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日本の外交アプローチの稚拙さを知らされた慰安婦像設置問題

“The mayor of the Japanese city of Osaka has said he is cutting ties with San Francisco because of a new statue there, overlooking a small park downtown.”
(大阪市長はサンフランシスコ中心街にある小さな公園での新たな銅像の設置を受けて、同市との交流を断つと宣言)
New York Timesより


このニューヨークタイムズの記事はsmall parkという言葉を使って、慰安婦像に抗議する大阪市長の行為を、皮肉をもって伝えています。もちろん、この記事ではある程度バランスをもって、戦争被害や人権問題に対する課題を伝えてはいます。とはいえ、ここで取り上げられた問題は思った以上に深刻です。

なぜ誤解が生まれるのか?

この前アメリカに出張したときに、たまたま韓国と日本との慰安婦問題が話題になりました。そのとき、アメリカ人のジャーナリストが、なぜ日本は謝罪しないんだろう、それだけのことなのにと私に質問をしてきたのです。

私は、この問題についての政治的なコメントは一切したくはありません。ただ、こうした話題になるたびに、日本の意思や意図が空回りしている現状を見せつけられるのです。
日本側は過去にこの問題は政治決着していると主張します。それにもかかわらず韓国が解決したはずのことを蒸し返してくると批判します。それはそれで筋が通っているかもしれません。しかし、日本がこの慰安婦問題のみならず、こと複雑な背景を持った問題を語るとき、そのロジックが海外に通じていないことが多くある現実を我々は知っておくべきなのです。

それには理由があります。
まず、複雑なメッセージを人に伝えるとき、そのメッセージの内容と量が相手に確実に伝わる確率は、それが伝達される距離が遠く、受け取る人が海外の人であればあるほど、低くなることを知っておく必要があります。
10を伝えるとき、おそらく相手には1伝わっていればよしとするべきなのです。しかも、その1は伝えたい部分でも最も単純なメッセージです。文化背景、歴史的背景等の複雑な事情は、なかなか相手には伝わりません。

そして悪いことに、伝わった単純なメッセージのみが、相手の判断の材料となるのです。さらに、メッセージを受け取る人が、日本とは異なる文化背景をもって生活している人々であることを我々はもっと意識すべきです。

例えばアメリカ人には少なくとも、女性差別に対する強烈なアレルギーがあります。たとえそれを建前だという人がいたとしても、それを口にするだけで厳しく糾弾される社会背景があるのです。しかも、長年アメリカでは日本社会での男女差別の問題が報道され、その負のイメージが定着しています。

さらに、最近CNNなどのメディアで常に取り上げられている話題が human trafficker の問題です。
human trafficker とは、人を奴隷化して売買する組織や人のことで、今尚世界各地でこうしたことが公然と行われていることが指摘され、社会悪として報道されているのです。

であれば、例えばこの慰安婦問題をアメリカ社会に問いかけたとき、「日本の言い分」が理解されず、アメリカ社会の「タブーのコード」に日本からのメッセージが引っかかり、それだけが強調され単純化されることは目に見えています。

つまり、メッセージを伝えるときの距離受け取る相手の文化の問題を考えて対応をしてゆかないかぎり、説明すればするだけ、誤解が深まるというジレンマに陥ることを知っておくべきです。

異文化摩擦を解消するには?

では、どうすればいいのでしょう?
そのためには、「フィードバックの文化」というテーマを考えるべきです。
距離があり、文化背景も異なる人に「日本の言い分」を伝えるには、常に問題がおきたその場で、マメに相手に情報を提供するというスタンスが必要なのです。

慰安婦問題の場合は、パク政権のときに日本政府と合意があった時点で、アメリカ社会にしっかりとメディアを通してその真意を伝えるべきでした。また、それ以前に日本政府が行ってきた「過去の過ち」への謝罪や、平和への努力を、その都度しっかりと韓国のみに対応するのではなく、アメリカの世論、世界の世論に根付かせるように努力しなければなりませんでした。
その上で、何か誤解があるなと意識した瞬間に、その誤解について具体的に指摘する努力を積み重ねるべきだったのです。このフィードバックの積み重ねが、日本側から行われていれば、問題はこじれることなく収拾に向かったはずです。

