ブログ管理人 のすべての投稿

したたかな国際社会の無法の掟とは

Newark Liberty International Airport

“Don’t ask for permission, beg for forgiveness.”

「許可を求めるな。許しを乞え」
― アメリカの格言より

 今回アメリカに出張したときのことです。
 その日はニューヨーク郊外にあるニューアーク空港から、シカゴ経由でロサンゼルスまで移動することになっていました。
 そもそも、ぎりぎりまでアポ先のスケジュールが固まらなかったために、直行便の予約ができず、仕方なくシカゴ経由となったのです。
 
 さて、空港に到着して発券機を使って搭乗券を受け取ろうとすると、思うようにいきません。近くに航空会社の係員がいたので助力を求めると、彼女いわく、シカゴ行きが大幅に遅れるため、乗り継ぎ便に間に合わないとのこと。そもそも、夜遅くロサンゼルスに到着するはずだったので、この便を逃すとホテルの予約など、様々な不便に見舞われます。
 
 そこで、直行便に空席があるかと尋ねると、大丈夫ということですが、その便の座席の状況を見ると、後方の真ん中の席しか空いていないのです。
 うんざりですね。しかも元々の便ではマイルを払ってアップグレードし、ビジネスクラスの通路側を予約していたのです。

「マイルはちゃんとクレジット(credit)してくれますよね」

私がそう確認をすると、

「自分の担当ではないので、後でウェブサイトで問い合わせてよ」

とそっけない返事。そもそも遅延があって迷惑をかけたことへの謝罪もありません。しかも、このウェブサイトが曲者で、一度変更してしまった航空券の差額を返金してもらうにはかなりの手間がかかります。

「ここでは何ともならないの?」

とさらに問い合わせると、

「無理よ。この便に乗るの、どうするの?」

という応対です。

「他に方法はないよね。じゃあ、ともかく搭乗券をください」

と言って、しぶしぶ手続きを終えました。

 

 やれやれとため息ひとつ。ところが、これで話は終わりません。
 搭乗券を持って、セキュリティ・チェックの場所に行くと、そこが長蛇の列なのです。搭乗券を見ると搭乗時間まで15分しかありません。しかも、出発30分前には搭乗を締め切り、飛行機に乗れなくなると書いてあります。
 先ほどのエージェントは、空港の混雑状況や差し迫った搭乗時間への配慮がなかったわけです。しかも、このまま列に並んでいては乗り遅れ、乗り遅れた責任は自分に降りかかる恐れすらあるわけです。先ほどのエージェントと搭乗ゲートの係員との連携プレイなど期待できないのです。
 
 列の後ろにつき、そばにいる警備員に急を伝えても、ともかく列に着くようにと言うだけです。一体これは誰の責任なのでしょう。日本であれば、航空会社に強くクレームすれば何とかなるかもしれません。しかし、アメリカではそんなことをしている間に本当に乗り遅れ、あとの処理は全て自分で行うということになりかねません。
 
 そこで、私は手荷物をしっかりと握りしめ、「Excuse me. I am missing my flight. Sorry. Let me pass!」(すみません。飛行機に乗り遅れそうなので、ごめんなさい。先に行きます!)と連呼しながら、並んでいる人を押し分けてどんどん前に。
 おそらく100人抜きはしたのではないでしょうか。何度も同じ言葉を繰り返し前進です。ただ ”Excuse me!” と言ってもダメでしょう。「乗り遅れそうなんだ」という理由をちゃんと添えて連呼し、横に人がどいてくれたら ”Thank you!” と何度もお礼を言いながら、なんとか数分で列の先端にやって来たのです。
 この行為で、やっと飛行機に間に合います。
 
 そして、飛行機が出発する直前、前方に通路側の席を見つけます。
 すかさず、キャビンアテンダントにオリジナルの予定が書かれた書類を見せ、事情を話し、運良くたったひとつ乗客が乗ってこなかったことで空席になった、ビジネスクラスの通路側の座席に座ることができたのです。
 6時間のフライトです。座席を確保した時の安堵は言うまでもありません。
 

 一度日本を離れれば、自分が求めることは自発的に動かない限り、誰も助けてはくれません。
 このケースの場合、そもそも最初のエージェントの対応に大きな問題はあるものの、その結果起きてしまった状況を変えられるのは航空会社ではなく、自分でしかないのです。
 長蛇の列についたことで飛行機に乗り遅れたとき、誰もその責任は取ってくれません。ですから、自分で決めて列にどんどん割り込むことで、まずは搭乗の問題を解決し、さらに飛行機の中で自分のニーズをキャビンアテンダントに主張してこそサービスを受けられるのです。
 
