半勾留された、マルク・カルプレス氏にインタビューしています。
 彼によれば、日本での勾留は単なる留置ではなく、すでに刑罰を受けているに等しい環境であると述懐し、その過酷さについて厳しく指摘しています。彼は、拘置所内の狭く劣悪な環境で、毎日長時間取り調べを受け、協力するよう迫られた模様を証言しているのです。カルプレス氏は拘留中に34.9kgも体重が減り、窓のない小さな畳の部屋に勾留され、規則を守るよう看守より厳しい指導や強制を受け、違反すると両手を後ろ側に拘束され、椅子のないフロアの上に数時間放置されたこともあったと証言します。
 カルプレス氏は最終的に保釈されますが、彼の裁判はまだ継続中で、今年の3月に裁判員による評決が予定されています。その手続きの長さと、その間に実質上仕事も移動もできない状況に置かれることも問題だと彼は訴えます。
 
 ここでポイントを整理します。
 拘置所は、刑が確定するまで被疑者を留置する場所です。
 基本的に殺人事件のような重大犯罪などを除けば、刑が確定するまでは、被疑者は保釈されることも多く、保釈にあたっては、保釈金を預けると共に、逃亡や証拠隠滅を図らないように様々な条件が設定されます。さらに大切なことは、拘置所は犯人を処罰するところではないのです。拘置所は刑務所ではありません。従って、看守による過度の拘束や侮辱、処罰などを受ける場所ではないわけです。
 
 もちろん、金銭上のモラルの問題において、ゴーン氏やカルプレス氏に対して様々な指摘があることは当然でしょう。ただ、その問題と司法や刑罰の制度とを混同してはまずいことを、我々は冷静に考えるべきです。

日本は本当に「民主主義国家」なのか

 多くのメディアは何よりも、同じ制度に固執し変化を嫌う、日本の権力構造を象徴したものとして、今回のケースを注視しているのです。
 日本が本当に自由で民主的な国家なのか。今回の事件は皮肉にも、ゴーン氏が有罪かどうかということ以上に、こうした原点的なテーマを問いかけるケースとなってしまったのです。
 

* * *

複雑な日本のシステムが一目瞭然!

『全図解 日本のしくみ』安部直文 (著者)、マイケル・ブレーズ (訳者)全図解 日本のしくみ』安部直文 (著者)、マイケル・ブレーズ (訳者)

身の回りの素朴な疑問から、複雑な政治・行政・経済・司法のしくみについて、簡潔な文章とイラストで、すべてにお答えする“絵解き”小事典。専門用語がすべて英語に!
複雑で流動的な日本の社会制度を、ひと目でわかるように図解を主にして解説。1つのテーマを2〜4ページのダイジェスト版にすることで、不明瞭とされがちな日本のしくみの輪郭がコンパクトに見えてくる。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

台湾を知れば、戦後の隣国の複雑な国際環境がみえてくる

“Over the last few years China has made a series of ambitious military reforms and acquired new technology as it aims to improve its ability to fight regional conflicts over places like Taiwan.”

(ここ数年間、中国の本格的な軍事、軍事技術改革によって、台湾など周辺地域での戦闘能力が改善されている)
― CNNより

台湾に感じる日本への関心と複雑な状況

 台湾に出張しました。
 台湾では、出版関係の人々と様々な書籍の企画について話し合いました。
 彼らが一様にいうには、台湾の人は日本への興味が強く、一般的な日本紹介の書籍はすでに出尽くしているということでした。彼らが本当に求めているのは、よりニッチで深い日本の事柄なのです。
 
 その上で、ある編集者が私に日本人の台湾への意識の低さを嘆いていました。台湾へ観光に来る人は多いものの、台湾の置かれている本当の状況を理解しようと思う日本人は極めて少ないというのです。
 
 台北の中心部に、林森・康楽公園という市民の憩いの場があります。ここには日本の鳥居が二つ立っています。これは、戦前に日本が台湾を統治していた時代の第7代総督・明石元二郎とその秘書官を葬ったときに建立されたものといわれています。そこには、この鳥居が歴史の記念碑として保存されている旨の案内板が置かれています。案内板には、日本の統治時代への批判は一切触れていません。
 
 台湾の人々のこうした日本への意識に触れるたびに思わされることが、この国の置かれている複雑な状況です。
 韓国と同様、台湾は戦前日本が植民地にしていました。その後、中国での国共内戦の結果、国民党政府が台湾に逃げ込み、中華民国の本拠地となったことは、歴史を勉強したことのある人であればお分かりかと思います。
 

