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韓国、そしてアジアの「情報」への意識が大統領を追い詰める

【海外ニュース】

South Koreans have been riveted for weeks by a scandal involving the president. The elusive figure, Choi Soon-sil, is a private citizen with no security clearance, yet she had remarkable influence over President Park Geun-Hye: She was allowed to edit some of Ms. Park’s most important speeches.
(ニューヨークタイムズより)

韓国市民は、大統領の関与したスキャンダルにこのところ釘付けになっている。謎に包まれたチェ・スンシルは、機密保持のための手続きも経ていない一般市民で、かつパク・クネ大統領に大きな影響を与えている人物である。そのスンシル氏がパク大統領の極めて重要なスピーチのいくつかの編集を任されていたのだ。

【ニュース解説】

韓国のパク大統領を苦しめる情報管理の問題。
国家機密を友人と共有していたことが、彼女の政治家生命そのものへの重大なダメージとなっています。
いわゆる政治家のコンプライアンス意識が問われているわけですが、ここで「情報」とは何かということについて考えてみたいと思います。
いうまでもなく韓国ではハングルが文字として使われていますが、歴史的には日本と同様で韓国は漢字文化圏に属しています。
韓国語で情報を発音すると「jeongbo」、つまり日本語の「じょうほう」と酷似していることに気づくはずです。韓国でもつい最近まで「情報」という漢字が使われていたからです。

情報とは「情に報いる」と書きます。
漢字文化圏のみならず、アジアなどの多くの地域では、情報は人間関係の中で共有されるものなのです。
人と人との情があって、その情を交わし合うことで、知らせたいことや、知りたいことを共有してゆくという概念が「情報」の基本的なあり方だという常識が、これらの地域では一般的なものだったのです。
ですから、親しいコミュニティの中で、情報を共有することに、元々罪悪感は存在しません。昔は、そのコミュニティが社会の上層部へとのし上がったりしたとき、その関係者のほとんどが恩恵を受けていました。
「情に報いる」という発想は、縁故を優先し、共通のグループに属する友人や、その紹介者を優遇するある種の「村社会」をつくってきたのです。

では英語ではどうでしょう。
情報は information と書きます。これは inform、つまり「知らせる」という動詞からきています。
では inform とはどのような語源によるものでしょうか。それは inform の中に、form、つまり「形作る」という言葉が含まれているように、inform には、「心の中に形成される」という概念が含まれているのです。ラテン語などでは「コミュニケーションをする」という語源からきているという学説もあるそうですが、いずれにせよ、「言葉で形成されてゆく概念を共有すること」が information、すなわち情報なのです。

従って、英語などヨーロッパの言語を話す人は「情報」という言葉を、我々アジアの人と同じ概念や雰囲気で捉えていないのです。
「情に報いる」というのではなく、「論理的に形成して共有する」いう風に情報を捉えているのです。ですから、言葉は単に知人の間に流れてゆく媒体だけではなく、その言葉自体に論理的な形成過程を経たという意識、すなわち著作権の意識も潜在的に強くなるのです。
中国などで、著作権が守られない事件が頻発している背景の元の元にも、この「情報」への意識の違いがあるわけです。
パク大統領が友人との長年の友人の紐帯という情に頼って国家の機密を共有したことは、日本を含むアジアの人々などに共通した情報管理に関する落とし穴というわけです。

ちなみに、アメリカの大統領候補、ヒラリー・クリントンも、情報管理の問題に悩まされているではないかと指摘する人もいるかもしれません。
彼女が、国務長官時代に公務で私的なメールを使っていたという疑惑がそれにあたります。
この問題は、情報公開を前提とした公務の中で、私的なメールを使用すれば、その隠蔽につながるのではということと、公的な機密情報が私的なメールを使用されることで漏洩されるのではという、二つの矛盾した課題への対応を糾弾されているわけです。
つまり、アメリカでは、政府の機密情報は、その機密度に応じて時間を経ると段階的に公開されることになっていて、公的なメールはその情報公開の範疇にはいるのです。同時に現段階では「機密」でなければならない国家の重要な情報が私的なメールを使用することで漏洩するリスクもあるわけで、その双方の観点からヒラリー・クリントンの行為の違法性が問われているのです。

つまり同じ情報管理の問題でも、パク大統領とヒラリー・クリントンのケースとでは、問題の性質が全く異なっているわけです。
国家行政の長と国家行政の長を目指す2人を見舞った疑惑事件。
どちらも政治生命そのものに影響を与えかねない重大な事件だということが、これでお分かりになったかと思います。そして、「情報」という言葉の背景にある欧米とアジアなどの地域でのコミュニケーション文化の違いが、いかに大きなスキャンダルへと発展しかねないか。
著作権や情報管理の重要性が問われる現代社会のニーズと、「情報」そのものへの古典的な意識との捻れが、これからも日本を含む多くの政治家が考えなければならない課題として、パク大統領を追い詰めているのです。

山久瀬洋二・画

「情報の落とし穴に怯えて」山久瀬洋二・画

「情報の落とし穴に怯えて」山久瀬洋二・画

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