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日本と戦争責任: 歴史上のコメントのトリックとプリズム

【海外ニュース】

“Yes, sometimes violence does lead to good things. The Japanese bombing of Pearl Harbor led to many very good things. If you follow the trail, it led to kicking Europeans out of Asia—that saved tens of millions of lives in India alone.”

そう。時には暴力が良い結果を産むこともある。日本の真珠湾攻撃が沢山の良い結果をもたらしている。この行為は、ヨーロッパをアジアから駆逐したという事実につながっている。このことでインドだけでも沢山の人の命が救われたはずだ

(ノーム・チョクスキーのMITでの2003年の講義より)

【ニュース解説】

 世界的に有名な言語学者で哲学者のノーム・チョムスキーが 2003年に行った講義の中でこのように述べていることに、びっくりする人は多いのではないでしょうか。何故、社会主義者とまでいわれていたチョムスキーが日本の戦争行為を肯定するようなコメントをだしたのかと。
 歴史には多くの皮肉があります。例えば、19世紀に始まった欧米のアジアへの進出と植民地化は、アジア諸国で大きな抵抗を産む中で、日本も含め、アジアの近代化、民主化の原動力になりました。
 そして、20世紀前半の日本のアジアでの侵略行為は、欧米植民地の秩序を破壊し、戦後多くの国々の独立へとつながりました。フランスの植民地であったベトナムでの事例のように、旧日本軍の一部が戦後もベトナムに残留し、ベトナムの独立を支援したという史実も残っています。旧日本軍が中国や朝鮮半島、そして東南アジアで展開した侵略行為が、皮肉にもその後の歴史に様々な影響を与えていたことも、また事実といえましょう。
 これと同様に、反面教師的なことをいうならば、ユダヤ系の人々を大量に虐殺し、ヨーロッパ全域で殺戮行為を行ったナチスドイツの行為は、その後の先進国での人権へのアプローチを大きく変え、ヨーロッパの平和を産み出す原因となりました。

 チョムスキーのコメントは、こうした背景によるものといえましょう。
 我々が、そこで知っておかなければならないことは、「歴史上のコメントのトリックとプリズム」というテーマです。
 人類は、歴史上様々な利害関係の中で文明を成長させてきました。
 例えば、ある地域がある国家の植民地として圧政に苦しんでいたとします。すると、植民地の人々はその国家を攻撃する他の国の動きを支援します。その時、他の国の行為が歴史的に評価されているかどうかとは全く別の判断が植民地の人々によってなされることがあるのです。
 実例としては、アメリカがイギリスから独立するとき、イギリスのライバルであったフランスの支援を確保します。しかし、当のフランスはブルボン王朝という王室が君臨する、イギリスよりも民主化の遅れた国家でした。
 アメリカの独立の英雄達は、圧政からの解放と「自由」をテーマに革命をおこします。当時のフランスの国是とは相容れない筈の思想をもって行動を起こしたのですが、政策としては親フランスの姿勢を貫くのです。

 もう一つの事例としてウクライナのケースを紹介しましょう。
 ウクライナは伝統的にロシア(あるいはソ連)の影響下にあって、常に独立の機運がありました。だからこそ、独立派の人々の中には、旧ソ連を侵略したナチスドイツに協力した人もいたのです。そうした人々は、当時ナチスドイツよりのコメントを発表して、ソ連に対峙していたのです。

 次にアジアに目を向けましょう。
 インドでイギリスからの独立を指揮していたジャワハルラール・ネルーなどは、20世紀になって日本が西欧列強と比肩するまでに台頭してきたことを、胸を躍らせて観察していたときいています。また、東京裁判で、ただ一人日本のA級戦犯を裁くことに消極的だったことで知られるインド出身の裁判官ラダ・ビノード・パールのコメントなども、インドの知識人の20世紀の複雑な国際関係を踏まえたコメントとしてそれを読み込むと、真価がみえてくるのです。

 当然、西欧社会の中にも、19世紀から20世紀にかけての、いわゆる西欧列強の植民地主義や西欧偏重の文明観などに疑問をもっていた人々がいました。彼らの中には、アジアの中で力を蓄えていた日本について、それを賞賛する気持ちがあったのも事実です。
 しかし、日本の侵略行為でアジアの多くの国々が災禍を被った事実から目を反らすことはできません。こうした一見異なる様々な評価が一つの歴史的教訓から生まれる背景に、歴史評価へのトリック。そして「正」が「偽」となり、「偽」が「正」となるプリズム効果があるのです。
 そのときの立場や、状況などによって、人々のコメントは様々に解釈され、利用されます。それが、誤解を生むこともあれば、誤って利用されることもあるのです。「歴史上のコメントのトリックとプリズム」とは、そうした人々のコメントの持つ背景の複雑さを意味しているのです。

 日本人がそうしたコメントを読むときに、そのコメントをただ表面的に文字通りにとって判断すると、ここに記したトリックにひっかかり、誤解をしてしまうことがあります。
 実は、現代の中国の社会主義体制を築いた毛沢東も、戦前の日本の中国での侵略行為について、肯定するかのようなコメントをしています。これは、おそらく日中戦争を戦った毛沢東の皮肉であると共に、大きな目でみれば、阿片戦争以来、西欧列強の侵略に晒されていた中国が、日本という西欧をも敵にしている相手と戦ったことで、最終的に西欧社会の侵略行為をも克服できたということを言っているのでしょう。

 最近話題になる歴史への正しい評価というテーマについて考えるとき、我々は単にインターネットで人の言葉や史実を検索したりするのではなく、こうしたコメントを語った人々の背景への冷静な視線を忘れてはならないのです。

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『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
海外メディアから読み解く世界情勢
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。

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