海外ニュースの英語と文化背景・時事解説

ボストンマラソンの被疑者への死刑判決が物語るもの


【海外ニュース】

A federal jury on Friday condemned Dzhokhar Tsarnaev, a failed college student, to death for setting off bombs at the 2013 Boston Marathon.
(NY Times より)

大学中退者のジョハル・ツァルナエフへ連邦裁判所の陪審員は、2013年のボストンマラソンの場に爆弾を仕掛けたことを非難し、死刑を宣告

【ニュース解説】

2013年にボストンマラソンを襲った爆弾テロの悲劇は、まだ皆さんの記憶に新しいはずです。それは、4月19日、ボストンマラソンの最中に炸裂した爆弾で、285人以上の死傷者をだした事件でした。

それから2年あまり、15日にニューヨークに到着し、仕事仲間の友人とホテルのロビーで打ち合せをしていたときに、そこにあったテレビから容疑者の一人ジョハル・ツァルナエフ Dzhokhar Tsarnaev (21歳) に死刑宣告が下ったというニュースが流れてきました。

彼は、8歳のときに、政治難民 political asylum として家族に連れられてアメリカに移住してきました。
以来、知人によるとごく普通のアメリカ人の少年としてスポーツなどに打ち込んでいたといいます。彼には8歳上のタメルランという兄がいました。兄は、アメリカに移民してきたときには既に 10代も半ばを過ぎ、自らのルーツやアメリカ社会、そして彼らの母国であったチェチェンでおきているロシアとの紛争のあらましなどに強い関心を持っていたのです。

彼らの両親の母国はロシアの南部のチェチェンとコーカサスです。
この地域は、19世紀初頭には帝政ロシアの拡張の中でギリシャ正教を国の宗教とするロシアの一部となってゆきます。しかし、ここの住民の多くはイスラム教徒でした。以来、帝政ロシアが倒れ、ソ連の時代になっても分離独立運動が絶えず、多くの血が流されました。戦後になっても、そうした動きを封じようとするスターリンの指示で、数十万人のチェチェン人が強制的にシベリアなどに移住させられ、劣悪な環境の中で相当数の犠牲者がでたこともありました。
やがてソ連が崩壊したあと、90年代以降になって再びチェチェンでは分離独立運動が活発になります。しかし2度に渡る凄惨な戦争を経て、プーチン政権下、チェチェン解放の動きは力で封じ込まれてしまったのです。
以来ロシアは、チェチェン人によるサボタージュを、テロ行為として、同時多発テロ事件以降テロとの戦いを宣言したアメリカの動きに同調しようとします。ロシアを牽制する意味からも、チェチェン問題に複雑にからもうとしていたアメリカとしては、皮肉な同調ともいえそうです。

アメリカでボクサーとして身を立てようとしていたタメルランは、その後こうした背景をもつ祖国との間を何度も往復し、次第にイスラム教を狂信するようになりました。そんな過程で、彼はガールフレンドへの暴力行為による逮捕歴もつき、さらにロシアとアメリカ双方から、狂信的イスラム組織と関わりのある人物としてマークされるようになったのです。

ジョハルは、そんな兄タメルランを追いかける無邪気な子供だったと周囲は語っています。
ジョハルは兄の影響を受けてイスラム教や祖国の問題に興味は抱いていたものの、彼の Twitter への投稿などからみえてくる姿は、ごく普通のアメリカの少年だったようです。ただ、事件がおきる前、ジョハルは大学の成績不振に悩み、マリファナに手をだすなどしていたと、友人は語っています。

タメルランはボストンでのテロ行為のあとの銃撃戦が原因で病院に収容されたあと死亡。兄とともにテロに参加したジョハルだけが逮捕されました。ボストンのあるマサチューセッツ州は死刑制度のない州でしたが、事件が国家に対するテロ行為であるとして、州ではなく連邦 (Federal) によって裁かれるケースとして、ジョハルは起訴されたのです。その結果、死刑判決が 15日におりたのでした。

チェチェンでの紛争、政治的な混乱を逃れてアメリカにやってきた難民の一家。その兄弟の心におきた変化を見詰めるとき、「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がふと心をよぎります。犯したことは重大です。しかし、彼らをそこに導いた世界情勢や社会の軋轢を無視してこの事件に蓋をすることは、新しいチェーンリアクションの原因となるはずです。

2日前に、ニューヨークの JFK空港に着いてタクシーに乗れば、その運転手は明らかに中東からのイスラム教徒でした。彼は、携帯を通して友人とアラビア語でしゃべりながら、私をマンハッタンまで送り届けます。これは、アメリカでもロンドンでも、今では世界のあちこちでごく普通に接する光景です。
こうした人々の心の中に、ジョハルへの判決が、そして最近世界を震撼させているイスラム原理主義者の過激な行動がどのように響いているのか。外見からだけでは、それを知ることは不可能です。もちろん外見から偏見を持つことも強く戒めたいものです。

ボストンマラソンのテロ事件は、今回の判決でさらに色々な課題を我々に投げかけているのです。

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『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
海外メディアから読み解く世界情勢
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。

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