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ネットビジネスにヒントを与えたシアーズの破綻とは

「シアーズ」の画像検索結果

“Sears Holdings Corp filed for Chapter 11 bankruptcy on Monday with a plan to close 142 more stores, throwing into doubt the future of the century-old retailer that once dominated U.S. malls but has withered in the age of internet shopping.”

(シアーズ・ホールディングが月曜日に会社更生法を申請。142以上の店舗を閉鎖。100年以上の歴史の中で、一時アメリカのショッピングモールを席巻した小売店が、インターネットショッピングの隆盛で衰微、先行きに大きな影を落とす。)
(New York Timesより)

アメリカにシアーズ(Sears)というデパートがあります。
一時は、カタログ販売の大手として世界的にも知られた企業です。
そのシアーズが、経営危機に陥り、日本でいえば民事再生にあたる会社更生法(Chapter11)を申請しました。
小売店は、今ネットビジネスの攻勢に晒されています。しかし、この破綻劇は一つの皮肉な物語ではないかと思うのです。
というのも、シアーズのビジネスモデルこそ、ネットビジネスが勃興した頃に多くの人が参考にしたものだったからです。
 
ネットビジネスがモデルにしたのは、シアーズのカタログビジネスでした。
シアーズが創立したのは1886年のこと。当時、アメリカは辺境地方の開拓も終わりつつありました。広大な大陸のあちこちに開拓者が開いた街や村ができあがり、それらを駅馬車やお目見えしたばかりの鉄道がネットワークしていたのです。
そんな辺境の人々は、概ね自給自足の生活をしていました。現在のコンビニにあたるような、英語ではジェネラルストア(General Store)のある街もありました。人々は必要なときは、時間をかけてそんな街まで出かけ、生活必需品を購入していたのです。しかし、辺境では運送コストもかさみ、商品は決して安いものではありませんでした。
 

カタログビジネスと共に隆盛を極めるシアーズ

その状況をチャンスと思ったのが、ミネソタ州で鉄道関係の仕事をしていたリチャード・ウォーレン・シアーズでした。そうして生まれたのが、カタログによる通信販売システムだったのです。
彼は、鉄道会社に勤務していたときに、シカゴからの貨物を目にします。その貨物は、シカゴの卸売業者から小売店に送られてきた商品でした。
中には宝石や腕時計が入っています。当時、卸売業者は小売店に商品を送りつけた上で、仕入値の交渉をする習慣がありました。しかし、その貨物は小売店が引き取りを拒否したままになっていたのです。
 
そこでシアーズは、卸売業者に連絡をとり、荷物に入っていた腕時計を安値で買い取る交渉をします。交渉が成立すると鉄道のネットワークを通して、各駅の同僚に連絡をとり、腕時計を地方の駅を通して安く販売しようとしたのです。
田舎の人々にとって、腕時計は実におしゃれなものでした。しかも、それが安値で手に入ります。さらに、当時標準時をいかに認識するかということが、地方の人々にとっては大きな課題でした。特に、鉄道員であれば尚更です。そうしたニーズもあって、彼の思惑は大当たり。彼は大きな利益を手にします。
鉄道員が副業を同僚とやり、それをチャンスとして成功することなど、今では考えられません。ある意味では、彼は楽しい時代に生きていたことになります。
 
シアーズは、この成功を応用し、地方の人々のために生活必需品を仕入れ、発送することを考えます。そうして成立したのが、シアーズカタログによるメールオーダービジネスだったのです。彼は返品条件つきという、当時としては画期的な方法で、カタログを地方に住む人々に送ります。シアーズカタログは消費者の支持を受け、ありとあらゆる商品がカタログを通して販売されたのです。
なんと、一時は住宅まで販売したといわれています。カタログはますます厚くなり、ビジネスはどんどん成長します。
 
20世紀になって、アメリカにモータリゼーションの波が押し寄せました。
ヘンリー・フォードの発案による、合理的な生産ラインによって安価に生産されたT型フォードは、一部の富裕層の嗜好品だった車を、一般大衆が所有できる商品へと変化させたのです。鉄道や道路が整い、さらに車が大陸のあちこちを走るようになったとき、シアーズはすでに巨大企業として成長していたのです。
シアーズが創業したシアーズ・ローバック社は、本社をシカゴにおき、カタログビジネスに加え、自家用車の駐車場を備えた百貨店経営に乗り出します。しかし、その時すでに創業者シアーズは他界していました。1914年のことでした。
 

