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シリアの難民を襲う悲劇を見つめながら

【海外ニュース】

One Syrian woman who joined the stream of migrants to Germany was forced to pay down her husband’s debt to smugglers by making herself available for sex along the way. Another was beaten unconscious by a Hungarian prison guard after refusing his advances.
(New York Times より)

ドイツへの逃避行の旅に加わったあるシリアの女性は、夫が逃避行のための業者に負った負債を支払う代わりに性行為を強要された。また、ある女性は、ハンガリーの収容所で、監視員から言い寄られ、それを拒絶すると、殴打され意識を失った

【ニュース解説】

シリアからの難民は、今なおヨーロッパに押し寄せています。
ニューヨークタイムズのこの報道は、そんな過酷で極限の状況におかれた人々の中で、特に女性が直面している悲劇について解説しています。
難民という弱者を餌食にして、難民の女性に性的なサービスなどを強要する者がいることを聞けば、多くの人はその卑劣な行為に怒りを覚えるはずです。この記事は、ベルリンにある難民キャンプに保護されている人々への取材をもとに、そうした行為の犠牲になっている女性の姿を報道しています。

昨年の終わりに、日本と韓国での慰安婦をめぐる取り決めを受けた、欧米のメディアの反応について解説をしました。
その中で、アメリカを中心とした欧米のメディアが、人権というテーマについて、いかに敏感に反応するかまとめました。本日紹介するこの記事は、その典型的な事例であるといえましょう。

シリアからの難民問題は、100年以上にわたる欧米列強と中東地域とのねじれた関係によって、連鎖が連鎖を生み、それがさらにもつれておきた悲劇です。
しかも、人間は一筋縄ではいかない、複雑で時には愚かな動物です。悲劇がおこれば、それを利用する政治があり、それをビジネスにする業者があり、さらに被害者への優位な立場を利用してここで報道されたような行為に及ぶ者もいるのです。シリアからの難民は、その全ての惨禍に翻弄されています。
巨視的にみるならば、中東での自らのプレゼンスや権益をいかに守りぬくかという思惑で駆け引きを繰り返す大国たちがそこに介在しています。ウクライナへの影響力を失いつつあるロシア。その苛立ちが、同じく今まで維持してきたシリアへの影響力を死守したいというロシアの国家的な思惑へとつながっています。中国は、国内にくすぶるイスラム教を信奉するウイグル族などの少数民族の不満を力で抑え込むためにも、ロシアなどと連携して、ウイグル族などが中東地域での武装勢力とリンクしている事実にくさびを打とうと躍起になっています。
そして、欧米はシリア難民の問題など人権問題を縦に、ロシア寄りのシリアのアサド政権を追い込み、そのことでロシアの思惑をけん制したいと考えます。
こうした国際社会の思惑が生み出す間隙をぬって、ISIS が伸長してきたのも事実なのです。そして、皮肉なことにその混乱が、さらなる難民を生み出しているのです。
今回の記事は、そんな難民を、国家ではなく、それに接する人々が抑圧する姿を報道したわけです。救いようのない話です。

人類は過去に戻って、過去を修正することはできません。
ただ、過去に何が起きて、それが現在にどう影響を与えているかを冷静に分析するチャンスは与えられています。しかし、残念なことに、そうした検証の作業はジャーナリストや歴史学者など、専門家の専門領域の作業として、一般の人々からは疎外された活動になっています。特に、日本では学校での歴史教育が、歴史的事実を暗記するゲームとなっていて、現在の社会とリンクする実感ある歴史教育とは程遠いものに堕落しています。

今、専門家に求められている役割は、そうした歴史的な背景の調査や分析を、例えばここで報道されているシリア難民の現実の問題とリンクさせ、日本人を含む人類の共通の課題として、いかに次世代に伝達してゆくかという方途を考えることなのです。
また、教育現場に求められていることは、過去を知らなければ何も現在を語れないという意識にとらわれた詰め込み教育をやめることです。むしろ、今起きていることを率直に見つめた時、そこから未来をどのように創造できるかという知恵を育成するような、おきている物事そのものを見つめ判断する力を養う教育をしてゆくことです。その知恵を養うヒントとして歴史教育を位置付けるのです。
以上の課題を改善する材料として、今回の報道をみると、そこに人間そのものが抱える病巣が浮き彫りにされてくるはずです。
どこか遠い国での我々には関係のない出来事という意識。日本は違うという意識を捨て、この悲劇を見つめ、被害者や、ときには加害者の目線に自らを置いてみると、そこから日本の過去の歴史が生み出した様々な悲劇を見つめることへのリンクもできるはずです。
欧米のメディアが、人権問題に敏感であるということから、シリアからの難民問題と、日本と韓国とがお互いに主張を譲らなかった慰安婦の問題とが、彼らからは同じ目線で報道されているということに気づくこともできるはずです。

世界で報道されていることが、いかに遠いことではなく、身近な課題であるかを認識できるような解説や教育姿勢を、日本のジャーナリズムや識者に求めてゆきたいと思います。

山久瀬洋二・画

「人類は複雑で弱い動物?」山久瀬洋二・画

「人類は複雑で弱い動物?」山久瀬洋二・画

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『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
海外メディアから読み解く世界情勢
山久瀬洋二 (著)
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