カテゴリー別アーカイブ: Yamakuse Yoji’s World View

欧米社会を創造してきた法の下での「balance and payment」

“A payment is the trade of value from one party to another for goods, or services, or to fulfill a legal obligation.”

(「Payment」は一方から他方への商品やサービス、法的な義務を遂行することを意味した言葉である。)
Wikipediaより

Paymentという単語の意味はといえば、殆どの人が「支払い」と答えるはずです。
もちろん動詞は「pay」となります。
しかし、英語頭でこの単語の意味するところを掘り下げて考えると、それが人と人との契約に基づいてお互いになさなければならない全ての「縛り」を意味する言葉であることがわかってきます。
 
Paymentは、単に金銭的な支払いを意味するものではないのです。
例えば、社会がそこに帰属する人間の最大公約数の幸福と安全、そして権利を担保するために、法律を設定します。その法律を維持するためのバランス balanceが、このpaymentの意味と深くつながるのです。
つまり、paymentは契約上のbalanceが傾いたときに発生する「負債」のことなのです。
 
そこで、このBalanceという単語についても考えてみます。この単語が直截に物語るイメージは「天秤」です。天秤は、二つの皿に同じ重量の分銅をおいたときに、均衡を保ちます。
従って、AがBにお金を貸したとき、そのbalanceを保つためには、Bはその負債を返済しなければなりません。このことから「今のbalanceはどうなっているのか」と債務者が債権者に問い合わせるとき、このbalanceという単語は、負債残高を示す言葉として使用されているのです。法律は、このbalanceが均衡を保っているかどうかを示す尺度でもあります。このことから、アメリカなどで裁判所のシンボルとして、正義を象徴する女神が天秤を持ったイメージが使用されているのです。
 
わかりやすく解説すれば、paymentはこの法律に従ったありとあらゆる「負債」の支払いのことを意味しているのです。このことから、犯罪行為によって法を破った者は、その負債を支払って、天秤を元に戻さなければなりません。実際にpaymentは刑罰に処せられる者に対して、その人物が負わなければならない量刑を受けるときにも使用される単語なのです。
 
このbalanceとpaymentとの関係は、古代ギリシャから現代に至るまで、西欧社会では常に議論されてきた概念です。
以前は、宗教的な掟を破った者が、来世で正義の女神の天秤にのせられ、それが負の方向に傾いたとき、死者は地獄に送られるものと信じられてきました。
この発想が、宗教と身分制度との束縛がなくなったとき、そのまま平等な人と人との契約の発想へと置き換えられていったのです。
すなわち、近代になって、欧米で革命や市民運動を通して、身分制度が打破されてきたとき、このbalanceとpaymentとは、「法の下での平等」という考え方とリンクするようになったのです。
こうして、あらゆる人がbalanceを保つために、paymentを意識するようになったことが、近代社会の育成に大きな影響を与えてきたのです。
 
もちろん、日本にも罪と量刑との関係は刑法で定められています。
民法でも債権と債務との関係は定められています。
しかし、日本をはじめアジアの多くの社会では、このbalanceとpaymentとの関係を社会全体で考え、法律をつくってゆこうという発想はありませんでした。それはあくまでも「お上」が定めるもので、一般の人々はそれを遵守するだけというのが、欧米に追いつくことだけを重要視したアジアの近代化の歴史でした。欧米とアジア社会のどちらが良くどちらが劣っているのかということではありません。そこには文化背景、歴史的背景の違いがあるのです。
 
実際、欧米の有権者は雄弁です。
自らの支払った税金の使い道を常に見つめ、そこに疑問があれば即座に声をあげ、抗議します。それに対して上下関係 hierarchyを基本とした社会のままに近代化してきた日本では、今でも相手の立場、さらに地位、時には「場」や「空気」まで考えて、自らの言葉を選びます。
一方、欧米、特にアメリカ社会では、上下関係を社会の秩序と考える発想そのものが消滅しているのです。そして、そんな彼らの社会秩序を維持するための仕組みの原点としてbalanceとpaymentの発想があるわけです。
 
