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ガンジーの国から、もう一つの8月15日を考えて

【名言より】

An eye for eye only ends up making the whole world blind.

目には目をということでは、結局世界は盲目になってしまう
(ガンジーの名言より)

【解 説】

8月のムンバイはモンスーンの最中。町に湿気がたまるとザーという音があちこちから響いてくる。すると驟雨がはじまり、それがしばらく続き、町中の湿気が道路に、溝に、植え込みに、そしてアラビア海へと吸収される。思ったほどじめじめしてはいず、むしろ太陽が照りつけない分、過ごしやすい。

そんなムンバイ、そしてインドにも 8月15日が訪れる。日本の終戦記念日、アメリカでは V-J Day (Victory over Japan Day)、中国や韓国でも日本の侵略から解放された日として、色々なイベントがあることはよく知られている。

しかし、インドでの 8月15日は少し違う。インド人はこの日を Independence Day、つまり独立記念日として祝うのである。デリーなどでは大幅に通行を規制して軍事パレードなどの式典が行われる。

では、日本とインドの8月15日がまったく無縁のものかというと、決してそうではない。インドが独立したのは 1947年8月15日。日本の敗戦からちょうど2年目のことであった。インドの宗主国であったイギリスは、日本に対しては戦勝国。あの大島渚の映画「戦場のメリークリスマス」Merry Christmas, Mr. Lawrence でも取り上げられたように、シンガポールやマレーア、そしてビルマなどで日本はイギリスと激しい戦闘を交えている。

ビルマやインドでは、日本軍によって現地での独立運動を利用した作戦が展開され、イギリスをかく乱していた。ビルマの民主化運動の指導者アウンサン・スーチーの父親であるアウンサン将軍も、一時は日本へ協力しながら独立への道を模索した。

そんな日本を痛切に批判していた人がいる。インド独立の父ガンジーである。ガンジーは、イギリスからインドを解放するときに、nonviolence (非暴力) での civil right movement (民権運動) を展開し、運動の戦略としては、イギリスの制度に対する不服従、すなわち non-cooperation movement を展開してゆく。この暴力を排除するガンジーの姿勢は、日本の中国への侵略行為などを正当化し、アジアの独立と繁栄を求めようとした大東亜共栄圏のビジョンと鋭く対立したのであった。彼は実際に、アジアのために戦うべき日本が中国という豊かな文化のある国家を侵略していることを批判し、弾劾している。

ガンジーの nonviolence, non-cooperation「非暴力、不服従」の活動は、後世の活動家に受け継がれ、例えばアメリカで黒人の公民権を求めて闘ったマルティン・ルーサー・キング牧師、南アフリカでの人種差別撤廃を成し遂げたネルソン・マンデラなどの活動へと繋がっていった。

インドの 8月15日は、そうした活動が結実し、イギリスからインドが独立を勝ち得た日なのである。

インドの現在の外交上の課題は、独立にあたって分離したパキスタンとの不安定な関係である。全ての宗教や民族が融合した国家を建設しようとしたガンジーの意志とは裏腹に、ヒンズー教徒とイスラム教徒の対立からイスラム教国としてパキスタンはインドから分離独立した。そして、イスラム教に対して宥和政策をとろうとしたガンジーに不満を持つヒンズー教の過激派の凶弾に、ガンジー自身が倒れたのは、インド独立の翌年のことでした。

8月15日。日本では中国や韓国との戦争を巡るそれぞれの意識の対立を払拭できないまま、70年の記念日を迎えてしまう。そして、インドでは隣国パキスタンとの緊張関係を拭えないまま、68年目の記念式典が行われた。インドとパキスタンとの間は未だに旅客機での行き来もできないほど、常に緊張関係が続き、双方とも核兵器を所有し威嚇しあっているという国際的なリスクをはらんでいる。

ムンバイの鉄道の玄関口であるチャトラパティ・シヴァージ・ターミナル Chhatrapati Shivaji Terminus (旧称ビクトリア・ターミナル)。そこは人種や宗教の坩堝 melting pot を象徴するかのように、インド全国、そしてムンバイ近郊の街々から様々な人々が流れ込む。そんなターミナル横の大通りをさらに北上すれば、大規模なイスラム人街が拡がっている。ムンバイの人によれば、意見は二つに別れている。こうした様々な宗教を全て飲み込み宥和するインドのパワーと美しさを信ずる人。そして、イスラム教とヒンズー教との分離を主張する人。前者と後者の対立は、インドとパキスタンとが緊張する度に、様々な政治的な発言を通して代弁される。

8月15日のインドは、そんなインドの成り立ちをもう一度国民全員が考える日でもある。そして日本の 8月15日はどうだろうか。

ガンジーの説いた、非暴力不服従、そして宗教や人種を超えた人の宥和。このテーマは、憲法論議に揺れる日本を含めた我々地球全ての人々の課題となっている。その視点に立って、来年のアメリカの大統領選挙、ヨーロッパや中東などでの様々な政治課題を見つめてみることも、これからは特に必要なのである。

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『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
海外メディアから読み解く世界情勢
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。

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