とかく日本人は、何か気に障ることがあった場合、心の中にそれを溜めたまま、自らの思いを主張することを怠りがちです。日本人の間であればそれは構わないのですが、英語圏で自らの意志を伝える場合、思ったことはその都度こまめに相手にフィードバックすることが大切なのです。
 
外交上の問題でも、ビジネス上の課題でも、課題を溜めておいて、ある段階で一度に語ろうとすることは最も避けたいことなのです。
まして、ある程度以上不満が溜まったときに、感情的な対応をすればさらに誤解の溝は深まります。大阪市長の対応はロジックのない感情論と誤解されかねません。何が課題で、それに対してどのように対応したのか、その都度冷静なメディア対応を継続し、関係者との話し合いを怠らないことが肝要です。

日本人は「阿吽の呼吸」というように、相手に直裁に言葉で説明することなく物事をすませようとしがちです。
逆に、移民社会の中で、文化背景の異なる多様な人々が交流し合う英語圏では、言葉ではっきりと表明することがコミュニケーションの基本なのです。

欧米人には「起承転結」で話してはいけない!

しかも、この努力を怠った末に、いよいよ状況が複雑になったとき、日本人は得てしてその問題の背景を説明しようと必死になります。
背景から話を切り出した場合、欧米人にはそのメッセージは伝わりません。それは何か苦しい言い訳をしているか、不明瞭な表現で煙にまこうとしているとしか思われないのです。
 
なぜなら、背景を話した後に、物事の本質へと迫るロジックの展開の方法は、欧米のコミュニケーション文化には存在しないからです。別の言い方をするなら、起承転結方式によるスピーチは、極東の漢字文化圏でしか通用しないスピーチ術だからです。この極東地域独特の修辞法に従って流暢な英語で話せば話すほど、皮肉にも英語力とは関係なく、誤解が深まってゆくのです。

英語でしっかりと相手とコミュニケーションをするには、彼らのコミュニケーション文化に従った修辞法を習得する必要があるというわけです。

まとめ

以上が、距離があり文化背景も異なる人々に「日本の言い分」が伝わらない理由となります。この理由を知っておかない限り、日本は誤解され続けることになってしまうのです。
日本人はとかく英語をうまく話す技術にこだわりすぎ、そこにコミュニケーション文化の差異があることに気づきません。日本人のロジックを海外に伝えたいならば、その伝える方法について、もっと繊細になってゆくべきなのです。
今回の大阪市長のとった処置は、上記の理由から、アメリカの世論からは一蹴される感情的な対応としか思われないのではないでしょうか。


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ネイチャーの警告は、日本の教育のあり方への苦言

” Japan’s status as a science superstar is vulnerable. Nature Index 2017 Japan reveals that although the country is still among the upper echelons of global research, its output has continued to slide.”
(日本の科学分野での優位が危機に直面している。ネイチャーインデックス2017をみると、日本が今でも世界のリサーチレベルでの上位にあるものの、その発表量は常に減少傾向にあることがわかる)
Nature Index より


日本の教育のあり方

このヘッドラインは科学雑誌で有名なネイチャー(Nature)が発行する ”nature INDEX” の日本についてのヘッドラインです。
実は、日本の競争力の基盤となる「科学技術」や「リサーチ能力」の衰微が、現在深刻な問題にさらされているのです。
nature INDEX は、世界での優秀な論文の発表数を詳細にまとめて公表しています。それによると、日本からの科学研究成果の発表数がこのところ他の先進国と比較しても減少傾向にあるのです。
この原因をじっくりみるとき、我々は「教育のあり方」そのものを見つめ直す必要性に迫られていることに気付かされます。