先日オウム真理教の被告への死刑が全て執行されたニュースを、私はロサンゼルスで聞きました。
そのとき、アメリカの友人が言った言葉が印象的でした。
「彼らは自分たちのやったことのpaymentをしたのさ。しかし、これは難しいよね。死刑に反対して終身刑を導入したとして、彼らの食費など刑務所での費用は、我々の税金から支払われている。Tax payer’s moneyを使っているわけだから、一概に死刑制度に反対とはいえないよ」
いかにもアメリカ人らしい発想です。
すると、別の友人が人権という発想からみて、死刑制度はやはりおかしいと主張し、その二人の間でデベート(論争)がはじまりました。実は、その二人は同じ会社の上司と部下なのです。しかし、二人とも自分の意見をしっかりと主張し、ついには、お前はどう思うんだと私の意見を聞いてきます。
 
こうした議論や討論が会社などでの上下関係とは関係なく、自由に行えるのがbalanceとpaymentによる契約社会で平等に育ってきたアメリカ社会の特徴といえましょう。
 
文化の違いを知ることが、英語の単語の意味を理解する上でもどれだけ大切なことかを、このbalanceとpaymentという言葉の意味に接した時、改めて実感できるのです。
 

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『日英対訳 アメリカQ&A』山久瀬洋二日英対訳 アメリカQ&A
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

地域ごとに文化的背景も人種分布も政治的思想も宗教感も違う、複雑な国アメリカ。アメリカ人の精神と社会システムが見えてくる!

 

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日本人の美徳を世界に生かすためのdialectical approachのすすめ

“Dielectrics decision method helps to overcome such problems as converging too quickly one solution while overlooking others, participants dislike of meetings, incomplete evaluations, and the failure to confront tough issues. “

(弁証法的決済方法は、参加者が会議の内容に合意せず、評価が十分でなく、大きな課題に直面しかねないような状況を、一つの解決方法に時間をかけずに導くための有効な手段である。)
APA Styls より

6月26日の記事で、演繹法的 deductiveな文化と帰納法的 inductiveな文化との相違が現代社会にどう影響を与えているかを、歴史的発想法などを紹介しながら考え、アジア型発想法が、ITやAI社会に思わぬ利益を与えるのではないかということについても触れてみました。今回はこの思考をさらに掘り下げます。
 
哲学的発想には、上記の発想の他に弁証法 dialecticというものがあります。この dialectical approach(弁証法的アプローチ) について触れたいのです。Dialectical approachとは、ヨーロッパに伝統的にあった考え方で、ヘーゲルやマルクス、キルケゴールといった様々な哲学者や思想家が発展的に解釈し採用した思考方法です。
 
簡単なことなのです。一つの考え方を甲とし、別の考え方を乙とします。この甲と乙とが対立をしているとき、それについて思考し、話し合い、より高い段階の発想を生み出そうというのが dialectical approach の基本的プロセスです。それを様々な哲学者が独自に考え、思考や分析の方法を発展させてきたのです。
 
この発想がビジネス上最も活かされるのがブレーンストームという会議形式です。つまり、アイディアをテーブルの上に出して、それぞれの違いについて議論しながら、より高い発想を導き出すというのが、ブレーンストームの形式です。
 
しかし、そこには二つの課題があります。
 
一つは対立した意見から、ビジネス的なアクションプランを引き出す導き手、すなわちファシリテータがそこには必要であることです。異文化間での議論では特にそれが必要です。
 
そして、もう一つが、日本をはじめアジアの多くの国の文化が、このブレーンストームで必要なコミュニケーションスキルであるディベート debateに馴染まないのです。多くの日本人は、英語はできてもディベートは苦手です。そのために自らの意見を提供できず、相手に押し切られたまま、弁証法的アプローチに貢献できないのです。ですから、異文化環境のやりとりでは、それをよく理解したファシリテーターが特に必要というわけです。
 
