山久瀬洋二「偏見が風評をささやいて」
海外ニュースの英語と文化背景・時事解説

英語の語源からみる大統領選挙で煽られる宗教と民族の根強い対立


【海外ニュース】

Pope Francis said Trump is not Christian if he wants to build a wall along the US-Mexico border. Trump shot back that the pontiff’s comments were “disgraceful”.
(CNNより)

法王フランシスは、アメリカとメキシコとの国境に壁を作るというなら、トランプはキリスト教徒ではないと批判。トランプは法王の発言は恥ずべきことだとやり返す。

【ニュース解説】

英語に Barbarous という言葉があります。「野蛮な」とか「文化的でない」といったことを意味する形容詞です。この言葉のルーツを探ります。
14世紀ごろから 16世紀にかけて、地中海世界はイスラム教勢力とキリスト教勢力との覇権をめぐる戦場となりました。
スペインでは、元々イスラム教が支配していた地域に、ローマカトリックに後押しされた人々が侵入し、最終的に彼らを地中海の南岸へと押しやります。逆に、東の方ではオスマントルコが勢力を拡大し、1453年には現在のイスタンブールを拠点としていた東ローマ帝国を滅ぼして、さらにヨーロッパ世界に迫ろうとしていました。

そうした状況の中で、オスマントルコの支援も受けたバーバリー海賊 Barbary pirates と呼ばれるイスラム教の私掠船が、北アフリカをベースにして地中海で活動し、ヨーロッパで誘拐したキリスト教徒を奴隷としてイスラム圏に売り渡し利益をあげていました。この活動は 18世紀まで続きます。これを Barbary Slave Trade と呼んでいます。私掠船を操っていたのは、ベルベル人 Berbers でした。彼らはイスラム教を信奉するようになった北アフリカの人々で、現在アラブ人と呼ばれる人々の多くはベルベル人のルーツをもっています。
その後19世紀になり、産業革命を経てヨーロッパ列強が強大になったとき、こうした北アフリカの不穏な動きからキリスト教徒を守るという大義名分によって、これらの地域が列強の植民地になったのです。
ここでお気づきにように、barbarous という言葉は、元々ギリシャ語からきた言葉で、具体的には北アフリカ一体の非キリスト教勢力を刺した Barbarian という言葉と関係があるのです。

北アフリカといえば、ローマ帝国が衰退した5世紀に、そこにゲルマン人の一派がローマの勢力を駆逐してヴァンダル Vandal という国家を建国したことがありました。名詞として使用される vandalism という言葉は、この Vandal が語源で、今では美術品などを破壊する「蛮行」を意味する言葉となりました。

このように、barbarous にしろ、vandalism にしろ、野蛮であるという言葉は、昔の「敵」をしめす言葉にその語源があるのです。そして、こうした言葉が生まれた背景を調べてゆくと、キリスト教世界とイスラム教世界との対立がいかに長きにわたった、根深いものであるかがわかってきます。
今でも十字軍を意味する Crusades や十字軍の兵士を意味する Crusader は、正義を貫く行為を象徴する言葉としてもてはやされます。1096年にはじまり、13世紀まで続く十字軍の活動は、イスラム教徒に支配されたエルサレムを解放しようというスローガンのもとに、ローマ教皇がヨーロッパの王や騎士に呼びかけて断続的に実施された遠征でした。もちろん、イスラム教徒の側からみれば、これは侵略行為で、大変な脅威だったわけです。
実際、十字軍のなした虐殺や略奪行為は、今では歴史の事実として認識されています。しかし、Crusades という言葉は、そうした事実からも離脱して、肯定的な言葉として英語に定着したのでした。
十字軍が失敗したあと、ヨーロッパではローマ教皇の権威がゆるぎ、それと反比例するように世俗の王権が伸長し、フランスやイギリスなどが王国として成長します。そして、世俗との政争に揺れるローマカトリックへの批判が、異端活動を育み、その流れが有名な宗教改革へとつながります。
そんな混沌の中で、当時のヨーロッパでは教会が世俗の政権と共闘して異端への弾圧や、ユダヤ人への迫害行為などを展開しました。イスラム教徒への憎悪も加熱したことはいうまでもありません。

さて、見出しのニュースに戻ります。メキシコを訪問したローマ法王が、メキシコからアメリカへの移民を追い出すために国境に壁を造れと豪語した共和党の大統領候補ドナルド・トランプをキリスト教らしくないと批判したことに、トランプ氏が反発し、先週自分は、れっきとしたクリスチャンだと演説しました。
トランプ氏は元々カトリックではなく、宗教改革によってうまれたプロテスタントの宗派に属しています。カトリックとプロテスタントとの確執も根も深いのです。そしてトランプ候補は、イスラム教徒のアメリカへの入国も拒否するべきだと、欧米の中にある根深いイスラム世界への不信感を煽るのです。
そんなトランプ候補の人気が意外にも衰えないのは、カトリックにもイスラム教徒にも違和感を抱く、アメリカのマジョリティ、つまりプロテスタント系の白人保守層の支持があるからに他なりません。言うまでもなく、メキシコ移民の多くはカトリックを信奉しているのです。

現在、barbarous な行為とは、こうした人種や宗教への偏見をもって行動すること自体を指しています。そうではあるものの、その言葉そのものが、ヨーロッパ世界でのイスラム教地域への敵意に語源があることも、人類の歴史の皮肉な一面を物語っているといえそうです。
アメリカでの異様なトランプ人気は、アメリカ国内に多様性というアメリカ人が大切にしてきた文化を破壊する新たな vandalism へとつながるのではと、危惧する人も多いのです。

山久瀬洋二・画

「偏見が風評をささやいて」山久瀬洋二・画

「偏見が風評をささやいて」山久瀬洋二・画

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