つい先日、長崎の大学で講義をすることがありました。
講義の冒頭、学生にテーマを与えました。「海外の人に日本を紹介するとき、どのように日本のことを伝えますか?」というのがその内容です。
すると出席した70名のうち、95%の人から日本は「安全」「清潔」「食事が美味しい」「美しい四季がある」「便利」のいずれか、そして日本人は「親切」「丁寧」であるというコメントがかえってきました。
さらに、ほとんどの人が、日本人には「おもてなし」の精神があるといっていました。

さて、この回答と、Natureでの指摘とは、どのようにリンクしているのでしょうか。

日本の教育現場での課題

まず、彼らがどうしてこのように回答したかを考えましょう。
彼らに問いかけてみると、多くの場合高校教育の過程で同じようなテーマで討議を盛り込んだ、いわゆる「アクティブ・ラーニング」を経験しているのです。
また、日本での報道からの影響も大きく、多くの外国人がそうコメントしているという理由も伺えました。

では、仮に外国から来た人が、日本をみてそのようにコメントしているからといって、それを日本人がこうしたことを海外に向けて逆に表明することがよいことなのかを考えてみましょう。
きっと多くの外国人は、「え、どういうこと?」と思うはずです。多くの国の人は思います。「我々にだって美しい四季はあるよ」「それって、われわれは清潔でないってこと?」「我々はまずいものばかり食べているの?」「そうかなあ、我々は親切ではなく、雑なんだ」と思うかもしれません。

彼らのコメントには、相手の身になってものごとを考え、そのデリカシーをもって日本を紹介するという、ちょっとした意識の変換への知恵が欠如しているのです。また、海外のことを知らないままに、日本に向けて語られた報道のみを受け売りにしていることも忘れてはなりません。
さらに課題は、そうしたコメントを学校の教育現場でも支持してきたことです。テレビ等での海外の人の外交的なコメントの報道について、それを検証したり、考えたりすることを教育現場で奨励していないことにも大きな課題があります。

教育現場が生み出した負の遺産

科学的な発想力の根源はといえば、「常識を疑う心」です。これが想像力を育み、人類の進歩をもたらします。引力の発見、地球が球体であることや太陽系の一員であることの認識など、すべてはそれ以前の常識にメスをいれることから、それらの発見がはじまりました。
日本の教育は、覚えること、暗記すること、さらに試験に合格するノウハウを磨くことという技術に特化し、先生のいうことにWhy?という質問を投げかけること自体をタブーにしてきたのです。
ですから、報道されていること、教科書に書かれていることを丸のみにし、模範回答をする子供が優秀とされ、それにWhy?と切り込み個性をみせる子供は異端とされてしまいがちです。親も子供に学校の方針に合わせることが無難だという教育を行います。その結果、親と教師が一緒になって子供の能力を摘み取っているケースが数知れずあるはずです。
「日本を海外の人にどのように紹介するか」というテーマを与えたとき、正に模範解答のようにここで紹介した内容のコメントで埋め尽くされた事実は、このWhy?という能力を磨くことを怠っている教育現場が生み出した負の遺産なのです。

批判する目を養う意識が欠如しながら、報道や国のいうこと、あるいは権威があるといわれる人のいうことを鵜呑みにして、判で押したような回答をする子供が増えているのです。その結果、海外の人と柔軟にコミュニケーションのできない人材が日本を埋め尽くすことになりかねません。政治上、あるいは国際関係の上では一応うまくいっているようにみえても、実際は精神的に世界から孤立した人が増え続けるのではという危惧を抱くのです。

本当に大切なのは英語 ”+α” の力

よく、日本人は自らの国を島国で、だからこそユニークだといいます。
世界に島国は数え切れないほどあり、それぞれがユニークな文化を持っているにもかかわらず、日本人は自分のことを特殊扱いしがちです。その意識が歪んだ優越感へと退化した結果、こうした判で押したような日本礼賛のコメントがでてくるのです。
こうしてみると、ネイチャーの記事が指摘する、日本人による優秀な論文や科学的発表の機会の減少は、単に英語力だけの問題ではないことがわかります。英語力は大切ですが、英語を使いどのように人とコミュニケーションをし、Why?という疑問をぶつけ合いながら切磋琢磨できるのかという点こそが大切なのです。これは日本の教育現場全体に投げかけられる課題なのです。
英語教育の改革の現場で、4技能の育成がとやかくいわれています。しかし、ここに指摘した課題を踏まえずに改革を実施した場合、それは新たな「受験技術」を磨くための教育がはじまったに過ぎないことになります。

