カテゴリー別アーカイブ: ニュースの英語と文化背景・時事解説

山久瀬洋二の「ニュースの英語と文化背景・時事解説」
話題の海外ニュースから旬な英語表現をピックアップ。グローバルな視点で文化背景、歴史、時事を解説。過去の記事は「海外ニュースの英語と文化背景・時事解説」目次からどうぞ。

メイ首相の辞任表明が示すヨーロッパの大きな矛盾

Matt Dunham / REUTERS

“British voters delivered stunning blows to the country’s two main political parties in European elections, underlining the growing polarization over the effort to leave the European Union but signaling no obvious way out of the Brexit deadlock.”

(イギリスの有権者は、二大政党がヨーロッパの選挙の中でEU離脱について対立が深まり、イギリス離脱の出口が見えなくなっていることに当惑のため息をついている)
― Wall Street Journalより

イギリスのEU離脱を巡る英国内外と欧州のあれこれ

 メイ首相が辞任を発表したことは、世界中に大きな不安を与えています。Brexit(ブレグジット)と呼ばれるイギリスEU(欧州連合)離脱表明から3年を経た今、メイ首相の努力にも関わらず、イギリスは英国議会との亀裂からEUとの交渉を中断したまま、条件なしの離脱表明とその発動という厳しい状況に追い込まれているのです。メイ首相自身、様々な合意を前提としたBrexitを模索しましたが、議会の承認が得られず、EUとイギリスとの間に挟まれたまま動きが取れなくなったのです。
 
 この課題の背景を紐解くことは容易ではありません。
 それほどに、長年EUの一翼を担ってきたイギリスとEUとの間には複雑な利害関係が絡み合っているのです。
 この複雑な状況を整理するためには、イギリス国内とその周辺、さらに広くEUの事情を考えなければなりません。
 
 まず、イギリスの国内とその周辺の事情を考えましょう。
 イギリスは長年、北アイルランドを連合王国の一部として保有しています。しかし、アイルランドは元々イギリスの植民地から独立し、主権国家としてEUに加わっています。北アイルランドはその折にイギリスに残され、いまだに分離独立運動がくすぶっている地域です。メイ首相は、そんな北アイルランドがアイルランドとの自由な往来と経済圏を維持するべきだという政党と連携を保ってBrexitを進めました。もし、アイルランドのみEUと同じ条件が維持されてBrexitを進めれば、それがイギリスの国内世論の反発と共に、EUとの新たな課題へと発展するかもしれません。
 
 同時に、スコットランド問題があります。スコットランドはBrexitに元々反対していた地域で、独立の機運も旺盛でした。もし、北アイルランドとスコットランドの支持なくしてBrexitを強行した場合、これらの地域の反発は必至で、新たな独立運動を引き起こすことも予測されます。そうすれば、イギリス自体の求心力も低下するおそれがあるのです。
 
 次に、EUを見てみましょう。今、EUの主要国の中でEUに懐疑的な右派政党が頭角を表しています。特にフランスやイタリアでは、議会の過半を奪おうという動きがあり、ドイツやオランダもそうした情勢への呼応が予測されます。
 彼らの課題の一つが、移民問題です。労働者不足と低成長に悩むEU諸国ではあるものの、急速な移民の増加はそれぞれの国家のアイデンティティを変えようとしています。また、EU内の持てる国であるドイツやフランスが、EUが急速に拡大した中で経済難に苦しむ南ヨーロッパ諸国との経済格差のつけを払わされている、と主張する人々が多いのも現実です。
 

“Brexit”を前に山積する課題と不透明さ

 こうした二つの状況の中でBrexitが起こりました。
 EUからしてみれば、Brexitの動きが地域内に波及することへの懸念は重大です。かつ、すでにEU内に居住する120万人のイギリス人や、イギリス内に居住する320万人とも言えるEUの人々への扱いも今後の課題となります。どちら側に住む人々の中にも、ヨーロッパに移住してきた中東やアフリカからの移民も多いのです。
 加えて、関税をどうするか、イギリスがEUに所属する各国との貿易移民協定をどう締結し、それがEUの規則に沿って承認されるにはどうするかという無数の課題が残ります。
 これらを整理解決し、同時にイギリスがスコットランドや北アイルランドと妥協しながら、国家を統一した形で課題を乗り超えられるか。これは難問です。
 イギリスは、とりあえず現在あるEUとの協定を全てイギリスの国内法に移行し、時間をかけてその調整をしてゆこうと試みています。そうした調整が完了し、イギリスが完全にEUから離脱するのに10年は必要という専門家もいるのです。
 