では、日本人はまったくこうした発想に寄与し、貢献することは不可能なのかといえば、そうではありません。
 
日本人は帰納型の文化で育ってきたことを前にお話ししました。帰納型の文化の特徴は、discount approachにあります。過去や現状を検証し、様々な背景や各論でのリスクを見つけて潰すことで、まず発想をdiscountします。その上で次第に物事を前に進めます。それは、時間はかかるものの実に堅実な方法です。
 
対して、欧米型は逆の演繹型の発想をとりますから、ブレーンストームの時点ではこうした検証はあまり行わず、大前提の計画やルール、そして契約を決め、そこからリスクへのアプローチにはいります。
 
このメカニズムの相違を知れば、日本人は海外に対して自分が思っている以上に貢献でき、かつ日本の企業力そのものの体力強化にも役立つはずです。
 
日本や中国など極東には「沈思黙考」を美徳とする価値観が存在します。
 
大脳生理学的にいうならば、大脳の記憶を司る「海馬」を使って過去の記憶を見つめ、大前提となる発想をdiscountした上で前に進みます。逆に欧米では、アイディアに対して point addition approach、つまり加点しながら未来に活かすシステムに従って議論します。そして演繹法特有のルールと前提をまずこしらえ、詳細にはいります。日本人からみれば、それは成り行き任せの発想に思えます。
 
実際にグローバルなビジネスでは、海外が先に決済し、日本が周到な準備と根回しをしている間に取り残されたり、日本がやっと動き出したときに、海外で思わぬリスクによって方針が転換され、日本側が戸惑ったりという行き違いが頻発しています。海外からみれば日本人はそうした変化に柔軟ではなく、日本人からみれば海外の人は手前勝手で無責任に映るのです。
 
これを解決するためには、discount approach と point addition approachとの対立こそを弁証法 dialectical approachで解消すればいいのです。
 
まず、伝統的な沈思黙考を奨励しましょう。そして、そこで生まれた課題やリスクを、解決への資料として提出します。この資料を海外からみると examples、つまり「もしアクションを起こすことを怠ったり、準備不足だったりしたときに起きる事例」として理解されるように努めることが大切です。
 
そのためには時間差も必要です。日本は、早い段階で会議のアジェンダや語られることへの課題を想定して、まず各々が沈思黙考の美徳をもって準備します。
 
沈思黙考とは、単に黙って考え込むことではありません。自分に対して言葉で語りかけ、自分の内部でしっかりとブレーンストームを繰り返し、より高い発想へとそれを独自に育ててゆく、従来日本にあった発想法を思い出すことが大切です。独り言を繰り返し、発想を磨くメソッドを身につけるのです。
 
次に、そうした発想を持ち寄り会議を運営するグループを蘇生し、日本人だけで議論を重ね、日本人が得意とするグループでのスタンスを決めておくのです。
 
国際会議では最初に小グループでの会議を提案します。小グループの会議ののちに、大グループにそれを持ち寄って議論する段取りを組むのです。日本人の持ち寄った発想を大グループでのブレーンストームに飲み込まれ消滅させないために、これは必須です。小グループには英語でのプレゼンテーションの得意な人(外国の人かもしれません)が必ずいるはずで、その人に大グループでのプレゼンテーションを託すのも一案です。
 
日本人特有の discount approachは、今までネガティブで意図不明なものと誤解されてきました。しかし、グローバルでの合意なしには物事が前に進めない社会に進化した現在、日本人の discount approach、そして帰納型 inductive approachはむしろ世界をリードする重要なアプローチとなるはずです。
 
この異文化でのコミュニケーションのプロセスをもって、deductive cultureの人と、inductive cultureの人とが語り合いdialectical approachに従って、より強固な結論を導き出すのです。この方法こそが cultural synergy effect (異文化でのシナジー効果)を導き出すのです。
 
