カテゴリー別アーカイブ: ニュースの英語と文化背景・時事解説

山久瀬洋二の「ニュースの英語と文化背景・時事解説」
話題の海外ニュースから旬な英語表現をピックアップ。グローバルな視点で文化背景、歴史、時事を解説。過去の記事は「海外ニュースの英語と文化背景・時事解説」目次からどうぞ。

京都アニメの惨劇と世界の反応に触れて

“Kyoto Animation is home to some of the world’s most talented animators and dreamers — the devastating attack today is a tragedy felt far beyond Japan. KyoAni artists spread joy all over the world and across generations with their masterpieces. 心よりご冥福をお祈りいたします。”

「京都アニメーションは世界で最も才能のあるアニメーターと、その夢を追いかけている人々のふるさとだ。今日起きた破壊と悲劇は日本だけの損失をはるかに超えている。京アニのアーティストたちはそんな作品を通して、世界に世代を超えた楽しみを拡散している。心よりご冥福をお祈りいたします」
― Tim CookのTwitter(@tim_cook)より

世界に流通する日本の「Manga」と「Anime」

 京都アニメーション(以下、京都アニメ)の放火事件が海外メディアの注目を集めていることは、様々な報道機関が伝えています。
 私個人としては、あまり京都アニメについて詳しくはありませんでした。
 しかし、ヘッドラインに記したように、アップルのCEOティム・クック氏が哀悼の意を日本語で伝えるなど、世界中が今回の悲劇に反応している背景はよく理解できます。
 
 80年代のこと、出版メディア大国アメリカでは、コミックは一ランク下の出版物とみなされていました。
 バットマンなどのコミックはコレクターの特殊な読み物で、出版社がそれを扱うことはありませんでした。私がニューヨークで最初に日本の漫画を英文で紹介しようとしたときも、出版社のセールスマンの激しい抵抗にあったことを覚えています。
 しかし、そんな状況が次第に変化してゆきました。日本の漫画の質の良さ、ストーリー展開の面白さが少しずつアメリカでも浸透し始めたのです。それは「グラフィックノベル」と呼ばれ、90年代には書店でも堂々と置かれるようになったのです。
 
 その頃、フランスのグルノーブルで開催されたヨーロッパの書籍フェアに参加したことを覚えています。たくさんのフランスやドイツの版元が、日本発のグラフィックノベルの版権を購入しようと日本の作品を見ている様子に接し、初めて日本の漫画が世界を席巻するのではと本気で考えたものでした。当時すでに「漫画」は「Manga」として英語化していました。
 とはいえ、アニメーションの世界でいうならば、映画と合体した映像産業で圧倒的な強さを誇っていたのはディズニーなどアメリカの大手に他なりませんでした。ですから、日本でも英語のAnimationをカタカナで「アニメ」と訳し、次第に漫画と映像文化との融合が始まったのです。
 
 その後、「マンガ」は世界に輸出されました。
 当時、私も出版人としてそんな「マンガ」の英文書化に何度か関わったことがありました。やがて、「マンガ」が世界で市民権を得るのと並行して、今度はさらに進化した日本の「アニメ」が「Anime」という日本語のまま世界で流通するようになったのです。
 それから10年以上、私は国際出版事業から離れていました。そして、先週の京都アニメの事件に接したのです。
 

日本の顔「ビジュアルアート」を襲ったテロ行為

 京都アニメの損失は世界的な損失であると、海外の人は思っています。今年フランスでノートルダム大聖堂が消失したときと同様、世界中の人が人類の貴重な遺産が失われたことに涙したのです。京都アニメに代表される日本のアニメ産業は、日本の顔として世界で評価されていたのです。
 
 もっとも、こうした日本のビジュアルアートへの評価は今に始まったことではありません。
 実は、世界で最も有名な日本人は誰かという問いに対して、海外の多くの人が思わぬ答えをしてくれています。それは葛飾北斎なのです。
 葛飾北斎に代表される浮世絵が、19世紀終盤のヨーロッパで印象派に大きな影響を与えたことは周知の事実です。そんな浮世絵は日本では全く評価されず、明治初期には輸出用の包み紙として使用されていたといわれています。日本政府が世界に紹介しようとした工芸品などを包んでいた紙に描かれていた版画に、ヨーロッパの人々が注目したのです。皮肉かつ痛快な話です。
 それから100年以上の年月を経て、全く新しくなった日本のビジュアルアートが再び世界に紹介されたのです。
 