ネットビジネスへの転換とアマゾンの出現

それから80年を経た90年代、世界はインターネット時代へと移行しました。
そして、カタログ販売はネット販売に取って代わられます。遠隔地の人々にも商品を、というビジネスモデルが、新しいテクノロジーによって進化したのです。
21世紀になり、アマゾンなどのネット販売の業績はどんどん伸びてゆきます。その進化のスピードは過去にはないものでした。
アマゾンが創業したのは1994年。その前後、シアーズはカタログ販売を縮小し、ネットビジネスに参入します。
 
一方のアマゾンは、元々書籍をネットで販売する事業から進化しました。当時、アメリカには、たくさんの小売書店チェーンがありました。それらは合従連衡を繰り返し、最終的にはボールダーズバーンズ・アンド・ノーブルという2つの巨大チェーンに集約されたのです。残念なことに、ボールダーズは2011年に倒産します。そして残されたバーンズ・アンド・ノーブルは、孤軍奮闘はしているものの、経営は決して思わしくなく、売却の話も出ています。20年前には考えられなかった変化です。
 
一方、アマゾンは書籍以外の商品の販売も行い、業務は拡大しています。
面白いことに、アマゾンは、アメリカではリアル書店も開設しています。豊富なデータベースから読者の求める書籍をうまくディスプレイすることで、話題となっているのです。
 
そして、今回のシアーズの会社更生法適応です。
シアーズがカタログビジネスから完全に撤退したのは、2000年のこと。それから18年経った今、過去のメールオーダービジネスの巨人は、ネットビジネスへも参入したものの、ついに自立を諦めたのでした。
 

シアーズとアマゾン、両者を分けたものとは

時代の変化による販売形態への対応のノウハウ。これはいつの時代でも問われる課題です。しかし、それは簡単ではありません。
アマゾンの小売店への進出と、ネットビジネスへのシフトを試みながらも破綻したシアーズ。この二つを大きく分けたものが何か。データベースやテクノロジーへの対応だけでは解き明かせない、ビジネスの機微の違いが、そこにはありそうです。
 

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英語力だけじゃない、世界に通用するスキルを身につけるなら

『日本人がグローバルビジネスで成功するためのヒント Tips for How to Succeed in a Global Business Context』ジョン・K・ギレスピー (著)、小野寺粛 (訳)日本人がグローバルビジネスで成功するためのヒント Tips for How to Succeed in a Global Business Context
ジョン・K・ギレスピー (著)、小野寺粛 (訳)
グローバルビジネスのスキルを学びながら、英語学習にもなる。ビジネスパーソンのための対訳読み物。
20年間で、海外の日系企業の5000人を超えるビジネスパーソンと面談を行ってきた著者が教える、「日本人のためのグローバルビジネスで成功するためのヒント」。日本人以外の人々とのコミュニケーションやビジネスに対する見方を説明しながら、日本人の問題点を指摘し、その解決方法を伝授。グローバルに成功したいビジネスパーソンのみなさんに、英語力よりももっとはるかに大事なことをお教えします。

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トランプには保守層への南北戦争以来の明快な答えが必要??

“Gary Langer of ABC News points out that Trump has the lowest approval rating for a president heading into his first midterms in polling dating to 1954.”

(ABCニュースのゲイリー・ランガーは、トランプ政権は1954年に中間選挙への世論調査が始まって以来、最低の支持率となったと指摘)
(New York Timesより)

我々が歴史を検証するとき、ともすれば過去に教えられた「常識」に従いがちです。
しかし、歴史上の重要なイベントは一つの常識だけでは分析できません。
そこには、常に現在にもつながる様々な矛盾や、そこから導かれる原因と結果が含まれます。
 
今回は、来月行われるアメリカの中間選挙を見据えて、その視点から150年以上前にアメリカを二つに割いた南北戦争について考えます。
 

南北戦争と「奴隷制度」

南北戦争といえば、アメリカから奴隷制度 slaveryが廃止された戦争として知られています。
それは、奴隷制度を廃止しようとしたアメリカ合衆国から離脱して独立しようとする南部諸州 Confederateと、あくまで統一したアメリカを求める合衆国政府 Unionとの間の戦争でした。
 
