ブログ

アラファト議長は暗殺されたのか? 世界が見守る調査の行方

【海外ニュース】

Aide says Palestinian President Mahmoud Abbas agreed to autopsy in principle and has invited experts to test remains.(アルジャジーラより)

側近が伝えることによれば、パレスチナ自治政府のアバス議長はアラファトの遺体の解剖と専門家による遺物の調査にも原則同意した。

【ニュース解説】

中東の CNN と呼ばれるアルジャジーラが、9日に発表したこのニュースが今世界中の注目を集めています。
2004年の晩秋、パレスチナからパリに移送されるパレスチナ自治政府の前議長アラファトは、タラップの上から人々に投げキスをおくっていました。それが、彼が公の前に姿を現した最後の映像。間もなく彼はパリ郊外の病院で死去。パレスチナの解放に生涯を捧げた75年の生涯は正に波瀾に満ちたものでした。
そんなアラファトが、実は病死ではなかったのではとアルジャジーラが報じたのです。

ポロニウム210 (polonium-210) という放射性物質が、アラファトの所持品から検出され、さらに詳しい調査がスイスのローザンヌにある Institute of Radio Physics 電波物理学研究所で行われることになったのです。

アラファト議長暗殺説を立証するためには、本人の遺体を掘り起こすことも必要です。この報道によれば、パレスチナ自治政府はそうした全ての調査を進めることを承認したのです。ちなみに、この見出しにある Aide という言葉は、側近という意味ですが、現在の同自治政府のアッバス議長は、こうした調査を積極的に進めることで、アラファトの後継者である自らの使命を強調したいのかもしれません。

ポロニウム210 は、あのキューリー夫人によって発見された、非常に強い放射性物質です。その後婦人の娘が研究中に被爆し、死亡したことで、ポロニウム210 の毒性の強さが世間に知られることになりました。
そんなポロニウムが再び注目されたのは、2006年のことでした。
それは、元ロシアの諜報部員アレクサンダー・ルビネンコ Alexander Litvinenko が亡命先のロンドンで何者かによってポロニウム210 を使い毒殺された事件でした。ことの発端は、プーチン大統領の政敵で、ロシアの政財界の黒幕といわれたボリス・ベレゾフスキー Boris Berezocsky の暗殺未遂にルビネンコが関与したことでした。そのため、この毒殺の背景に暗殺に関連する証拠隠滅を急ぐプーチンが絡んでいたのではないかと憶測を呼びました。
ポロニウム210 によって被爆したときに発症する倦怠感や下痢、嘔吐、そして激しい全身の衰弱。アラファト議長の病状もルビネンコの終末期の状況と酷似していたのです。

シリアの内乱、エジプトの政治的な混乱などで揺れる中東。また、ここのところ、アフガニスタンでのタリバンによる夫を裏切った女性への公開処刑の模様がネットに流れ、欧米のメディアがそれを公開したことや、サウジアラビアでイスラム教以外の宗教活動をしたとして、同じく女性が斬首刑に処せられたことが報道されるなど、いわゆる「イスラム圏での人道の問題」への批判が欧米諸国でさらに拡大しています。
そこに飛び込んできたこのニュース。これがもし事実であるならば、アラファト暗殺の黒幕は誰だったのかということになります。現議長のアバス氏は、自らは白であるということを強調するように、今回調査への支持を表明したわけです。

“We got into this very, very painful conclusion, but at least this removes this great burden on me,” Suha Arafat said. “At least I’ve done something to explain to the Palestinian people, to the Arab and Muslim generation all over the world, that it was not a natural death, it was a crime.”
(我々は極めて痛々しい結論に到達しようとしています。しかし、このことは私から大きな重荷を取り去るでしょう。スーハ・アラファトは言います。少なくとも私はパレスチナの、アラブのそして世界中のイスラム教を信仰する人々に何かを説明したことになります。これは自然死ではなく、犯罪だったのだと)アルジャジーラは、アラファトの未亡人のこのコメントを引用しています。

アラファト前議長は、死後8年を経た今でも、世代を超えてイスラム世界で広い尊敬を集めています。
そんなアラファトを暗殺した犯人が誰なのかという憶測は、そのまま複雑なイスラム社会に影を落とします。ポロニウム210 は、138日が半減期であるといわれています。遺体と共に、歯ブラシなどの彼の私物を再び調査すれば、アラファト議長へ毒物を与えたのがいつごろかも、明るみにできるはずです。調査の行方を見守るのは、単にアラブの民だけではありません。エジプトでの選挙の結果による外交政策の変化などに神経を尖らせるイスラエルやアメリカ。そして、アメリカを牽制し、シリアを執拗にサポートするロシアなど、アラブに関与する様々な国や組織こそが、調査の行方を気にしているのかもしれないのです。

山久瀬洋二の「海外ニュースの英語と文化背景・時事解説」・目次へ

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP