山久瀬洋二の日常と旅日記

内村鑑三が今を生きる我々に語りたかったこととは?


Although we have created systems, such as democracy, to end cruel forms of government, we know that no system can take the place of virtue. Feudalism had its flaws, so Japan replaced it with constitutionalism. But by doing so, we may have destroyed more than just its flaws. Together with feudalism, we have lost loyalty, chivalry and much kindness.
(『代表的日本人』内村鑑三より)

私たちは残酷な政治形態を終わらせるため、民主主義のような制度を作ってきたが、いかなる制度であっても美徳にとって代われるものはないとわかっている。封建制度には欠点があったので、日本は立憲主義に変わった。しかし、それによって欠点以上のものを壊してしまったのかもしれない。封建主義とともに、忠誠心、武士道、そして情け深さも失ったのだ。

明治の知識人の心理は、現代人の欧米への意識の原点です。
そして、江戸時代に育まれた上下関係、恩や義理、遠慮や謙遜、型への執着や精神的な鍛錬への美徳などは、今の日本人の価値観の源とであるともいえます。
明治時代は江戸時代がまだ近く、今以上に過去に培われた日本人の価値観への憧憬も深かったはずです。

我々は今様々な変化にさらされ、ともすれば日本人独自の価値観の喪失に直面し、それにどのように対処すべきかと戸惑っています。例えば、戦後の民主主義の導入から70年を経て、より平等で公平で、かつガラス張りの制度を模索するなかで、不透明であるべき価値観への対処ができずに困惑しています。

明治を生きた宗教家で知識人であった内村鑑三は、そんな未来を予見したかのように、過去に日本人の意識構造を形作る上で重要な役割を果たした人々を描写しました。それが「代表的日本人」という書籍です。それは Representative Men of Japan という、元々英文で書かれた書籍です。
その書籍の中で彼が描写する人々には彼独自の国家観があって、事実をそのまま語るというよりも、日本という国が歩んできた道をより象徴的に表現しています。西郷隆盛を解説するときに内村が記した「日本創造以来、時が熟すまで日本は鎖国するようにという天命があった」というくだりなどはその典型でしょう。でも、それは考えてみればそれは的確な分析といえましょう。戦国時代にヨーロッパとの出会いがあり、古代には大陸との交流があったものの、日本はずっと島国で、確かにその中で鎖国してきたかのように独自の文明を築いてきたのですから。

江戸後期の名君上杉鷹山を紹介するくだりは、そんな著者の複雑な心理が、そのまま現代人の不安につながっていることを再確認させてくれます。それが冒頭に紹介したくだりです。失いつつある忠誠心、武士道、そして情け深さという古来の価値観を彼は振り返るのです。

今、我々は民主主義という制度に支えられた資本主義社会の中に生きています。日本人は、そんな社会の中にあって、ものごとを判断するときに天秤をバランスさせる片方の重みを失いつつあるのではないでしょうか。
片方は、法の元の公正さであり透明性です。しかし、もう片方にある「情け」という分銅が消滅しようとしているようです。その「情け」と「公正さ」との間を行き来し、社会という天秤をうまく機能させていた日本人の「融通」という発想が、年とともに希薄になっているように思えるのは私だけでしょうか。
内村鑑三は、その近代国家の宿命ともいう、民主主義の中で逆に硬直する社会を、近代化した明治という時代を生きながら、予見していたのかもしれません。

明治時代、三人の賢人が日本を英文で紹介しています。
新渡戸稲造の「武士道 Bushido」、岡倉天心の「茶の本 The Book of Tea」、そして内村鑑三の「代表的日本人 Representative Men of Japan」。この3つの名著はくしくも同じ頃に執筆されました。その時代は日本が西欧を手本にして近代化をなしとげ、欧米列強の注目を集めた時代でした。国家として成功するとき、人は自らの国の文化や価値観を誇り、たからかと発信します。バブルたけなわの80年代に、欧米とは一味違った日本人の経営スタイルを日本の成功の秘訣と誇ったことを思い出せば、そんな大衆心理が実際に躍動した事実を確認できます。しかし、明治の末期に日本人が誇りに思った価値観が国家主義と一体となったとき、日本は破滅への坂をころがりおちました。そして昭和20年以降、再び日本人は欧米の思想や価値観を復習し始めたのです。

この日本人の心理の振り子をキリスト者であった著者は見事に分析しています。自らがキリスト者として欧米の文明を学び、その倫理観や哲学観を習得してゆくなかで、逆に自らのルーツによって支えられている自分自信を見つめ、それを過去の人々を紹介する形で、本書で語ったのです。
内村はキリスト者でありながら、仏教や儒教に極めて寛容で、その宗教観をキリスト者である自分の中にも見出し、そこが欧米の人々と自らとを区別する多様さであると認識しているのです。

そうした視点で本書を読めば、明治の賢人の現代へのメッセージとしてそれを受け止めることができはずです。不透明な時代だからこそ、天秤のバランスの欠如に揺れる社会を、改めて見つめてゆきたいと思い、本書をここに紹介してみたのです。

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『Representative Men of Japan』Representative Men of Japan
(英文版 代表的日本人)
内村鑑三著
IBCパブリッシング刊

内村鑑三が、明治時代に西欧社会へ向けて英語で著した不朽の名著。大きな活字・難解単語の語注つき。

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