英語教育をどのように変えてゆくかを見据えることと、Natureの指摘する危惧をどのように克服するかというテーマとは同次元の深刻な課題なのです。

今、日本では教育者自身の意識改革こそが問われているのです。


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  • おもてなしの精神
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    歴史の重みに悩む社会の世直しに強権は必要か

    “A Philippine President had an approval rate of just 48% — the first time his popularity has dipped below 50% during his 16-month presidency.”

    (フィリピンの大統領の支持率は48パーセントと、就任後16ヶ月にしてはじめて50%を割り込んだ)
    CNNより


    【ニュース解説】

    フィリピンとサウジアラビアの共通点

    今回は、先週解説したサウジアラビアでの改革の旋風を思い出しながら、フィリピンの現状を考えてみます。
    というのも、フィリピンにもサウジアラビアにも共通していることは、長年の汚職や不公正に対して、強いリーダーによる強権政治が必要かどうかの是非が問われているからです。
    サウジアラビアは、皇太子モハメッド・ビン・サルマンに権力が集中する中で、王家も含む伏魔殿にメスがはいろうとしています。そして、フィリピンでは、逆らう者を射殺してでも麻薬と賄賂を撲滅するとしたドュテルテ大統領が話題になって、すでに1年以上が経過しています。

    フィリピン人のルーツ

    「フィリピンの人の顔をみるとね、いろいろなルーツがあることがわかるんです」ルソン島の中部にある町を仕事で訪れたとき、現地の友人がそうかたってくれました。
    私の前に座る5人のフィリピン人。彼らの顔をみると、確かにそれぞれ異なったルーツがあることが確認できます。ヨーロッパ系、アメリカ系、中国や日本系などなど、多様な民族の血がそこに流れているのです。

    フィリピン人の英語が堪能な背景

    まず、フィリピンはに16世紀スペイン領になっています。ですから、今でも町や通りの名前などにその名残があるだけでなく、彼らがローカルに話す様々な言語の中にもスペイン語が混ざり込んだりしています。
    そして、1898年にアメリカとスペインが戦争をしました。その戦争にアメリカが勝利した結果、アメリカはスペインからフィリピンを譲渡されます。アメリカの植民地となったことが、フィリピン人が他の地域より英語に堪能になった原因となりました。また、フィリピンが近代法を導入するときなどに、アメリカの法律が参考にされました。

    フィリピンの戦い

    そして、1941年のこと、アメリカと日本が戦争になると、フィリピンは激しい戦場になりました。スペインやアメリカ領の時代にも、現地のフィリピン人への差別や虐待は多くありました。独立運動もおき、その犠牲になったフィリピンの人も多くいました。そして残念なことに、フィリピン人に対する対応は、日本が数年間フリピンを占領したときも同様でした。日本の占領政策に不満を持った多くのフィリピン人が、アメリカが日本に反撃し、フィリピンに再上陸したときに、アメリカ側に協力しました。その結果、密林の中で、飢えや疫病で数えきれない日本兵が命を落とし、戦後になっても戦犯として裁きを受けたことはよく知られています。

    独立後のフィリピン

    戦後にフィリピンは独立しますが、貧困や政変が続き、国は荒廃します。そして多くのフィリピン人が家政婦などになって海外で働きました。
    この経緯から、フィリピン人にはスペイン、アメリカ、そして日本や中国の血の混じった人が多くいるのです。

