タグ別アーカイブ: 英語で会議

「世界の心の交差点で」〜コミュニケーションと誤解の背景〜

あれ、どうなったのとせつかれても

ある海外の顧客から共同プロジェクトの提案をもらった人が、私のところに相談にきました。

「デンマークの人なんですよ。優秀なんでしょうね。なんでもヨーロッパの会社で企画を担当していたときにヘッドハントされて、アメリカにやってきたらしいんです。でも、その人、とてもうるさいんです。毎週のように提案したことはどうなったって催促です。この共同プロジェクト、内容は面白いんですが、そんなに簡単には決められませんよ。決裁のプロセスというものがあるわけですから」

「そりゃそうですね。でもそのデンマークの人は、あなたが言った一言一言に過敏に反応して、詳しい説明を求めてくる」

「その通り、どうしてわかるんですか」

「いえね。北欧系の人は、より言葉の内容を詳細に理解しようとする傾向があるんですよ。オブラートに包んだような曖昧さを大切にする日本人とは正反対なんです。だから、わからないことはどんどん聞いてくるし、明解にしようとするんです。これに閉口している日本人は結構いますね」

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「世界の心の交差点で」〜コミュニケーションと誤解の背景〜

Universal と Situational、文化による柔軟性への判断基準には要注意

あるIT系大手での出来事。
その会社がアメリカの企業を買収することになり、そこの人事部長と打ち合わせをしたときのことです。
これから多くの人がアメリカに出張すると思うので、そのとき気をつけなければならないことをイントラネットなどで紹介したいのだがというのが、そこでの依頼でした。
そこで、私は特にアメリカと日本とのビジネス文化の違いに詳しい一人のアメリカ人へインタビューを音声と画像でまとめることを薦め、その人の顔写真いりのプロファイルをメールしました。
その翌日電話があり、部長さんいわく。

「内容は面白いんですが、この人かなり年配ですね。我々の社風からみて、もっと若くて、いかにもシリコンバレーなどでどんどん仕事をしているイメージの人がいいんですがね」

そこで、私は言いました。

「いえね。この人、おっしゃっているシリコンバレーの国際企業でもコンサルタントとして活躍していますよ」

「でもね。ちょっとイメージがね」

日本では、顧客がそう言っている以上、顧客の姿勢を批判することはなかなかできません。
しかし、ここでよく考えてほしいんです。今回の顧客であった会社の部長さんの依頼は、日米のビジネス文化の違いに精通した人材による情報提供です。年齢は関係ないはずですね。そのアメリカ人は話もうまく、日本とアメリカとのビジネスコミュニケーション上起こりうる問題を極めて的確に指摘します。
ということは、このアメリカ人はここで依頼されたビジネスを遂行する上では、問題がないどころか、最適な人材なのです。
それなのに、年齢を理由に断ることは、アメリカでは age discrimination、すなわち年齢に対する差別として訴訟の対象にもなりえるのです。つまり、アメリカで業務をする上で、正に気をつけなければならないことを、この人事部長は率先してやってしまったことになります。

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「世界の心の交差点で」〜コミュニケーションと誤解の背景〜

価値は様々、評価も様々。世界でおこる逆転現象

「いえね。私はできるだけ相手との人間関係を大切にしたいんです」

それは、ある日本人が、相手とのビジネス上の摩擦を回避しようと私に相談にきたときのことでした。

「だから、なんとか穏便に済ませたい。あなたから口添え願えませんか」

彼は、交渉中のアメリカ人の相手が自分の真意を誤解しているのではないかと疑っていました。

「どうも、相手のメールのレスポンスのテンポが遅いんです。こちらから提案をしたのですが、既に3日待たされていて。おそらく、前回の相手の提案にこちらが難色を示したことで、相手は熱意を失ったのではないかと気になるんです。こちらとしては、彼の提案にあったスケジュール感は余りにも早急なので、ただ調整したかっただけなのですが」

海外との交渉。特にメールなどでの打ち合わせは、それでなくても慣れない英語を使わなければならず、苦労するものです。
彼は、慣れない英語での返信が相手に誤解を与え、相手は交渉への熱意を失ったのではと気にしているのです。

「確かに私は彼のことを知っています。でも、ここで私が間に立つのはよいことではありませんよ」

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「世界の心の交差点で」〜コミュニケーションと誤解の背景〜

アメリカ人の上司になれず、苦しんだ物語

その人は、すでにノイローゼ寸前でした。
アメリカに赴任して既に半年、彼はいまだに部下の2人のアメリカ人のマネージに悩まされ続けているのです。

「彼ら、ともかく僕の指示を聞いてくれないんです。聞いてくれないから注意すると、逆に反論され、つっかかられて」

その人は、ぼそぼそと悩みを打ち明けます。
これはアメリカの小さな駐在員事務所でのこと。
オフィスが小さいだけに、そんな行き違いの毎日は彼にとってたまりません。

「それって、ごく簡単な指示なんですか?」

「ええ、例えば、ある書類を夕方までにまとめておいてといったような。でもまず間違いなく時間通りには完成しません。だからそれを注意すると、他にもやることがあるし、夕方までにやらないといけない理由もみつからないってくるんです。だんだん感情的になってしまい、君には責任感があるのかというと、どういうことだとつっかかってくるんです。僕には家族にも責任があるし、仕事にもある。誰だって社会に責任をもって生きている。あなたにそんなことをいわれる筋合いはないってくるんです」

事態は深刻だなって思いました。
でも、私にはコミュニケーションの糸がもつれた原因がなんとなくわかってきたような気がしてきました。

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「世界の心の交差点で」〜コミュニケーションと誤解の背景〜

日本人の「謝る癖」に一言

先週、ある大手企業の事業部長と話をしました。
その人、来週からアメリカに出張だそうで、そこで新製品についてのプレゼンテーションをしなければならないんです。
そこでこんなやりとりがありました。

部長
「日本人が謝るくせがありすぎて、国際社会で誤解を与えるっていうけど、スピーチをするとき、本当に英語が下手なことをまずお詫びしてから話をはじめなくていいんですかね」

彼は、英語の指導を受けたとき、コーチからこのようにいわれたことが、すっきりと飲み込めません。

この質問に私は次のように答えました。

「全く必要なしって言い切っても過言ではないですよ」

そこから私とのやりとりがはじまります。

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