“Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.”
「人生は近くで見れば悲劇だが、遠目に見れば喜劇である」
― Charles Chaplin(1889-1977)
文化が異なれば、人は異なる行動様式を持ちます。 ですから、そんな行動様式に支えられたコミュニケーションスタイルも、自ずと文化によって異なってきます。 そこから発生する摩擦は、このチャップリンの言葉の通り、一見滑稽でそれをネタにすればジョークにもなり、一人でクスクスと笑ってしまうこともあります。しかし、そんな摩擦に見舞われた本人にとっては、それが実に深刻なケースとなっていることも多いのです。
* * *
ケース1:アメリカ人彼氏と日本人彼女
ここに一つの事例を紹介します。
私のアメリカ人の友人が、日本に滞在していたときのことです。彼は一人の日本人の女性と仲良くなり、付き合うようになりました。 ある日、二人はビーチに行き、夏の海を楽しみます。そして夕暮れ時に、彼はちょっとムードを盛り上げようと、夕日を見ながら、
「こんな美しい夕日をずっと一緒に見ていたいね」
と彼女に語りかけました。 彼女は「うん」と頷いて、彼の肩に寄り添います。 その翌週のこと、彼女は両親に会って欲しいと彼に言うのです。 どうしてだろうと彼は思い、彼女に聞いてみると、彼からプロポーズをされたものと彼女は思い、両親に相談をしたと言うのです。 私の友人は、そこまで真剣に彼女と付き合ってはいませんでした。それで、戸惑いながら「ちょっと待ってよ」と言うと、彼女は当惑して目からは涙。結局、二人はその行き違いがもとで別れてしまいます。これは実話です。
ここで、問題になった「こんな美しい夕日をずっと一緒に見ていたいね」の一言は何だったのでしょう。 日本人はコミュニケーションをするとき、とかく婉曲になってしまいます。直截に物を言うよりも、一呼吸置いて、比喩や周辺の様子などを語りながら、言いたいことを間接的に伝えることが多いのです。むしろ、そのようにした方が言葉に重みがあると思う人がいるほどです。 それに対して、英語を母国語とする人は、直接語る内容をそのまま相手に伝える習慣があります。ですから、「夕日を見ていたい」というのは、本当に「一緒に美しい夕日を見て、またいつかこんな機会があればいいのに」と、言葉通りに自分の思いを直接伝えたに過ぎないわけです。 しかし、日本人のガールフレンドはそのようには受け止めませんでした。彼が婉曲にプロポーズをしたと思い込んだのです。
この話を聞いたとき、そこに集まった友人はみんな大笑いをしました。そして、お前は悪い奴だよねと彼をからかいました。そう、このエピソードは遠くから見れば喜劇なのです。しかし、彼女は傷ついたはずです。もしかしたら、私の友人に裏切られたと思ったかもしれません。彼女にフォーカスしてこのエピソードを見れば、それは深刻な悲劇です。
ケース2:ドイツ人上司とアメリカ人部下
もう一つの実話を紹介しましょう。
これは、アメリカに駐在したドイツ人マネージャーの話です。ドイツではビジネスとプライベートを、アメリカ人よりもはっきりと区別します。よほど気の合った相手でもいない限り、ビジネス上の関係者と食事に行くことはありません。ビジネスはビジネス、プライベートはあくまでもプライベートなのです。しかも、ドイツ人はアメリカ人のようにあまりジョークを言わず、ビジネス上のミスに対して細かく指摘しがちです。 そんな異なったビジネス文化があるために、そのドイツ人マネージャーはどうしてもアメリカ人の部下とうまくコミュニケーションがとれないのです。その悩みを友人に相談すると、友人はアメリカでは相手に注意をするときでも、まず相手の良いところを褒めなければダメだよとアドバイスしたのです。それは確かに正しいアドバイスでした。
しかし、問題はその翌日に起こります。 彼は、出社してきた彼の秘書に、彼女がアレンジをしたスケジュールのミスを注意しようと思っていました。しかし、アドバイスの通りにまずは褒めようと思い、
「今日はとても綺麗なスカーフをしているね。素敵だよ」
と言って、にこりとしたのです。
さて、アメリカ人の秘書からしてみれば、普段仕事で褒められることもなく、嫌な上司だと思っていたわけです。しかし、彼は彼女の服装のことを褒めました。ということは、彼は彼女にビジネスのパートナーではなく、女性として接しているか、あるいは別の意図があってそんな風に言ってきたのではないかと思います。その翌週、彼女は会社を辞めてしまいます。その後、ドイツ人のマネージャーに対してセクハラ訴訟を起こしたのです。
この話も、アメリカ人とドイツ人の行動様式をよく知っている人から見れば、滑稽極まりない喜劇です。しかし、本人たちにとって、これほど深刻な悲劇はありません。
我々は、文化の違いに起因する習慣やコミュニケーションスタイルの相違から、多くの誤解を相手に与えています。それはお互い様ですが、問題はどちらもそれが文化の違いだと気付かずに、相手の性格や悪意と解釈して、相手を誤って評価してしまうことにあるのです。 国家間の摩擦の多くは、こうした行き違いに端を発して、それが深刻な誤解へと繋がってしまうのです。 確かに、喜劇こそは、最も深刻な悲劇なのです。
『異文化摩擦を解消する英語ビジネスコミュニケーション術』山久瀬洋二、アンセル・シンプソン (共著) IBCパブリッシング刊*もう2度と外国人から誤解されたくないあなたへ贈る究極の英語コミュニケーション術。出会いの挨拶から、フィードバック、交渉、プレゼンまで、日本人が陥りやすい異文化コミュニケーションの罠を丁寧に解説。文法や発音よりも大切な、相手の心をつかむコミュニケーション法を伝授! アメリカ人のこころを動かす殺し文句32付き!