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ベトナムの戦争体験も風化し、そしてインディペンデント紙も廃刊に

【バオ・ニン著『The Sorrow of War』より】

I dropped into a bomb crater and escaped the big bombs. Then came the baby bombs, exploding non-stop.
‘I lay there not moving and then this guy jumped in on me, heavy as a log. I was so frightened I stabbed him twice in the chest through his camouflage uniform, then once more in the belly, then again in the neck. He cried in pain and writhed around convulsing, his eyes rolling. I realized then he’d already been badly wounded before jumping in. His own artillery had blown his foot off and he was bleeding all over, even from the mouth. His hands were trying to hold in his intestines, which were spilling out of his belly and steaming.

私は、爆撃でできた穴に飛び込んで、大型爆弾を回避した。すると、小型の爆弾が間断なく落ちてくる。
「俺は、動けなかった。そこにあの男が重い丸太のように俺の上に転がり込んできたんだ。恐怖だった。奴の迷彩服に向けて二回刺したよ。胸をね。そして、もう一度腹を刺した。さらに首も。痛かったよな。奴は絶叫し、目をぎょろつかせ、痙攣してのたうちまわっていた。その時俺は気付いたんだ。奴は飛び込んでくるまえに、すでに重傷を負っていたんだと。味方の砲撃で足を吹き飛ばされ、血まみれだった。口からも血を吐いて。奴は腹から出ていた腸を手で押さえていた。湯気がたっていたよ」

【解説】

いきなり、残酷な描写をお届けすることをお許しください。
この一文は、ベトナム戦争を体験した著者が、自らの記憶をもとに生々しい戦争の現実を描き、当時話題なとなった小説の一部です。「戦争の悲しみ」という題で邦訳もされたこの小説は、イギリスのインディペンデント紙の海外小説賞を獲得しています。著者のバオ・ニンは、彼が所属していた 500人の部隊が米軍の攻撃を受け、生還できたたった 10人の兵士の一人でした。
これは、そんな戦争の最中におきた事件でした。傷つい兵士は敵兵です。しかし、それはアメリカ兵ではなく、アメリカ軍の爆撃で負傷した南ベトナムの兵士だったのです。

当時、ベトナムは南北に分かれて戦っていました。「俺」という一人称で述懐する小説の主人公は、北ベトナム軍の兵士で、アメリカ軍の支援する南ベトナム兵に遭遇したのです。

このあと、彼は正気に戻り、傷つい兵士に助けてやると約束し、穴から飛び出します。みると、ジャングルは半分消え失せ、倒木と砲弾の穴だらけ。そこに激しいスコールの雨水が流れこんでいたのです。結局主人公は、戻ろうとしても自分のいた穴を見つけられずに、その兵士を見殺しにしたのです。穴はどこも雨水で一杯になっていたのです。兵士は負傷したまま、じわじわと増える雨水の中で溺死したのだろうと主人公は語ります。
ベトナム戦争が終結したのは 1975年。すでに 40年が経ち、ベトナムでも戦争の記憶がどんどん薄れてきています。

話を、北朝鮮問題に移します。今、国際社会が北朝鮮のミサイル発射などの暴挙に対してアフガニスタンやイラクのように強硬手段に出ることができない理由は、この小説に描かれたようなことが、朝鮮半島でおこりえるからです。ソウルは北朝鮮との国境から数十キロという近距離にあります。アメリカや中国、そしてロシアなどの大国による国際政治の駆け引きもさることながら、北朝鮮はあまりにも平和で繁栄する韓国のそばにありすぎるのです。
すなわち、北朝鮮は、そうした地理的な条件を逆手にとって、韓国を人質にするかのように、世界の良識に挑んでいるというのが、実に単純ではあるものの、現実であり、関係国が動きにくい理由、つまり本音なのです。

ところで、ベトナム戦争にはアメリカとの政治的、経済的な関係強化を意図して、韓国も参戦し、多くの兵士を送り込んでいます。日本の沖縄からも米軍機が飛び立って、ベトナムで空爆を進めていました。この小説にある爆弾による無数の穴は、こうしてできたものだったのです。
そして、著者の実体験によるこの小説が語るように、実際にジャングルの中で起きていたことは、残酷な殺戮の連鎖でした。それも、多くの場合ベトナム人同士による殺し合いだったのです。
朝鮮半島でも、朝鮮戦争のときに同様のことがおきました。大国の政治的な駆け引きの中で、こうした悲劇が朝鮮半島で、ベトナムでおきたのです。
ですから、北朝鮮の無責任な行動に、誰もが手を出せないでいます。これがもし、欧米や日本、そして韓国から遠く離れた中東地域のような場所でのことであれば、北朝鮮への対応は異なっているかもしれません。ある意味で、我々は遠い中東での戦争のニュースをお茶の間でみながら、身勝手で皮肉なこうした関係国の逡巡に、助けられているのです。

日本の軍事支援の問題、安保法の問題、そして戦後 70年を経た戦争体験への忘却の問題などを考えるとき、バオ・ニンをはじめとした、戦争の中を生きてきた人々の語ることを、ぜひしっかりと噛みしめてみるべきなのではないでしょうか。

イギリスのインディペンデント紙が廃刊になるという時代の流れのなか、同紙が絶賛した小説を、ここに紹介してみました。

山久瀬洋二・画

「戦争への怖れ」山久瀬洋二・画

「戦争への怖れ」山久瀬洋二・画

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