一般的にみれば、奴隷制度を廃止し、その人権を擁護したことが南北戦争の意義として評価されています。
しかし実際は、南北戦争によって黒人への差別が廃止されたわけではありません。むしろその後、アメリカを再度統一国家にするには、様々な矛盾を乗り越えなければなりませんでした。それは、奴隷制度を廃止して前に進もうとする社会に、多くのブレーキをかけたのです。
 
まず、再び国家が分裂しないように、南部にどう対応するかということが大きな課題となりました。南部の諸州は戒厳令下に置かれ、政府の監視の中で復興してゆきます。しかし、その一方で南部との妥協も必要でした。
その妥協の過程で、アメリカ政府は、南部諸州がジム・クロウ法 Jim Crow lawsと呼ばれる法律によって、黒人と白人とを分離させ、差別することを許容する法律を黙認します。その妥協のもとに、南部諸州はアメリカ合衆国に復帰したのです。
 
アメリカは、自由と平等を国是とする国家です。
そんなアメリカに黒人や非白人系の人々への差別が、公民権法が制定される1964年まで組織的に認められることになります。
 

南北戦争と「地方分権」

一方「自由」といえば、アメリカは独立当初から、人々が中央政府 Federal governmentに拘束されることを嫌い、それぞれの地域の政治的な自立と自由裁量を認めていました。そのため、アメリカ人の多くは、伝統的に中央政府が強くなることに警戒感を抱いてきました。この地方の自主独立の原則を盾に、南部が反抗したことが、南北戦争へとつながったのです。結果として、南北戦争後は、連邦政府が強権を発動して鎮圧した戦争となり、以後アメリカでも地方の権限より中央の権限の方が重んじられるようになったのです。そして、この地方と中央との確執は、その後ずっとアメリカの政界を左右してきました。
 
例えば、オバマ前大統領が政府主導の健康保険をといえば、それは中央の管理が強くなるということで、反対がおこります。銃規制を行おうとすれば、それは個々人、そして各地域の事情を無視し、政府だけが武器をもてる危険な状態だとして、反対運動がおこります。トランプ大統領は、そうした地方の権利を容認する政策を打ち出し、大統領に当選したといっても過言ではありません。
 
ここで、トランプ政権の支持母体について考えてみます。
彼らの多くは大都市ではなく、地方都市、農村に居住しています。
彼らこそが、伝統的に中央の影響を嫌い、銃を所持し、自らの住む地域の自立を支持する人々です。彼らは、共和党右派の支持母体です。
そもそも南北戦争の頃は、地方の権利を主張し、綿花栽培などのプランテーション経営のコストを削減するために、奴隷制度を存続させることを容認していたのは、民主党でした。そして、奴隷制度を廃止し、アメリカを国家として統率してゆこうとしていたのが、共和党だったのです。リンカーン大統領は共和党の大統領でした。
 
しかし、その後、南部との妥協や西部の開拓などによって巨大化したアメリカ社会の中で、共和党が保守化し、民主党と政策や立場が入れ替わっていったのです。
20世紀になると、民主党は労働組合などとの連携を深め、人権や人種差別の撤廃などに対して、国家が率先して改革をしてゆく立場をとってゆきます。
そして、共和党は伝統的な地方分権をよしとして、より中央政府の関与を制限し、「小さな政府」という立場を支持するようになりました。
 

新たなる「分断」の時代へ

トランプ大統領は、まもなく中間選挙の洗礼を受けなければなりません。
スキャンダルや二転三転する政権内の人事問題などで支持率が陰りながらも、好景気と北朝鮮との融和や中国への関税制裁など、独自の外交政策で人気を挽回したいというのが、彼の本音でしょう。
そして、彼が中間選挙を勝ち抜き、共和党が議会の多数派を占めることで安定した政権を維持するためには、ここで解説した共和党の支持者の心理をしっかりと把握してゆくことが必要です。南北戦争以来の、保守系の人々の民意の揺れ動きに同情してゆくことが必要です。
 
地方分権を支持する人々は、大きな権力を持つ中央政府と同じように、大きな影響力を持つ国際的な大企業を嫌います。
グーグルアップルといった企業が移民政策を巡って、トランプ大統領と対立する構図は、それを際立たせることで、保守的な有権者への有効なアピールとなるはずです。
 
ただ、南北戦争の頃と同様に、現在のアメリカは、この共和党保守層と民主党系の人々との確執が、論争の域をこえて感情的なものへと変化しつつあります。
お互いに相手方を敵視し、議論の余地もなくなるほど対立が激化しています。
現在は、南部と北部との分断ではなく、この世論の分断が大きな社会不安になろうとしているのです。中間選挙はそうした緊張の中で、その結果が注目されているのです。
 

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あの名演説からアメリカを学ぼう!