明治時代以来、第二次世界大戦で敗戦して以来、日本人は欧米に物事を学ばなければというコンプレックスに苛まれました。そして今、英語教育においても、日本流の英語教育が失敗だと批判されています。確かに日本流の文法読解中心の英語教育では国際舞台には通用しません。しかし、日本人が従来持っていた帰納型発想とdiscount approachは今後の世界戦略への強い武器になるはずです。
 
そのことを理解し、英語でのコミュニケーションの方法をそれに合わせて変化させてゆく教育、発想法が今求められているに過ぎないのです。
 

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英語力だけじゃない、世界に通用するスキルを身につけるなら

『日本人がグローバルビジネスで成功するためのヒント Tips for How to Succeed in a Global Business Context』ジョン・K・ギレスピー (著)、小野寺粛 (訳)日本人がグローバルビジネスで成功するためのヒント Tips for How to Succeed in a Global Business Context
ジョン・K・ギレスピー (著)、小野寺粛 (訳)
グローバルビジネスのスキルを学びながら、英語学習にもなる。ビジネスパーソンのための対訳読み物。
20年間で、海外の日系企業の5000人を超えるビジネスパーソンと面談を行ってきた著者が教える、「日本人のためのグローバルビジネスで成功するためのヒント」。日本人以外の人々とのコミュニケーションやビジネスに対する見方を説明しながら、日本人の問題点を指摘し、その解決方法を伝授。グローバルに成功したいビジネスパーソンのみなさんに、英語力よりももっとはるかに大事なことをお教えします。

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IT社会のプログラムで融合する漢詩的発想と欧米型ロジック

Since then, these and many other areas have shown to be successful application niches, such as end user programming, the related area of programming by example and programming by demonstration and intelligent tutoring systems.”

以来、エンドユーザー向けのプログラミングや、それと関連して例示型プログラミング、デモンストレーションや知的教育分野など多くのニッチな領域で帰納プログラミングが応用されるようになった。
(ウィキペディアより)

論理的な思考方法に、演繹法 deductionと帰納法 inductionがあることを聞いたことがあるかと思います。演繹法とは、大きな前提や仮定を定めて、そこから各論を導き出そうとする発想法です。それに対して、帰納法は各論や個々の事象から最終的に全てに共通した結論を導き出してゆこうとする考え方を示します。
 
この発想法の違いを欧米型の文化とアジア型の文化に当てはめるといろいろなことがわかってきます。
例えば、キリスト教のような一神教 Monotheismの文化では、神は絶対であるという大前提があり、そこから人々の行動規範が導き出されてきました。こうした価値観は演繹法で容易に組み立てられます。演繹法は元々ギリシャやそれを継承したローマ文化の中で、物事を正当化してゆく論理展開の方法として確立されました。いわゆる三段論法がその基本です。
そして、欧米では、キリスト教がこうした古来の修辞法を活用して体系化され、社会規範の土台となって以来、欧米の人々はロジックを語るときはこの演繹法を使用してきたのです。
 
それに対して、多神教 Polytheismを信奉する人々は、様々な各論から自然や宇宙について考えます。日本は伝統的に多神教の国でした。
神道はその典型です。神道は元々樹木や水、そして岩や山など、自然の中に宿る様々な力を敬う宗教でした。そうした様々な精霊などのパワーを、自然界を司る共通の力として崇拝するために、神社が造られました。これは帰納法的な発想に他なりません。
 
そして、この帰納法的な発想は、そのままアジアに共通したコミュニケーションスタイルを生みだしました。
漢詩の世界に五言絶句という形式があります。これは5文字の漢文を起承転結の順に並べて心情を表現するもので、これは五言絶句が生まれて以来1400年以上を経た現在でも、実際に我々が日常使用している修辞法の原点となったのです。
それは、まず自然界の中に感じたものについて語り、次に、その感じたものをさらに進めて描写します。そしてふと自らが気づいたことを「転」として記述した後、自分の思いを最後に訴えて結論とする、というのが五言絶句での修辞法でした。これも帰納法的アプローチです。
日本や韓国、そして東南アジアといった中国の周辺の国々の人は、中国からこうした論理展開の方法を学び、その思考方法を自らの遺伝子として現在まで継承してきたのです。
 