 しかし、現在EUで制定されている規定は、国家がEU離脱を表明した場合、その移行期間は2年とされています。もちろん、この規定が制定されて以来最初のケースがイギリスというわけです。2年とはあまりにも短い期間です。
 イギリス国内には、依然として国民投票をやり直そうという動きがあり、EUへの残留を主張する人々が多くいます。実はメイ首相も、以前は残留を主張していました。しかし、国民の意向を政策にするのが政府の役割という信念で、Brexitに向けた調整を始めたのでした。イギリスの政界にはそうした人々が多くいます。しかし、今の段階で再び国民投票を行いEUへの残留を模索しようという意思を鮮明にしている政党は、マイノリティを除いてほとんどありません。
 
 ここまで書くと、漠然と見えてくることがあります。
 それは、ヨーロッパ諸国が極めて強く連携して数十年の年月が経過した現在、例え国家が離脱しても、実際にどのような変化がその国を見舞うのかが全く見えてこないという現実です。通貨が変わり、多大の税金と人的費用を投じて離脱をしても、実情を変化させることは困難だという人も多くいます。
 これを強引に推し進め、イギリスのアイデンティティを取り戻そうとするハード・ブレグジット派が今後議会でどのように巻き返し、新しい政権に影響を与えるかは注目しなければなりません。それは保守化するフランスやイタリア、さらにオランダやドイツに影響を与え、今回のヘッドラインのようにEUそのものの根幹に打撃を与える可能性もあるからです。
 

EU分裂後の将来によぎる社会不安

 では、EUが分裂すると誰が得をするのか。
 一般的には、アメリカと中国だと言われています。しかし、そんな単純なものではありません。今のところイギリスの景気は好調ですが、世界金融の中心地の一つ、ロンドンやEUそのもので金融経済の乱高下や社会不安が起これば、そのまま世界の金融市場に飛び火することは明らかです。日本もアメリカも、さらに中国もすでに多額の投資をこの地域に行っているのです。
 EUという世界の平和を模索して設立された組織の理想以前に、そうした現実の脅威に世界は注目しているのです。
 
 移民流入への不安、さらには自国の文化や伝統への固執というセンチメンタリズムをよそに、ヨーロッパに近い中東ではアメリカとイラン、イスラエルとパレスチナの緊張が高まり、ビザの制限をよそに難民や移民が増え続けています。アフリカの状況も同様です。
 今年になって、イギリスはEU離脱を正式に発動しました。これから2年間の猶予の中で何を成し遂げられるのか。そうしたEU、そしてイギリスの宿命と闘った末に、自らの政治力の限界を表明し、引退という苦渋の決断をしたメイ首相の柔軟な対応を評価し、将来に不安を持つ人が多くいるのも、また現実なのです。
 

* * *

外国人に気軽に話しかけることができる魔法のフレーズ集!

『きっかけの英語 外国人に話しかける50の秘訣』平塚貴晶、アシュリー・フォード(共著)きっかけの英語 外国人に話しかける50の秘訣』平塚貴晶、アシュリー・フォード(共著)
海外からの旅行者や移住者の増加に伴い、街中で外国人を目にする機会が増えてきました。そんな状況の中、「英語が話せたらなあ」とか、「ちょっと話しかけてみたいな」と思う方もいらっしゃるかもしれません。
本書では、そんな時に話しかけるきっかけを作る50の重要フレーズと、そこから展開する会話例やテクニックを、道端・ホテル・空港・SNSなど、いろいろな状況別に紹介します。日本にいながら外国人と交流したいと考えている学習者におすすめの、パスポートいらずの英会話学習法です。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

アラバマ州での中絶規制法案可決の背景にある脅威とは

Chris Aluka Berry/Reuters

“Most of the US state laws banning or severely restricting access to abortions have been voted on by male politicians. Should men have the right to rule on an issue that impacts women so intimately?”