『I Have a Dream!』マーティン・ルーサー・キング・ジュニア (著者)、山久瀬洋二 (翻訳・解説)I Have a Dream!』マーティン・ルーサー・キング・ジュニア (著者)、山久瀬洋二 (翻訳・解説)
「I have a dream.」のフレーズで有名なこの演説は、20世紀最高のものであるとの呼び声高い。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの肉声で聞き、公民権運動のみならず、現在のアメリカに脈々と受け継がれている彼のスピリット、そして現在のアメリカのビジネスマネジメントの原点を学ぼう。山久瀬洋二による詳細な解説つきで、当時の時代背景、そして現代への歴史の流れ、アメリカ人の歴史観や考え方がよく分かる1冊。
* アメリカ人が最も愛するスピーチを対訳で展開
* スピーチの「歴史背景」と使われている「英語表現」の意味を徹底的に解説!
* 特別付録:「アメリカ独立宣言」全文対訳
* ワードリスト付きだからストレスフリーで読み通せる

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情報共有と個人情報の矛盾に苦しむFacebook

“An attack on Facebook exposed information on nearly 50 million of the social network’s users and gave the attackers access to those users’ accounts with other sites and apps that they logged into using Facebook.”

フェイスブックは5000万人近くの個人情報漏洩にさらされる。ハッカーがフェイスブックを通してネットにはいった人のアプリやサイトへのアクセスを可能にした。
(CNNより)

エルサレムに作られる文壇の壁

Wall つまり「壁」。それは人と人とを隔離するもの。
ここにある写真は、エルサレムの壁です。パレスチナ系の人々とユダヤ系の人々とを分けて、ユダヤ系の人々の居住区を確保し守るために、長年にわたって建設されている壁の写真です。
同じ「壁」が今、メキシコアメリカとの間にできていることは周知の事実です。これは、不法移民の流入を防止するために、トランプ政権になってさらに国境警備を強化しようとして造られているものに他なりません。
 
しかし、「壁」は長年にわたり、人類にとって必要不可欠なものだったのです。ニューヨークにWall Streetという通りがあります。なんといっても金融街として世界的に有名になった通りです。このWall Streetの名前の由来は、そこに木杭の壁があったことによります。17世紀、まだニューヨークニューアムステルダムといわれていた頃、そこに入植していた人々をネイティブ・アメリカンの襲撃から守るために、当時そこを統治していたオランダ人が壁をこしらえたのです。その位置が今のWall Streetとなりました。
 

IT社会に築かれる「機能の壁」

今、インターネットの時代になって、人々はネット上にバーチャルな「壁」をこしらえて、自らの利益や情報を守ろうとしています。このバーチャルな「壁」は、今までの「壁」とはコンセプトが根本的に異なります。それは、「機能の壁」です。過去のように特定の民族や集団を守る「壁」ではなく、個人情報などの機密を維持したい人がそこに集合して同じ「壁」に守られているのです。そんな「機能の壁」をビジネスにすることが、新たなインターネット・テクノロジーの大きな進歩へとつながりました。
 
この「機能の壁」に欠陥があるとして、2016年の大統領選挙の時点で問題視されたFacebookに、再び大きな欠陥が見つかったのです。「プレビュー」機能のソフトウエアに問題があったということですが、ヘッドラインのいう5000万人どころか、9000万人に影響がでたのではといわれています。
 
ネットへのアタックについて、極めて過敏なのは日本です。また、ヨーロッパの一部の地域でも同様です。問題は、インターネットビジネスのメッカ(中心地)といわれるアメリカ。アメリカのビジネス文化は昔から、問題がおきたらその都度それを修復し前に進むといったものでした。ですから逆に、事前に問題を想定し徹底的にリスクを潰す行為は得意ではありません。壁を作るのは得意でも、壁を守るのは苦手というのが、今回の情報漏洩事件からもみてとれます。
しかし、日本の場合は準備に時間をとられすぎ、あまりにもがんじがらめに物事を進めるために、逆に想定外の事柄がおきたときには臨機応変な対応ができなくなる、という弱点があることもよく指摘されます。
 