そして、この演繹法と帰納法的な発想の違いが、欧米とアジア社会でのコミュニケーション文化の違いとなり、今なお交渉や商談での行き違いの原因となっているケースがあることを考えてみたいのです。
 
演繹法を重んずる文化背景を持つ人々は、交渉をするときに、まず「大前提」を定めようとします。ルールや法律、さらには大きな建前への合意がない限り、各論には進もうとしません。
それに対して、帰納法を重んずる人々は、各論を積み立てて、一つ一つパズルを合わせながら全体の図面を最終的に造ろうとします。例えば、ルールを決める前に人間関係を構築し、その証として起承転結にも通じる「起こり」となる何かを共有し、そこから先に物事を進めたがります。
 
従って、帰納法を重んずる人々は、演繹法を重んずる人々より、過去の事例にこだわり、過去に起きた特定の詳細を解決しない限り前に進みたがりません。それに対して、演繹法を重んずる人は、新たな前提さえ合意できれば、大きな絵図面をそこで策定し、どんどん未来へ進もうとします。さらに、一度決めたルールを常に重んじることが、お互いの信頼関係の前提となるのです。
一方、帰納法を重んずる人々は、個々での「融通」がいかに効くかに注目し、相手との信頼関係を構築します。例えば実社会では演繹法で考える人が賄賂だと思うことが、帰納法的な発想からしてみれば「便宜」として捉えられるのです。
 
従って、グローバル化の波は、この演繹法的な発想と帰納法的な発想との摩擦を生みだします。そもそも、「グローバル」という考え方自体が極めて演繹法的な発想法だということに、欧米の人々は気付いていません。アメリカと中国との貿易摩擦、覇権をめぐる論争、さらにはアメリカによる中国社会への民主主義がないことへの批判とそれに対する中国の反発の背景には、こうした発想法の違いが歴然とあるわけです。
 
もちろん、この意識的な摩擦は日本人が欧米社会と接するときにも起こっています。海外との交渉で、常に過去を検証して先に進もうとする日本と、過去を捨てて未来を見つめようとするアメリカとの摩擦は、企業同士の交渉などでも日常におきているのです。
 
最後に、21世紀になって、この演繹法と帰納法との融合の試みが必要とされていることを強調します。それはITやAIでのプログラムの問題です。個々の事象への理解がなければ、コンピュータ上でトータルなソリューションとしてのプログラミングをすることは不可能です。帰納法的発想がどうしても必要なのです。アジア系のプログラマーがシリコンバレーで活躍できるのは、こうした思考方法を彼らが伝統的に抱いているからなのです。
 
こうして、グローバルなビジネスニーズに対応するために必要な演繹法と、そのソリューションとしてのノウハウを確立するための帰納法とが、双方に影響を与え、シナジーを生み出すのです。
 
交渉やコミュニケーションの分野での摩擦と、IT社会でのシナジーという二つの現象が、現在の国際社会を理解するためのヒントとなるのです。
 

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外国人とビジネスをするためのテクニックを学ぶなら

『異文化摩擦を解消する英語ビジネスコミュニケーション術』山久瀬洋二異文化摩擦を解消する
英語ビジネスコミュニケーション術

山久瀬洋二、アンセル・シンプソン (共著)
IBCパブリッシング刊
*山久瀬洋二の「英語コミュニケーション講座」の原稿は本書からまとめています。文法や発音よりも大切な、相手の心をつかむコミュニケーション法を伝授! アメリカ人のこころを動かす殺し文句32付き!