(アメリカでの人工妊娠中絶を厳しく取り締まる法律に賛成する政治家のほとんどが男性。女性の人権に関わる問題を男性がコントロールする権利があるのだろうか?)
― BBCより

人工妊娠中絶は殺人か、女性の権利か

 アメリカ南部のアラバマ州で人工妊娠中絶を厳しく制限し、違反した者には刑事責任を課す法律が可決されました。このニュースは日本ではさほど大きく取り上げられていませんが、アメリカのみならず、欧米社会に強い衝撃を与えているニュースといっても過言ではありません。
 
 アメリカでは、人工妊娠中絶は殺人と同じく罪深い行為であると主張する人々が多くいます。彼らはキリスト教的な意識が強く、その宗旨に照らし、胎児の命も人の命として、中絶に強く反対(pro-life)するのです。
 それに対して、当然のことながら、子供を産むか産まないかを選択する権利(pro-choice)は女性にあるとして、中絶は守られなければならない女性の人権であるという人々も多くいます。彼らは、性的な差別を撤廃する上からも、中絶を選択する権利の必要性を訴えます。
 今回のヘッドラインのように、女性の体や人権に関する問題に男性が介入するべきかという議論も世界中で巻き起こっています。
 そうした議論の中で、アラバマ州でほとんどのケースにおいて人工妊娠中絶を違法とする法律が可決されたのです。
 ほとんどのケースとはどのような場合でしょうか。例えば、経済的に子供を養育できないケース、レイプやそれに近い行為で女性が妊娠したケースなどが「ほとんどのケース」に含まれるのです。
 
 この意識の対立は、ある意味でトランプ政権の誕生などによって分断されるアメリカ人の状況を象徴したものであると言えましょう。
 さすがのトランプ大統領も、中絶そのものには批判的である立場を強調した上で、レイプや女性の体に健康上大きなリスクがある場合の中絶は例外だとしています。しかし、彼にとって、こうした法律を支持する有権者こそが大切な支持者であることには変わりありません。
 

アメリカの「政教分離」が抱える矛盾

 ここで前回に続いて、こうした法律が通るアメリカの社会と政治についてメスを入れてみます。すると、そこには世界に共通した近代国家の制度がもつ矛盾が見えてきます。
 それは、「政教分離」という民主主義国家の根本に潜むリスクです。
 
 人類は、歴史上長きにわたって神を権威として、そこに政治権力を結びつけてきました。これは、為政者にとっては人々を支配する上で極めて便利な制度でした。しかし、そのことによって、宗教が異なる者同士が覇権を争い、戦争や抑圧で多くの人の血が流されてきたことは周知の事実です。
 そこで、近代国家は政治権力と宗教的な権威とを分離し、国家の中で人々の信教の自由を保障することで、国民の人権を保護する仕組みを作ってきたのです。
 
 アメリカは、ヨーロッパでの宗教的な抑圧から逃れてきた人々によって建国されました。従って、本来政教分離の発想はアメリカ人にとって最も大切な価値観だったはずです。
 その価値観は、自らの信仰の自由を保障してもらうものに他なりません。前回、トランプ政権の支持母体となった福音派について解説した時にも触れましたが、信教の自由を求めてアメリカに移住してきた人々の宗教的価値観、そして道徳観が、現在のアメリカ人の意識の土台となっているわけです。
 しかし皮肉なことに、彼らが自らの道徳を多数派の道徳として主張し始めたときに、彼らとは異なった宗教観や道徳観を持った人々を排斥し始めたのです。そして、その排他的な意識が、アラバマ州での中絶禁止法の制定などへと繋がっていったのです。つまり、これはある種の新たな宗教戦争なのです。
 
 我々は、投票行動や立法への考え方などを左右する価値観のルーツが、実は宗教的価値観に起因しているという事実をしっかりと認識しなければなりません。つまり、宗教観の違いは、人々が政治的な判断をするときの価値観に直結しているのです。このことは、政教分離という近代民主主義の制度が抱える矛盾に他なりません。この矛盾を利用し人々を煽動する政治的発想こそが、ポピュリズムなのです。
 異なる価値観を尊重し、多様性を擁護することで民主主義を維持しようという建前の陰にある落とし穴が、現在新しい保守主義の動きと融合して、新たな政教一致への道標をつくっているというわけです。
 