 「君は本気でバットマンやスーパーマンを書店で売りたいのか。冗談じゃない」
 ニューヨークのセントラル・パークに面したホテルのカフェで、現地の出版社の営業担当者に初めて「日本の漫画に興味はないか」と問いかけたときに返ってきた言葉を私は今も忘れません。京都アニメの再生に向け、海外の有志によるクラウドファンディングが立ち上げられ、二日間で180万ドルもの基金が集まった事実をみるとき、まさに隔世の感を覚えるのです。
 
 一方、京都アニメの消失事件は、日本で起こったテロ事件であるという認識をどれだけの日本人がもっているでしょうか。
 テロは海外でのこと、日本は安全な国なのでそんなことはありえないと、日本人の多くは日本の安全神話を信奉しています。放火事件はテロ行為以外の何物でもないことを、メディアはちゃんと伝えているでしょうか。海外の多くの人は、京都アニメは非道なテロ行為の犠牲になったと思っているはずです。
 

左) 葛飾北斎『北斎漫画』十一編(部分)刊年不詳 右) エドガー・ドガ《踊り子たち、ピンクと緑》1894年

世界に広がり続ける日本の「文化」

 今回紹介したTim CookのTwitterを検索すると、事件が起こる前日に彼がSNSなどで使用される絵文字について語っていることに気づきます。彼はTwitterで、多様な絵文字が作成されていることを賛辞していました。そのメッセージの中で彼は「Emoji」という言葉を使い、日本語の絵文字が「Emoji」として世界で通用していることを奇しくも我々に伝えてくれたのです。
 
 「Manga」、そして「Anime」から「Emoji」に至る世界で市民権を得てきた日本語を並べてみると、そこに一つの共通項が見えてきます。官制の「おもてなし」や「匠の世界」などといった肩を張った日本文化の押し売りとは違い、人々が権威とは関係なく、本当に面白いと思い、没頭し、苦労を重ねながらも、じわじわと市民権を得たものが、まさに文化として世界に拡散するのだということが。
 Tim Cookと同様、犠牲者、そして失われた作品や才能に向け、心を込めて合掌したく思います。
 

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『英語で読むアラジン』牛原眞弓(翻訳)谷口幸夫(英語解説)英語で読むアラジン』牛原眞弓(翻訳)谷口幸夫(英語解説)
ペルシャのシャフリアール王のもとへ嫁いだシェヘラザードは、千夜一夜にわたり、さまざまな物語を王に話して聞かせる。『アラビアン・ナイト』の名でも知られる、中世イスラムで集められた説話集『千夜一夜物語』の中から、魔法のランプを手に入れたぐうたら息子が、ランプの精の力をかりて幸せをつかむ『アラジン』、「開けごま」の呪文でおなじみの『アリババと40人の盗賊』、そして若い商人が7つの冒険を経て莫大な富を手に入れる『船乗りシンドバッド』の3篇をやさしい英語と日本語訳で収録。

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対韓輸出規制が批判される本当の理由とは

Photographer: Kim Kyung-Hoon/Pool

“A trade dispute rooted in WWII history is heating up between Japan and South Korea. From today, Tokyo is restricting exports of equipment needed to make semiconductors and computer displays. The move is intended to hurt South Korea’s hightech industry.”

(日韓の第二次世界大戦の歴史問題が過熱し、貿易論争の原因に。東京は半導体やコンピュータディスプレイに必要な製品の輸出規制を。これは、韓国のハイテク産業への痛手を意図したものだ)
― DW Newsより

関係が冷え込む日韓に共通のコミュニケーション文化

 日本と韓国との関係が冷え切っています。
 そもそもこの二つの国は、距離を取って観察すると、極めて似た文化やコミュニケーションスタイルを持っています。
 よく韓国のコミュニケーション文化は、日本のより感情に訴えて激しいものがあるといわれますが、感情移入や物の言い方といった表層面をとやかく言っても始まりません。ここで解説したいのは、ロジックの作り方の問題です。
 
 今回、輸出規制を発動した後になって、日本政府は慌てて規制は韓国での徴用工問題慰安婦問題とは関係なく、純粋な貿易管理の問題に起因するものであると発表しました。確かに、それはその通りかもしれません。しかし、そうした日本側の説明も甲斐なく、韓国では日本製品の不買運動が起こるなど、状況は楽観を許せません。また韓国は韓国で、貿易問題においては福島県などの水産物への輸入規制をいまだに続けています。
 
 第三国からこうした状況を見ると、日本も韓国も共にお互いをターゲットにしたハラスメントを繰り返しているように見えてくるのは残念なことです。
 そこに見えるのは、「団子型コミュニケーション」という、日韓に共通したアジア独特のものの言い方や対応方法です。
 つまり、様々な事象を一緒に団子にして相手にぶつけ、その応酬によって双方が負のスパイラルを導いてしまうのです。
 
