「MAN」についての考察


アメリカの独立宣言に、All men are created equal (全ての人は平等である) という一文があります。

この言葉は、その後のアメリカの全ての法律や、道徳律の中心となる考え方として、アメリカだけではなく、世界中に影響を与えてきた一文です。

でも、ここに記されている「men」とは、独立宣言が書かれた18世紀後半の常識によるものでした。つまり、「成年男子で資産をもつヨーロッパ系の白人」が「men」であり、もちろん黒人奴隷は平等の対象外でした。

その後、200年以上かけて、「men」についての解釈がかわり、今では「平等」は全ての人に対して与えられた権利となったわけです。

さて、では men、すなわち「man」とはそもそもどういう言葉だったのでしょう。辞書をひけば、そこには人間と男性の双方の意味が記載されています。そして、ご存知のように女性の場合は「woman」と記されます。この「man」の前にある「wo」については、その語源は wife につながる「妻」という意味で、「妻になる人」ということで「woman」が、女性を意味するようになったという考え方が一般的です。

ということは、そもそも「man」という単語は男性であり、人間として認知されたのは「男」だけかという疑問がわいてきます。女性の皆さんは憤慨するでしょうね。

一方で「人類」という言葉には、「human」という単語があてられていますね。この単語の「hu」も「man」もどちらも「人」をあらわし、語源的には相当古くまでさかのぼることができるようです。つまり、「man」に同義の「hu」がくっついて「human」という言葉が生まれた頃、「man」は純粋に人間を示す単語だったのではないかとも推測できるのです。

ということは、「man」を人間と男性との二つの意味に解釈し、だぶらせていったのは、男性を優位においた、古代ギリシャ以降の人の歴史によるところが多かったのではないでしょうか。

そして、もともと人を意味する「man」が男性という意味と同等になり、あの独立宣言の頃には、無意識のうちに「全ての人」という言葉を「all human」 とせずに、「all men」としたのではないでしょうか。すなわち、「資産のある白人男性」を暗示する言葉として。

その後、「man」という言葉の意味するところが、時とともに変化し、人類が全ての人を人として尊重するような建前が法制化されるなかで、どんどん変化していったのです。

今では、英語では人を「man」と表現することは、男性と女性を差別するとして、タブーになろうとしています。「man」のかわりに「person」などといった言葉が使われるようになり、さらに「議長」を意味していた「chairman」も今ではただ「Chair」と記されるようになってきました。

人権を尊重し、その中で「man」という言葉のあり方が変化してきたことは人類の知恵としてすばらしいことでしょう。

ただ、冷静に「man」という言葉の語源を考えていったとき、そこにやはり「人間」という意味が含まれており、遠い昔には男性と女性との差別や区別なく、そこに「man」が人をあらわす言葉として使われていたのではないかと推測することも、また面白いと思いませんか。

ちなみに、英語の遠い祖先である、ゲルマン民族やインドアーリア語族の言葉を調べれば、「man」は、「考える人」という意味であったという学説もあるようです。

単に言葉のみならず、あらゆるものの評価は、人の歴史の中で造られ、時には本来そうであったこと事実も忘れられて変化してゆくのが、人間の悲しさでもあるのです。しかし、その悲しさとともに、人類が進歩してきたこともまた事実なのです。