問われる「政教分離」の本質と多様性の尊重

 アラバマ州で可決された中絶規制の法案は、この政教一致に繋がる新たな脅威とも言えそうです。この政教一致の脅威は、人々が自らの価値観と宗教観とを客観的に意識できず、それを他者に押し付けることから生まれる脅威です。しかも、多くの人がこのことが民主主義そのものへの脅威であることに気付いていないことが課題なのです。
 従って、これはアラバマ州だけの、さらにはアメリカだけの問題ではありません。これは、日本を含む世界中の人々が考えなければならないテーマに繋がっているのです。民主主義、そして近代国家の仕組みとは何か、というテーマを冷静に見つめ直さなければならないのです。
 
 なぜ、政教分離が行われてきたのか。さらに、政教分離と多様性の尊重という考え方の本質は何なのか。
 他者の価値観と自らの価値観の違いを受け入れるには、自らがどのような立ち位置で物事を判断しなければならないのか。
 こうした重要なテーマを突き付けられたのが、今回のアラバマでの中絶規制法案の可決だったのです。

* * *

『アメリカ史 / A Short History of America』西海コエン (著)アメリカ史 / A Short History of America』西海コエン (著)
アメリカの歴史を読めば、アメリカのことがわかります。そして、アメリカの文化や価値観、そして彼らが大切にしている思いがわかります。英語を勉強して、アメリカ人と会話をするとき、彼らが何を考え、何をどのように判断して語りかけてくるのか、その背景がわかります。本書は、たんに歴史の事実を知るのではなく、今を生きるアメリカ人を知り、そして交流するためにぜひ目を通していただきたい一冊です。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

我々が見落としがちなアメリカの「実用主義」とは

President Donald J. Trump visits China | 2017

“I think China felt they were beaten so badly in the recent negotiation that they may as well wait around for the next election 2020 to see if they could get lucky & have a Democrat win-in which case they would continue to rip-off the USA for $500 Billion a year…”

「中国は今回の交渉でひどく打ちのめされたと思っているはずだ。彼らが辛抱強く2020年の選挙まで待って、運良く民主党が勝利すれば、彼らは我々から毎年5000億ドルかすめ取り続けられるというわけだ」
― ドナルド・トランプ氏 Twitterより

アメリカの対中外交に見る「実用主義」という意識

 アメリカが中国からの輸入品の関税を25%に引き上げました。今回は、アメリカの対中国外交での強硬姿勢について考えます。
 そもそも、なぜアメリカがそんなトランプ政権を生み出し、今なお強い支持率を保っているかについては、多くの人がコメントしています。
 そこで、今回は少々視点を変えて、アメリカ人の根本にある「意識」と「価値観」に光を当てながら、トランプ政権の政策を分析してみたいと思います。
 
 ポイントは、アメリカ人独特の pragmatism「実用主義」という意識です。私はアメリカが移民国家であることを頻繁に指摘します。移民の特徴は過去にこだわらず、未来と現実を生活的判断の基軸に置くことにあります。それは、彼らが新大陸で生活基盤を作る上で必要不可欠なことで、アメリカ独特の実用主義的な価値観を生み出しました。
 
 第二次世界大戦後、日本に膨大なアメリカ人が占領軍としてやってきた当時は、彼らの6割以上が移民の2世、3世の時代でした。我々は彼らを一つにしてアメリカ人と呼んでいましたが、そのルーツは様々だったのです。
 そんなアメリカに、新たな移民がアジアなどから殺到したのが70年代以降でした。彼らも元々のアメリカ人が培ってきた移民の精神を心の中で消化させながら、自らのライフスタイルをアメリカに同化させてゆきました。
 