 この「団子型コミュニケーション」というのは、我々日本人、そして韓国や中国などの人々がともすれば陥りがちな癖ともいえます。
 そこには、極東を中心としたアジアに共通した発想法が潜んでいます。専門家はこの発想法に基づくコミュニケーション文化を「Polychronic(複合的)なアプローチ」と呼んでいます。それは、様々な背景を一緒にして、一つのテーブルで論じようとする文化です。
 安倍首相が今回の半導体材料の輸出規制を発表したときの発言が、その典型です。
 「国と国とが約束を守らないことが明確になった。貿易管理でも恐らくきちんと守れないと思うのは当然だ」というこの発言で、安倍首相は元徴用工への賠償問題を念頭に、韓国が日本との国同士の約束を守らないことを批判したのです。
 このロジックがPolychronicなのです。つまり、二つの課題を団子にして、過去の事例や背景を元に相手を批判した上で、輸出規制の問題をコメントしたことが、海外での誤解の原因になったのです。なぜでしょうか。
 

日本の外交が苦しむ欧米社会とのロジックの違い

 欧米の人々のコミュニケーションの方法は「Monochronic(単色型)」であるといわれます。彼らは、課題を一つ一つに分け、混ぜることなく別々に処理して交渉するアプローチをとるのです。
 ですから、何か規制について発動するときは、決してその他の理由には触れず、規制そのものの理由を明快に解説します。しかも、発動の前には問題を指摘し、事前に警告などを行い、交渉を示唆した上で相手の動向に対応しながら規制を発動します。
 例えば、アメリカと中国との間には様々な政治課題がありますが、中国への関税の引き上げ措置についてアメリカが言及したときは、その問題のみに終始し、中国との軍事的緊張など、その他の課題には触れません。「それはそれ、これはこれ」というアプローチが徹底しているのです。
 
 日本の場合、確かに輸出規制については、安倍首相の発言の後に世耕経済産業大臣が、これは安全保障に関わる韓国側の貿易管理の問題が原因と発言し、純粋に貿易の問題で、他の事柄とは関係ないかのように説明はしたものの、それはすでに安倍首相の発言に海外メディアが反応した後のことでした。
 仮に世耕発言に正当性があったとしても、規制の発動があまりにも突然で、かつ安倍首相の「信頼問題」発言と絡んでしまったことは、日本のイメージを大きく毀損する原因となったのです。日本側の真意や「本当の理由」、さらに日本の言う「正当性」が海外に届くことなく、ただ「嫌がらせ」をしている国なのではという誤解を与えてしまったわけです。
 
 そもそも、段取りが悪すぎます。
 政府は、海外にもしっかりと説明をしていると言ってはいるものの、メディアや国民などへの情報開示が充分でなく、あまりにも閉鎖的です。だからこそ、事前の警告や問題提起はもとより、それまでの慰安婦問題や徴用工問題、さらには海上自衛隊の航空機へのレーザー照射問題など複数の課題が解決していない中、今回の唐突な規制の発表は、大人の国としての対応から見れば稚拙なやり方だと映るのです。
 
 では、韓国側の反応はどうでしょう。
 これもまたPolychronicな対応と言えましょう。政府も国民も、日本との複合的な課題を一緒にもつれた糸のままで捉え、感情的に対応しています。ただ、彼らに有利なのは、常に韓国が被害者の立場で叫び続けていることです。アメリカの世論などは、日本と韓国双方のPolychronicなアプローチに戸惑いながらも、結局日本が第二次世界大戦とそれ以前に韓国に与えたダメージを謝罪していないからだと思っています。双方ともPolychronicであれば、声を大きく感情に訴えた方が届きやすいのかもしれません。
 
 こうした日本側の意図がうまく伝わらない事例は、日韓問題だけではありません。例えば、日米安保条約で日本側が大きな経済負担を負いながらも、日本はタダ乗りをしていると多くの人が考えていることも、こうした日本の情報伝達における技術不足の結果なのです。
 明快な説明や、欧米の人が物事を受け取り理解するロジックに沿ったアプローチができない日本が常に貧乏くじを引いてしまうのは、日本の外交力の脆弱さによるものだと批判されても仕方がないのかもしれません。
 

問題提起に必要なのは、Monochronicなアプローチだ

 Monochronicなコミュニケーションスタイルを持つ欧米社会にものを言うときは、最初の発言が最も大切です。
 最初に、今発言すべき問題を明快に提起し、その理由を絞り込んでしっかりと話すことができない限り、どんなに教養のある英語で語ったとしても、同じ誤解のプロセスに日本は常に苛まれることになるはずです。
 