 この行動様式は、欧米でのビジネスの進め方にも深く繋がります。列の後ろから「割り込んでいいですか」という許可を求めるのではなく、まずは行動を起こし、割り込みながら、その後で必要があれば謝罪して前に進むのです。その発想を表したものが、今回紹介した格言なのです。
 
 既得権を持つこと。アドバンテージ(advantage)を最大限に利用するために、まずは動いて状況を変えること。それが国際社会のサバイバルゲームでの鉄則とも言えそうです。
 最初からやってもいいですかと問えば、大方は「No」という答えが返ってきます。ですから、許可を求めるなということになるのです。動いた後で「ごめんね」と言えばいいのです。「ルールを重んずること」は大切ですが、「ルールに縛られてしまうこと」には問題があります。海外との競争にさらされている今、日本人、そして日本の社会が抱える課題は、このルールに縛られていることを、「ルールに従うこと」と勘違いしていることなのです。
 
 「許可を求めるな。許しを乞え」というしたたかな方法で、どんどんルールを変えてゆく競争社会の中にあって、あまりにもお人好しな優等生としての日本人の姿がしばしば浮き彫りにされることがあります。
 そうした日本人の考え方が良いか悪いかは改めてじっくり考えるとしても、そのことによって我々が失いかねない権益や利益の大きさだけは知っておいてほしいのです。
 

* * *

リアルなシチュエーション想定が対応力を徹底強化する!

『こんなとき英語でどう乗り切る!? 海外で起こりうる140のシチュエーション』山村啓人、チャールトン・ビル・モアナヌ (共著)こんなとき英語でどう乗り切る!? 海外で起こりうる140のシチュエーション』山村啓人、チャールトン・ビル・モアナヌ (共著)
海外滞在中に、実際に起こりうる具体的な140の状況を想定。それぞれの状況を頭の中でイメージ、シュミレーションした上で、それらをスムーズに乗り切るために必要なフレーズを効率よく学習できる1冊です。それぞれの場面における、異文化コミュニケーションをうまく乗り切るための発想やコツも丁寧に解説!柔軟で、実用的な英語コミュニケーション能力が身につきます。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

ワシントンでの国際会議の裏側を垣間見て

“I have just authorized a doubling of Tariffs on Steel and Aluminum with respect to Turkey as their currency, the Turkish Lira, slides rapidly downward against our very strong Dollar!”

「私はトルコからの鉄鋼、アルミニウムの輸入に対してトルコリラを基軸に関税を2倍にした。これで我々の強力なドルの前に、リラは価値が下がってゆくだろう!」
トランプ大統領のtwitter 2018年8月10日付より

人々の思惑・情報・利害が渦巻く街、ワシントン

 先月末から今月にかけて、アメリカのオンライン英語検定試験「iTEP」を主催するiTEP International社(iTEPは留学や英語でのビジネス能力試験等、様々な用途に使用される試験を運営する)の世界大会に出席しました。今年はワシントンD.C.で開催され、久しぶりのアメリカの首都への訪問となりました。
 
 会議では私を含め、世界中でこのテストを取り扱う国の会社の代表が、自らの地域での販売活動報告を行います。
 その中に、トルコのディストリビューター(Distributor=販売代理店)のサラーという経営者がいました。彼の会社はトルコの格安航空会社などとのコネクションが強く、売り上げを急速に伸ばしていることで注目されているのです。しかし、昨年は彼にとって大変な年でした。アメリカドルに対してトルコの通貨リラが大きく暴落(devaluation)したのです。アメリカとの政治的緊張、イスラム色の強いエルドアン大統領の強権政治に対する警戒感などがその原因でした。
 サラーは、その逆風の中でiTEP Internationalと交渉し、支払いを調整しながら、現地での強いコネクションをフル稼働させてビジネス英語能力テストの販売を伸ばしたのです。この努力と成果には、会場の人々も賞賛の拍手を送りました。
 
 彼はクルド系トルコ人です。
 クルド人といえば、イラクやトルコに居住し、イスラム教徒ではありながら、その強い民族意識からしばしば迫害や差別の対象になってきたことはよく知られています。そして、トルコ政府はクルド人の民族運動をテロ行為として抑圧します。対してアメリカは、イラク戦争などを通してクルド人に武器を供与するなど支援を続けていました。以来、クルド人問題は、アメリカとトルコとの溝を深めるいくつかの重要な課題の一つとなったのです。
 