 21世紀になり、アメリカは円熟します。すでに、アメリカのコアな価値観を培った人々から4世代、5世代、時には6世代以上を経た人々がアメリカ社会の中核を担うようになったのです。彼らは、すでに自らを移民の子孫とは意識しません。アメリカこそが自らのルーツであり、アメリカで培われた伝統や価値観を生まれながらのアイデンティティとして意識します。祖先にルーツのある実用主義を、裕福で円熟した社会の中で自らのものとして受け継いでいるのです。
 彼らは、現在外から入ってくる新たな移民を実用的な労働資源として意識します。円熟した社会を維持するために移民の労働資源を維持するべきだと考える人の多くは、トランプ政権の政策に反対します。対して、移民が自らの職を奪うものと錯誤している人々はトランプ政権を支持するのです。
 「錯誤」と書いたのには理由があります。アメリカの労働者を圧迫しているのは移民が仕事を奪うからではなく、アメリカ社会が豊かになり円熟し、国内で安くかつ良質な部品や製品を作れなくなっているからなのです。社会の基盤を作る労働者には移民の協力が必要不可欠であることと、職が奪われることは同質ではないのです。
 

建国当初の「政教分離」と矛盾する現在のアメリカ社会

 さて、ここでもう一つのアメリカ人の物の見方を考えます。
 イギリスの圧政から独立したアメリカは、その経験から独裁政治を極端に嫌います。同時に、建国当初から多くの移民が宗教的な迫害を逃れてアメリカに渡ってきた経緯から、彼らは政治が宗教や個人の価値観に介入することにも強いアレルギーを抱いています。ですから、アメリカは歴史的にも共産主義ファシズムなどと対抗し、そこから避難してくる人々の受け皿となっていたのです。
 
 しかし、ここで皮肉なことが起こります。
 宗教の自由を求めてアメリカに渡ってきた人々は、新天地で自らの宗教的信念を貫こうとする人々でした。彼らは入植した地域ごとにコミュニティを形成し、強い宗教的絆の中で社会を成長させたのです。政治介入を嫌う人々は自治を重んじ、彼らはコミュニティごとに政治的な判断を行い、それが成長するに従って、アメリカ社会全体に影響を与えるようになったのです。その代表が、最近よくコメントされる、福音派と呼ばれるプロテスタント系保守派の人々です。
 宗教と政治との分離によって信教の自由を望んできた人々の社会が成長し、自らの宗教的理念をもって政治を左右させるようになったわけです。これはアメリカ社会の大きな矛盾です。そして、彼らこそがトランプ政権の支持母体となったのです。そんな保守派の人々に対して、政教分離と、それが守られないことによって懸念される個人の価値観への政治介入を怖れる人々との意識の対立が、アメリカ社会の分断を生み出したのです。
 
 そもそも、福音派に代表される古いプロテスタント系の移民社会を尊重する人々から見れば、社会が分断されているとは意識しません。自らが作ったアメリカの理念を守り、成長させようと思っているに過ぎないのです。しかし、他の人々は、その考え方こそが政教分離を脅かし、個人に他者の宗教的価値観を押し付けるものであると感じます。
 そこで福音派に代表される人々は、自らへの反論をかわすために、イスラム教徒やアジアからの移民といった非キリスト教徒、さらには伝統的にプロテスタントと対立するカトリック系の人々の多いメキシコなどの影響から自らを守るべきであると主張し、彼らをスケープゴートにするのです。
 

Donald Trump and Shinzō Abe in the Oval Office at the White House | June 7, 2018.

トランプ流の「実用主義」政策と向き合う日本の外交

 とはいえ、アメリカは無数のグローバル企業が成長している社会です。企業には世界中から様々な価値観を持った人々が集まり、アメリカ経済の成長に貢献しています。そうした多様な社会で育った人々は、当然のことながら、従来のプロテスタント系移民社会がもたらす軋轢に脅威を感じているわけです。
 そこでトランプ政権は、閉鎖的な保守層以外の人々からの支持を拡大させ、移民が仕事を奪っているのではないと分析している人々を納得させるために、アメリカへの輸出大国・中国との貿易摩擦を強調し、強硬姿勢を貫きます。
 同時に、福音派に代表される人々の支持を維持するために、福音派の人々が融和政策をとるイスラエルを支持し、メキシコなどカトリック系の国家からの移民を規制します。加えて、イスラム教国家の中でもアメリカと強く対立してきたイランへの強硬な姿勢を貫くのです。
 