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『日本人が誤解される100の言動: 国際交流やビジネスで日本を再生するためのヒント』山久瀬洋二 (著者)、ジェイク・ロナルドソン (訳者)日本人が誤解される100の言動: 国際交流やビジネスで日本を再生するためのヒント』山久瀬洋二 (著者)、ジェイク・ロナルドソン (訳者)
英語力がある人ほど陥りやすいワナとは?! 日本人が誤解を受けるメカニズムを徹底的に追求し、最善の解決策を具体的に伝授!欧米をはじめ、日本・中国・インドの大手グローバル企業96社4500名の異文化摩擦を解決してきたカリスマ・コンサルタントによる「英語で理解し合う」ための指南書第2弾!

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香港の騒乱から出てくるものは、虎と鷲の間で動きの取れない日本と韓国

© KYODONEWS(共同通信社)

“Protesters try to storm into Hong Kong Legislative Building”

(抗議をする人々が香港の立法府に乱入しようとしている)
 

“Trump makes history at DMZ with Kim Jong Un”

(トランプは非武装地帯で金正恩と新たな歴史をつくる)
 
― CNNより

 今、シンガポールに来ています。
 到着後ホテルで荷物を開けながらテレビをつけると、2つのトップニュースが飛び込んできました。一つは、トランプ大統領が電撃的に板門店で北朝鮮の最高指導者・金正恩氏と会談をしたことでした。そして二つ目は、香港が中国に返還されたことを記念する式典に向けて、再び大規模な反政府デモが香港で繰り広げられていることです。
 
 このどちらの内容にも前回のブログで触れていますが、ここで敢えてさらにまとめてみたいと思います。
 G20という大きなイベントもすでに昔のことのように、シンガポールのメディアは、この2つのニュースを繰り返し伝えています。それを、シンガポールのビジネスマンがレストランやジムのテレビで興味深く見つめている様子が印象的でした。
 

極東情勢を揺るがす”Don’t ask for permission”の掟

 ことG20に限らず、大きな政治的イベントの前後には必ず、世界のどこかで何かが起こるようです。実際G20の前には、トランプ大統領がイラン攻撃の一歩手前でそれをストップしたと発表し、それと同時に日本とアメリカとの軍事同盟は不平等だという発言をして関係者をびっくりさせました。
 そして、習近平国家主席は香港の騒乱をよそに、急ぎ北朝鮮を訪問しました。この訪問はさほど成果が上がらず、海外ではアメリカを意識した単なる示威行動と冷淡に捉えていました。
 
 そんな中で、現在の香港での騒乱は、香港の立法府のガラスを割って暴徒が中を占拠するという事態になりました。その模様をこちらのメディアは詳細に伝えています。
 問題は、警察隊がそんな暴徒に対して不気味なほど静かなことです。どのような指示を受けているのかを気にしながら、民主化を求める人々も、暴徒が過激になりすぎないよう不安げに見守っているのが現状です。前回解説した通り、香港の置かれている微妙な立場を知っている人々は、暴徒が過激になれば、それが中国政府の介入の口実になるのではないかとも考えているのです。
 
 このところ、習主席は微妙な立場に置かれています。
 それは、アメリカの政策を動かすトランプ氏の動きが読めないからです。ですから、自らの中国での地位を確固たるものにしながら、同時に香港や北朝鮮の問題をどのようにハンドルするか、試行錯誤が続いているはずです。
 そんな中国とアメリカとの関係をうまく利用して、双方に笑みを浮かべながらも「揺さぶり」をかける北朝鮮は、なかなかしたたかであると言えるかもしれません。
 
 どこでも言えることですが、こと会社にしろ、国家にしろ、トップが自らの組織を思うように動かすことはなかなかできません。そこで、多少強力に自らの思いを牽引したい指導者は、敢えて強いメッセージを先に送り、組織を無理やりそちらの方へ向けるように画策します。前々回のブログで紹介した”Don’t ask for permission, beg for forgiveness.”「許可を求めるな。許しを乞え」という行動は、実は指導者が動かない組織を稼働させるために行うカンフル注射、あるいはパフォーマンスとも言えるのです。
 トランプ大統領が頻発するTwitterでのメッセージこそは、この手法の典型的な事例と言えましょう。
 
 そして金正恩の場合、文化は異なるものの、過去に北朝鮮の取り巻きを冷徹な方法で粛清した事例からも分かるように、自らの地位を守り自らの求める行動を起こすためには似たような手法に頼らざるを得ません。この金正恩とトランプ両名の行動様式の一致が、今回の38度線での面会を実現させたのではないでしょうか。課題はこのパフォーマンスの後、自らの組織をどう動かすか。つまりbeg for forgivenessをどのようにハンドルするかにかかります。
 