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Homo Sapiensは生き残れるのか

“Who was responsible? Neither kings, nor priests, nor merchants. The culprits were handful of plant species, including wheat, rice and potatoes. These plants domesticated Homo sapiens, rather than vice versa. “

(これは誰の責任なのだろう。王でもなければ、聖職者でもない。はたまた商人でもない。犯人は一握りの植物だった。小麦や米、そして芋といったような。これらの植物が人類を家畜化したのだ。我々が彼らをそうしたのではなく)
Yuval Noah Harari 著 Sapiens より

AIの進化に、哲学が追いつかない。
こういう風に懸念する人が多くいます。つまり、科学技術が進歩し、人々の生活様式が大きく変化し、人の寿命までも操作できるまでになった現在、はたして人類はその技術を深化させ、社会を維持してゆくだけの思索力と寛容力、さらに洞察力を獲得できたのだろうかということが問われているのです。
 
この見出しの一文が綴られているSapiensという書籍は、そんな人間の科学技術へのうぬぼれに鋭い視点で迫っています。
人類は自らの行動様式や社会を変革する大きな転機を幾度か経験してきました。
その一つが農業革命です。一万年以上前に人々は植物を栽培することを覚えました。多くの人は、それを大きな進歩と捉えます。ところが、著者はそうした我々の常識に鋭いメスをいれているのです。
 
農業を発明する前、人々は狩猟生活をしていました。
自然の中を、小さな集団で移動しながら食物を得て、共同体を維持していました。では、そんな折に人類を見舞った天敵や天災の脅威や、部族同士の争いを農業が解決し、人々はそれ以上に豊かな生活を満喫できるようになったのかと著者は問いかけます。
農業によって社会が生まれます。そして、人類は豊作不作によって自らの運命が左右されるとき、神に祈り、宗教が規模の上でも組織の上でも影響力を持つようになります。
そして、分業と階級が生まれ社会が膨張します。すると、ほとんどの人は必死で育てた作物を税金で権力者に奪取され、宗教的儀式にも捧げるようになります。以前は獲物を追って必要なときに食事をとっていた人々が、飢饉となるとなす術もなく飢餓の犠牲になるのです。狩猟採集生活をしていた人々より豊かになった人は、ほんの一握りの権力者だったというわけです。
とはいえ、生産は増え、人口も増えますが、その需要に追いつくために、労働はさらに過酷になり、豊かで人口の多い地域は他の部族からの侵略の危機にもさらされました。
 
これが農耕の発明の所産というわけです。
そして、人口が増えるに従って、この負の歯車の回転が加速するために、社会が進化してゆき、それを停止させることが不可能なまま、世の中は変化を続けていったというわけです。
 
しかも、面白いのは、農耕によって、人類が穀物を支配し、自然を支配したように我々は考えがちですが、本当の勝者は穀物の側だったというのです。
例えば、小麦は中東北部に群生していた植物に過ぎないのに、人類によって世話をされ、雑草や害虫を駆除してもらい、収穫のあと種まで保存され翌年に再びよく肥えた土地にそれを撒いてもらいます。種としての小麦はこのように人々を家畜化し、奴隷のように働かせることで、世界中に拡散し、繁茂することができたというわけです。
 
農業革命のあと、18世紀以降の産業革命を経て、さらに人類はIT革命を経験します。人類は今までに到達したことのない文明の渦に巻き込まれています。300年以前の人は、1000年以前の人とそう変わらない生活様式の中で生きていました。しかし、300年前と現在とを比較すれば、その違いは明白です。
 
さて、ここで我々が考えなければならないことは、文明の進化と共に、これからも人類は幸福な発展を遂げられるのかということです。著者は、人類が今や神の領域に至りつつあると強調します。つまり、19世紀の小説『フランケンシュタイン』がAI技術の進歩で可能になろうとしているのです。また、遺伝子などの操作によって、まったく新しい、ホモ・サピエンスではない人類が誕生する可能性もあるのではといわれています。
 