個々人の「壁」から「プライバシー」社会へ

さて、話を戻すならば、「機能の壁」と「情報共有」との双方を同時に行うことが、現代の課題となっています。情報共有とは、特定の情報に対して不特定多数の人がアクセスできる仕組みへとつながります。これはネット時代の利便性を高める上で欠かせないことです。しかし、共有される情報へのアクセスは「機能の壁」によって守られなければならない、というわけです。
 
バーチャルにしろ、リアルにしろ、人は現在最も「壁」を欲しています。
壁で守られていることが、人々に安心感を与えます。しかし、同時に「壁」によって隔てられていることから、人々は疎外感も抱きます。安心感と疎外感の狭間を利用したビジネス、悪用したビジネスが横行するのも現在の特徴です。
そして、人が人を疎外するとき、それが偏見や憎悪につながることも、エルサレムのリアルな「壁」をみれば明らかです。
 
ヨーロッパは元々、様々な騎馬民族がお互いを狙い合う社会でした。そもそも壁が必要な社会でした。さらに、そこにキリスト教がはいり、個々人の信仰のあり方に長年こだわってきたことから、こうした壁を個々に持つことを必要とし、プライバシーという概念ができあがりました。プライバシーを保護することは、そのまま近代国家での人権の擁護へとつながったのです。それは、個々が自らの部屋や家屋のドアを閉める行為として育まれました。
 
同じ騎馬民族社会でも、中国などでは南の農耕文化と混ざり合い、信仰という意識もないなかで、城壁はあっても個々に壁を作ることはありませんでした。
この違いが、アジアと欧米との意識の差となりました。
しかし、近年欧米の文化がアジアに影響を与える中、個々のドアを開け放ち、紐帯を維持していたアジア社会が変化します。日本の場合、その変化が激しく、その激しさが故に、逆にプライバシーに対して過去の日本にはなかったほどに過敏な社会へと変質しました。皮肉なことです。
 

「安心感」と「疎外感」の狭間で

わかりやすく書くならば、人は自分の部屋に戻りドアに鍵をかけると安心します。しかし、その安心は疎外を生み出します。もしドアの外に病む人がいて助けを求めても、人はドアを閉めたまま、警察に電話をします。これが、現代社会の仕組です。明日、自分がドアの外の人にならないという保証はどこにもないわけです。ネット社会では、そんな疎外感を解放しようと、様々な情報にアクセスし、バーチャルな空間で人々が繋がれるようなシステムを作りました。その代表がFacebookです。しかし、そのシステムは同時により強い施錠行為によって担保されなければならないというわけです。これが、現代人の「機能の壁」の創造へと繋がったのです。施錠の安心とそこから生み出される疎外、この人類の心の矛盾への有効な解決方法はないものか、今問いかけられているわけです。
 
そして「壁」への意識は、アジア各地でみられるように、時とともに、変化してきたのです。それが人類にとって良い方向なのかどうかは、未知のままといえましょう。
 

* * *

『日英対訳 アメリカQ&A』山久瀬洋二日英対訳 アメリカQ&A
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

地域ごとに文化的背景も人種分布も政治的思想も宗教感も違う、複雑な国アメリカ。アメリカ人の精神と社会システムが見えてくる!

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日本人の「グレンチャイ」を振り返れば

“Almost 95 per cent of the population practices the southeast Asian form of Buddhism called Theravada. The Buddhist approach to life has strongly influenced Thai attitudes and behavior.”