Reuters(ロイター)

一連のパフォーマンスを前に身動きできない日韓、そして中国

 こうした一連の動きの中で困惑するのが、官僚組織と党内調整に縛られる日本の首相であり、韓国の大統領です。さらに、習近平も強い政治基盤を築きつつあるとはいえ、いまだに共産党内部での政治抗争には目を光らせ、突飛な行動に出ることは慎まなければなりません。ある意味で北朝鮮問題と香港の問題は、彼にとって最も頭の痛い課題なのです。この3つの国はどれも”Don’t ask for permission, beg for forgiveness.”という手法が取りにくいのです。
 
 とはいえ、それだけに北京が「もうこれ以上我慢できない」と思ったとき、習首席はそのベクトルを利用し自らの立場をより確固としたものにする時機が到来し、香港やアメリカに対し強硬手段に出る可能性は十分に考えられます。緊張は刻々と高まっています。香港の人々もそのことは十分に理解しているはずでしょう。
 アメリカという「鷲」はその可能性を考慮し、敢えて中国という「虎」が本当に牙を剥かないよう、G20では穏便な対応に終始したのです。
 
 そして、トランプ大統領は安倍首相に対しては、日米の軍事関係での対等な付き合いが必要だという匕首(あいくち)を突きつけながら、日本をアメリカ側に取り込んでいるのでしょう。もっとも、安倍首相が目標にしている憲法改正のための世論づくりに、トランプ側に「アメリカは日本を防衛するが、日本は有事にアメリカを守らない」と敢えて発言させたのであれば話は別ですが。
 
 動きが取れない日本の首相と韓国の大統領は、G20でも頑なに会話を拒否し、日本側は会食のテーブルも別々の場所に用意しました。
 多少陰険にも見えるこうした動きは、来年の大統領選挙に向けて華やかな成果を誇示したいトランプ大統領にとっても、周囲の動きと貿易戦争に苛立つ習首席にとっても、むしろ有難いことでしょう。日韓が一枚岩になって安全保障と経済問題での核になろうとすれば、中国やアメリカ、さらにロシアにとってもそれはそれで面倒なのです。
 
 中国は当分日本に寄り添い、韓国と距離を置くでしょう。そしてアメリカは、日本が自分の傘下にあることを誇示しながら、極東でのパワーゲームに臨んでゆくはずです。
 トランプ大統領のような「Don’t ask for permission」型のリーダーには、これ以上強く出ると危険だぞと思わせるはっきりした対応が絶対に必要です。
 ゴルフや友情ではなく、ビジネスはビジネスとして強く対応すれば、彼は逆に利をとって譲歩するはずです。この交渉のメカニズムは、アメリカや欧米では常識となる交渉術の基礎とも言えましょう。
 

Photographer: Kim Kyung-Hoon/Pool

高まる緊張の中で日本が学ぶべき外交戦略とは

 香港と同じく、アジアの金融センターの役割を担うシンガポール。ここは資源や人口に限界のある都市国家であればこそ、香港で起こりうる政治的混乱が金融危機へと繋がることを多くの人が危惧しています。そんなシンガポールから、G20前後の日本の状況を見ていると、首相のイラン訪問とその後日談、さらにトランプ大統領の発言への反応、そして日韓の出口のない確執などを通して、そのお粗末な戦略に戸惑ってしまいます。緻密な外交戦略とロジックに基づいた意思表示など、日本が学ばなければならない課題は多いようです。
 

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『日本現代史【増補改訂版】』ジェームス・M・バーダマン (著)、樋口謙一郎 (監訳)日本現代史【増補改訂版】』ジェームス・M・バーダマン (著)、樋口謙一郎 (監訳)

いまのニッポンを語るときにぜったい外せないトピックを大幅に追加し、簡単な英語で明解に説明!
いったい日本はどこに流れてゆくのか? 日本の現代史 (マッカーサーからアベノミクスまで) に対する海外の見方を説明し、海外の類似した状況と比較することによって、日本が今どのような状況にあるかを簡潔に解説。

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香港の騒乱と「レッドカーペットの屈辱」が語ること

Reuters/Tyrone Siu

“That stronger hand threatens Hong Kong’s future as a global commercial hub, but business leaders increasingly fear resisting a Chinese government that does not tolerate dissent.”

