海外ニュースの英語と文化背景・時事解説

天才亡き後の真のイノベーションとは何かが問われた WWDC


【海外ニュース】

As expected, Apple shared details of the next version of its iOS mobile operating system during the opening keynote address at its annual developer conference.
(New York Times より)

予想通り、Apple は次世代の iOS モバイル・オペレーティングシステムについて、同社の年次総会のオープニング基調講演でその詳細についての情報を共有した

【ニュース解説】

最近、Apple については、色々な課題が取り沙汰されています。
Steve Jobs 亡きあとの Apple に、以前のような創造性が期待できるのかと多くの人が懸念を持ち、株価にも影響を与えてしまいました。
さらに、Apple が電子ブックの流通においてアメリカの大手出版社と価格に関する不当な協定を結んでいると政府から糾弾されていることなども、世間を騒がせています。

そうした中で WWDC が 6月10日に開催されました。
WWDC、これは Apple が開く Worldwide Developer’s Conference のことです。
この年次総会の基調演説 keynote address で、Steve Jobs にかわって同社を率いる Tim Cook は、Apple が絶え間ない技術革新を続け、常に顧客の満足、さらにイノベーションにおいて業界のリーダーであり続けていることを、沢山の統計を発表しながら強調していました。

では、Apple にとって Steve Jobs の遺伝子 gene とは何でしょうか。
WWDC で紹介された、新しい MacBook Air や Mac Pro と呼ばれるハードウエアの円筒形の奇抜なデザインなどをみていると、そこにはミニマリズムにこだわった Steve Jobs の遺伝子がしっかりと根付いていることが理解できます。

また、単なる小売りに加え、Apple の醸し出す世界をプロモートし、顧客にレクチャーなど様々な形でそれを伝達する Apple Shop のベルリンの新店舗の様子や、次世代の App Store などで展開されるサービス、ニューヨークタイムズでも強調された iOS7 という新しいモバイル向けの OS によって稼働する iPhone などをみると、Steve Jobs の唱えたハード技術とユーザーへの電子流通サービスとが融合された Apple の世界が、益々洗練されてきていることもよくわかります。そうした意味では確かに Steve Jobs の強い個性が Apple という企業の羅針盤となっていることは間違いないようです。

「しかし」、と多くの専門家は語ります。
Steve Jobs の後に、あっと驚くような新製品が登場したかというと、答えは「否」だと彼らは指摘。2011年までの 14年、世界が注目する新しい製品群が Steve Jobs によって発表されてきました。しかし、彼の死後、Apple はその製品群、そしてそこから産まれるサービスに磨きをかけ続けているに過ぎないぞと、多くの批評家はコメントしているのです。そして、今回の WWDC もその批評を裏付けるような、洗練への再確認はあったものの、新鮮さへの感動と驚きはなかったというコメントがあちこちから聞こえてきます。
WWDC に集まる社員や関係者の前に立って、Apple のイノベーションを強調する Tim Cook の風采にしても、どこか Steve Jobs の、ものまねのように思えた人も多かったのではないでしょうか。

しかし、私は、それは仕方のないことであり、企業の自然な成り行きであるとともに、あるべき姿だと思っています。
世界をリードした企業には常に天才がいました。
そうした天才の一人、本田技研工業の創業者本田宗一郎が他界したあと、アメリカはオハイオ州にある Honda Motor の北米の拠点で、とある幹部と話をしたことがありました。彼はしみじみと、天才は天才。我々は、今はその影を慕うのではなく、どうやって彼と訣別しながらも「ホンダ」の遺伝子を育ててゆくかを考えなければと語ってくれました。
そうやって今の本田技研工業をみたとき、ロボットなどの新しい分野はあるものの、シビックやアコードなどといったコアな商品が本田宗一郎の死後、そのブランドのままで成長を続けていったことを思い起こします。
確かにそこには本田宗一郎が次々と発表した新製品の驚きはないものの、そこで造られた遺伝子をじっくりと磨き続けた企業のあり方が見えてきます。

Apple は、正に本田宗一郎亡き後の本田技研工業のように、Steve Jobs が開発した製品に磨きをかけてゆこうとしています。どのように磨きをかけ、時にはそこから新たな飛躍を導けるかが、特に激烈な競争が日常のIT業界、コンピュータ業界での今後の課題かもしれません。
例えば、ホンダアコードは 1976年に発売され、現在9代目のモデルとなっています。もちろん、現在のモデルには 76年にアコードが発表された時のエンジンもブレーキも搭載されていません。しかし、アコードというブランド名はその車のイメージとなって、消費者に常に意識されます。

このように創業者は、強烈なイメージのブランドを立ち上げます。そして企業はそのブランドに創業者亡きあとも磨きをかけ、イメージを高めます。Steve Jobs と Apple の関係をみるとき、Apple は正に今このパッセージを歩もうとしているのでしょう。
ですから、創業期と同じ発想と視点で Apple を見ること自体、それは誤った視点なのかもしれません。企業が生きてゆくには、イノベーションの表面的なトリックに惑わされないことも大切です。つまり、企業が 100年存続するためには、何を Core competence コアコンピタンス、つまり最も競争力を発揮できる核心部分かと位置づけて、風評に踊らせられることなく、それを育て続けてゆくかが重要なのです。
それこそが、創業者が去ったあとの次世代が担う、ビジョンある真のイノベーションなのかもしれないのです。

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