タグ別アーカイブ: 異文化摩擦

「世界の心の交差点で」〜コミュニケーションと誤解の背景〜

日本人の文化や風習を海外の人に伝えるには色んな苦労が

Harmony is the key to the Japanese value system. Avoiding conflict, being mindful of the needs of others, creating a basis for mutual cooperation—these are the foundation of the Japanese approach.

(Japaneseness/Stone Bridge Press より)

日本のことをどう説明するか。
今回は、この課題について触れてみましょう。
日本独自の文化、風俗、そして風習を海外に伝えるのは簡単ではありません。そもそも、日本人にとって当たり前のことを、それを日常としていない外国の人に伝えるのですから。

「日本人には、謙遜という精神があってね。自分の能力を敢えて低く見せてこそ、相手から尊敬されるんだよ」

「なにそれ。全然わからない。自分のことをちゃんとアピールして、何ができるかしっかり説明しなければ、相手だって困惑するんじゃないの?」

「いえね。相手に私はこんなこともできるんですなんていうと、かえって本当なのと疑問に思われないかな」

「そうか、Talk is cheap. ということね。そんなことなら日本人だけの美徳じゃないよ。どこにでもあることさ。Don’t bite off more than you can chew ともいうしね」

「それってどういう意味?」

「自分が口にいれられないものを口にするな。つまりさ、能力以上のことをやろうとするとまずいよってこと」

「謙遜という概念はね。そんなことじゃないんだよ。たとえ自分にはこのことはできるって自信があっても、敢えてそれを口にせずに、へり下ることをいうんだよ」

「そう。でも考えてごらん。もし就職のために面接にいって、私は何もできませんっていうと、面接官は君と会うのは私の時間の無駄だと思わないかい。謙遜するって、相手に対しても失礼なことだと思うけど」

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その一言が!乗り越えよう異文化摩擦

エグゼクティブ・コーチング(32): 日本人が世界で英語を使って自らの意思を表明するにはどのような配慮が必要なのですか?

Japanese people consider it a virtue to control their emotion and express themselves in a reserved manner. Even if they are thinking about something seriously and feel it is important, when they say it, they use expression like “I am a little worried about it.” Among Japanese people, what they intend to say is understandable.

日本人は自らの感情や表現を抑制することを美徳を思います。彼らは何か深刻なこと、重要なことを考えているとしても、それを「私はちょっと気になるのですが」などと言うのです。日本人の間では、この表現は別に問題はありません

(「日本人が誤解される100の言動」より)

これは私の著書「日本人が誤解される100の言動」よりの引用です。

今日は、日本人が相手と交渉などをするときに陥りがちな「異文化の罠trap in the intercultural communication について、書いてみます。
もしあなたが何か深刻な問題があり、そのことについて話さなければならないとします。
深刻な問題とは英語では serious problem と訳せます。では、日本人は自分が深刻な問題だと意識していることを相手に伝えるとき、「これは深刻な問題だよ」と言うでしょうか。
多くの場合、日本人は言葉にクッションを持たせ、表現を和らげます。つまり「ちょっと問題だよね」というふうに表明します。
つまり、日本語の環境では、「ちょっと問題」は、往々にして重大な問題を意味しているのです。
さて、これを日本人はそのまま英語にして表明します。
つまり「We have a little bit of problem」というふうに。すると、それを聞いた人は、日本人のコミュニケーション文化による「クッション」を理解していないため、文字通りにその意味をとり、「あいつはことの重大性を理解していないようだ」という風に誤解されることがあるのです。

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「世界の心の交差点で」〜コミュニケーションと誤解の背景〜

「おもてなし」? 異文化の罠を見詰めよう

今年一つ考えさせられた異文化摩擦がありました。 
それはいかにもありそうで、しかも深刻な摩擦です。日本を理解してもらうにはいかに様々な落とし穴があるかを実感させられる事例でした。

ここに、その時の会話を紹介します。

「ねえ、どうしよう、僕のお客さんだけど、日本の伝統的な旅館に泊まりたいって言っているんだけど」

ある日、日本に長く住んでいるアメリカ人の私の友人が、私に相談したのです。彼は、仕事の関係で、アメリカから大切なお客さんを迎えるのですが、そのお客さんが休日に日本の田舎の鄙びた温泉旅館を体験したいというのです。

「いいじゃない。何が問題なんだい?」

「それがね、東北にある温泉旅館に電話をしたところ、外国人はお断りだっていうんだよ」

「どういうこと?」

「まあね、みかけは丁寧な応対だけど、ともかく外国人は困るんですの一点張りなんだよ。ああ、我々はいつまでたっても日本ではガイジン。外の人間なんだよ。こんな差別があるなんてね」

アメリカに長く住んでいた私は、これを聞いて情けなくなりました。
日本ではまだこのレベルのことがおきているのかと。日本人ならよくて外国人はお断りというのは、確かに差別以外の何ものでもなく、これが海外で起こったら大変な問題になるのに、日本ではまだそんなレベルのことがごく当然のように横行しているのかと思ったんです。

それからしばらくして、日本で営業するある外資系ホテルの支配人と出会ったとき、その時の経験を話したんです。そると支配人も似た体験があると言ったのです。

「実は、このホテルに宿泊する海外からの大切なお客様から似たようなご要望をよく受けますよ。それで、コンシエルジュを通して宿をあたったところ、外国人はお断りといわれたケースが何度かありました」