 ワシントンにある、デュポンサークル(Dupont Circle)という大きな交差点にクレイマーブックス & アフターワーズ(Kramerbooks & Afterwords Café)というブックカフェがあり、私は同地を訪れるたびにそこを訪問します。Facebookにもそこで出会った一つの書籍をアップしました。同店は今でもワシントンの政界の大物も立ち寄る有名な書店で、併設されているカフェやバーには、ロビーイングを行う人々も多く集います。
 この書店と同様に、例えば有名ホテルの会員専用のラウンジなど、ワシントンD.C.では様々な場所がそうした政治的な打ち合わせに使用されています。ワシントンD.C.で活動する人々は、政治家、企業家、そしてジャーナリストや評論家など、多くが何らかの政治的利害の糸で繋がっていると言われているほど、ロビーイングや情報収集の場所がこの街のあちこちにあるのです。
 
 実は、そんなロビー団体の中でも有名なのが、トルコにあってクルド人と同居してきたアルメニア系ロビーイストの団体なのです。さて、サリーを見舞った苦境を説明するために、ここでアルメニア人について解説します。
 

トルコとアメリカの対立に見える歴史的背景と民族的確執

 アララト山はトルコの東の端、隣国アルメニア共和国にも近い高地にそびえる名山です。雪をかぶる壮麗な山は、その昔『旧約聖書』に書かれた「ノアの方舟」が漂着した場所ではないかとも言われています。
 そんな場所がアルメニア系アメリカ人の故郷です。そして、この地域にはクルド人も多く居住しています。
 アルメニアの人々の多くは、アルメニア使徒教会(Armenian Apostolic Church)というキリスト教を信奉しています。このルーツは、アルメニア人がローマ帝国パルティアやその後のササン朝ペルシアといった東方の強国に挟まれながらかろうじて独立を保っていた、キリストが活躍していた時代にさかのぼります。紀元301年に、アルメニア王国はキリスト教を国教にします。それは、世界で初めての出来事でした。その後、ローマ帝国でもキリスト教が国教となり、何度かの宗教会議を経て、キリスト教がローマの国教として体裁を整えてゆく中で、アルメニア使徒教会はローマには従わず、独自の信仰を維持しました。
 
 その後、トルコ系の勢力が拡大し、イスラム教が浸透する中で、アルメニア人もそんな歴史の波に飲み込まれます。しかし、彼らは当時のイスラム教最大の国家トルコの支配下にあっても、自らの文化と宗教を維持します。特にオスマン帝国末期には、民族運動による軋轢から強制移住や虐殺といった弾圧を受け第一次世界大戦の時期には多くのアルメニア人がトルコを追われます。その多くが移民としてアメリカに流れてきたのです。
 現在、アメリカのアルメニア系の人々は特にカリフォルニアに多く、経済的にもしっかりとした基盤を持っていると言われています。そんなアルメニア人にとって、故郷のシンボルとして慕われているのがアララト山なのです。
 
 そんな歴史的背景もあって、アメリカに居住するアルメニア系アメリカ人はトルコに強い警戒感を抱いています。アメリカ・アルメニアン会議(Armenian Assembly of America)などを組織し、トルコへの経済制裁(Economic sanction)を求めるロビー団体として活動しています。
 実は、彼らのロビー活動はイスラエルの活動と比較されるほど強力で、アメリカの中でも最も強い移民団体の一つとして注目されているのです。
 
 実際、トルコへのアメリカ政府の制裁は、アメリカのアラブ社会への警戒感と、アメリカの保守系政権が伝統的に維持しているイスラエル支援とは無縁ではなく、トルコのエルドアン大統領が、イスラム色の政策を強め、クルド人問題などを通して反米色を強めると、両国の関係が一触即発の緊張関係へと悪化してしまったのです。両国ともお互いの輸入品への関税(tariff)を引き上げ、経済戦争にも突入しています。それが昨年のリラ暴落の直接的な原因でした。クルド人とその隣人アルメニア人、そしてイスラム教国トルコとトランプ政権の利害と確執が、100年以上くすぶってきた移民問題を発火させたのです。アメリカの政策変更の背景にあるこうした複雑な状況は、なかなか日本には報道されません。
 

ワシントンを制する者が世界の政治経済を制する

 そもそもトルコは北大西洋条約機構(NATO)の重要な加盟国で、中東の大国です。伝統的にロシアの南下政策に危機感を持つトルコは、アメリカの友好国だったのです。
 我々は、ともすればアメリカと中国との経済戦争に目を向けるあまり、そんなトルコの最近の急激なアメリカ離れに対して鈍感です。しかし、中東やヨーロッパでは、これは大きな政治問題であり、経済問題となっているのです。今回、第二次世界大戦でのアメリカを中心とした対独戦線でのノルマンディー上陸作戦75年を記念した式典に集まった、トランプ大統領やイギリスなどの関係者、今後開催されるG20に集まる首脳の頭には、トルコの課題が渦巻いているはずです。
 
