ブログ

ロサンゼルスで焼け出された人々

LA fires at critical stages as winds to return and death toll rises.

(ロサンゼルスの火事は再び風が戻ってくることで、さらに深刻な事態に。犠牲者の数も増えるかもしれない)
― CNN より

焼失したロサンゼルスの街に住む人々

 ペリー・エーキンス(84歳)はテネシー州の田舎町に生まれました。彼の家は雑貨屋を営んでいましたが、その後父親は海軍に入隊し、第二次世界大戦の折には潜水艦のコックとして勤務していました。
 そんな環境で育ったペリーはシカゴの大学に行ったときも、学費を稼ぐためにアルバイトでビルの掃除をしていました。その働きぶりが素晴らしく、そこにあった語学学校のオーナーに誘われて、卒業後その会社に入社しました。その後40年間をかけ、ペリーはその会社を世界企業に育てました。80代になっても、時差が辛いなどという弱音は一言も口にせず、現在では自らが起こした英語のテスト会社のオーナーとして世界各地に販売代理店を広げ頑張っています。
 
 彼の家に行けば、今までのキャリアで知り合った多くの人からのプレゼントや、旅先で買った思い出の品が飾られています。その彼の家が、「サンタ・アナの風」といわれる暴風に煽られてまたたく間に広がった今回の大火事で、一瞬のうちに灰となりました。
 その日、彼は私にいきなりFaceTimeをかけてきて、「お前がいつも宿泊しているホテルに来ているよ。避難命令があったのでね」とニコニコしながら話していました。その直後にこれほどの悲劇に見舞われるということには、私も彼も気づいてはいませんでした。
 
 アラム・ジェリニアン(80歳)は、ペリーのアルメニア系の友人でした。彼は幼い頃はエルサレムに住んでいました。彼の父親はオスマン帝国の迫害にあって、文字通りトルコから追われてエルサレムに移り住みました。途上で飢えと貧困で多くの知人が命を落としたそうです。そんな彼は若くしてアメリカの土を踏み、移民として文字通り無一文から叩き上げて、小売店チェーンのオーナーとして成功したのです。彼の家にはそんな家族の写真がいくつも飾ってあり、まさに20世紀の生きた博物館でした。その家も同様に一晩で灰燼に帰しました。
 
 シュリフ・オサイラン(69歳)はイラクに生まれました。彼の父親は若い頃にヨーロッパで医学を学んだイラクでは有名な医者でしたが、政変がおきたとき政府に反抗したために、サダム・フセイン統治下の警察に逮捕され、6年間獄中で過ごしました。シュリフはそんな父親をなんとか救出してレバノンに逃れ、そこからアメリカに渡りました。その後、アメリカで自分と同じような移民をサポートするための保険会社を立ち上げ成功します。
 そんなシュリフの父親がいつも楽しみにしていたのが、息子とショッピング街のそばの公園のベンチで午後を過ごすことでした。カジュアルなカリフォルニアで、父親は必ずイラクに住んでいた頃と同じように、ジャケットにネクタイをして外出していたといいます。そんな親子が集っていた思い出の場所も、今では空襲のあとのように、焼け焦げてしまいました。
 
 ウイリー・フォークス(94歳)は、若い頃、ニューヨーク郊外の貧しい家に生まれました。彼はなんとか成功しようとヒッチハイクをして西海岸に向かいました。2週間後には彼はシアトルの教会で下働きをはじめ、そこでその教会に帰依しました。その後、同じような境遇の人々に何かできることはないかと、教会の仕事でアメリカ中を転々とします。移動は長距離バスで、彼は教会のサービスを通して60年代から80年代をアメリカの各都市で生活し、最後にカリフォルニアで勤務し退職します。
 そんなウイリーが去年の10月、私に70年にわたってアメリカを渡り歩いたその人生を語ってくれました。それは、映画の一コマのように、鮮やかな映像となって私の心に焼き付きました。そんな彼の家も、今ではもうありません。彼がどうしているかもまだ消息不明です。
 

山火事は天罰か、地球温暖化への警鐘か

 ロサンゼルスの近郊で大規模な山火事があり、世界で最も豊かな地域ともいわれているマリブやビバリーヒルズ、特にサンタモニカの北にあるパシフィック・パリセイズがたった一晩で消滅しました。今紹介した人々は皆パシフィック・パリセイズの住人でした。
 
