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アメリカ大統領選挙が残した課題とは

【海外ニュース】

Hillary Clinton appears to gain late momentum on surge of Latino voters.
(New York Timesより)

ヒラリー・クリントンはこの終盤でイスパニック系の指示にのって乗り切ろうしているのか

【ニュース解説】

これは、激戦が予想される大統領選挙で鍵となる大票田、フロリダ州でのヒラリー・クリントンの最後のキャンペーンの模様を伝えたニューヨーク・タイムズのヘッドラインです。
彼女は、ドナルド・トランプ候補が当初、毒舌をもって批判していたメキシコ系移民に代表される、中南米からのイスパニック系移民の支持を固めようと必死です。

反知性主義という言葉を最近よく耳にします。
特に、今回のアメリカ大統領選挙で議論された移民にどう対応するかという政策論争の中で、ドナルド・トランプ陣営を批判するときに、この表現が使われています。
60年前に時計の針を戻しましょう。
当時、アメリカでは、黒人 (アフリカ系アメリカ人) への差別に対して、多くの人々が立ち上がろうとしていました。それが公民権運動という大きな流れとなって、アメリカ社会を変化させていったわけです。

おそらく、それ以前の大多数の白人系の人々は、アフリカ系アメリカ人への偏見を偏見としも捉えていず、ごく平穏な毎日の中で当たり前のこととして、自分たちを優位に扱ってきていたはずです。
しかし、差別や偏見という言葉によって、そうした行為を指摘されたとき、人々は、冷静に理性を使って、それはまずいのではと判断したはずです。
つまり、その当時、一人の人間の中に、日常の慣れ親しんだ感覚と、理性によってそれを否定しようとする意識とが同居していたことになります。

こうしたことは、別に公民権運動に限ったことではありません。
男女同権は、理性で考えれば当然推進しなければならないこと。でも、今までの日常では、例えば家にお客さんがくれば、男性が「主人」として座敷に座り、女性が「家内」としてお茶をだしてもてなすということは、ごく普通のことでした。一人の男性の中に矛盾した「理性」と「日常」が同居しているわけです。

電通での社員の自殺事件などに直面したとき、残業をさせてはいけないということを理性として考えている年配者の多くが、自分が若い頃は昼夜を惜しんで働いていたと述懐する現象も同様です。
反知性主義は、この理性を攻撃し、日常での本音に従ってものを言おうという考え方の延長にある意識だと多くの人が語っているのです。

ああ、これで理性に従った「見栄の鎧」を纏わなくてもいいんだ、と思った瞬間に、人々は理性によって培われてきた社会構造そのものに挑戦しはじめます。ケーキを食べることを禁止されていた糖尿病の患者が、医者からその制限を外されたときのように、心地よい本音に向かって人々が雪崩を起こしはじめるのです。
ドナルド・トランプが共和党をも席巻して大統領候補になれた原因は、そうした人々の隠された本音を束縛していた理性や知性という手錠を外したからにほかなりません。これが、多くの人がトランプ支持者を反知性主義として批判する理由なのです。

ことは複雑です。つまり反知性主義を生み出す心理的現象は、リベラルであるかどうかにかかわらず、全ての人の心の奥底に存在するからです。選挙での投票行動は、個人の本音を秘密裏に表明できる絶好の機会でもあることから、今回の大統領選挙は激戦だぞと、多くの人々は思っているのです。

例えば、日本人同士で結婚し、家族をもっている人は、日本の社会に外国人が入り込むことを理性では受け入れても、本音では「辛いところもあるよ」と思っているかもしれません。同じように、アメリカの白人系の家族からみれば、トランプ氏一家は、彼らが理想とする当たり前の日常の中での「セレブ」なのかもしれないのです。
移民社会アメリカにおいては、当然白人系といっても、そのルーツは多彩多様です。しかし、プロテスタント系とカトリック系、あるいはユダヤ系とそうでない人々といった、反知性主義で分断されかねない見えないバリアは、白人系の人々の中にも存在しています。
そして、白人系と黒人系、あるいは白人系とアジア系やイスパニック系 (中南米系) というバリアは、人種の壁を超えてお互いに交流していない人々においては、まだまだ鉄のバリアとして心の奥底に横行しいているのです。

さらに、理性や知性を語る人々のことを、教育を受ける機会をもてた「持てる人々」と考えれば、教育を受ける機会も持てなかった「持たざる人々」がそれに反発する武器として反知性主義に傾斜する可能性も多くあります。問題は、それを操ることに長けた「持てる人々」の存在です。

この記事がブログ(あるいは Note)に掲載された翌日には、アメリカ大統領選挙の結果がでるはずです。その結果は、世界に同様なハレーションを引き起こす、我々人類の近未来を占うことのできる結果となるかもしれません。
また、どちらの陣営が勝利したとしても、この反知性主義の指摘にある、人々の意識の分断をどのように克服してゆくか、我々地球市民への課題は増幅し続けているのではないでしょうか。

山久瀬洋二・画

「世界市民の融和を祈って」山久瀬洋二・画

「世界市民の融和を祈って」山久瀬洋二・画

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