 クルド系の経営者サラーが、そんなアメリカとトルコとの経済戦争のあおりを受け、アメリカの商品の販売に苦戦し、それを必死で乗り越えようとアメリカの政治の中心であるワシントンD.C.での国際会議にやって来ているのです。
 そして、ワシントンでの人々のネットワークの糸をうまくたぐり利用する者が、世界での外交においてアドバンテージを取れるわけです。
 
 クレイマーブックスは早朝から深夜まで営業しています。そして、アメリカ外交の蜘蛛の糸に関係する人々にも利用されながら、書店経営斜陽の今にあっても、しっかりと経営を続けているのです。
 

* * *

英英辞典は最強の英語学習ツールになる!

『「シャツ」を英語で説明できますか? 英語力を着実に伸ばす英英辞典活用法』近藤真治 (著)「シャツ」を英語で説明できますか? 英語力を着実に伸ばす英英辞典活用法』近藤真治 (著)
英英辞典の説明文は質が高く、英文のお手本として最適です。また、オムレツの作り方やゴルフのルール、アインシュタインの相対性理論まで英語で説明されています。そんな英英辞典を利用した英語学習法を紹介します。すでに知っている英単語を、辞典を引く前に自分で定義を考えてみて、辞典の定義をネイティブスピーカーの模範解答として答え合わせをしたり、国家・出来事・人物など、幅広い分野の語彙や表現をインプットして、英会話・英作文の力をつける活用法を解説します。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

官民協力のモデルとなるバージニア工科大学から見える明暗とは

“Virginia Tech announced Tuesday that it will build a one-million-square-foot, technology-focused campus in Alexandria — a $1 billion project that is part of a higher-education package cited as a key reason Amazon selected Northern Virginia for a new headquarters sites.”

(バージニア工科大学は、火曜日に100万スクエアフット(約2,800坪)のテクノロジー関連のキャンパスをアレクサンドリアに建設する。この1ビリオンドル(約1,100億円)のプロジェクトは、アマゾンがバージニア北部を新たな本拠地にしたことを受け、より高度な教育パッケージを提供する戦略の一つである。)
― バージニア工科大学のプレスリリースより

二都市の明暗を分けたアマゾンの拠点誘致

 今、ワシントンD.C.からニューヨークに向かう列車の中でこの原稿を書いています。
 車内は、アメリカ東海岸の政治経済の中心で活動するビジネスマンでほぼ満席の状況です。今回の出張では、この二つの都市の他に、アメリカの富が集まり、南米とのコネクションも強いマイアミでもいくつかの打ち合わせを行いました。
 
 この中で一つ面白いことがありました。
 バージニア工科大学でのアプローチです。実はアマゾンシアトルの他に、流通の拠点をバージニアにオープンしたのです。このことによって、ワシントンD.C.から近いアーリントン地区を中心に2万5千人の求人がありました。
 しかし、アマゾンは元々、本部をニューヨークに設置しようとしていたのです。
 
 ニューヨークに、将来を期待された下院議員アレクサンドリア・オカシオ=コルテスという人物がいます。彼女はいわゆる労働者階級の両親の元で育ち、女性としては史上最年少で下院議員にのぼり詰めた人物として注目を集めています。
 前回の大統領選挙で民主党候補の一人になったバーニー・サンダースの後継者として、いずれは大統領候補にまでなるのではと思われるほど、庶民から強い支持を得ていたのです。
 コルテス議員は、移民の規制に強く反発し、彼らの権利を守り、開かれた社会の建設を主張しました。もちろん、彼女はポピュリズムの波に乗ったトランプ政権への批判の急先鋒としても注目を集めたのです。
 そんな彼女は、アマゾンのような巨大資本と行政との繋がりに懐疑的で、アマゾンの誘致にニューヨークが財政的な援助をしようとしたことに強く反発しました。彼女は、アマゾンの誘致は巨大企業のメリットだけが優先され、環境や労働者の生活の向上への貢献にはならないと主張したのです。
 そして、彼女を中心とした運動の結果、アマゾンはニューヨークへの進出を断念し、バージニアに第二の拠点を設けたのです。
 皮肉なことに、この結果がコルテスの支持率低下に繋がりました。
 アマゾンが進出しなかったことで雇用が生まれず、さらに地域の活性化にも繋がらなかったという批判にさらされたのです。
 