(世界経済のハブとしての香港の将来が大きな脅威にさらされる中、ビジネスリーダーたちは中国政府の強硬で頑なな態度にどう向き合うか神経を尖らせている)
― New York Timesより

香港での大規模デモに見える中国の覇権誇示と情報統制

 この数週間の極東での出来事は、アメリカと中国との駆け引きに翻弄される、この地域の現状と本音を奇しくも炙り出してしまいました。
 
 まずは、香港で犯罪者の中国への引き渡しを容認しようとした「逃亡犯条例」の改正に市民が強く反発し、大規模なデモが街を覆い尽くしたことです。北京の息が掛かった現在の香港政府は、市民の圧力の前に条例の撤回を余儀なくされました。香港の中国との最終的な統合を目指す北京にとって、これは確かに痛手だったはずです。
 一つは、香港が中国の意のままにならないことを北京が改めて実感したこと。そして、もう一つは、グローバル経済への重要な窓口の役割を果たしてきた香港の存在そのものの将来への不安を、中国が自ら世界に伝えてしまったことです。シンガポールなど、他の金融センターに香港の地位を譲ることになりかねない理由を煽ってしまったことは、中国の失策だったといっても過言ではないでしょう。
 
 次に注目されることは、習近平国家主席の北朝鮮訪問です。アメリカとの貿易戦争を通した緊張の高まりに押されるように、彼は北朝鮮を訪問しました。そこには、トランプ政権との交渉に揺さぶられ、ともすると中国離れが囁かれていた北朝鮮を、自らの覇権の枠内に取り戻そうという意図が見て取れます。そして、返す刀で香港の沈静化に注力しようというわけです。
 
 今後、香港での動きが中国本土に影響しない限り、中国は強硬策に出ないだろうという人がいます。実際、中国は見事に国内の世論を統制しているのです。
 「今、仮に中国国内の人に、香港でこんなことが起こっていると言っても、その情報自体を信じる人は殆どいないと思いますよ。報道が規制されているだけでなく、中国共産党の宣伝が行き届いているからね」
 これは日本在住のある中国人のコメントです。確かにそれはその通りでしょう。
 であればこそ、今回のヘッドラインのように、香港在住のビジネスリーダーは困惑を隠せません。今、香港だけで仕事をしているグローバル企業はほとんどないからです。米中関係が氷河期となっている状況下、これからは、北京の意向を踏まえながら、世界の金融センターである香港の現実も容認し、双方の狭間で損をしないよう、今まで以上に気を使わなければならないからです。
 

KNS/KCNA/AFP/アフロ

米中の狭間にあっても冷えたままの日韓関係

 一方、隣国である日本や韓国でも、ここ数週間様々な反応がありました。
 韓国のテレビ局は、先月アメリカを訪問した安倍首相を大きく取り上げました。その解説が興味深いのです。メディアの前に立ったトランプ大統領は、もてなさなければならない日本の首相を無視するかのようにレッドカーペットの中央に立ち、安倍首相は彼の側に控えるかのように、カーペットの外に追いやられていたのです。そして、首相がトランプ大統領の方ににじり寄ると、大統領が“Stop”とそれを制したのです。この場面を韓国のメディアは皮肉たっぷりに報道し、アメリカの「腰巾着」に甘んずる日本の指導者の有様を視聴者に伝えます。
 
 この報道の裏には、中国とアメリカとの狭間にありながら、それでも日本を心情的に受け入れられない韓国の本音が見え隠れします。それは韓国自身の抱える矛盾でもあり、日本にとっても良いこととはいえません。
 
 「韓国にとって中国は最大の市場。そして、アメリカは政治上の同盟国。この矛盾は日本にも通じる矛盾でしょう。ですから、韓国のミサイル配備に神経を尖らせた中国が韓国を敵視している状況を打開しようと、韓国政府は苦慮しているのです。面白いことに、香港の情勢に対して韓国政府は何もコメントをしていません。これ以上、中国を刺激したくないのです」
 これは韓国の知人の解説です。そういえば、日本政府も香港のデモについては、同様の対応をとっているようです。
 言葉を変えれば、日本も韓国も二つの大国の谷間にいるという同じ課題を抱えながら、双方への不信感は拭えないでいるのです。
 「確かに日韓関係は冷え切ったままですね。ここが一枚岩にならないと、これからも中国とアメリカとの間で翻弄され、日韓ともにレッドカーペットの屈辱を味わい続けることになるのではないでしょうか」
 韓国の知人はそうコメントしてくれました。
 
 一方、アメリカはアメリカで、日本や韓国への影響力をしっかりと維持しながら、香港の騒乱などをテコに中国を包囲し、暗礁に乗り上げた北朝鮮との交渉も進めなければなりません。そして、トランプ大統領はそれができる人物であることをアメリカ国民にアピールし、次期大統領選を有利に進めるためにも、「レッドカーペット」の中央に立っていなければならなかったのでしょう。
 
