ドナルド・キーンの死が語るものとは


“Donald Keene died today in Tokyo. He would have been 97 in June. He is without question the most important person ever in purveying proper understanding of Japan and the Japanese to the rest of the world….”

(ドナルド・キーンが東京で亡くなりました。彼は今年の6月に97歳になるはずでした。いうまでもなく、彼は日本、そして日本人を世界に向けて適切に紹介することのできた重要な人材でした。)
― アメリカの友人からのメールより

 一人の知日家が他界しました。ドナルド・キーン。96年の生涯でした。
 ニューヨーク・ブルックリンのユダヤ人街に生まれた彼は、『源氏物語』との出会いをきっかけに日本文学に傾倒し、日本語を習得。戦争中は情報士官として、日本人捕虜の訊問などを行いました。
 戦後来日し、その後生涯をかけて日本文学、さらに日本文化を世界に紹介してきたことは周知の通りです。

「人材のプール」の完成と日本文化紹介の広がり

 アメリカと日本との関係は、ペリー提督が浦賀に来て以来、明治時代から現在に至るまで、基本的には良好でした。
 第二次世界大戦前夜、日米が中国での利権を巡って対立していた時代は、それ以前の良好な関係の中で育てられた知日派と呼ばれる「人材のプール」が完成した時代でもありました。
 そしてこの「人材のプール」こそが、戦中戦後を通して、アメリカの対日政策の意思決定に大きな影響を与えてきたのでした。
 戦後に駐日大使を務めたエドウィン・ライシャワー川端康成などの作品を翻訳し世界に紹介したエドワード・サイデンステッカーなどは、そうした人々を代表する知日家だったのです。
 
 戦争が日本とアメリカとの交流を促進したという皮肉はあったものの、戦後彼らは積極的に日本文化を海外に広めていったのです。
 日本文化の紹介は、その後出版ビジネスとしても拡大しました。
 アメリカのバーモント州出身のチャールズ・E・タトルなどによって、日本に英文出版を専業とする会社が設立され、そこから日本を紹介する英文書がどんどん出版されたのです。
 さらに、そうした動きに呼応し、日本文化を英語で紹介しようと積極的に活動した日本人も多くいました。講談社の4代目社長となった野間省一などは「日本文化を海外に」を合言葉に、講談社インターナショナルを設立し、さらに大掛かりな英文出版事業を展開させたのです。
 
 ドナルド・キーンは、こうした時代の流れと共に活動し、志賀直哉谷崎潤一郎三島由紀夫などに代表される戦後日本の文壇との交流を深め、それを海外に発信してゆきました。
 ある意味で、現在世界の文化人が見つめる日本の素材の多くが、ドナルド・キーンをはじめとした人々によって海外に植えつけられてきたといっても過言ではありません。
 

(左から)川端康成、志賀直哉、谷崎潤一郎、三島由紀夫

知日派の終焉と「人材のプール」の枯渇

 彼の死によって、こうした戦後の知日派の世代が終わりました。
 そして、キーンに代表される知日派が他界したことは、日本に今後の課題を残すことになったのです。
 今、日本を知る「人材のプール」が枯渇しようとしています。ライシャワーやサイデンステッカー、そしてキーンといった、日本人の行動様式の機微を知り尽くし、日本文化の深みと共に生きる人が老齢化し、一人また一人とこの世を去ってゆく中で、同じレベルで日本を語れる人が育たないままに、プールが枯渇し始めているのです。
 
 その背景には、コンテンツビジネスを見舞った環境の変化もありました。
 チャールズ・E・タトルが他界したのは、1994年のことでした。その当時から日本は出版不況に苛まれ、英文出版に資金を投じる余裕もなくなりました。
講談社インターナショナルも今では閉鎖され、英文出版を専門に続ける版元はほとんどなくなりました。
 その影響で、日本文化を海外に紹介できる編集者や翻訳者も次第に高齢化する中で、後継者が育成されずにいるのです。
 
 どこの国にせよ、自国の文化を海外に伝えるためには、その国の文化に興味を持つ海外の人々の協力が欠かせません。
 そうした人々との協働によって、文化のエッセンスが海外に紹介され、吸収されてゆくのです。そうした人材を育てられなくなった日本がどうなるのか。未来の状況が気になります。
 

質の高い貴重な「人材のプール」の再生を

 確かに、インターネットの普及によって、日本の情報は今までにないボリュームで海外に流れ出ているかもしれません。しかし、じっくりと原稿用紙を睨み、翻訳し、推敲を重ねた質の高い情報は、その量に反比例するかのように希少になりつつあります。
 また、壮大な構想による重厚なコンテンツも少なくなってきています。ドナルド・キーンに代表される人々は、そうしたコンテンツを海外に紹介し、自らも解説し、描いてきたのです。
 
 日本のために、その文化を紹介するという地味ながら貴重な仕事を引き受けてくれる海外の人が、いかに大切な人材か。ドナルド・キーンは日本に帰化し、日本で生涯を終えました。そうした日本人にとってありがたい「人材のプール」の再生をいかに手がけてゆくか。今後、我々は本気で考えなければならないのです。
 

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