(95%の人が東南アジアに伝搬された小乗仏教を信奉しており、仏教徒としてのライフスタイルが、タイの人々の行動や態度に大きな影響を与えている)

グレンチャイという言葉があります。
タイに駐在するか、タイと深く関わったことのある人なら一度は聞いたことがある言葉ではないでしょうか。
日本語に翻訳すると「遠慮」となります。
では、遠慮という概念を英語で説明するとどうなるでしょう。これは結構至難の技です。特にアメリカのビジネス文化では、遠慮という概念は日本ほど重要ではありません。それどころか、遠慮せず自らのニーズを即座に表明することが、相手との信頼関係を築く上では欠かせません。
ということは、日本人のコミュニケーション文化は、タイなど他のアジアの国々と共通することが多いのでしょうか。
 
タイは、東南アジアにあって唯一独立を保ってきた国です。
その昔、ベトナムやカンボジアがフランスに、インドネシアがオランダに、そしてマレーシアやミャンマーがイギリスの植民地となり、フィリピンも19世紀まではスペイン、その後はアメリカ領となっていました。タイだけが、王国として自国の伝統を維持してきたのです。かつ、タイは仏教国です。アジアの伝統を維持してきた仏教国といえば、当然そこに日本にも通じるアジア古来のコミュニケーションスタイルが残っているといってもおかしくはないはずです。
 

アジア流グレンチャイ=「遠慮」の文化に翻弄されて

しかし、そんなタイに駐在した日本人はおしなべて、このグレンチャイというコミュニケーション文化に苛まれます。
昔ながらの上下関係がしっかりと根付いているタイにおいて、人といかに和を保ってものごとを進めてゆくかということは、彼らが最も意識していることです。この意識がビジネスをシステムにのっとって進めてゆく上での障害となるのです。
 
例えば、タイにおいて日本人の上司から何か指示されたとき、タイの人は本音では「はい」ではないときでも「はい」と承諾することがままあるのです。「できません」とか「そうは思いません」といった本音はいわず、遠慮(グレンチャイ)しながら建前として「はい」というわけです。波風を立てないために。しかも笑みを浮かべて。
ですから、その言葉を信じて仕事をしたものの、デッドラインが守られないということで駐在員は翻弄されるのです。
 
実は以前、これと同じような逸話が欧米人の間で話題になったことがありました。
それは、彼らが、バブル経済にわいていた頃の日本人といかに仕事をするべきか、という課題に直面したときのことでした。
日本へ投資し、ビジネスを拡張しようと世界中の人が考えていた時代、彼らは日本語を勉強し、日本の企業に勤め、慣れない箸を使いながら、いかに日本人とコミュニケーションをするか試行錯誤を繰り返していました。
そんな彼らが、曖昧な笑みを浮かべ、意思をはっきり表明せず、本音と建前を使い分ける日本人の行動に翻弄されていたのです。いわば、日本流のグレンチャイに戸惑っていたのです。
 
バブルがはじけ、日本の硬直した構造疲労が話題となったとき、こうした日本の価値観にこだわる日本社会の体質そのものが、海外から批判されました。
香港シンガポールといった、より欧米流のコミュニケーションが流通している地域にアジアの本部機能を移動する会社も現れました。
しかし、今考えてみれば、日本はアジアの中ではじめて欧米のビジネス環境に、そしてその中で切磋琢磨する競争社会に飛び込んだ国だったのです。
従って、多くの人が日本という経済大国が引き潮と共に遠ざかったときに、アジアの価値そのものを日本独自の価値と取り違え、それを時代遅れの骨董品のように批判したのです。
 

経済の波に歪められた「日本のコミュニケーション文化」

しかし、タイに行けば、そんな伝統的なアジア流コミュニケーションスタイルがしっかりと維持されています。
仏教国であるタイでは、感情の起伏をそのまま仕事場で表せば、その人の「人徳」への懸念へとつながります。家族意識の強いタイでは、「内と外」という観念が根付いていて、「内」の人間にならない限り、なかなか本音はききだせません。
 
逆に、日本では、バブル崩壊の後の暗黒の10年と呼ばれる経済の低迷に苦しむ中、自己批判するかのように旧来の価値観が否定されたこともありました。
伝統的な日本流コニュニケーションスタイルがいびつに変化し、欧米流でもなければ、旧来の日本人らしいものでもない、新しい世代文化が培われました。以前はあり得ないことだった、上司から飲みに誘われたときに「用事がありますから」と断る若者も増えてきました。「顧客が神様」という上下関係のマニュアルも通用しにくくなり、終身雇用からくる組織への忠誠の神話にも変化が現れました。
 