人類がどこまで神の領域に入り込むことができるのか。また、利便性を追求し、情報も電子信号で簡素化された人類同士が、お互いの背景をしっかりと理解し、何か課題がおきたとき、理性と洞察力、そして愛情によってものごとを解決することができ続けるのか。我々に突きつけられた課題は、人類の存続に関わる重大な課題というわけです。
 
人類の誕生以来、地球は過去に経験をしたことのない生命体の大量絶滅に関わってきました。乱獲や家畜化、そして自然破壊は、人類が言葉を操り、社会を形成し始めた頃から加速したといわれています。そうしたツケをこれから人々はどのように支払ってゆくのか。
 
Sapiensの著者ハラリ氏は、中世の軍事を専門とした歴史家です。そんな彼が記した本書は、従来の歴史的事象を細かく記述するのではなく、Homo Sapiensという人類の数万年に及ぶ歩みを鳥瞰し、そこから大胆に歴史そのものを見つめ直すことで、未来学へと視点を拡大してゆきます。
歴史から何を学ぶか。年号や英雄の名前を覚えることが歴史を学ぶことではないことを著者は明白に語っているのです。
 

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先人たちから学ぼう!

『Inspirational Proverbs and Sayings (心に響く英語のことわざ・名言100)』 レベッカ・ミルナー(著)Inspirational Proverbs and Sayings (心に響く英語のことわざ・名言100)』 レベッカ・ミルナー(著)
庶民の生活や知恵から出た社会常識を示す言葉。ビジネスやスポーツ選手の経験からくる事柄の本質をうまくとらえた言葉。そして人生の真実や機微を端的にまとめた先人の言葉。本書で集めた100の名言・ことわざは、現代の生活にも通じ、我々にその教訓や戒めを再認識させてくれるものばかり。100の言葉には意を汲んだ和訳つき。

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日本の未知の体験、「拡大から縮小」とは

19世紀末、アメリカに移動する移民たち

Rather than rely on battleships and the mettle of the Imperial Army for their expansion, they could build their commerce on mechanisms forged largely by the Anglo American –jets, modern telecommunications and open financial markets—to explore an ever-wider sphere of activities and countries.

軍艦や陸軍の強靭な意識に依存することなく、ほとんど欧米が開発した航空機や電信システム、自由経済市場によって彼らは自らの商圏を今までなく広範に地球上の様々な国々に拡大することができた。
(Joel Kotkin著 Tribesより)

Diasporaという言葉があります。
これは、世界に拡散移住したユダヤ系の人々を指し、民族の離散、移住を意味した宗教的な用語です。Diasporaはユダヤ系の人々のような経験のない日本人には最も縁のない用語といえます。
 
とはいえ、日本人が海外に移住拡散した経験がないわけではありません。
実際、戦前には多くの日本人がアジア各地に、アメリカなどに移住しました。
そして、第二次世界大戦の終了と共に、海外の植民地に在住していた500万人の人々が日本に戻ってきました。中には旧満州でロシア軍の侵攻にさらされ、家族や同胞を失いながら命がけの帰国を経験した人々も多くいました。
 
もちろん、すべての人が帰国したわけではありません。
例えば、アメリカに移住した日系人の人々は、戦争がはじまるとアメリカの収容所に収監されたものの、戦後はそのままアメリカに残り、アメリカ人として生活を続けました。彼らは、まさに日本人のDiasporaです。
戦後も一部の日本人は南米などに移住し、未来にチャレンジしたことはありました。しかし、500万人が日本に帰国したのを最後に、現在まで大規模な海外移住の波を日本人が経験したことはありません。
 

アメリカ人は皆、Diasporaの子孫たち

 
このヘッドラインの文章を書いた著者は、この著書で1925年の日本の状況に触れています。それによると、当時の日本の人口密度はドイツやイタリアのおよそ3倍以上だったようです。この過密な状況が生み出す経済的困難に押し出されるように、多くの日本人移民が海外に流出したのです。
当時、ニューギニアボルネオといった太平洋西岸の島の主権を日本に渡すことで、日本の軍事的な膨張の原因となっていた過密な人口問題を解決するべきだ、といったオックスフォード大学の学者がいたほどなのです。それは、増加する日本や中国からの移民に、アメリカなどで社会的反発や差別がおき、移民の流入への規制が進められていた最中の提案でした。ひどい話です。
そして、こうした状況に押されるように、日本は中国に進出し、権益を拡大しようとしたことが、第二次世界大戦の引き金となったのは周知のことです。
 