    フィリピンの学校ではもちろん、こうした過去の悲劇について教えています。日本人が忘れている日本軍の占領時におきたことも教わっています。不思議と彼らはそのことを公の話題にはしません。でも、彼らに深く聞けば、歴史の授業で日本のことをどのように勉強したかがわかってきます。
    そんなフィリピンが独立以来悩み続けてきた社会の混乱。特に蔓延するドラッグと賄賂を一挙に撲滅しようと、強硬策を実施したのがドュテルテ大統領でした。しかし彼の人気に今陰りがでているといわれます。裁判なしで、警察がどんどん容疑者を射殺し、刑務所に送り込んだことが、人権侵害と三権分立の原則に反すると攻撃されているのです。ある人によれば、スペインの占領政策の影響で、フィリピンには多くのカトリック信者がいることも大統領の人気の陰りの原因であるといいます。教会が大統領が麻薬撲滅政策の中で、人命を軽視した改革を断行していると批判しているからです。
    長い歴史の重圧を克服し、国家を成長させることは並大抵のことではありません。フィリピンに限らず、中東やアフリカなど、近世から現代にかけて植民地として収奪された地域の多くが、その影響から抜け出し社会を発展させることができず、今でも政情不安や貧困に悩んでいることはいうまでもありません。
    先週紹介したサウジアラビアのように、そうしたジレンマを解決するためには強権的な改革も必要なのかもしれません。そして、サウジアラビアでのニュースが流れたとき、真っ先に思い出したのが、ドュテルテ大統領の政策でした。サウジアラビアの場合も、女性に対する不公平など、様々な社会問題を解決するときに、つねに課題となったのが、イマームと呼ばれる宗教的な権威による抵抗でした。
    フィリピンの場合、人権問題という課題を克服しながら、教会や司法との対立を乗り越えて改革を続行できるか、今大統領の手腕が問われているのです。
    国が未来に向けて過去の汚泥を捨て去るとき、どこまで強権を行使できるのか。あるいはどこまで強いリーダーシップが許されるのか。
    サウジアラビアとフィリピンのケースが、世界から注目されているのです。

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    『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
    海外メディアから読み解く世界情勢
    山久瀬洋二 (著)
    IBCパブリッシング刊

    海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。

    山久瀬洋二の「海外ニュースの英語と文化背景・時事解説」・目次へ

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    2000年の歴史の鏡に映る中東の要、サウジアラビアの異変とは

    ムハンマド・ビン・サルマン

    “Crown Prince gains power after sweeping purge of Saudi officials”

    (皇太子はサウジの高官を一掃して権力を集中)
    ワシントンポストより


    【ニュース解説】

    サウジアラビアの異変

    サウジアラビアに異変がおきています。日本からは遠い話かもしれません。
    しかし、石油を通して中東問題は日本経済に直結しています。サウジアラビアは、「斬首による処刑」や「女性の社会参加への厳しい規制」など、イスラム教の最も保守的な価値を政策にも導入している王国として知られています。この国は日本とは石油で結ばれながらも、イスラム教の保守的なイメージを象徴する国家として、中世さながらのミステリアスな王国として多くの人の目に映ります。一方、同国は長年動乱の続く中東の中にあって親米国家としても知られています。

    しかし、新たに王権を継いだサルマン国王の皇太子ムハンマド・ビン・サルマンへの権力集中が進む中で、そうしたサウジアラビアがより開かれた国家に変貌しようともがいているのです。
    そして今、長年石油の利益を独占し、富豪として君臨していた王家のありかたにもメスがはいります。皇太子は昨日、世界のメディアやTwitterなどの株主としても知られるアルワリード王子などの王族とその取り巻きを逮捕、追放という大鉈をふるったのです。世界経済にも大きな影響が考えられます。

    今回の改革の背景を知るには、サウジアラビアに異変がおきています「そもそもイスラム社会にとってのサウジアラビアとはいったいどのような国家なのか」を知っておく必要があります。

    古代ローマ帝国にとっての脅威

    ここであえて古代史に目を向けます。
    古代ローマ帝国以来、西欧社会の脅威は常に中東にありました。
    ローマ帝国は古代ヨーロッパの超大国でした。そんなローマが拡大したとき、どこを占領して膨張したでしょうか。今のフランスやイギリス、ドイツ、そしてスペインといった西ヨーロッパがローマの版図拡大のターゲットでした。