 そして、このように極東の政治に関わる国々の利害が複雑に拮抗する中で、香港や台湾の人々は、今回の香港での騒乱に対する各国の冷めた反応に当惑します。
 彼らが脅威を抱いているのは、中国のインターネットをはじめとしたメディアへの徹底した管理です。一見便利に見える消費者のオンライン決済ですら、国家が個人の趣向やものの考え方をモニターするには絶好の材料です。例えば、香港で反中国関連のニュースソースにアクセスしている人を、中国がモニターすることなど簡単なのです。民主主義を擁護しようとする人が中国当局の監視にさらされることがどのようなリスクかと多くの人は考えます。今回の「逃亡犯条例」の改正は、そんな香港市民の恐怖感という火に油を注いだのです。
 そして、中国はさらに市民への監視体制を整え、内に向けては外の情報をブロックしながら指導体制を維持してゆくはずです。
 

複雑な利害関係から傍観者に徹する極東の国々

 これらの現状から見えてくること。
 それは、香港での騒乱を多くの国が当惑しながら傍観している現実です。
 香港市民の勇気ある行動には同情するものの、アメリカ寄りにも中国寄りにもコメントできず、事態の沈静化をおどおどしながら見守るというのが極東の国々の実情です。であればこそ、いざ何かが起これば、結局どこも助けてくれないのではという深刻な脅威に、香港や台湾の人々はさらされます。
 そうした状況を踏まえ、習近平国家主席は北朝鮮を訪問し、中国の影響力を敢えて世界に誇示しながら、香港市民の熱が冷めるのをじっと待っているのです。
 確かに、一枚岩ではない極東での、様々な思惑と複雑な利害関係が見え隠れしたひと月だったのです。
 

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中国語を学ぶのに、英語を使わない手はない!

『中国語は英語と比べて学ぼう!初級編』船田秀佳 (著)中国語は英語と比べて学ぼう!初級編』船田秀佳 (著)

SVO型で似ていると言われる2大言語、「英語」と「中国語」。本書では、英語と中国語の厳選した 80の比較項目から、似ている点と違う点に注目し、ただ英語と中国語の羅列や併記をするのではなく、しっかりと比較しながら学べるようになっています。中学·高校でせっかく学んだ英語の知識を活用し、日本語·英語、そして中国語の3カ国語トライリンガルを目指しましょう!

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メイ首相の辞任表明が示すヨーロッパの大きな矛盾

Matt Dunham / REUTERS

“British voters delivered stunning blows to the country’s two main political parties in European elections, underlining the growing polarization over the effort to leave the European Union but signaling no obvious way out of the Brexit deadlock.”

(イギリスの有権者は、二大政党がヨーロッパの選挙の中でEU離脱について対立が深まり、イギリス離脱の出口が見えなくなっていることに当惑のため息をついている)
― Wall Street Journalより

イギリスのEU離脱を巡る英国内外と欧州のあれこれ

 メイ首相が辞任を発表したことは、世界中に大きな不安を与えています。Brexit(ブレグジット)と呼ばれるイギリスEU(欧州連合)離脱表明から3年を経た今、メイ首相の努力にも関わらず、イギリスは英国議会との亀裂からEUとの交渉を中断したまま、条件なしの離脱表明とその発動という厳しい状況に追い込まれているのです。メイ首相自身、様々な合意を前提としたBrexitを模索しましたが、議会の承認が得られず、EUとイギリスとの間に挟まれたまま動きが取れなくなったのです。
 
 この課題の背景を紐解くことは容易ではありません。
 それほどに、長年EUの一翼を担ってきたイギリスとEUとの間には複雑な利害関係が絡み合っているのです。
 この複雑な状況を整理するためには、イギリス国内とその周辺、さらに広くEUの事情を考えなければなりません。
 
 まず、イギリスの国内とその周辺の事情を考えましょう。
 イギリスは長年、北アイルランドを連合王国の一部として保有しています。しかし、アイルランドは元々イギリスの植民地から独立し、主権国家としてEUに加わっています。北アイルランドはその折にイギリスに残され、いまだに分離独立運動がくすぶっている地域です。メイ首相は、そんな北アイルランドがアイルランドとの自由な往来と経済圏を維持するべきだという政党と連携を保ってBrexitを進めました。もし、アイルランドのみEUと同じ条件が維持されてBrexitを進めれば、それがイギリスの国内世論の反発と共に、EUとの新たな課題へと発展するかもしれません。
 
 同時に、スコットランド問題があります。スコットランドはBrexitに元々反対していた地域で、独立の機運も旺盛でした。もし、北アイルランドとスコットランドの支持なくしてBrexitを強行した場合、これらの地域の反発は必至で、新たな独立運動を引き起こすことも予測されます。そうすれば、イギリス自体の求心力も低下するおそれがあるのです。
 