戦後、日本はアメリカを軸とした戦勝国の管理下におかれ、自由経済の枠組みの中で活動するように位置づけられました。戦前のような膨大な軍事的負担もなくなり、日本は自由経済のプールの中でうまく泳ぐことによって奇跡的な復興をなしとげたのです。
その段階で、戦前よりも多くの日本人が海外に渡航するようになりました。その傾向は現在も変わっていません。しかし、それは移住ではなく、あくまでも渡航だったのです。軍事的野心を放棄させられ、戦前とは真逆な方法で経済的に成功した日本は、国内にコアを維持し、海外に支店や工場を拡張することで、世界へと平和に進出できたのです。
興味深いことに、その結果日本企業は常に日本に本社をおき、本社の中枢は全て日本人が管理運営することで、そのネットワークを維持してきました。戦前は軍事的な拡張のニーズによって、日本人の海外移住が促進されました。しかし、戦後は経済的なニーズのみによって、日本人は本社と海外の支社とを振り子のように行き来するだけでよくなったというわけです。
 
ただ、このことで、島国に閉じ込められた日本人は、海外と日本とを区別し、日本と海外との溶解を拒絶して生きてゆくことに馴染んでしまいました。例えば、数百年にわたって海外に進出してきたイギリスの場合、自国の伝統を維持しながらも、海外からの移民も増加し、それにともない国民の意識も大きく変化しました。今回ヘンリー王子結婚相手は、アフリカ系の血を引くアメリカ人です。こうしたことが日本の皇室に起こり得るかを考えてみれば、日本がいかに日本人という血にこだわっているかが見えてきます。
実際、日本企業のトップに外国籍の企業家が就任することも、買収などによって資本関係に変化がない限り、稀にしかありえません。
このことが、戦後の拡大した日本経済が、IT革命による新たなグローバル化の波に対応できず、その後の失速の原因になったのだと、多くの人が指摘します。
 

今後、日本はDiasporaをどう捉えるか

 
そして今、日本は人口の老齢化と少子化に悩まされています。
日本の人口が減少し、それに伴い国力も衰えてゆくのではないかと多くの人が懸念しています。人口の減少によって、豊かになった経済インフラを支えるだけの人材を維持できなくなるのです。
アジアに進出した戦前と、過密な人口を経済的な膨張で支えてきた戦後。この二つの時代では経験できなかった現実に日本がさらされているというわけです。
 
人口の逆ピラミッド化と人口そのものの減少、という未来の試練を乗り越えるには、日本という島の中と、海外という島の外との壁を取り払っていかなければなりません。教育制度、社会保障制度、そして移民政策などの変革を通して、日本社会は変化を余儀なくされています。
そして、拡大から縮小に向かう日本人がDiasporaとなり、海外からのDiasporaとの溶解を進めてゆく現実が、近未来に迫っているのかもしれないのです。

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「海外で○○してみたい!」を実現するために

『国際自由人:人生の主役に立ち戻るための新しい生き方』藤村正憲 (著)国際自由人:人生の主役に立ち戻るための新しい生き方』藤村正憲 (著)
世界に目覚めよう。そのとき、すべてが始まる。国境を越えて、自分らしい人生をデザインする「国際自由人」になろう!
国際自由人・藤村正憲氏が、あなたの世界を広げる1冊です。「海外で働く」「海外で起業する」「海外投資」「留学」「海外での引退生活」「海外ボランティア活動」など、それぞれのライフスタイルに合わせて、海外を活用し、チャンスを掴むための具体的な方法を指南します。

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