タグ別アーカイブ: 朝鮮半島

朝鮮半島の雪解けムードの背景の『思想』と『運用』

“North and South Korea teams unite at table tennis at world championships”

(卓球世界選手権で韓国と北朝鮮は一つのチームに)
CNNより

朝鮮半島の統一という理想と、そこに至る運用との間で日本は今翻弄されています。こと、朝鮮半島の問題に限らず、思想(あるいは理想)とその運用(Basic idea and its application)。これは世界情勢や歴史を考える上で常に念頭におかなければならないテーマなのです。
 
一つの例を挙げてみます。
マルクスエンゲルスの説いた共産主義。それは市民革命を経て資本主義経済が浸透したことによる、新たな貧富の差や社会的不公正に対して、労働者の権利を階級闘争というテーマで理論化した思想といえます。
この共産主義という思想を実際の国家運営に「運用」したのが1917年に革命を経て成立したソ連でした。その後中国など多くの国が独自に「運用」を行いました。
課題は、思想が運用される過程で、様々に変質することです。集団や国家といった組織の制度化に取り入れられ、権力や利害によって時とともに腐敗するのです。共産主義、あるいは社会主義はソ連の中でスターリンの独裁体制を生み出し、その過程で制度にそぐわないとされる人々が多数殺戮されました。
 
このスターリン型の運用を引き継いだのが北朝鮮でした。
北朝鮮は、冷戦の中で、社会主義の運用方法をめぐって対立した中国とソ連との間に置かれるなか、自らの体制を維持するため、「主体思想」という新たな「思想」をスローガンとして掲げました。
自立して、自らの責任で社会主義的な理想を貫こうというのが、主体思想のテーゼでした。この運用にあたって、北朝鮮は当時の指導者であった金日成の独裁体制を確立し、その権力が世襲されて現在にいたっています。
 
もちろん、思想と運用のテーマは、共産主義だけのことではありません。それは、人類の歴史がはじまってこのかた、常に我々の生活に影響を与えてきました。キリストの出現とその後のローマカトリックによるその宗教観の運用のように、世界の主だった宗教も思想と運用の過程を経て、現在に至っています。その典型的な事例といわれるイスラム国家は、イスラム教という思想を制度の中で「運用」する国家です。
 
この宗教や思想が政治の中で運用されることの危険性に気づいたのが、近代ヨーロッパの哲学者たちでした。彼らの唱えた政治と宗教の分離、特定の思想による独裁を排除するための民主主義の力学など、思想とその運用がうみだした長年の弊害を教訓として編み出されたのが民主主義という制度なのです。
 
しかし、皮肉なことに、民主主義も一つの思想です。
イギリスで民主化を求めた最初の革命がおきたあと、アメリカの独立革命フランス革命と、その思想が受け継がれました。
しかし、その思想によってそれぞれの国家が自らの利益の追求に走ったとき、「民主主義」、「自由」、「平等」という思想が世界戦略の駆け引きの中で運用されたのです。イギリスやフランスはアジアやアフリカを席巻し、アメリカは戦後資本主義の旗手としてその運用のために世界各地を傘下におきました。現在この民主主義の「運用」に反発し、対抗しているのが中国であり、ロシアというわけです。
世界は、まさに思想の「運用」からうまれる確執と妥協の反復、作用と反作用によって動いてきたのです。
 
では、日本はどうだったでしょう。第二次世界体制以前、日本はこうした列強の「運用」に対して、自らの伝統や古来の風習を「思想」として打ち立て、それを運用しました。その過程で、自らの立場を強化するために朝鮮半島を植民地にし、中国に進出した結果、欧米と対立し、敗北します。
 
皮肉なことに、今回北朝鮮と韓国との雪解けのムードの中で、日本は蚊帳の外に置かれているように思われます。実は、北朝鮮の思想である「主体思想」は韓国の世論の中にも少なからぬ影響をもっているのです。太平洋戦争の結果日本はドイツのような分断国家とならず、朝鮮半島が分断されたという過去をみたときに、少なくとも建前の上では韓国と北朝鮮とのイニシアチブ initiative による統一が望まれているというわけです。
 
しかし、この思想の運用は矛盾をはらんでいます。それは分断された二つの国家に利権を持つ大国の存在です。北朝鮮にとっての中国。軍隊の駐留まで許している韓国にとってのアメリカ。そして韓国とのみ平和条約を結び、戦後の経済交流を進めつつ、韓国と二人三脚でアメリカ軍を駐留させている日本など、利害がねじれているのです。
しかも、このねじれへの反発が、ときとして、韓国内の反日感情、反米感情にも飛び火します。運用の確執と妥協という舵取りを、朝鮮半島の和平という理想とどのように合わせてゆくかは一筋縄ではいかない課題です。
当然、今後も関係する国々から日本へも微妙な外交メッセージが送られてくるはずです。実は、日本は今回の卓球の世界選手権での出来事にしろ、要人や文化人の招待にせよ、こうした微妙なメッセージをデリケートに捉えて、運用することが苦手です。というのも、日本人はともすれば建前や原則に固執しがちな国民性があるからです。
 
とはいえ、朝鮮半島での動きでの思想と運用の課題を、どう器用に乗り越えてゆくか、今日本は試されているのです。
 

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アジアの人々と働くこと

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平昌での「民族意識」に当惑するアメリカ、日本、そして中国

“Kim Jong-un’s Overture Could Drive a Wedge Between South Korea and the U.S.”

