“Kyoto Animation is home to some of the world’s most talented animators and dreamers — the devastating attack today is a tragedy felt far beyond Japan. KyoAni artists spread joy all over the world and across generations with their masterpieces. 心よりご冥福をお祈りいたします。”
「京都アニメーションは世界で最も才能のあるアニメーターと、その夢を追いかけている人々のふるさとだ。今日起きた破壊と悲劇は日本だけの損失をはるかに超えている。京アニのアーティストたちはそんな作品を通して、世界に世代を超えた楽しみを拡散している。心よりご冥福をお祈りいたします」
― Tim CookのTwitter(@tim_cook)より
世界に流通する日本の「Manga」と「Anime」
京都アニメーション(以下、京都アニメ)の放火事件が海外メディアの注目を集めていることは、様々な報道機関が伝えています。 私個人としては、あまり京都アニメについて詳しくはありませんでした。 しかし、ヘッドラインに記したように、アップルのCEOティム・クック氏が哀悼の意を日本語で伝えるなど、世界中が今回の悲劇に反応している背景はよく理解できます。
80年代のこと、出版メディア大国アメリカでは、コミックは一ランク下の出版物とみなされていました。 バットマンなどのコミックはコレクターの特殊な読み物で、出版社がそれを扱うことはありませんでした。私がニューヨークで最初に日本の漫画を英文で紹介しようとしたときも、出版社のセールスマンの激しい抵抗にあったことを覚えています。 しかし、そんな状況が次第に変化してゆきました。日本の漫画の質の良さ、ストーリー展開の面白さが少しずつアメリカでも浸透し始めたのです。それは「グラフィックノベル」と呼ばれ、90年代には書店でも堂々と置かれるようになったのです。
その頃、フランスのグルノーブルで開催されたヨーロッパの書籍フェアに参加したことを覚えています。たくさんのフランスやドイツの版元が、日本発のグラフィックノベルの版権を購入しようと日本の作品を見ている様子に接し、初めて日本の漫画が世界を席巻するのではと本気で考えたものでした。当時すでに「漫画」は「Manga」として英語化していました。 とはいえ、アニメーションの世界でいうならば、映画と合体した映像産業で圧倒的な強さを誇っていたのはディズニーなどアメリカの大手に他なりませんでした。ですから、日本でも英語のAnimationをカタカナで「アニメ」と訳し、次第に漫画と映像文化との融合が始まったのです。
その後、「マンガ」は世界に輸出されました。 当時、私も出版人としてそんな「マンガ」の英文書化に何度か関わったことがありました。やがて、「マンガ」が世界で市民権を得るのと並行して、今度はさらに進化した日本の「アニメ」が「Anime」という日本語のまま世界で流通するようになったのです。 それから10年以上、私は国際出版事業から離れていました。そして、先週の京都アニメの事件に接したのです。
日本の顔「ビジュアルアート」を襲ったテロ行為
京都アニメの損失は世界的な損失であると、海外の人は思っています。今年フランスでノートルダム大聖堂が消失したときと同様、世界中の人が人類の貴重な遺産が失われたことに涙したのです。京都アニメに代表される日本のアニメ産業は、日本の顔として世界で評価されていたのです。
もっとも、こうした日本のビジュアルアートへの評価は今に始まったことではありません。 実は、世界で最も有名な日本人は誰かという問いに対して、海外の多くの人が思わぬ答えをしてくれています。それは葛飾北斎なのです。 葛飾北斎に代表される浮世絵が、19世紀終盤のヨーロッパで印象派に大きな影響を与えたことは周知の事実です。そんな浮世絵は日本では全く評価されず、明治初期には輸出用の包み紙として使用されていたといわれています。日本政府が世界に紹介しようとした工芸品などを包んでいた紙に描かれていた版画に、ヨーロッパの人々が注目したのです。皮肉かつ痛快な話です。 それから100年以上の年月を経て、全く新しくなった日本のビジュアルアートが再び世界に紹介されたのです。
「君は本気でバットマンやスーパーマンを書店で売りたいのか。冗談じゃない」 ニューヨークのセントラル・パークに面したホテルのカフェで、現地の出版社の営業担当者に初めて「日本の漫画に興味はないか」と問いかけたときに返ってきた言葉を私は今も忘れません。京都アニメの再生に向け、海外の有志によるクラウドファンディングが立ち上げられ、二日間で180万ドルもの基金が集まった事実をみるとき、まさに隔世の感を覚えるのです。
一方、京都アニメの消失事件は、日本で起こったテロ事件であるという認識をどれだけの日本人がもっているでしょうか。 テロは海外でのこと、日本は安全な国なのでそんなことはありえないと、日本人の多くは日本の安全神話を信奉しています。放火事件はテロ行為以外の何物でもないことを、メディアはちゃんと伝えているでしょうか。海外の多くの人は、京都アニメは非道なテロ行為の犠牲になったと思っているはずです。
世界に広がり続ける日本の「文化」
今回紹介したTim CookのTwitterを検索すると、事件が起こる前日に彼がSNSなどで使用される絵文字について語っていることに気づきます。彼はTwitterで、多様な絵文字が作成されていることを賛辞していました。そのメッセージの中で彼は「Emoji」という言葉を使い、日本語の絵文字が「Emoji」として世界で通用していることを奇しくも我々に伝えてくれたのです。
「Manga」、そして「Anime」から「Emoji」に至る世界で市民権を得てきた日本語を並べてみると、そこに一つの共通項が見えてきます。官制の「おもてなし」や「匠の世界」などといった肩を張った日本文化の押し売りとは違い、人々が権威とは関係なく、本当に面白いと思い、没頭し、苦労を重ねながらも、じわじわと市民権を得たものが、まさに文化として世界に拡散するのだということが。 Tim Cookと同様、犠牲者、そして失われた作品や才能に向け、心を込めて合掌したく思います。
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『英語で読むアラジン』牛原眞弓(翻訳)谷口幸夫(英語解説)ペルシャのシャフリアール王のもとへ嫁いだシェヘラザードは、千夜一夜にわたり、さまざまな物語を王に話して聞かせる。『アラビアン・ナイト』の名でも知られる、中世イスラムで集められた説話集『千夜一夜物語』の中から、魔法のランプを手に入れたぐうたら息子が、ランプの精の力をかりて幸せをつかむ『アラジン』、「開けごま」の呪文でおなじみの『アリババと40人の盗賊』、そして若い商人が7つの冒険を経て莫大な富を手に入れる『船乗りシンドバッド』の3篇をやさしい英語と日本語訳で収録。