こうした変化について語ったとき、「それはより日本がグローバルになったということさ」という反応を示す外国の人も多くいます。
しかし、本当にそうなのでしょうか。もし、日本人がバブルの崩壊と共にその背骨そのものをへし折られ、直立歩行できないままにグローバル経済の重力に押しつぶされながら変質を遂げていたとしたら、これからの未来はどうなるのでしょうか。
グローバル化し競争力をつけるのではなく、本来日本人がもっていた品質へのこだわりや、相手に配慮して物事を進める柔軟な交渉力が、この変化と共に失われつつあるのではという危機感を抱いている人は多いはずです。
 

日本が迎えている「変質の危機」

文化には、強い部分と弱い部分がちょうどコインの表と裏のように存在し、他の文化と接したとき、それが交互に現れ相手と接触します。普通はその強弱によって相手と接しながら調整を行い、コミュニケーションのバランスを保ちながら、異文化環境で鍛えられてゆくのです。しかし、もし文化の弱い部分が強い部分を凌駕した場合、あるいは強い部分も弱い部分の一部と誤解してそれを崩壊させた時、その国や民族の文化そのものが変質してしまうこともよくあるのです。今日本が直面しているのは、そんな変質の危機なのではないかと思ってしまいます。
 
タイの「グレンチャイ」に接して、しょうがないなと呆れる日本人が、蟹の横ばいのように自らの背骨にも同じアジアの遺伝子を抱いているのだということを、もう一度考えてみるのもまた必要なのかもしれません。
 

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アジアの人々と働くこと

『なぜ銀座のデパートはアジア系スタッフだけで最高のおもてなしを実現できるのか!?』千葉祐大 (著者)なぜ銀座のデパートはアジア系スタッフだけで最高のおもてなしを実現できるのか!?』千葉祐大 (著者)
価値観の違うメンバーを戦力化するための17のルール!
訪日外国人の数が、毎年過去最高を記録している現在の日本。お客さまが外国人であれば、接客する側も言葉や文化を理解している同国人のほうがいいと考えるのは当然のこと。
しかし、「はたして外国人に、日本人と同じレベルのおもてなしを実践することができるのか」「どうやって、外国人におもてなしの教育をすればいいのか」と、懸念や疑問を持つ現場関係者が多いのも事実です。
本書は、外国人とりわけアジア系人材を、おもてなし提供者として育成する教育方法について、銀座のデパートで実際に行われている事例を取り上げながら、詳しく解説します。

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大坂なおみのみせた「hybrid」な個性が語ること

“Osaka – who was born in Japan and raised in the United States – has climbed to a career-best seventh in the world rankings after winning her first Grand Slam title.”

(日本で生まれ、アメリカで育った大坂が、グランドスラムでの初優勝の後、自己最高の世界ランキング7位になる)
BBCより

文化の混合から生まれる斬新な”hybrid culture”

ハイブリッド hybridという言葉があります。
この言葉は、元々異種の交配によって生まれる新たな品種や雑種のことを意味していました。
最近では、その考え方をさらに進め、hybrid cultureという言葉が作り出されました。それは、異なる文化が混合して、新たな文化が生み出されることを意味しています。
そんなhybrid cultureの代表として挙げられていたのが、移民によって新たな社会が作り出されたアメリカの文化でした。
 
例えば、ジャズがそれにあたります。元々アフリカからもたらされた黒人のリズムやメロディに、西欧流の音楽理論や音階へのアプローチが混合してジャズは発展してゆきました。
20世紀のアメリカを代表する音楽家であった、ジョージ・ガーシュインレナード・バーンスタインは、こうして生まれたジャズやブルースを更に進化させ、逆に西欧のクラシック界に新しい波を届けました。
このことからもわかるように、hybrid cultureは、そこに新たな領域を創造するのみならず、旧来の文化にも斬新な影響を与えてきたのです。
 

帰国子女を待ち受ける”mono culture”な日本の強硬性

ここで、日本での帰国子女の課題について考えてみましょう。
帰国子女は、まさに自身の中にhybrid cultureを育んで日本に戻ってきました。彼らは、海外に接し、それを吸収した後に日本の文化に接したわけです。
しかし、日本はこうしたhybrid cultureを受け入れるには、あまりにもmono culture、つまり単一固有の文化へのこだわりが強かったのです。その結果、彼らを受け入れずに疎外したことが、長い間社会問題となりました。
 