Alexandria Ocasio-Cortez

産学連携に見え隠れするリベラル層の分断

 対照的なのがバージニアでした。
 アメリカの首都にも近いバージニア工科大学では、即座にMITという学科の強化に踏み切ります。MIT(Master of Information Technology)とは、従来のMBAでの教育のノウハウを活かしながらInformation Technology(情報技術)の分野を伸ばしていこうという学科のことで、MBA以上に将来性を期待されている学科です。バージニア工科大学では、アマゾンと提携してMITをはじめとした様々な分野で研究活動を進めてゆくと発表したのです。
 
 アマゾンから見れば、学術機関で育てられる新たなベンチャーや様々な技術革新を自らの事業に導入できます。大学から見れば、巨大企業の支援によって大学経営を圧迫している設備投資や高騰する人件費の合理化にも繋がります。さらに、アマゾンそのものが研究対象として有益であることは言うまでもありません。
 MITには世界中から優秀な学生を集めるつもりであると、関係者は語ってくれました。
「学費は18ヶ月で5万ドル(約550万円)です。それを聞くと、誰もが高いからやめとこうと思うでしょう。でも、ここを卒業した人の初任給は10万ドル(1,100万円)以上が普通なんです。すぐに元は取れますよ」
 そう関係者は話します。
 バージニアから見れば、雇用と新たな産業の芽がこれで創造され、同時に学術拠点としての活力も育まれるのです。
 
 今回のアマゾンの誘致問題から見えてくるアメリカ社会の分断は、単にトランプ政権に代表される内向き志向のアメリカと、移民政策や環境問題などに配慮した人々との溝であるとは言い切れない複雑さが伺えます。
 実は、トランプ大統領の政策に反対する、いわゆるリベラル層の間にも、見えない溝があることを忘れてはなりません。
 そこに見えるのは、グローバルな企業やIT等で世界とネットワークするビジネス界やそれを支える人々と、移民、人種問題や人権、そして雇用の問題に取り組む伝統的なリベラル層との間にある微妙な意識の隔たりです。
 コルテス議員の政策は、後者の人々の支持に支えられながらも、前者の意識、さらにはそこでの雇用を期待した人々への意識との対立を生み出したのです。
 この意識の差が、選挙での票の分断へと繋がり、逆に強いアメリカを標榜する保守層に支えられたトランプ政権への追い風にもなるわけです。
 

アメリカの現実と未来像から考える日本の将来

 今、アメリカの景気は好調です。
 とはいえ、これから1年以上先の大統領選挙までその景気が維持できる保証はありません。早く中国との経済戦争の影響を脱皮し、タイミングよく大統領選の時期まで景気を維持できるかはトランプ政権の大きな課題です。
 それに対して、民主党の課題は、ここに記した「見えない分断」をどのように克服し、支持を固めるかが課題なのです。
 それには強い大統領候補と共に、この微妙な溝を埋められる優秀な副大統領の選抜が極めて大切です。それが次回の選挙の行方を占う鍵となるでしょう。
 
 そして、バージニア工科大学に見られるような企業との取り組みや、MITでの活動などは、とかく民間との壁を作りたがる日本の大学や教育関係者にとってはしっかりと見習うべき事例とも言えるはずです。
 アマゾンの誘致をめぐるアメリカ社会の現実と未来像は、アメリカだけの課題ではなく、日本の将来にも投影できる事柄なのです。
 

* * *

『どうすれは日本人は英語を話せるようになるのか!?』アンドリュー・ロビンス (著)どうすれは日本人は英語を話せるようになるのか!?』アンドリュー・ロビンス (著)
日本では英語学習が義務づけられているのに、なぜ実際に英語を話す日本人がこれほど少ないのだろう?絶対確実な言語習得法とはなんだろう?他の国では言語教育をどのように行っているのだろう?
本書では、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学で学んだ著者が、学習者や教師が英語学習でぶつかる障害から、必ず言語学習に成功できる方法までを網羅。「なぜ」そして「どうしたら」言語能力の向上をコントロールできるかを具体的に伝授します。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

メイ首相の辞任表明が示すヨーロッパの大きな矛盾

Matt Dunham / REUTERS

“British voters delivered stunning blows to the country’s two main political parties in European elections, underlining the growing polarization over the effort to leave the European Union but signaling no obvious way out of the Brexit deadlock.”

