【海外ニュース】
Donald Trump’s “Merry Christmas” has nothing do with Christmas. It’s his way of insisting that America is an English-speaking, Christianist nation.
(New Republic より)ドナルド・トランプのメリークリスマス発言は、クリスマスそのものとは関係なく、アメリカは英語を話すクリスチャンの国だという主張を、彼ならではの方法で代弁したものなのだ。
【ニュース解説】
共和党の大統領候補の一人、ドナルド・トランプはアメリカ政治の台風の目です。メキシコ移民への差別発言ともとれる毒舌にはじまり、歯に衣着せぬ「本音」の表明が逆に彼への支持を持ち上げ、彼は今や共和党の大統領候補の中でも有力候補となってしまいました。
保守どころか、「クレージーな右翼」と、彼のことを批判する人が多い中、公では口にできないデリケートな事柄をずけずけと喋ることが、むしろ多くの心の人の中に共感をよんだのでしょう。
そんな彼が、私が大統領になったら Merry Christmas というよ。Happy Holidays という人がいても構わないが、私は必ず Merry Christmas というさと、メディアのインタビューに答えてまたもや物議を醸しています。この意味する所は、ある意味でアメリカのみならず、現代社会を象徴した皮肉なのです。
人類は、お互いの人権を尊重し、差別を排除した「平等」な社会造りを目指そうと様々な制度を産み出してきました。同時に、言論の自由や個人の移動や様々な行動の自由を保証し、人々を過去の束縛から解放し、「自由」を保証する社会造りにも取り組んできました。ところが、この「平等」と「自由」という民主主義社会の根本の概念は、お互いに矛盾した側面があるのです。
自由に発言し行動する権利を保証すれば、それは時には宗教的な、あるいは人種的な違いへの言葉の暴力など、平等を疎外する様々な弊害の原因になり得ます。反面、平等な社会を目指すために、こうした人々の行動を抑制すれば、それはそのまま言論の自由などの「自由」な権利の抑制に繋がります。
この矛盾を象徴しているのが、テレビなど公のメディアのみならず、会社などの公共の場所での発言にも様々な制約が科せられるようになった、political correctness という考え方です。それは、 差別用語や人を不愉快にさせてきた言葉を排除しようという発想からでてきた制度で、今では、その抑制が芸術作品の中にも課せられつつあります。
以前のアメリカは、キリスト教系の人々が経済的、政治的、社会上も支配的な力を持っていました。従って、11月末の感謝祭から正月までの多くの祝日を、皆クリスマスを中心において Merry Christmas と言って祝っていました。このことに誰も疑問を持っていませんでした。
しかし、20世紀後半以降、社会が多様になり、キリスト教系の人々以外の人々が移民として流入し、彼らが差別を克服して社会の一員として成長してくると、キリスト教の発想と常識で社会が動いていることに疑問を抱きます。
そして、この祝日の期間も Merry Christmas ではなく、Happy Holidays とか Season’s Greetings など、一見キリスト教と関係のない表現を使って、祝福しようという動きが、社会の奔流になってきたのです。
こうした社会の動きに対して、これは偽善じゃないか、元々キリスト教のクリスマスシーズンだったんだから、はっきりと Merry Christmas といおうじゃないかという、「本音」をドナルド・トランプが表明したわけです。
それに対して、彼の発言は単に言葉の問題ではなく、その背景に多様な移民が共存する民主社会そのものを否定して時代を逆行させようという意思が隠れているのだと、批判が寄せられているのです。
言葉の表現を巡る議論の背景は、その表現によって差別を感じ、苦しんできた人々がいるためです。また、特に、多彩な民族が平等の権利を維持しながら共存するアメリカではそれは尚更です。クリスマスの時期は、確かにユダヤ教の祭日も、我々日本人にとっての正月もあり、それをクリスマス一色にすることへの違和感を持つ人もいる筈です。アメリカ政治を解説することで知られる New Republic 誌は、この問題で、キリスト教徒の中にも多彩な分派があり、必ずしも全員がクリスマスを積極的に支持しているわけではないと解説します。
ドナルド・トランプは、Merry Christmas と言いたいのは自分であって、全ての人がそうである必要はないと念を押します。しかし、「大統領になったら」と彼が言っている以上、民主党などのリベラル系の人々は、公の人が年月をかけて社会が造り出してきた知恵に反旗を翻すことに戸惑いを持ち反論します。
このように、Merry Christmas を巡る問題は、単なるクリスマスの挨拶の方法を巡る問題では済まされなくなっています。
人類は、紐解くには余りにも複雑な歴史上の経緯を経て今に至っています。しかも、その途上では膨大な血が流れ、命の代償を支払ってきました。そのバランスの上に、人と人との様々な取り決めがうまれ、お互いの生命と財産を尊重する仕組みを造りました。
その背景を一刀両断であざ笑うことは簡単ですが、例え Merry Christmas の一言の扱いにも、そうした様々な人の思いが集積していることを忘れてはなりません。
ある人が、民主主義は最も脆弱な制度で、軽率な行為ですぐにでも崩壊しがちであると言っています。しかし、その人は同時に、今この制度以上の制度を人類は持っていないとも評していました。ですから、「自由」と「平等」の微妙なバランスの上に立つこの制度の価値を、憲法論議も含め、様々な視点から我々は考えなければならないのです。
【山久洋二・画】
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日英対訳
『海外メディアから読み解く世界情勢』
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊
海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。