    一方、ローマは中東からアジア方面には拡大できませんでした。どうしてでしょう。そこには、ペルシャに代表されるメソポタミア文明の恩恵を受けた強力な帝国が存在していたからです。逆に、現在の西ヨーロッパはローマから見れば蛮族の住む未開地でした。ですから、ローマは未開の地を版図にいれ、そこから人員を補給しながら東の脅威に備えたのです。

    従って、ローマ帝国が強靭な国家になった後、ローマの戦略的な拠点はローマではなく、東方に睨みをきかせ、迅速な対応ができるコンスタンチノープル(今のイスタンブール)とその周辺へと移行していったのです。
    東の文明、つまりローマから見たオリエントこそが、彼らが常に意識しなければならなかった脅威でした。

    ローマ帝国とキリスト教

    ところが、時とともに蛮族の土地とされ、傭兵などの供給源となっていたアルプス以北のヨーロッパが変化します。それらの地域が次第に開拓され、ローマ化が進み、力を蓄えながら、独自に版図を広げ始めたのです。ローマが、自らが支配した辺境の人々に飲み込まれていったとき、社会は大きく変化します。

    特に、ローマで禁止されていたキリスト教は、ローマを逃れ、そうした地域に広がっていました。彼らが、ローマとの交流を通し次第に経済力や軍事力を蓄えたとき、ローマ帝国としては東方の脅威に向けて国家を統一させるためにも、彼らと妥協しなければなりませんでした。こうして4世紀末にキリスト教はローマ帝国の国教になったのです。

    イスラム国家の誕生

    やがて、中世になると、東方では新たな宗教の元に、強大な国家が生まれました。イスラム教を信奉する数々の王朝です。当時ローマ社会はすでにキリスト教を軸にしたヨーロッパ諸民族の連合体へと変化し、それぞれの地域が自立、独立していました。現在のヨーロッパ社会の始まりです。後年、ヨーロッパ社会は新大陸にも膨張し、今のアメリカを建設します。

    このことによって、長い世界史の流れの中で、ローマをご先祖様とするキリスト教社会と、東方のイスラム社会とがユーラシア大陸の西半分の文明を二分するのです。この東西の対立が、現在も尾を引いているというわけです。

    ですから、ヨーロッパ社会とその延長となるアメリカは、常に中東の問題に目を光らせ、必要に応じて鋭く介入します。これは2000年にわたる東西の対立の中で培われた遺伝子のようなものです。この介入に対抗していたイスラム社会は、15世紀以降オスマントルコがその盟主となりました。彼らは、1453年にはローマ帝国を継承していた東ローマ帝国を滅亡させ、17世紀には当時の西ヨーロッパの中心であったウィーンなどへも遠征しました。
    しかし19世紀になってその大帝国が衰微したころに、逆にヨーロッパ諸国は産業革命を経て力を蓄えたのです。

    欧米の脅威と、衰退するオスマントルコへの民族運動が融合する中、ちょうどキリスト教にとってのローマのように、イスラム教の聖地メッカのあるサウジアラビアが、20世紀にイスラム社会の精神的支柱となる国家として建国したのです。建国前夜にはオスマントルコの衰亡を企むイギリスなども大きく関与します。ですから、サウジアラビアは伝統的にイスラム右派を標榜する国家でありながら、親米、新ヨーロッパ政策を継承してきたのです。

    イスラム教の分離

    もちろん、キリスト教がカトリックやプロテスタント諸派に分離したように、イスラム教もスンナ派やシーア派など諸派に分離し対立します。スンナ派の拠点がサウジアラビアであれば、シーアの拠点はイランです。
    こうした内部対立はあるものの、世界がキリスト教とイスラム教との対立を軸に激しく争い、混乱を生み出しているのはこうした背景によるのです。

    今回のヘッドラインは、そんなサウジアラビアにおきた政変です。スンナ派の盟主とされるサウジアラビアの今後は、今、中東で起きている様々な政治問題にも微妙な影響を与えるはずです。だからこそ、あえて2000年にわたる東西交流と対立の歴史を紐解きながら、今回のサウジアラビアの情勢を注視してゆきたいのです。

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    『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
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    ビジネスでもちょっとした会話を楽しもう

    Maeda from Japan is now at the plate pitching for the Dodgers.