(イギリスの有権者は、二大政党がヨーロッパの選挙の中でEU離脱について対立が深まり、イギリス離脱の出口が見えなくなっていることに当惑のため息をついている)
― Wall Street Journalより

イギリスのEU離脱を巡る英国内外と欧州のあれこれ

 メイ首相が辞任を発表したことは、世界中に大きな不安を与えています。Brexit(ブレグジット)と呼ばれるイギリスEU(欧州連合)離脱表明から3年を経た今、メイ首相の努力にも関わらず、イギリスは英国議会との亀裂からEUとの交渉を中断したまま、条件なしの離脱表明とその発動という厳しい状況に追い込まれているのです。メイ首相自身、様々な合意を前提としたBrexitを模索しましたが、議会の承認が得られず、EUとイギリスとの間に挟まれたまま動きが取れなくなったのです。
 
 この課題の背景を紐解くことは容易ではありません。
 それほどに、長年EUの一翼を担ってきたイギリスとEUとの間には複雑な利害関係が絡み合っているのです。
 この複雑な状況を整理するためには、イギリス国内とその周辺、さらに広くEUの事情を考えなければなりません。
 
 まず、イギリスの国内とその周辺の事情を考えましょう。
 イギリスは長年、北アイルランドを連合王国の一部として保有しています。しかし、アイルランドは元々イギリスの植民地から独立し、主権国家としてEUに加わっています。北アイルランドはその折にイギリスに残され、いまだに分離独立運動がくすぶっている地域です。メイ首相は、そんな北アイルランドがアイルランドとの自由な往来と経済圏を維持するべきだという政党と連携を保ってBrexitを進めました。もし、アイルランドのみEUと同じ条件が維持されてBrexitを進めれば、それがイギリスの国内世論の反発と共に、EUとの新たな課題へと発展するかもしれません。
 
 同時に、スコットランド問題があります。スコットランドはBrexitに元々反対していた地域で、独立の機運も旺盛でした。もし、北アイルランドとスコットランドの支持なくしてBrexitを強行した場合、これらの地域の反発は必至で、新たな独立運動を引き起こすことも予測されます。そうすれば、イギリス自体の求心力も低下するおそれがあるのです。
 
 次に、EUを見てみましょう。今、EUの主要国の中でEUに懐疑的な右派政党が頭角を表しています。特にフランスやイタリアでは、議会の過半を奪おうという動きがあり、ドイツやオランダもそうした情勢への呼応が予測されます。
 彼らの課題の一つが、移民問題です。労働者不足と低成長に悩むEU諸国ではあるものの、急速な移民の増加はそれぞれの国家のアイデンティティを変えようとしています。また、EU内の持てる国であるドイツやフランスが、EUが急速に拡大した中で経済難に苦しむ南ヨーロッパ諸国との経済格差のつけを払わされている、と主張する人々が多いのも現実です。
 

“Brexit”を前に山積する課題と不透明さ

 こうした二つの状況の中でBrexitが起こりました。
 EUからしてみれば、Brexitの動きが地域内に波及することへの懸念は重大です。かつ、すでにEU内に居住する120万人のイギリス人や、イギリス内に居住する320万人とも言えるEUの人々への扱いも今後の課題となります。どちら側に住む人々の中にも、ヨーロッパに移住してきた中東やアフリカからの移民も多いのです。
 加えて、関税をどうするか、イギリスがEUに所属する各国との貿易移民協定をどう締結し、それがEUの規則に沿って承認されるにはどうするかという無数の課題が残ります。
 これらを整理解決し、同時にイギリスがスコットランドや北アイルランドと妥協しながら、国家を統一した形で課題を乗り超えられるか。これは難問です。
 イギリスは、とりあえず現在あるEUとの協定を全てイギリスの国内法に移行し、時間をかけてその調整をしてゆこうと試みています。そうした調整が完了し、イギリスが完全にEUから離脱するのに10年は必要という専門家もいるのです。
 
 しかし、現在EUで制定されている規定は、国家がEU離脱を表明した場合、その移行期間は2年とされています。もちろん、この規定が制定されて以来最初のケースがイギリスというわけです。2年とはあまりにも短い期間です。
 イギリス国内には、依然として国民投票をやり直そうという動きがあり、EUへの残留を主張する人々が多くいます。実はメイ首相も、以前は残留を主張していました。しかし、国民の意向を政策にするのが政府の役割という信念で、Brexitに向けた調整を始めたのでした。イギリスの政界にはそうした人々が多くいます。しかし、今の段階で再び国民投票を行いEUへの残留を模索しようという意思を鮮明にしている政党は、マイノリティを除いてほとんどありません。
 