金正恩の(雪解けの)提案は、韓国とアメリカとの関係を悪化させかねない。
(New York Timesより)

「民族」という言葉。これを翻訳すると race となります。同時に「民族」は tribe です。大陸の長い歴史を通して活動してきた部族tribe が、国家として自らを意識したとき、tribe race となりナショナリズムの原点へと成長したのです。
平昌オリンピックで、韓国と北朝鮮とが急接近したとき、韓国人の多くはこの「民族」という言葉を意識したのでしょう。
 
確かに韓国では「民族」という言葉をよく耳にします。
韓国はいうまでもなく Korean、つまり朝鮮民族による国家です。では、日本はというと、日本人という言葉はありますが、日本民族という語彙には馴染みません。民族という言葉を使用するときは、日本人は「大和民族」として自らを表現しますが、これは戦前の国粋主義への記憶と繋がってしまいます。
島国として戦後の一時期を除きほとんどの期間独立を維持してきた日本人は、自らのことを「民族」として意識するチャンスがなかったともいえましょう。
 
朝鮮半島の利害に絡むアメリカは、自らを多民族国家 multinational state と定義します。「アメリカ民族」という言葉はなく、多様な人種や宗教を持つ人々が共存する国家というビジョンを民族の代わりのスローガンとしてきました。
では、もう一つの当事者である中国はどうでしょう。中国もアメリカと同様に多民族国家です。しかし中国の歴史はその中心で活動する漢民族と、周辺の民族との対立と侵略の反復でした。漢民族が衰退したとき、満州族などの北方民族が常に中国に侵攻してきました。
逆に漢民族が繁栄したときは、周辺民族は服従を強いられました。朝鮮民族はそんな周辺民族の一つでした。
現在の中国では、社会主義を建前として民族の融合を唱えていますが、ウイグル族チベット族など少数民族との対立が国家の課題であることには変わりありません。北朝鮮との国境には朝鮮民族も活動しています。つまり、中国では、今でも漢民族と周辺の様々な民族との対立の中で、「民族」という意識が揺れ動いているのです。この状況は朝鮮半島の隣国ロシアでも同様です。ロシアでも多民族国家をスローガンとしながら、チェチェンジョージアなど、ロシア民族と他の民族との対立に揺れているのです。
 
さらにヨーロッパに目を向けると面白いことに気付きます。
フランスやドイツやイタリアなどは、それぞれの民族で成り立ってきた国民国家です。しかし、民族の対立の歴史の果てに、お互いに加害者と被害者との立場を繰り返した末に第二次世界大戦という破局を経験したヨーロッパでは、とりたて「民族」という言葉を意識しなくなりました。例えば、戦前ドイツ人は「ゲルマン民族」と自らを位置付け、独自のアイデンティティ(identity) を強調しました。
しかし、今ではヨーロッパの主要国は戦争の悲劇の教訓から、自らを多民族国家へと変化させてきたのです。その結果、パリでもロンドン、そしてベルリンでもアフリカや中東、アジアからの移民が目立つようになりました。もちろん、そうした動きに反発するナショナリズムが高揚していることも事実ですが。
 
さて、こうした世界の動きをみながら、改めて韓国人にとっての「民族」という概念を考えてみたいと思います。
北朝鮮の脅威は、韓国人にとっても喫緊の課題です。実際、朝鮮戦争とのそこに至る過程で、民族を分断した対立を通して、家族が分断され、無数の血が流されました。その後も北朝鮮とは武力による小競り合いが頻発しました。
その悲劇の中で彼らは考えます。ドイツは戦後分断された。しかし日本は分断されずアメリカに保護された。でも東西対立の最前線に取り残された韓国は分断されたと。常に近隣の大国の脅威と植民地化、分断に晒されながらも、世界史の陰に置かれてきたことが、彼らの強い民族意識の原点となったのです。
従って、北朝鮮問題、日韓問題を語るとき、彼らは「朝鮮民族」として極めて複雑な心境を抱くのです。この複雑な意識が、国際関係に優先されるとき、日本やアメリカ、そして時には中国をも困惑させる事態がおきるのです。韓国はアメリカの保護によって朝鮮戦争を克服し、国家として自立してきました。ですから北朝鮮に対抗し、資本主義経済を守るにはアメリカとの同盟が必要です。しかしそれは日本も組み込んだ日米韓という連携へとつながります。しかもアメリカは東西対立を促進し、朝鮮半島を分断した片方の加害者でもあるのです。
 
こうした韓国の人々のアメリカと日本への意識が、平昌オリンピックというスポーツの祭典を利用した北朝鮮への接近に彼らを駆り立てたのです。
北朝鮮との問題は、過去から続く民族の悲劇を克服する問題として、自らの力で解決したいという強い意識が韓国の背景にあるわけです。
この民族意識を考えたとき、アメリカも日本も、当惑しながら、対応を考えざるを得なくなりました。これは中国も同様です。中国は2千年にわたって朝鮮半島に影響力を持ち続けてきました。しかし、このところ北朝鮮が中国に対して、「民族」として対抗するようになりました。中国からしてみれば、韓国がアメリカから自立することと、北朝鮮が中国から離反することをどう判断してよいか、文字通り困惑しているのです。
 

「民族」という概念の薄い日本。確かに日本人は、こうした激動の時代に翻弄された大陸国家の微妙な意識の機微には疎いようです。それだけに、アメリカと中国に挟まれた朝鮮半島の動向にはより繊細な対応が必要になるのです。

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アジアの人々と働くこと

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