日本人の知らない台湾の事情と独立の精神

 しかし、それ以上台湾のことを詳しく知る人は、日本には少ないようです。
 もともと台湾には、現地に昔から住んでいた人々がいました。こうした人々を台湾では本省人といいます。
 そもそも台湾は中国の東にある自立した島でした。大航海時代にはオランダやスペインが拠点を置いたこともありました。
 清朝になって、中国本土の主権が及ぶようになったものの、実質上組織的な統治が進められたのは、日本が日清戦争の後に台湾を植民地にしてからのことでした。
 そして、日本が戦争に負けたあと、台湾を引き継いだ国民党が、中国本土からやってきた新たな占領軍となったのです。
 
 国民党政権は、台湾在住の人々を統治するにあたり強権を発動しますが、国民党内部の腐敗や横暴な統治に人々は反発し、大規模な暴動も起こります。国民党が本格的に統治を始める直前の1947年には有名な二・二八事件という暴動が起こり、国民党政府が民衆に発砲、反政府活動をした者のみならず、数万人の本省人や残留日本人が殺害されたといわれています。
 
 多くの本省人にとって、国民党は日本に代わって台湾に入ってきた侵略者だったわけです。中国本土が共産化され、台湾が国民党政権の下に中華民国として存続した後も、外省人と呼ばれた中国本土からやってきた国民党関係者と本省人との対立は続きます。その結果、中華民国政府は政権基盤を強めるために、長期間国民党による独裁政権を維持していました。その結果、多くの血が流れました。その詳細はいまだに闇の中。日本でもほとんど知られていないのです。
 その後、本格的な民主化運動が始まり、総統が選挙で選ばれたのは1996年、李登輝政権のときでした。それは、反共の砦として、冷戦の中で1987年まで民主化運動を封じ込めていた韓国と、極めて似た経緯であったといえましょう。
 
 ここで知っておきたいのは、台湾が自らの独立を保とうと主張するとき、それは中華人民共和国に対して独立を維持しようというのではなく、台湾が台湾として、外省人が打ち立てた中華民国から独立しようという主張であることです。
 台湾では、中華民国ではなく台湾としてのアイデンティティを維持し、その上で中華人民共和国が主張する一つの中国という発想からもしっかりと距離を置き、自立しようという世論が強いのです。
 
 しかし一方で、経済大国となった中国なしには、台湾経済は成り立たないといわれています。それだけに、台湾の人はやっと獲得した民主化された台湾が、中国に飲み込まれることには強い警戒感があるのです。
 
 台湾の人の多くは、日本から独立し、中華民国からも独立し、かつ中華人民共和国からも侵略されずに、台湾として独立したいのです。しかし冷戦以来、中国は台湾を宿敵の国民党の統治する国家として見てきました。そして、台湾は中国の一部であると主張します。そのために、中国への配慮から国際政治の中では、台湾を国家として承認する国はほとんどなくなりました。ここに、台湾の本省人のやりきれない思いがあるのです。
 
 人口2300万人の台湾こと中華民国が、いかに本当の台湾となり、強大な中国(中華人民共和国)の脅威からも自立できるか。この政策をめぐり、台湾では選挙のたびごとに意見が激しく対立します。
 

隣国の歴史を理解し、対日感情と向き合う

 そして、沖縄のすぐ西にある台湾は、日本にとっても極めて重要な国であることも、我々はもっと理解する必要があるのです。

「台湾人に、日本の植民地時代への反発がないかといえば嘘でしょう。しかし、その後の国民党に支配された台湾の悲劇が、それ以前の過去を吹き消しているのです。今、台湾は日本との協力と連帯を強く求めているのです」

 ある出版関係者はそう語ります。確かに書店に行けば、日本語のコーナーも英語と同じほどの大きさで、様々な日本語学習書が並んでいます。

 
 韓国は長年、韓国人の国家でした。ですから、日本が植民地にしたことへの恨みが深いことは否めません。それと比較して台湾は、そもそも日本が統治した後、中国が台湾に進出し、現地の意向をよそに国家をそこに樹立したわけです。この歴史的背景の違いが、韓国人と台湾人との対日感情の差異となっていることも、理解しておくべきなのです。
 