 ここまで書くと、漠然と見えてくることがあります。
 それは、ヨーロッパ諸国が極めて強く連携して数十年の年月が経過した現在、例え国家が離脱しても、実際にどのような変化がその国を見舞うのかが全く見えてこないという現実です。通貨が変わり、多大の税金と人的費用を投じて離脱をしても、実情を変化させることは困難だという人も多くいます。
 これを強引に推し進め、イギリスのアイデンティティを取り戻そうとするハード・ブレグジット派が今後議会でどのように巻き返し、新しい政権に影響を与えるかは注目しなければなりません。それは保守化するフランスやイタリア、さらにオランダやドイツに影響を与え、今回のヘッドラインのようにEUそのものの根幹に打撃を与える可能性もあるからです。
 

EU分裂後の将来によぎる社会不安

 では、EUが分裂すると誰が得をするのか。
 一般的には、アメリカと中国だと言われています。しかし、そんな単純なものではありません。今のところイギリスの景気は好調ですが、世界金融の中心地の一つ、ロンドンやEUそのもので金融経済の乱高下や社会不安が起これば、そのまま世界の金融市場に飛び火することは明らかです。日本もアメリカも、さらに中国もすでに多額の投資をこの地域に行っているのです。
 EUという世界の平和を模索して設立された組織の理想以前に、そうした現実の脅威に世界は注目しているのです。
 
 移民流入への不安、さらには自国の文化や伝統への固執というセンチメンタリズムをよそに、ヨーロッパに近い中東ではアメリカとイラン、イスラエルとパレスチナの緊張が高まり、ビザの制限をよそに難民や移民が増え続けています。アフリカの状況も同様です。
 今年になって、イギリスはEU離脱を正式に発動しました。これから2年間の猶予の中で何を成し遂げられるのか。そうしたEU、そしてイギリスの宿命と闘った末に、自らの政治力の限界を表明し、引退という苦渋の決断をしたメイ首相の柔軟な対応を評価し、将来に不安を持つ人が多くいるのも、また現実なのです。
 

* * *

外国人に気軽に話しかけることができる魔法のフレーズ集!

『きっかけの英語 外国人に話しかける50の秘訣』平塚貴晶、アシュリー・フォード(共著)きっかけの英語 外国人に話しかける50の秘訣』平塚貴晶、アシュリー・フォード(共著)
海外からの旅行者や移住者の増加に伴い、街中で外国人を目にする機会が増えてきました。そんな状況の中、「英語が話せたらなあ」とか、「ちょっと話しかけてみたいな」と思う方もいらっしゃるかもしれません。
本書では、そんな時に話しかけるきっかけを作る50の重要フレーズと、そこから展開する会話例やテクニックを、道端・ホテル・空港・SNSなど、いろいろな状況別に紹介します。日本にいながら外国人と交流したいと考えている学習者におすすめの、パスポートいらずの英会話学習法です。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

アラバマ州での中絶規制法案可決の背景にある脅威とは

Chris Aluka Berry/Reuters

“Most of the US state laws banning or severely restricting access to abortions have been voted on by male politicians. Should men have the right to rule on an issue that impacts women so intimately?”

(アメリカでの人工妊娠中絶を厳しく取り締まる法律に賛成する政治家のほとんどが男性。女性の人権に関わる問題を男性がコントロールする権利があるのだろうか?)
― BBCより

人工妊娠中絶は殺人か、女性の権利か

 アメリカ南部のアラバマ州で人工妊娠中絶を厳しく制限し、違反した者には刑事責任を課す法律が可決されました。このニュースは日本ではさほど大きく取り上げられていませんが、アメリカのみならず、欧米社会に強い衝撃を与えているニュースといっても過言ではありません。
 
 アメリカでは、人工妊娠中絶は殺人と同じく罪深い行為であると主張する人々が多くいます。彼らはキリスト教的な意識が強く、その宗旨に照らし、胎児の命も人の命として、中絶に強く反対(pro-life)するのです。
 それに対して、当然のことながら、子供を産むか産まないかを選択する権利(pro-choice)は女性にあるとして、中絶は守られなければならない女性の人権であるという人々も多くいます。彼らは、性的な差別を撤廃する上からも、中絶を選択する権利の必要性を訴えます。
 今回のヘッドラインのように、女性の体や人権に関する問題に男性が介入するべきかという議論も世界中で巻き起こっています。
 そうした議論の中で、アラバマ州でほとんどのケースにおいて人工妊娠中絶を違法とする法律が可決されたのです。
 ほとんどのケースとはどのような場合でしょうか。例えば、経済的に子供を養育できないケース、レイプやそれに近い行為で女性が妊娠したケースなどが「ほとんどのケース」に含まれるのです。
 
