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都会と田舎、カナダの最果て、ガスペの「ムースまつり」

ガスペ Gaspe という町があります。
そこは、カナダ東部の古都ケベックから車で8時間東に走った半島の突端、大西洋に突き出した最果ての町です。
ガスペは、昔からフランスの影響を濃く受けたケベック州の中でも最も東にある町です。

カナダ、ケベック州、ガスペ

カナダの大河セントローレンス川 Saint Lawrence River。河口は湾となって大西洋に向けて大きく開けます。昔はヨーローパから渡ってきた帆船のアメリカ大陸への入り口となり、ガスペにも、特にフランス領アメリカの玄関口として多くの帆船がやってきたといわれています。

カナダ、ケベック州、ガスペ

10月の末、夜遅くこの町にやってきました。
途中、晩秋の冷たい風雨にさらされて波立つ岸壁に沿って何時間も車で走りました。やがて深い森の中にはいり、そこをぬけ出ると、入江に橋がかかっていました。そこを渡るとガスペの市街地へといざなわれます。
ケベックを昼前に出発したものの、早い日没のために、町はすでに深い闇の中に眠っていました。

翌日のことです。町の中心にある大きな駐車場にたくさんの車が集まっていました。マイクからはカントリーソングが流れていましたが、よく聞くとフランス語です。それも、相当なアクセントがあるようで、パリなどで聞く抑揚豊かなフランス語とは全く違った趣です。

そんな音楽にひかれるように駐車場に行ってみて、びっくり。
集まる車のボンネットや天井に、ムース moose の頭がかざられているのです。
ムースはトナカイに似た大きなツノをもつ野生の鹿です。地元の人々が猟をして、その獲物の大きさを競い合うために、そこに集まっていたのです。
森の主とも言える巨大なムースが、首を切られて車の上に乗せられています。男だけではなく、家族ぐるみで集まって、その大きさを競い自慢し合うのです。

私からみると残酷な光景でした。
地元の人々は、ムースを殺し、その肉を干し肉にして厳しい冬を過ごすのです。
このムースの大きさを競い合うお祭りは、長年にわたってこの地方の風物詩として、受け継がれてきたのでしょう。
このとき心の中をよぎったのが、和歌山県の太地町の古くから地元の人々に受け継がれてきたイルカの追い込み漁を撮影した「The Cove」という映画でした。
この 2009年にドキュメンタリー映画が公開され、太地町は世界中の動物愛護団体から批判を受け、日本政府までがこうした「野蛮な」伝統をサポートしていると非難されたのです。

ニューヨークに戻って、このガスペでの祭の映像をみせたところ、ほとんどの人が眉を潜め、こうしたことを話題に出すこと自体がタブーであるかのような厳しい反応が返ってきました。アメリカの都市部では、動物を殺すことへの強いアレルギー反応があり、人が食のために必要としない殺生は、それ自体モラルに反することとして、切り捨てられてしまいます。

確かに、ガスペでのおまつりは、食の流通が整備されている現在、不要なものでしょう。それは太地町でも同様のことかもしれません。
共通しているのは、そのどちらも、それぞれの国の辺境の地での出来事だということです。それは人間の所属する都市と田舎という二つの空間の意識の対立を象徴している出来事なのです。

「実はな。俺はこのムースを猟銃で仕留めたのではないんだよ。弓を使ってやっつけたんだ」
私が話しかけた一人の男はニコニコとしながら、そんな自慢話をしてくれました。その男の車の上に置かれているムースの目をみていると複雑な気持ちになりました。きっと、都会の人は、この男に怒りをあらわにするか、シニカルに蔑視するはずです。

そこに生きる人の文化や習慣への敬意。これは世界の人々と交流を深めるためにもっとも必要な意識です。都会の人工的な世界から旅してきた私が、過酷な自然と共に生きる人々の晩秋のまつりに接し、そこに集められたムースの亡骸をみたときに、どう反応したらいいのか。
私自身、言葉がみつかりません。

パリの人は、カナダの辺境のフランス語をきいたとき、田舎者の言葉と思うでしょう。
あのガスペの広場に流れていたカントリーソングの音が、美しい森や岸壁の続く国道を一路アメリカとの国境に向かって車を走らせる私の耳に残り続けたのでした。

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