 このニュースが流れたとき、ある国の人たちは自分たちの国を力でねじ伏せようとしてきたアメリカに天罰があたったと思ったことでしょう。また、貧しい移民の労働者は、どうせ彼らはいくつも家を持ち、資産も多いので我々のことなんかどうでもいいと思っていたはずだと感じたかもしれません。
 そして、ある人はマテリアリズムの象徴としての富裕層が焼け出されたことで、これで人々が地球温暖化にもっと真剣に向き合うのではと思ったかもしれません。
 さらに、典型的な「セレブ」としてアメリカの富を象徴しているヒルトンホテルの創業者の孫、パリス・ヒルトンの豪邸が焼け落ちたという報道がされたとき、経済や社会の分断のなかで貧困に悩む人々の中には、心の中で喝采をした人もいたかもしれません。
 
 また、もうすぐ大統領に就任するトランプ氏は、これは自然保護や不法移民の人権に夢中になって、インフラ整備を怠った民主党の知事の失策だと非難をはじめ、それを受けて民主党の旗手ともいわれるカリフォルニアの州知事ギャビン・ニューサム氏は、こんな災害の最中に政争に利用するなどもってのほかとトランプ氏を非難します。そんな応酬に被災者や関係者はうんざりしてしまいます。
 
 しかし、ここに記したように、数万件にも及ぶ被災家屋に住んでいた人には、それぞれに思い出があり、すべてがパリス・ヒルトンのように生まれながらの富豪ではありません。
 今回の火事は、ここに記したような人々に代表される何千何万という人々の「アメリカの記憶と記録」を葬り去ったのです。この喪失は計り知れないインパクトをアメリカ社会に与えたはずです。
 そして、ここに住む市民こそは、アメリカの富をつくってきた人々で、彼らがあらゆる意味において世界に影響を与えてきた人々です。そして、個人としては、その多くが勤勉に働いて家族を大切にし、あるいは社会人として成功を収めたあと老後を過ごしていた人々です。
 そんな人々の思い出の場所が消えてしまったことには心が痛みます。
 

「夢のカリフォルニア」に思いを馳せて

 サンタ・アナの風に代表される、アメリカ西海岸の乾燥した風は毎年のように大規模な山火事を起こします。この山火事自体が、環境を汚染させ、確かにマテリアリズムに流される人々への地球による警鐘となっています。
 
 州知事もどうしてここまで火事が拡大したのか検証に入ると言っています。また、消防への予算カットについて、ロサンゼルス市当局と消防署との見解が分かれていることについても調査しなければなりません。
 
 そんなさまざまなことを思い起こさせるのが今回の大火事なのです。
 被災した地域がこれからどうなるのか。巨大な資産が失われ、居住環境が破壊された「夢のカリフォルニア」の跡地への思いは複雑です。
 

* * *

『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』キングスレイ・ウォード (原著)ビジネスマンの父より息子への30通の手紙
キングスレイ・ウォード (原著)
英米文学の原文で英文読書の醍醐味を味わいながら読解力を磨く! IBC洋書ライブラリー創刊! 成功した実業家である父親の真情から、自分と同じ道を志そうとする息子にあてて書かれた30通の手紙は、ビジネスの世界で働くための心がまえやアドバイスのみならず、進路や教育、友人関係など、人生で遭遇するさまざまな局面への知恵と示唆にあふれています。英語学習者が、原文のまま名作の内容を余すことなく味わえるよう、作品解説・章ごとのあらすじ・ページごとの要約・巻末のワードリストで読書を強力にサポート。原書チャレンジに最適なシリーズです!

 

山久瀬洋二からのお願い

いつも「山久瀬洋二ブログ」「心をつなぐ英会話メルマガ」をご購読いただき、誠にありがとうございます。

これまで多くの事件や事故などに潜む文化的背景や問題点から、今後の課題を解説してまいりました。内容につきまして、多くのご意見ご質問等を頂戴しておりますが、こうした活動が、より皆様のお役に立つためには、どんなことをしたら良いのかを常に模索しております。

21世紀に入って、間もなく25年を迎えようとしています。社会の価値観は、SNSなどの進展によって、よりミニマムに、より複雑化し、ややもすると自分自身さえ見失いがちになってしまいます。

そこで、これまでの25年、そしてこれから22世紀までの75年を読者の皆様と考えていきたいと思い、インタラクティブな発信等ができないかと考えております。

「山久瀬洋二ブログ」「心をつなぐ英会話メルマガ」にて解説してほしい時事問題の「テーマ」や「知りたいこと」などがございましたら、ぜひご要望いただきたく、それに応える形で執筆してまいりたいと存じます。

皆様からのご意見、ご要望をお待ちしております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

※ご要望はアンケートフォームまたはメール(yamakuseyoji@gmail.com)にてお寄せください。

 

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP