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東南アジアの現実を象徴するフィリピンの対中政策とは

©Nilkkei Inc.

“President Rodrigo Duterte of the Philippines speaking in the House of Representatives in Manila on Monday. He told lawmakers it was impractical to stand up to China’s military might.”

(フィリピンのドゥテルテ大統領は、マニラの議会において、中国の軍事力に対抗することは得策ではないという見解を述べる)
― New York Times より

米軍が放棄した空白地帯を虎視眈々と狙う中国

 フィリピンの首都マニラから北に2時間少々車で移動したところに、クラークという飛行場があります。現在ニノイ・アキノ国際空港(改称前はマニラ国際空港)に次ぐ、第二の民間航空のハブとして整備が進められています。しかし、28年前までは、そこには南シナ海に睨みを利かせるアメリカの空軍基地があったのです。今、クラークに行けば当時の施設が打ち捨てられたままあちこちに残っていて、あたかも現代史の遺跡に迷い込んだかのような錯覚に襲われます。
 
 しかし、その当時、アメリカの目は東西冷戦の終結と、その後の秩序の維持に向けられていました。アメリカ軍がフィリピンから撤収した南シナ海に大きな空白地帯が生まれ、そこに急成長した中国が積極的に進出してくることを明快に予測した人は誰もいなかったのです。当時、日本はバブル経済による繁栄が終わる直前でした。同じ頃、中国はまだ天安門事件などの横揺れを経て、徐々に体制を整えていました。そんな彼らに、日本やアメリカの様子はどのように映っていたのでしょうか。
 

Clark International Airport

沖縄を「最後の砦」としたいアメリカの思惑

 今年8月末にフィリピンのドゥテルテ大統領が中国を訪問し、習近平国家主席との首脳会談に臨みました。そこで彼は、フィリピンの領土が中国に侵害されていることを訴えますが、中国はその批判を一蹴します。中国は南シナ海を自国の主権の及ぶところであるという主張を崩さないのです。これはフィリピンのみならず、隣国のベトナムやマレーシア、さらにインドネシアに至る広大な地域にとって見逃せない脅威になっています。クラークとその西にあったスービックというフィリピンでの軍事拠点を放棄したつけに、今アメリカのみならず、東南アジア全体が苦しんでいるように思えます。
 
 一方でドゥテルテ大統領にとって、中国の経済力を無視するわけにもいきません。8000以上の島々を抱え、そこに1億人以上の人が住んでいるフィリピンは、インフラが整備されないままグローバル経済に飲み込まれようとしています。マニラの渋滞もさることながら、どこに行くにも鉄道がなく、ルソン島には民間機が発着できる飛行場も、マニラを除けばほとんどありません。中国の経済援助を期待しながらも、領土問題の脅威には抵抗したいという矛盾を抱えているのです。
 
 そもそも、アメリカはベトナム戦争で多大な犠牲を払ったことから、1973年以降、東南アジアへの軍事的な投資には消極的でした。もっと言えば、沖縄さえ押さえておけば、朝鮮半島から東南アジアまで睨みを利かせることができると思っていました。ということは、フィリピンの抱える問題は、日本と無縁ではないのです。
 日本から見れば、そんなアメリカの意図を踏まえて、自らの立ち位置を振り返る必要があります。日本が米軍基地の維持に国民の税金を投入している現実を見るとき、我々はともすれば、それは日本を北朝鮮や中国などの脅威から守るためだと考えがちです。しかし、沖縄がアメリカにとって捨てることのできない、南シナ海への「最後の砦」であるということを指摘するマスコミや政治家がほとんどいないことには驚かされます。日本に基地を維持したいのはアメリカであって、そのニーズは日本のニーズ以上に喫緊の課題なのだということを、知っておく必要があるのです。
 

普天間飛行場 ©The Okinawa Times

フィリピンの対中政策が抱える矛盾

 実は、ドゥテルテ大統領が今回、あえて領土問題を中国側に主張したことには理由がありました。今年の6月9日のこと、フィリピンが排他的経済水域であると主張する南シナ海で、中国のトロール船がフィリピンの漁船に衝突し、そのまま立ち去るという事件が起きたのです。幸い、被害を受けたフィリピンの漁民は、近くを航行していたベトナムの船舶に救助されました。しかし、この事件を契機に、フィリピン国内で中国を批判する声が高まったのです。しかも、この事件の後に、中国政府は事件の真相をしっかりと検証する前に、中国側を一方的に批判したフィリピンの世論に強く反発し、ドゥテルテ大統領も中国への厳重な対応をしないままに事態の沈静化を測ったのです。
 これが、中国の大国としてのエゴに翻弄される東南アジアという図式の象徴として捉えられ、フィリピン国民のみならず、ASEAN諸国でもドゥテルテ大統領の対応への批判が集中したのです。
 
 南シナ海の領有権を巡って軍事的には対立しながらも、中国を本気で怒らせ、経済制裁などへと繋がっては困るというのが、脆弱な経済基盤に悩むフィリピンの指導者、ドゥテルテ大統領の本音だったのかもしれません。だからこそ、今回の大統領の訪中は、彼の外交手腕を評価する上でも重要なイベントだったのです。
 しかし、中国との経済協力の重要性を表明しながらも、領土問題では要求を一蹴されたことに、フィリピンの世論は失望しているというのが現実です。
 

©The Asahi Shimbun

東南アジアの現実に対応すべき日本の愚かさ

 東南アジアの現代史を見ると、70年代を契機に地域の様子が大きく変化したことに気付きます。ベトナム戦争の敗北でアメリカ軍が撤退した頃と重なって、ベトナム、マレーシア、さらにインドネシアなど多くの国が、それぞれの政策は異なりながらも経済的に自立を始め、国力も安定してきます。
 アメリカとは経済的に連携していればそれで充分、というムードが東南アジア各国に広がったのです。さらに、フィリピンやカンボジアでは、政変を経て民主化も進みました。皮肉なことに、50年代から60年代まで、東南アジアの多くの国には独裁者が君臨し、東西の冷戦での駆け引きのため、彼らはアメリカの支援を受けていたのです。
 民主主義と自由主義の砦であると自負するアメリカが、韓国からフィリピン、さらにはベトナムやカンボジアといった、広大な地域で独裁者を支えていたという皮肉な実態があったのです。
 ですから、東南アジアが民主化され、フィリピンからもマルコス大統領が国を追われ、ベトナムは南ベトナムに君臨していた政権が崩壊し、社会主義国として統一されると、アメリカはあえてこれらの地域に、以前のように深く介入することができずにいたのです。
 
 アメリカの軍事的なプレゼンスを受け入れることの是非はさておき、相変わらず弱肉強食の論理で動く国際社会の現実にどう対応したらよいのかというテーマは、日本人にとって人ごとではないということだけは知っておくべきことと言えましょう。
 こうした現実を鳥瞰すればするほど、本来、協力関係にあれば国際社会に様々なカードを提示できるはずの、日本と韓国との「冷戦」ほど、愚かなことはないのではと考えるのは、私一人ではないはずです。
 

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