 この二つの政策は一見、無関係に思えます。しかし、アメリカの広範な人々の支持を得て再選を確実なものにするためには大切な政策の両輪なのです。これが、アメリカの pragmatism「実用主義」に支えられたトランプ流の政策なのです。例えば、サウジアラビアとイランとでは宗派の違いはあっても、アメリカにとってはどちらもイスラム教国家であることに変わりはありません。しかし、サウジアラビアと軍事的、政治的に繋がり、中東の利権を維持していた方が、アメリカにとって理に適っているのです。
 
 日本が外交政策で注意しなければならないのも、この「実用主義」です。現在と未来に変化の兆しがあれば、右が左になり上が下になっても、彼らは罪悪感なくそれを外交政策に反映させます。自らのスタンスを変化させることへの罪の意識は希薄です。特に、プロテスタント系アメリカ人保守層に支えられているトランプ政権は、アメリカ第一主義を貫きます。であれば、この実用主義に則った政策を維持する傾向は、過去のどの政権よりも強いはずです。
 アメリカ人の中にある伝統的な「実用主義」。これとポピュリズムとが結びついて世界を翻弄しているのが、現在の国際情勢なのです。
 

* * *

『日英対訳 アメリカQ&A』山久瀬洋二日英対訳 アメリカQ&A
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

地域ごとに文化的背景も人種分布も政治的思想も宗教感も違う、複雑な国アメリカ。アメリカ人の精神と社会システムが見えてくる!

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

テロの悲劇、なぜスリランカかと問われれば

Eranga Jayawardena / AP

“Sri Lanka attack death toll rises to 290.”

(スリランカが標的となり、死者は290名に至る)
― CNNより

平和な日常を突如脅かすテロ行為

 先日、ソウルで知人と夕食を共にしました。そのとき、夜一人で散歩ができ、ホテルに金属探知機も置かれていない、日本や韓国の安全について話し合うことがありました。
 そもそも韓国は、長年にわたって北朝鮮からの攻撃の脅威に晒されてきたはずです。
 しかし、彼を含め、多くの韓国人は北朝鮮の脅威について、別に差し迫ったことではないと思っています。
「韓国も日本と同じように、平和の中で人々の心が麻痺しているのですよ。朝鮮戦争が終結して以来、今まで何度もいろいろなことが起き、そして何度も統一について話が出ました。でも、その度に結局何も変化なく、現在に至っています。北朝鮮のことは、あまり日常的になりすぎて、誰もが慣れっこになっているのですよ」
その人はそう言います。
 実は、以前インドで知人にパキスタンのことについて尋ねたときも、同様の答えが返ってきたことを覚えています。
「これは日々の生活の一部のようなものなんですよ」
そのインド人は、このように話していました。
 
 そのインド人と出会って間もなく、パキスタンから侵入してきたテログループが、ムンバイの駅やホテルで破壊と殺戮を繰り返しました
 2008年11月のことでした。当時、海上からムンバイの港に秘密裏に上陸したテログループが、駅やホテルで爆破、発砲を繰り返し、3日間で170名以上の犠牲者が出たのです。
 そして今回、インドの隣国スリランカ同じような規模のテロ事件が起こったのです。詳細はまだ見えてきませんが、それが組織的な犯行であったことは間違いのない事実です。
 
 なぜスリランカのような仏教国が、という疑問も湧くでしょう。CNNの記者がこの質問を専門家に投げかけたとき、なぜニュージーランドのような平和な国で、なぜノルウェーのような静かな国でと、過去にも同じ質問を受けていると答えていたことが印象に残ります。
 テロ行為はあえてそうした場所を選ぶことで、人々に脅威を与えるのかもしれません。
 

 韓国の場合、北朝鮮からの侵入者による戦闘行為はしばらく起こっていません。
 とはいえ、2010年11月には北朝鮮に近いヨンピョン島が北朝鮮から砲撃を受け、死傷者が出たこともありました。また、テロ支援国家とされた北朝鮮から、武器や麻薬がテロ組織に輸出されないという保証はどこにもありません。
 
「しかし、北朝鮮が核弾頭を持っていることの本当の理由は、日本やアメリカに対してではないのです」
韓国の知人はそう解説します。
「北朝鮮は、中国の影響力からの離脱を巡ってもがいているのです。韓国を含め、朝鮮半島は日本が植民地にしていた時間より遥かに長い時代を通して、中国から強い影響を受けてきました。朝鮮戦争の結果、南北に分断された後は、特に北朝鮮は中国の支援なしには存在し得なかったのです」
 
