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コロナでどうなる、トランプ大統領とバイデン候補の趨勢

The next 48 hours will be critical for President Donald Trump as he fights Covid-19, a source familiar with the President’s health told reporters.

(今後48時間がトランプ大統領の病状を左右する重要な分岐点だと、コロナウイルスに感染したトランプ大統領の状況に詳しいソースが明かしている。)
― CNN より

トランプ大統領のコロナ感染に揺れるアメリカ

 このヘッドラインは、4日(日)現在のニュースです。
 その後、コロナに感染して入院したトランプ大統領は、回復基調にあることを強調するかのように、国民にアピールを繰り返しています。しかし、このブログが公開される6日(火)に状況がどう変化しているかは、誰にも予測できません。
 
 トランプ大統領がコロナに感染していたことで、今アメリカは大騒ぎです。
 実は、一番戸惑っているのはジョー・バイデン前副大統領でしょう。
 前回の大統領選挙に向けてのディベートで、トランプ大統領による誹謗中傷が続き、ついついバイデン候補も感情的になってしまう場面まであったことは、世界中で報道されました。政策やビジョンについての論争ではなく、相手を個人攻撃するかのような対応に、大統領としての人格に疑問を持つ民主党支持者にとっては、このディベートはトランプ大統領を批判する絶好の材料であったはずです。
 この調子で今後予定されるディベートをなんとか乗り切れば、バイデン候補にとって、いよいよ選挙を有利に展開できるかもしれないと多くの人が思ったはずです。
 
 その矢先に、トランプ大統領自らがコロナにかかってしまいました。
 政策でいかに激しく対立していたとしても、バイデン候補はトランプ大統領の不摂生を非難することはできません。マスクをしていなかったからだと批判するわけにもいきません。
 実際、メディアは最近の最高裁判事指名に関する保守系の会合で、多くの人がマスクをせずにトランプ大統領と会っていたなどといった過去の状況から、大統領から誰に感染したかを追跡しています。しかし、このことから大統領その人を批判することは、元々トランプ政権に批判的だった CNN ですら抑制しているのです。
 唯一マスコミが強く指摘しているのは、トランプ大統領が感染を事前に知っていたのではないかという疑惑です。これが本当であれば大変なことになるはずです。とはいえ、今は彼の政策を大っぴらには批判しにくくなりました。
 

個人批判を控える不文律に戸惑う候補者と有権者

 それには理由があります。
 職業としてのパフォーマンスについて議論や批判はしても、個人を襲った災難や不幸については分けて考え、お見舞いをしないといけないという不文律が社会にあるからです。
 しかし、明らかにトランプ大統領はマスク着用を軽視し、コロナへの対策も後手に回ったことで、激しく追及されてきました。実際、今のところバイデン氏への支持率の方がトランプ大統領を上回った状況が続いています。
 
 ですが、今その波に乗って、トランプ大統領への追及を続けることは、彼の個人攻撃に直結してしまいます。バイデン陣営はトランプ大統領の感染を受けて、それをアドバンテージともできず、とりあえずお見舞いのメッセージを出し、マスコミの報道を見守るにとどまっているのです。
 そして、今週8日(木)の副大統領候補のディベートだけはインパクトあるものにしたいという気持ちが、両陣営にあるはずです。通常は副大統領のディベートは、大統領のディベートと比べて軽く扱われがちではあります。しかし、今回は違うかもしれません。
 
 では、日本のように、トランプ大統領に同情票が集まるでしょうか。
 この現象は日本ならではの文化的なものかもしれませんが、多少選挙に影響することは事実でしょう。アメリカの文化でいうならば、バイデン陣営は、トランプ大統領が選挙直前に復帰し、そのタフな様子をアピールすることを懸念しているかもしれません。バイデン候補に欠ける「タフな大統領」というイメージを、トランプ大統領が活用することが脅威なのです。
 トランプ大統領の治療にあたっている医師団は、早期の段階での明快な予測や体調の変化についての確定的な発表は控えています。それだけに、今後実際に選挙戦がどのようになるのか混沌としてしまったのです。
 
 個人の病気と政策とを分けて、有権者が冷静に判断するのが本来の選挙のあり方でしょう。
 しかし、あれだけ個性が強く、時には暴言すら躊躇しないトランプ大統領が、コロナにかかり病室の中で沈黙してしまったことに、不思議な喪失感を抱く有権者も多いはずです。さらに、バイデン陣営も腕まくりをして、「歴代で最も危険な大統領」というスローガンで国民に変化を呼びかけていただけに、今後どのようにキャンペーンを続ければよいか戸惑っているに違いありません。
 
 アメリカ社会は、基本的に病気に対して寛容です。
 病気は誰もがかかるものという考えが浸透していて、発病したことによる批判や差別は社会人としてのマナー違反という常識が、日本よりは遥かに徹底しています。黒人への警察官の暴行事件などで人種差別に対する批判に揺れるアメリカ社会でありながら、病気に対する社会の受け止め方は、実に公平です。
 それだけに、大統領が病気になれば、誰もがその経過に対して否定的にも肯定的にもコメントできないのです。
 

思いもよらないオクトーバー・サプライズはどう波及するか

 実は、大統領選挙の明暗を分けるのは10月だというジンクスがアメリカにはあります。一つは、大統領選挙を最も盛り上げるディベートが10月に集中していることがあります。しかし、それにも増して選挙間際になってスキャンダルや思わぬ失言、さらには逆転サヨナラホームランとなるような事件が起こることも多くあるのです。
 選挙終盤まで、両陣営とも相手にとって不利な情報を確保しておくという、したたかな側面もあるかもしれません。
 この10月のジンクスを、アメリカでは October Surprise と呼んでいます。
 このジンクスが、今回は大統領の感染という思いもよらない形で起きたのです。
 しかも、この October Surprise は、大統領自身の病状がどのように推移するかによって、どちらにとっても有利にも不利にも働きます。今までにはない Surprise なのです。
 
 今週末、カリフォルニアに住む友人と Zoom で話をしました。
 カリフォルニアは伝統的に民主党支持者が多く、トランプ大統領は元々ここでの勝利を期待していません。そして私の友人も、なんとかバイデン候補に勝利してほしいと願っています。
 そんな彼が最も気にしているのが、「スウィング・ステート」が今回の October Surprise の影響をどのように受けるかということでした。スウィング・ステートとは、民主党と共和党の支持者が拮抗している州のことです。ここでのごく一般の市民の票が、ますます読みにくくなったのです。
 
 バイデン候補はトランプ大統領が回復するまで沈黙し、個人を見舞った病に対して礼儀正しくなければならないのでしょうか。
 そして、トランプ大統領はペンス副大統領などの支援を得ながら、自らの不在をカバーできるのでしょうか。両陣営ともいら立ちながらも打つ手がなく、有権者も選挙の熱に水を浴びせられたかのような当惑を覚えているというのが、今のアメリカの実情のようです。
 

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『A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)
アメリカの歴史を読めば、アメリカのことがわかります。そして、アメリカの文化や価値観、そして彼らが大切にしている思いがわかります。英語を勉強して、アメリカ人と会話をするとき、彼らが何を考え、何をどのように判断して語りかけてくるのか、その背景がわかります。本書は、たんに歴史の事実を知るのではなく、今を生きるアメリカ人を知り、そして交流するためにぜひ目を通していただきたい一冊です。

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