 次に、EUを見てみましょう。今、EUの主要国の中でEUに懐疑的な右派政党が頭角を表しています。特にフランスやイタリアでは、議会の過半を奪おうという動きがあり、ドイツやオランダもそうした情勢への呼応が予測されます。
 彼らの課題の一つが、移民問題です。労働者不足と低成長に悩むEU諸国ではあるものの、急速な移民の増加はそれぞれの国家のアイデンティティを変えようとしています。また、EU内の持てる国であるドイツやフランスが、EUが急速に拡大した中で経済難に苦しむ南ヨーロッパ諸国との経済格差のつけを払わされている、と主張する人々が多いのも現実です。
 

“Brexit”を前に山積する課題と不透明さ

 こうした二つの状況の中でBrexitが起こりました。
 EUからしてみれば、Brexitの動きが地域内に波及することへの懸念は重大です。かつ、すでにEU内に居住する120万人のイギリス人や、イギリス内に居住する320万人とも言えるEUの人々への扱いも今後の課題となります。どちら側に住む人々の中にも、ヨーロッパに移住してきた中東やアフリカからの移民も多いのです。
 加えて、関税をどうするか、イギリスがEUに所属する各国との貿易移民協定をどう締結し、それがEUの規則に沿って承認されるにはどうするかという無数の課題が残ります。
 これらを整理解決し、同時にイギリスがスコットランドや北アイルランドと妥協しながら、国家を統一した形で課題を乗り超えられるか。これは難問です。
 イギリスは、とりあえず現在あるEUとの協定を全てイギリスの国内法に移行し、時間をかけてその調整をしてゆこうと試みています。そうした調整が完了し、イギリスが完全にEUから離脱するのに10年は必要という専門家もいるのです。
 
 しかし、現在EUで制定されている規定は、国家がEU離脱を表明した場合、その移行期間は2年とされています。もちろん、この規定が制定されて以来最初のケースがイギリスというわけです。2年とはあまりにも短い期間です。
 イギリス国内には、依然として国民投票をやり直そうという動きがあり、EUへの残留を主張する人々が多くいます。実はメイ首相も、以前は残留を主張していました。しかし、国民の意向を政策にするのが政府の役割という信念で、Brexitに向けた調整を始めたのでした。イギリスの政界にはそうした人々が多くいます。しかし、今の段階で再び国民投票を行いEUへの残留を模索しようという意思を鮮明にしている政党は、マイノリティを除いてほとんどありません。
 
 ここまで書くと、漠然と見えてくることがあります。
 それは、ヨーロッパ諸国が極めて強く連携して数十年の年月が経過した現在、例え国家が離脱しても、実際にどのような変化がその国を見舞うのかが全く見えてこないという現実です。通貨が変わり、多大の税金と人的費用を投じて離脱をしても、実情を変化させることは困難だという人も多くいます。
 これを強引に推し進め、イギリスのアイデンティティを取り戻そうとするハード・ブレグジット派が今後議会でどのように巻き返し、新しい政権に影響を与えるかは注目しなければなりません。それは保守化するフランスやイタリア、さらにオランダやドイツに影響を与え、今回のヘッドラインのようにEUそのものの根幹に打撃を与える可能性もあるからです。
 

EU分裂後の将来によぎる社会不安

 では、EUが分裂すると誰が得をするのか。
 一般的には、アメリカと中国だと言われています。しかし、そんな単純なものではありません。今のところイギリスの景気は好調ですが、世界金融の中心地の一つ、ロンドンやEUそのもので金融経済の乱高下や社会不安が起これば、そのまま世界の金融市場に飛び火することは明らかです。日本もアメリカも、さらに中国もすでに多額の投資をこの地域に行っているのです。
 EUという世界の平和を模索して設立された組織の理想以前に、そうした現実の脅威に世界は注目しているのです。
 
 移民流入への不安、さらには自国の文化や伝統への固執というセンチメンタリズムをよそに、ヨーロッパに近い中東ではアメリカとイラン、イスラエルとパレスチナの緊張が高まり、ビザの制限をよそに難民や移民が増え続けています。アフリカの状況も同様です。
 今年になって、イギリスはEU離脱を正式に発動しました。これから2年間の猶予の中で何を成し遂げられるのか。そうしたEU、そしてイギリスの宿命と闘った末に、自らの政治力の限界を表明し、引退という苦渋の決断をしたメイ首相の柔軟な対応を評価し、将来に不安を持つ人が多くいるのも、また現実なのです。
 

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