 実際、北朝鮮の存亡の鍵を握っているのが中国である、という彼の指摘は当たっています。であればこそ、最終兵器である核兵器を維持することは、北朝鮮が中国に無言の脅威を与えることになり、中国も北朝鮮を懐柔せざるを得なくなるというわけです。
 さらに、北朝鮮は保険をかける意味で、ロシアとの交流を促進します。アメリカとしては、そんな北朝鮮をアメリカに振り向かせるために、スタンドプレーで臨もうと首脳会談を2度も行ったものの、大きな成果は得られませんでした。
 

複雑な国際情勢がもたらすテロの応酬

 テロは大国の思惑に蹂躙された民族や宗教の中で育成されます。
 中国が支配を強めるチベット族ウイグル族。日本の支配から独立後、アメリカや中国、ロシアの思惑がぶつかる朝鮮半島。
 そして、イギリスによる植民地化を経て、アメリカの利権もからみ、多くの難民を生み出した中東。そんな中東と同じ宗教を信奉するパキスタンと、宗教を巡って激しく対立するインド。
 こうした複雑な国際関係によって犠牲となった人々の間に積もる怒りが、テロの温床となるわけです。
 
 そして彼らの怒りは、そもそもこのような混乱を生み出した列強や、彼らの思惑を支持する豊かな国に向けられます。
 同時に、鬱屈した怒りに晒された人々は行き場を失い、難民や移民として豊かな国へと流れ込みます。
 その意識の対立が、今度は豊かな国の中に、中東などからの移民の排除を求める新たなテロの温床を作り出すのです。
 
 その結果、一見平和でテロとは無関係な国家や地域が惨事に見舞われます。
 ノルウェーやニュージーランドで反ムスリムを標榜するテロ行為が起こり、その反動がスリランカに飛び火します。
 外国人の多く泊まるホテルやキリスト教の教会が、ちょうどニュージーランドで起こったイスラム教徒に対するテロ行為への報復のように襲われたのです。
 
 豊かで一見平和な国。そう書いたとき、ふと気付いた人もいるかもしれません。その典型とも言える国が、日本です。韓国の人々ですら慣れっこになっている平和に最も浸っている日本。
 日本人に知ってほしいのは、日本だけは例外だと思うことが自惚れに過ぎないという事実なのです。

* * *

『英語で聞く 世界を変えた女性のことば』ニーナ・ウェグナー(著)英語で聞く 世界を変えた女性のことば』ニーナ・ウェグナー(著)
「世界を変えたい」と本気で願い、人々の心を、そして世界を動かした女性たちのスピーチを集めました。彼女たちの熱い願いを耳で聞き、目で読み、英語と歴史背景を学べる1冊です。タリバンに襲撃されても、女性が教育を受けることの大切さを訴え続け、2014年ノーベル平和賞を受賞した若き乙女マララ・ユスフザイを筆頭に、アウンサンスーチー、マザー・テレサ、緒方貞子、ヒラリー・クリントン、マーガレット・サッチャーなど、名だたる女性たちのスピーチを、雰囲気そのままに収録。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

新元号の発表とイギリス王室のインスタグラムから見えることは

“Welcome to our official Instagram; we look forward to sharing the work that drives us, the causes we support, important announcements, and the opportunity to shine a light on key issues. We thank you for your support, and welcome you to @sussexroyal.”- Harry & Meghan

(我々のインスタグラムへようこそ。私たちを導く様々な事柄、そして育んでいること、重要な発表を共有し、大切な事柄に光をあててゆくことを楽しみにしています。皆さんのご支援に感謝します。我々の「サセックスロイヤル(インスタグラムのアドレス)」へようこそ。)
― ハリーとメーガン

「国民主権」の日本、「国王大権」のイギリス

 イギリスの王室がSNSを活用していることは昔から知られていました。
 今回、ハリー王子と結婚したメーガン妃が懐妊し、間もなく第一子が誕生することを受けて、ハリー王子がメーガン妃と一緒にインスタグラムを開設したところ、瞬く間に100万件を越すフォロワーが殺到し、ギネスブックを塗り替えたことも世界中で話題になっています。
 
