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ワールドカップに持ち込まれた重い人類の課題とは

It wasn’t about making a political statement-human rights are non-negotiable. That should be taken for granted, but it still isn’t the case. That’s why this message is so important to us. Denying us the armband is the same as denying us a voice. We stand by our position.

(「人権を尊重する」ということは政治的な主張ではない。それは何にも増して大切なことだから、でもまだそうなっていない。だから、このメッセージは私たちにとってとても重要なのだ。腕章をつけるなということは、言論を否定することと同じ。でも、我々は、自らの立場を貫く)
― ワールドカップ・ドイツ代表チームのTwitter より

賛否を巻き起こすドイツ代表チームの抗議行動

 その後、コスタリカとの試合を落としたとはいえ、ワールドカップで日本がドイツに勝利したことは、今までにない快挙として多くの海外メディアも取り上げました。
 しかし、同時にドイツ国内でワールドカップへのムードが今ひとつ盛り上がっていないことも、いろいろなメディアが報じています。その背景には、開催国のカタールでワールドカップの設備を建設する際に、海外からの労働者が劣悪な条件で働かされて犠牲者が出たこと、さらにカタールが同性愛者などへの差別をしているということへの抗議が広がっているためです。
 ドイツのサポーターの中には、カタールでのこうした人権の問題に抗議してあえて応援もしなければ、テレビ観戦もしないという人も多くいました。
 選手は、腕章をつけて抗議をしようとしましたが、その行為が政治的でありスポーツに政治を絡めることはもってのほかだとして、FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長がこれ以上抗議を続けるならドイツチームの出場を停止すると警告したのです。そこでドイツチームは腕章をつけずに、選手は試合の前に全員が口に手を当てて抗議の意思を示したのでした。
 
 試合はドイツの歴史的な敗戦になりました。しかし、ドイツ人の多くは今回ヘッドラインで紹介したドイツチームのツイートに同調します。彼らの多くは言います。人権はすべてのことに優先される人間としての基本的な権利で、スポーツと政治といったレベルを超えた絶対的で欠くことのできない事柄だというのです。
 イスラム圏には、今でも同性愛者や女性に対する差別が根強く残っています。そして、イスラム圏の人々のみならず、世界の人々の中には、それを異なる文化の問題として、人権問題をユニバーサルなコードとして押しつけてくることに反感を抱いている人も多くいます。よくアメリカが自由や民主主義を盾にとって、中国やロシア、ミャンマーなど様々な国を批判することが、傲慢な価値の押しつけだと思われるように、今回のドイツの行為も賛否両論の議論の対象となりました。
 

アメリカとは一線を画すドイツの民主主義のあり方

 ただ、ここで一つ強調したいことがあります。ドイツ人の多くは第二次世界大戦で多くの国を占領し、600万人以上のユダヤ人を虐殺したことを、世代を超えて語り継いでいるという背景があります。教育現場やマスコミなどが右派も左派も関係なく、過去にドイツが人権を蹂躙したことへの罪の意識を伝えてきた歴史があるのです。
 そうした過去への反省から、ドイツは他の国以上にEUの理想にも強いイニシアチブを取ろうとし、ウクライナ問題でもロシアからのガスの供給が止まりそうなリスクに晒されながら、ウクライナへのサポートを続けようとしているわけです。このスタンスは、民主主義を旗印にして資本主義国として海外への進出を厭わないアメリカのあり方とは一線を画したものといえましょう。
 
 ここで、今中国やロシアに代表される、強い権力が国民を統制しようとするグループと、アメリカやイギリス、そして日本のように自由主義を強調するグループとに世界が分断されている現実に目を向けましょう。
 アメリカが自由主義をモットーに、経済原理で世界に進出し、同時にその利権を守ろうとするあまり他の主義主張を抱く国家への制裁や軍事的な圧力などを繰り返しているなか、ともすれば、アジアやアフリカ諸国の中には反米感情が根深く残っています。それが火を吹いたとき、権威主義の甘い誘いに傾斜する国家や民族も目立ってきます。アフガニスタンからのアメリカ軍の撤退や、中東での政情不安の背景にも、そうした民衆の不満がベースにあることを忘れてはなりません。また、ウクライナ問題でも、ウクライナへの同情は強いものの、アメリカのスタンスに対して世界中の人が同意しているかというと、そうではありません。
 ですから、今回のドイツの行為を、こうしたアメリカやイギリスなどの政治的スタンスと混同してしまうことは、大きな誤解の原因となるのです。
 
 日本の場合、たとえ数百キロ先の北朝鮮からミサイルが発射され続けても、台湾が中国からの圧力に揺れながら、それが台湾の内政に影響を与えながらも、民意が刺激されることはあまりありません。おそらくワールドカップでも、ドイツのような意識をもってワールドカップを観戦している人は少ないはずです。
 島国で、平和を謳歌してきたこともあり、長年強い政治意識を持つこと自体がそれとなく憚られる雰囲気が社会を覆っています。それとは対照的に、ドイツは戦後東西に分断され、旧東ドイツでは厳しい言論統制もあり、冷戦の緊張に直接晒されてきました。ウクライナがほんの700キロ東にある国であることへの脅威も日本人には分かりにくいドイツ人の意識なのです。
 

世界の課題を前に日本が無関心でいてはいけない

 21世紀前半は、権威主義陣営と民主主義陣営の対立にどう対処するかが、世界の平和と安定のための大きな課題となっています。その中間に位置するアジアやアフリカの発言権が増すなかで、あたかも二つのグループはそうした地域への争奪戦を繰り広げるかのように、政治的なアプローチを続けています。
 
 ドイツ戦での勝利に沸く日本と、今ひとつ盛り上がりに欠けるドイツの状況は、日本とドイツという、奇しくも第二次世界大戦で同盟を結んだ二つの国が歩んだその後の歴史と、社会システムの相違を象徴しているように思えます。
 ワールドカップというスポーツの祭典の背景にある我々日本人の課題、つまり政治や国際情勢への無関心という課題を、ここで改めて考えてみたいものです。
 
 最後に、この課題についてドイツ人の友人で翻訳家でもあるマーカス・ミューラー氏にインタビューをしてみましたので、ぜひ参照してみてください。⇒動画はこちらからご覧いただけます。
 

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