確かにhybrid cultureには弱点がないわけではありません。
例えば、幼い頃にアメリカで育った子供を例にとれば、アメリカで育ち帰国した子供は、英語は喋れても、英語やアメリカの文化への素養は未熟なままに日本に戻ります。そして、日本語や日本文化への素養も中途半端なままに、mono cultureな社会に放り込まれるのです。
この「中途半端 halfway」な状況が彼らの弱点として指摘されるのです。
 
ただ、ここでもし、彼らの基盤となった「中途半端さ」を強みと捉える柔軟性が社会にあったとしたら、と思います。
「中途半端」を、我々は負の価値として解釈することに慣らされてきました。しかし、二つの文化を半分ずつ吸収し、自己の人格の中に新しいアイデンティティ identityを創造した人としてその個人を考えれば、その人は新しい文化を牽引する先駆者として、社会をプラスの方向に導く人材になれるはずです。
 

“hybrid”を表す大坂 vs. “American”を貫くセリーナ

今回全米オープンで優勝した大坂選手のことを思い出してみると、よくわかると思います。彼女は、セリーナ・ウィリアムズとの決勝戦で、セリーナの審判への強硬な抗議に圧倒されながらも、それを克服し見事に優勝しました。その優勝の会見で、彼女は幼い頃から使い慣れた英語で、観客に「あなた方が期待していた結果とならずにごめんなさい」と泣きながらコメントしました。
この謙虚さは、明らかに彼女の中に流れている日本人のコミュニケーション文化による発言でした。しかし、彼女の流暢な英語や片言の日本語は、彼女がアメリカで育ったことを物語っています。このhybridさをアメリカの観客も、さらには世界の多くの人々は好意をもって受け入れたのです。「自分は自分」という発想で、hybridな自己をくったくなく表現している姿が、伝統的に多様な文化を受け入れてきた人々の支持へと繋がったわけです。
 
対照的だったのが、セリーナ・ウィリアムズでした。
アメリカは建国後240年以上を経過し、れっきとしたアメリカ文化とアメリカ流のアイデンティティをもっています。主張すること、自らの思いを遠慮なく表現することをよしとしたアメリカ流のコミュニケーションスタイルにのっとり、セリーナ・ウィリアムズは審判に、試合中にコーチとコンタクトをとったというペナルティを誤審として激しく詰め寄ります。
アメリカ人の多くは、彼女の行為やそこでの怒りの表現をごく当然のことと捉え、会場は彼女をバックアップするかのようにブーイングの嵐となりました。そして、その後一瞬彼女が大坂なおみに対して攻勢にでたとき、会場から大きな拍手が湧き出たことを覚えている人も多いのではないでしょうか。
そこには、出産の後、肉体的精神的なハンディキャップを克服し、さらに審判の判定にもめげず、攻勢へ転じかかった彼女への極めて単純な賛辞があったのです。それは、アメリカの映画などでよくみられる、sweet revenge「甘美な復讐」という感覚にもマッチした観客の反応でした。
 
しかし、この大騒動に困惑して、涙を流した大坂選手の反応もまた、アメリカ人にとっては斬新だったのです。トロフィーの授与のときに、再びブーイングがあがります。それは、大坂を非難しているのではなく、セリーナ・ウィリアムズへの審判の判定を不服としたブーイングでした。
しかし、その後の優勝インタビューでの大坂なおみのhumble(謙虚)な対応に接し、彼らは大坂に対してもsweetな感覚を抱いたのです。海外のメディアも概して彼女に好意的でした。
 

日本に求められる「中途半端」への柔軟性

確かに、hybridな自分を率直に表現していた大坂なおみの個性に、違和感を持つ人はいないはずです。
しかし、海外で育ち、その後日本の文化に接した人が、自らを常にhybridであると意識しているかというと、そうではないかもしれません。実は帰国子女の多くは、自らを日本社会に受け入れてもらうために、自身が育んだhybridな個性を封印してしまうケースも多いのです。おおらかに自分自身を表現できず、屈折したまま大人になってゆく帰国子女をみるたびに、社会に彼らの真価をしっかりと受け入れる柔軟性を育んで欲しいと思うのは、私だけではないはずです。
 
日本に今必要なのは、様々な「中途半端」への受容性です。
異なる価値や行為を受け入れる受容性は、逆にmono-cultureな日本の良さをひきだし、世界に紹介してゆく上でも必要なのです。同時にそれは、mono-culture な社会の硬さからくる脆さを補うためにも求められているアプローチなのです。
 

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