 さて、同じ頃に、日本では皇位継承に伴う新しい元号が発表されました。
 元号は発表まで極秘にされ、一部の専門家や学者によって原案が作られ、内閣を通して発表されました。
 
 日本国憲法には、天皇の地位について次のような表記があります。それは憲法の最初の部分、つまり第一条にあります。
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」
 
 この条文の解釈は色々とあります。
 しかし、一つ確かなことは、国民に主権があり、天皇はその国民によって形成される国家の象徴である、ということです。
 つまり、日本の皇室は主権者である国民に対して開かれた存在で、主権者の上に君臨するものではないことになります。
 
 さて、イギリスは日本と比較すると、法的に国王は旧来の大権を有しています。国民の上に君臨し、法の網の目をくぐれば、君主として様々な政治的決裁を行うことも可能です。
 ただ、現実では国王の権限には様々な制限が課され、国王は内閣の助言によって国家運営への承認を行っています。
 そして、民主主義が浸透した現在、実質上は日本の天皇とイギリスの王室とは似通った存在になっているといっても過言ではありません。
 

帳の向こうに閉じられた皇室、ネット社会にも開かれた王室

 その上で、イギリス王室が開設したインスタグラムと、今回の皇位継承での元号制定の現実とについて比較してみましょう。
 そこに見えてくるのは、時代の変化に応じて、いまだに国王大権という大きな権限を背負いながらも自ら鎧を脱ぎ、国民のみならず世界に向けても開かれた存在となったイギリスの王室と、戦前戦後という大きな時代の節目を越えながらも、かつ主権者から象徴へと地位が変化しながらも、いまだに閉鎖的で世界から見ても帳の向こうで君臨する日本の皇室との違いです。
 
 日本で皇太子と皇太子妃とのインスタグラムが開設され、カジュアルに国民に情報が公開されるのはいつのことでしょうか。
 日本の皇室は日本人にとっても遠い存在で、海外から見れば、ミステリアスで理解できない存在です。
 ハリー王子とメーガン妃のインスタグラムには、今では400万人を超すフォロワーが世界中から殺到しています。しかも、そうしたフィーバーの向こうには、王室の国際結婚の是非を巡った政治的な論争までオープンに展開されているのです。
 
 そうした事情に程遠い日本の皇室。
 それは、そうした皇室をつくっている日本の政治、社会の問題でしょう。
 「令和」という元号が我々の知らない遠いところで考案され、あたかも国民に下賜するかのように発表される現実に疑問が湧かない、日本の社会そのものに大きな課題があるようです。
 雅子妃が長いこと精神的に苦しんできたことも、こうした閉鎖性が故であると欧米のメディアは批判してきました。それでも皇室は変化せず、あと僅かな日時で新しい元号の時代になろうとしています。
 

皇室に見える「変化」に消極的な日本の姿

 こうした違いの背景には、変化を良しとする社会と、変化を嫌う社会との異文化が存在するのかもしれません。変化することにブレーキをかける「正論」が山ほど語られる日本社会は、こと皇室のみならず、ありとあらゆる物事が極限まで追い詰められないと変化しません。
 黒船が来ない限り変わらない日本、マッカーサーが来ない限り変わらない日本と、多くの人が皮肉をいいます。ただ課題は、これからは黒船もマッカーサーも来ないだろうということです。であれば、自滅するか、長年の重みで制度そのものが壊滅しない限り、日本は変化しないということかもしれません。
 変化できない日本の象徴。それが日本の皇室の現実であるとは、極めて皮肉なことだと思うのです。
 

* * *

『イギリス民話 English Folk Tales』エマ・サリー(リライト)イギリス民話 English Folk Tales』エマ・サリー(リライト)
イギリスという土地が別の名前で呼ばれていた古い時代から伝わる物語。おかしみのある小話『ゴッサムの賢人』、日本でもおなじみの『三匹の子豚』、『ジャックと豆の木』、そしてアーサー王も登場する冒険物語『ジャックと巨人』の4編を収録。ユーモア、メルヘン、不思議、わくわくする冒険、少しの残酷さで味付けされた、どれから読んでも楽しめる短編集。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