    (日本の前田が今ドジャースの投手としてマウンドにあがったよ)友人のメールより

     

    今日、アメリカのワールドシリーズで、前田健太投手は3ランホームランの洗礼を浴びてしまいました。ワールドシリーズは一進一退の壮絶なゲームが続いています。
    ここに紹介したのは、アメリカの友人からの短いメールです。彼とはここ6年間、様々な仕事を一緒にしています。
    彼はロサンゼルスの郊外に住んでいます。普段はそれほど野球には興味がないのですが、さすがに地元の球団がワールドシリーズに出るとなるとその成り行きが気になるようです。
    日本時間の朝10時に彼とスカイプで話をしました。
    ロサンゼルスは午後6時です。この時間の場合、彼は通常は赤ワインをいれたグラスを手に、カメラの前に出てくるのですが、今日は普通のコップをもっています。

     

    「どうしたんだい。ワインは飲まないのかい」と聞くと、
    「今日はアイスティだよ。特に理由はないけどね」と応じます。
    仕事の話を10分ほどした後、これからワールドシリーズを見るんだと言ったのです。
    「それなら、きっと日本人の投手が出るはずだ。注意して見るんだよ」というと、
    「わかった。そいつはドジャースだな」と念をおします。
    「もちろんさ。Enjoy!」といってスカイプを終えたのです。
    それから1時間半以上経過。
    コンピュータに向かって仕事をしていると、このメールが飛び込んできたのです。

     

    そして午後、遅い昼食をとコンビニで買ったサンドイッチをかじりながら、LA Timesのサイトを開くと、

     

    Astros are one win from World Series title after outslugging Dodgers 13-12 in game 5

    という見出しが飛び込んできたのです。

     

    新聞のヘッドラインは、限られたワード数の中にニュースの緊迫感や臨場感を盛り込まなければなりません。この見出しは、そうした意味では珠玉の見出しです。ワールドシリーズまで勝ち残った2つのチーム。片方はヒューストン・アストロズ、そしてもう一方がロサンゼルス・ドジャースです。第5戦目、勝った方が王手をかける大切な試合でした。

     

    outslugging という言葉に注目です。なかなか素敵な単語です。 slug は動詞でお互いに譲らず徹底的に戦うことを意味する単語です。そして同時に、玉などを強打するという意味でも使われます。その前に out がついているわけですから、まさにとことん戦って競り勝ったことを意味しているのです。

     

    残念ながら、前田はホームランを打たれ、その後も乱打戦が続いた後、アストロズが13対12で延長戦を制したのです。ワールドシリーズのチャンピオンのタイトルまで、アストロズはあと1勝というわけです。

     

    ところで、海外の人と英語で話をする時に、どんな話題を話せばよいか困っている人が多いと聞きます。たとえビジネスでの会話でも、スモールトークといって、このように仕事の話に入る前や後などに、世間話をするのも、海外の人と仕事をする上での大切なルールです。

     

    今日は、そんな話題に最も適したニュースが転がっていたのです。そして、そんな会話と共に、ビジネスの打合せを済ませ、スカイプを終えた後に、この一行のメールが私のところに届いたというわけです。なんと気の利いたメッセージでしょうか。仕事を超えた人間関係を作ってゆく潤滑油のような一行メールというわけです。

     

    海外とのコミュニケーション。それはやはり人と人との信頼関係を造ってゆくものでなければなりません。ジョークを飛ばす英語力がなくても、こうした一行メールを交わしながら、楽しく仕事ができれば最高です。

     

    I hope Dodgers will survive with good pitch of Maeda in next game.

     

    とこれから彼に返信をして、帰宅します。

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