「そのときはどうされたんですか?」

「いえね。コンシエルジュが困っていたので、私がその旅館に直接電話をいれました。すると、面白いことがわかったんです」

「といいますと?」

「いえね。旅館の主人いわく、この旅館には誰も英語が話せる人がいないし、もし文化の違う人にお口に合わないものをだしてもお客様に失礼だし、対応できないんですとおっしゃるんです」

「それで、どうされたんですか?」

「妥協案をだしました。事前に外国の方のご要望をちゃんと聞いて、日本語で旅館側に渡し、さらに現地で何か問題があれば、私に電話をいただくことで、旅館の了承をとったのです。それで、お客様は無事その旅館に泊まり、楽しまれました」

なるほどと私は思いました。
日本の旅館が外国人お断りというのは、外国人への偏見からではなく、対応ができないことへの配慮からの善意なのだと。
しかし、この善意は欧米の人には間違いなくとんでもないことだと誤解されます。日本人がわざわざ気遣ったことが、彼らからみれば自分たちを差別したと誤解されてしまいます。
ではどうすればいいのでしょう。
自分で全てを解決してお客にあたろうとするのではなく、海外のお客に率直に、できることとできないこととを含めた状況を説明して、あとは彼らに判断して貰えばいいだけなのです。自分で抱え込んで判断せず、英語のできる人にお願いしてでも、相手に率直に語りかける対応が必要なのです。

オリンピックに向け、これから海外の人をもてなす機会はどんどん増えてきます。その時、もてなす側が全てを抱え込んで準備すべきだと思う日本的な文化と、双方が率直に情報交換をして、お客の自発的な判断を重視する欧米流の対応との違いが、こうした深刻な誤解を産まないようにしたいものです。

海外の観光客は、日本に来ればただパンフレットに載っているような観光地を訪れるだけでなく、我々からは思いもよらない場所に興味を持ち、彼らなりの日本を探そうとすることが多々あります。
そんな、個々の要望に対応するためにも、率直に彼らのやりたいことを聞き出し、情報交換をする姿勢を持ちたいものです。

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「世界の心の交差点で」〜コミュニケーションと誤解の背景〜

日韓関係などにみる:各論の応酬が、負のスパイラルを加速させる

「おい、先週、なんで人の前で俺の顔を潰すような発言をしたんだ」

「何だって?あの時俺のことを蔑むように笑ったのはあんたじゃないか。だから僕は戸惑ったんだ。そもそも君がいけなかったんだ」

「蔑むって?だって、君だって僕を無視するように自分のことばかり喋っていたじゃないか」

「そりゃ、あんたの対応が本気なように思えなかったから、お客にちゃんと対応しようとして色々喋ったんだ。だって先月の顧客との会合だって、ドタキャンしたじゃないか」

「そんな言い方はないよ。無責任な言い方だ。そもそも、あれはドタキャンではない。あんたがいかにも来て欲しくなさそうなので、遠慮しただけだ」

「そんな風に人を信用していないお前こそ、無責任なもんだ」

「あんたこそ。そもそもそんなに俺の事が嫌いなら、俺と仕事なんてしなければいいじゃないか」

「ばかばかしい、私情を仕事に交えて話をするなんて、子供っぽすぎる」

「子供っぽすぎるって?俺はあんたのそんな傲慢な態度が許せないんだ」

いやな会話ですね。
でも、この会話をしっかり分析してみると、そこに人と人との行き違いのスパイラルがみえてきます。
最初に問題となったのは、一つの行為です。つまり相手の「顔をつぶすような発言」に対するクレームが喧嘩の発端です。
その行為に対して、相手はクレームを言った人の別の行為に対してクレームをつけます。つまり、それは「蔑むように笑った」という行為です。
さらに行為に対するクレームが続きます。「ドタキャンした」と。
そしてそのあたりから、お互いに本音が見えてきます。つまり行為ではなく、相手の性格や人格そのものが気に入らないという応酬が続くのです。

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海外ニュースの英語と文化背景・時事解説

グローバルスタンダードでの悲劇の後の対処とは

【海外ニュース】

‘We are looking at every inch of the sea’
Family members of passengers on Flight 370 are told to brace for the worst, as Malaysian authorities say they have found no sign of the missing passenger jet, two days on.

(CNN より)

「我々は海上の隅々までくまなく探しています」マレーシア当局のこの2日間行方不明者の安否に関する情報が何もつかめないという発表を受け、370便の搭乗者の家族は、最悪の事態への心づもりを。

【ニュース解説】

航空機の事故は痛ましいものです。
この記事が掲載される金曜日の段階には、行方不明となったマレーシア航空 370便の搭乗者の安否ついて、少しでもよい方向への進捗があることを祈っています。

今回は、このニュースを受けて、事故や悲劇がおきたときの、関係機関の対処の方法について、語ってみたく思います。危機や事故への対応を、グローバルなスタンダードに基づいて検証したいのです。
あってはならないことですし、できれば避けたいものですが、人が生きてゆく上で事故や悲劇はつきもの。それは、企業が予測しようが準備しようが、運命として容赦なく降りかかりうるリスクです。

まず、日本では、こうした事件がおきると、記者会見で会社の責任者が起立し、お詫びとともに、そろって頭を下げます。声明文もまず深いお詫びの一文からはじめます。しかし、これをそのまま英語に翻訳したり、グローバルな場に持ち込んだりすると、思わぬ誤解の原因になることをどれだけの人が知っているでしょうか。

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