 この意識の対立は、ある意味でトランプ政権の誕生などによって分断されるアメリカ人の状況を象徴したものであると言えましょう。
 さすがのトランプ大統領も、中絶そのものには批判的である立場を強調した上で、レイプや女性の体に健康上大きなリスクがある場合の中絶は例外だとしています。しかし、彼にとって、こうした法律を支持する有権者こそが大切な支持者であることには変わりありません。
 

アメリカの「政教分離」が抱える矛盾

 ここで前回に続いて、こうした法律が通るアメリカの社会と政治についてメスを入れてみます。すると、そこには世界に共通した近代国家の制度がもつ矛盾が見えてきます。
 それは、「政教分離」という民主主義国家の根本に潜むリスクです。
 
 人類は、歴史上長きにわたって神を権威として、そこに政治権力を結びつけてきました。これは、為政者にとっては人々を支配する上で極めて便利な制度でした。しかし、そのことによって、宗教が異なる者同士が覇権を争い、戦争や抑圧で多くの人の血が流されてきたことは周知の事実です。
 そこで、近代国家は政治権力と宗教的な権威とを分離し、国家の中で人々の信教の自由を保障することで、国民の人権を保護する仕組みを作ってきたのです。
 
 アメリカは、ヨーロッパでの宗教的な抑圧から逃れてきた人々によって建国されました。従って、本来政教分離の発想はアメリカ人にとって最も大切な価値観だったはずです。
 その価値観は、自らの信仰の自由を保障してもらうものに他なりません。前回、トランプ政権の支持母体となった福音派について解説した時にも触れましたが、信教の自由を求めてアメリカに移住してきた人々の宗教的価値観、そして道徳観が、現在のアメリカ人の意識の土台となっているわけです。
 しかし皮肉なことに、彼らが自らの道徳を多数派の道徳として主張し始めたときに、彼らとは異なった宗教観や道徳観を持った人々を排斥し始めたのです。そして、その排他的な意識が、アラバマ州での中絶禁止法の制定などへと繋がっていったのです。つまり、これはある種の新たな宗教戦争なのです。
 
 我々は、投票行動や立法への考え方などを左右する価値観のルーツが、実は宗教的価値観に起因しているという事実をしっかりと認識しなければなりません。つまり、宗教観の違いは、人々が政治的な判断をするときの価値観に直結しているのです。このことは、政教分離という近代民主主義の制度が抱える矛盾に他なりません。この矛盾を利用し人々を煽動する政治的発想こそが、ポピュリズムなのです。
 異なる価値観を尊重し、多様性を擁護することで民主主義を維持しようという建前の陰にある落とし穴が、現在新しい保守主義の動きと融合して、新たな政教一致への道標をつくっているというわけです。
 

問われる「政教分離」の本質と多様性の尊重

 アラバマ州で可決された中絶規制の法案は、この政教一致に繋がる新たな脅威とも言えそうです。この政教一致の脅威は、人々が自らの価値観と宗教観とを客観的に意識できず、それを他者に押し付けることから生まれる脅威です。しかも、多くの人がこのことが民主主義そのものへの脅威であることに気付いていないことが課題なのです。
 従って、これはアラバマ州だけの、さらにはアメリカだけの問題ではありません。これは、日本を含む世界中の人々が考えなければならないテーマに繋がっているのです。民主主義、そして近代国家の仕組みとは何か、というテーマを冷静に見つめ直さなければならないのです。
 
 なぜ、政教分離が行われてきたのか。さらに、政教分離と多様性の尊重という考え方の本質は何なのか。
 他者の価値観と自らの価値観の違いを受け入れるには、自らがどのような立ち位置で物事を判断しなければならないのか。
 こうした重要なテーマを突き付けられたのが、今回のアラバマでの中絶規制法案の可決だったのです。

* * *

『アメリカ史 / A Short History of America』西海コエン (著)アメリカ史 / A Short History of America』西海コエン (著)
アメリカの歴史を読めば、アメリカのことがわかります。そして、アメリカの文化や価値観、そして彼らが大切にしている思いがわかります。英語を勉強して、アメリカ人と会話をするとき、彼らが何を考え、何をどのように判断して語りかけてくるのか、その背景がわかります。本書は、たんに歴史の事実を知るのではなく、今を生きるアメリカ人を知り、そして交流するためにぜひ目を通していただきたい一冊です。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