* * *

『旅する台湾華語 台灣好好玩!』簡希蓁(著者) 高向敦子(構成)旅する台湾華語 台灣好好玩!
簡希蓁(著者) 高向敦子(構成)
「旅」をテーマに学ぶ、すぐに使える台湾華語

台湾に興味のある人や台湾華語を学ぶ人にとって、まさに旅行は実践の最大のチャンス!本書では、台湾旅行を9つのシチュエーションに分け、それぞれのシーンで想定される台湾人との会話を通じて台湾華語を学びます。 飛行機の機内アナウンスからはじまり、観光に出かけ、街歩きや買い物・食事を楽しんだ後、台湾人と仲良くおしゃべりを楽しむ…というように、実際に旅の気分を味わいながら学習できる構成になっています。CDつきだから、音声を聞いてすぐに使えます。台湾旅行を存分に楽しむための学習書。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

AI時代にJapan Inc.の遺物として立ちはだかる「How to 教育」

“Japan Inc. is a descriptor for that country’s traditional, highly centralized economic system.”

(ジャパンインクとは、日本の極めて中央集権的な経済システムを指す記述である。)
― Investopediaより

変革を拒む日本の「How to教育」

 よく日本人はHow(「どのようにするか」というやり方を問いかける質問)には強いものの、Why(「なぜ」という理由や本質を尋ねる質問)を受けると戸惑ってしまうといわれます。欧米では、教育の基本は子供に「Why?」と質問することを奨励することから始まります。
 しかし日本では、教師に「なぜ」と聞くこと自体めったにないことで、教育はいまだに双方向ではなく、教師から生徒への一方通行で行われています。そしてその教育は、問題の解き方の「How to」を教える教育に終始します。
 
 日本の教育は究極のところ、大学入試に向かうためにデザインされています。
 大学入試制度は戦後、様々な試行錯誤を続け、センター試験の導入などはあったものの、入学試験自体のあり方に根本的なメスを入れることはありませんでした。
 高度経済成長に向けて、そうした教育で育った人材が優秀なビジネスマンや官吏として社会に送り出されました。当時の日本はまだ貧しく、人々はハングリー精神を抱き、成長する経済に挑んでゆきました。
 詰め込み教育と批判されながらも、教育現場にも競争原理が持ち込まれ、そうして育成された人材が、そのままJapan Inc.(株式会社 日本)と世界から評された強力な組織の土台を造ったのです。
 そして、この日本の土台を造った教育が、日本の経済的成功の中で評価され、日本人自身もそれを維持することの必要性を感じていました。
 
 ところが、オイルショックなどと共に高度成長が終わり、低成長時代に入り、社会環境が変化し始めた後も、日本はそれまでの教育方針を時代の針に合わせて変革することを拒んできたのです。
 高度成長の時代までは、塾などの補助教育の機能は、進学校自体が概ね担って優秀な学生を有名校に送り出していました。しかし、その後、その役割を塾業界がビジネスとして担うようになりました。そして、バブル経済の到来です。好景気の波に乗って塾業界も急成長し、大学への進学を考える生徒のほとんどが、何らかの塾に通うことが定例化するようになったのです。その背景には、親の世代の個人所得が以前に比べ大幅に増加したこともあったと考えられます。
 結局、日本の教育は塾などの民間企業と学校などの公的機関との二人三脚で、産業として肥大化し、その結果、組織として教育界全体が迅速に変化することが難しくなりました。
 教育業界は、まさにJapan Inc.の典型例であると共に、その負の遺産の象徴となってしまったのです。
 
 英語教育を例にとってみましょう。
 今、改めて日本の英語教育の質が問われています。しかし、塾も学校も多くの英語教師は高年齢化しています。あと数年変化がなければめでたく定年ということで、わざわざ今求められているコミュニケーション型の英語教育にシフトしてゆくことには極めて消極的です。
 さらに、学校の教員や塾の講師など、教育者自身も、すでに塾世代の洗礼を受けているため、どうしても今のままの受験教育のやり方に固執してしまいます。
抜本的な改革をしようとしても、彼らは原則を変えるノウハウを見出せずに、できる限り現状維持を求めます。従って、変化しなければならない本質を残したまま、微調整だけに終始してしまうのです。
 

AI時代に求められる「人間のコミュニケーション力」

 では、そうした変化しにくい教育現場に突きつけられている日本の課題とは、どのようなものなのでしょうか。
 簡潔にいうならば、AI(人工知能)に取って代わられ必要ではなくなる知識を、日本人は今なお必死に勉強しているのです。そして、AIが人間の生活に多くの変化をもたらしたときに必要とされる教育へのアプローチが皆無なのです。
 数世紀先の世界を考えれば、AIも相当進化するでしょう。しかし、少なくとも今後数十年の状況を予想したとき、AIは情報を学習し、集積し、そのデータをもとに機能してゆくはずです。もちろん高度な計算や状況分析の分野ではAIは相当役に立つはずです。また、自動翻訳のように、言葉の壁を乗り越えた意思疎通の場でもAIは大きく貢献できるはずです。
 
 しかし、いかに自動翻訳が進んでも、人と人とのコミュニケーションは、人間の領域として残るはずです。また、そのコミュニケーションの母体となる、相手への理解と、その理解の原点となる知識を引き出そうとする行為は、人間に所属します。
 であれば、求められる英語教育のみならず、教育全般の将来像も自ずと見えてきます。情報の供給はAIが行うものの、情報源自体の存在を知悉し、それにアクセスする判断と好奇心は人間に属した行為となるはずです。そうした判断力と対応力の育成こそが、教育業界に求められているのです。
 
 例えば、ある国の人と別の国の人とが緊張関係に陥ったとします。その時にまず世界言語である英語を使い、双方がコミュニケーションを促進しようと努めなければなりません。同時に、どうしてお互いが相手にそうした感情を抱いたかという原因を、それぞれが自らの知識の引き出しの中から取り出して、その知識が正しいかどうかを確認するとき、さらに副次的な情報を得るときにAIの力を借りなければなりません。
 その上で、緊張関係を協力関係へと進化させるための行動を選択するための判断を行います。その判断はAIのサポートを得ながらも、最終的には人間が行わなければならないでしょう。
 
 今の日本の教育は、こうしたプロセスを深化させるためのコミュニケーション力、判断力、そして想像力及び創造力を養うことなく、AIが行う情報の収集と習得という覚える行為に、その力の大半が削がれているのです。また、そうした情報源へのアクセスを促す動機を形成するリベラル・アーツ、すなわち一般教養が極めて軽視され、事実の存在を知らないために、そこにアクセスすること自体が不可能な人材が育てられているのです。
 塾や学校は、大学入試が変わらなければ、そうした改革にメスを入れることは不可能といいます。しかし大学側は、学生が入学してきた時点で、教養面、コミュニケーション力や判断力という人間力の側面から、すでに多くの課題を背負っていると批判します。
 
 その結果、社会には、高度成長の時代のエネルギーが冷めきったまま形骸化したJapan Inc.で、組織の歯車としてしか機能できない人間が排出されています。これが、日本人が今世界でリーダーシップをとれず、国力自体が減退している原因なのです。
 そんな日本人が最も得意なことは、組織を可もなく不可もなく安全に運営してゆくことでしょう。社会人の多くが、慎重に責任を負わないように従順であればよいという消極的な動機から、組織全体がコンプライアンスと財務的な安定性のみに注力し、現状維持以外のソリューションを見出せなくなっているのです。しかし、変化のない組織はいずれ淘汰されるのです。
 

「知識を蓄積する」教育から「判断力・創造力を養う」教育へ

 Japan Inc. の遺物にすがる教育を、いち早く是正しなければなりません。暗記偏重のリベラル・アーツ教育から、判断力や思考力を養う糧としてのリベラル・アーツ教育へと、見直しが求められます。その上で英語教育改革をはじめとした、様々な分野での変革を実施しなければなりません。
 AIは「How to」は得意です。であれば、「How to 教育」を脱却し、白紙から何かを創造する空想力やダイナミックな発想力を養える、人間力育成教育へのシフトが必要なのです。
 

* * *

『コミュニケーションのためのやり直し英文法』草野進、スティーブ・リア (共著)コミュニケーションのためのやり直し英文法』草野進、スティーブ・リア (共著)
「会話力アップ」を目的に英文法をやり直そう!
コミュニケーション・ツールとしての英会話力に必要な「50の文法」

中学や高校で学んだ英文法。文章読解や英作文だけに使っていたその文法は、会話をする上でも、やはり大切な要素です。相手が言っていることを間違いなく理解し、自分が考えていることを正確に伝えるために必要な文法を、会話文から実践的に学びます。挨拶程度ではなく、“コミュニケーション・ツール” としての英会話力に必要な「50の文法」をギュっと凝縮して1冊にまとめました。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