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中東情勢を理解するためのもう一つの視点

The US has accused Russia of trying to destabilize Afghanistan by supporting Taliban militants.

(アメリカはロシアがタリバンの武装組織を支援しアフガニスタンを不安定にしていると非難)
― BBC より

中東情勢の混迷の裏にある複雑な背景

 中東情勢が混沌とするなか、中東についてもっと解説をしてほしいというご要望もいただいています。
 中東情勢をみるとき、我々はとかく現在あるイラクやイラン、シリアなどという国家に注目しがちです。しかし、中東のことを知りたければ、そこに国境を越えて拡散する人々を理解しなければなりません。というのも、現在の国境の多くは、20世紀になってヨーロッパの列強が中東を植民地化したころに人工的につくったものだからです。この背景が中東情勢をわかりにくいものにしています。
 
 宗教も同様です。例えば、よくイスラム教はシーア派とスンナ派(スンニとも呼ばれます)に分かれていて、宗旨の違いによる対立があると解説されます。これは一面事実です。しかし、宗派やその宗教をどう実践しているかといった詳細は、部族によっても地域によっても様々です。20世紀になってこの複雑な人間模様を利用して、部族同士を対立させながら中東での利権を享受したのが、イギリスやフランス、あるいはドイツなどといった列強だったのです。そして現在は、ヘッドラインのように、アメリカとロシア、さらには中国などが中東情勢に介入しては事態を複雑にしているのです。
 
 オサマ・ビン・ラディンがアメリカで同時多発テロをおこしたのは2001年のことでした。
 しかし、彼がもともとアメリカと協調関係にあったことを覚えている人は多くありません。旧ソ連がアフガニスタンに侵攻し、中央アジアでの影響力を誇示していたとき、彼はアメリカやサウジアラビアの支援を受けて、ソ連からの解放のためにアフガニスタンでの破壊活動に従事していたのです。
 ですが、その後アメリカが中東に干渉し、イラクとの対立が顕著になると、彼は中東から欧米の影響を排除するためにアルカイダを組織したのです。アメリカでの同時多発テロはその延長におきた事件でした。もちろん彼らがおこした残虐なテロ活動は容認できません。しかし、オサマ・ビン・ラディンにとっての敵は、彼らの宗教や文化を蹂躙する相手だったということは知っておきたいのです。ですから、彼の敵はソ連からアメリカへと変化したわけです。
 
 このように、中東情勢は一つの視点だけでは語りきれず、判断もできない複雑な背景を背負っています。イスラエルとパレスチナとの対立は、そうした背景の一つにすぎないのです。
 

パキスタンとイランの間で揺れるバルーチ族の人々

 ここで、中東情勢をより理解するために、目を中央アジアに向けてみます。
 パキスタンの南西部、イランとの国境にかけてバルチスタン州という広大な地域があります。近年ここに港湾施設を建設し、経済的な影響力の拡大を狙ったのは中国でした。この地域は「一帯一路」といわれる中国の世界戦略の要と位置付けられたのです。しかし、この構想は現地の植民地化につながると、多くの人の反発に遭遇します。この反中国運動を基軸にして、中国との連携を意図していたパキスタン政府と対立したのが、バルチスタン解放軍と呼ばれる武装組織です。彼らはパキスタン政府を支援するアメリカなどからテロ組織として認定されていて、パキスタン政府もその掃討に取り組んでいますが、近年彼らの活動はむしろ活発になっています。さらに、今このバルチスタンでの紛争が長年友好関係を維持してきたパキスタンとイランとの対立へとエスカレートしそうなのです。
 
 その背景として理解したいのが、バルチスタンに居住するバルーチ族という人々です。彼らはペルシャ絨毯などで知られる人々で、古代から豊かな文化背景を持っていました。彼らはこの絨毯の名前の通りイラン系の人々なのです。パキスタンとイラン、そしてアフガニスタンは、もともとイラン(ペルシャ)の影響力の強かった地域で、現在の国境も以前はありませんでした。ですから、バルーチ族の人々はパキスタンでもイランでも活動しているのです。
 パキスタンの国内には、こうした様々な宗教や部族が混在しています。そして、それを利用して利権の維持を狙う欧米や中国、そしてロシアなどの戦略が交錯することで、情勢は極めて不安定なのです。
 
 実際、パキスタンの北に位置するアフガニスタンでは、そうした環境が惨劇につながりました。冷戦時代の米ソの対立によってアフガニスタンは戦闘地域となり、その混沌がアルカイダやタリバンといった過激なイスラム原理主義の台頭に繋がったのです。さらに、こうした混乱によって流出した難民が、移民となって欧米にわたり、移住先でそれぞれの信条や歴史的な背景に従って様々な支援や政治活動を行っている事実も押さえておきたいのです。
 
 カリフォルニアのナパ・バレーといえば、ワインの産地として知られています。その温暖で豊かな丘陵地を背に、裕福なワイナリーが並んでおり、旅行者はそこでワインテイストを楽しみます。
 その中にダリオッシュ(Darioush)というカベルネとシラーズのワインを生産するワイナリーがあります。ここに行けば、古代ペルシャの遺跡ペルセポリスを模した豪華な建物があり、その脇にあるガーデンにしつらえたテーブルに座って、そこで製造されたワインを楽しめるのです。
 
 このダリオッシュのオーナーであるダリオッシュ・ハレディ氏は、イラン革命によってアメリカに移住し、雑貨店の経営で財をなしてこのワイナリーを開きました。そしてワイナリーを通して、イスラム教がイランに伝播されるはるか前に培われたペルシャの文化をアメリカに紹介しているのです。彼のような人々が世界中で故郷である中東を複雑な思いで見つめているのです。
 そして、ダリオッシュに飾られているペルシャ絨毯も、バルチスタンに生きるバルーチ族によって紡がれていました。バルーチ族が活動するバルチスタンも、実はパキスタンの州でありながら、そこに住む人々は現在の国境を越えて活動していたイラン系の部族だったのです。
 

国境や宗派だけでは語れないそこに生きる人々のプライド

 21世紀になって、中東情勢が複雑になり、暴力の連鎖が続けば続くほど、我々はともすれば中東を一つの危険な地域という色眼鏡でみてしまいます。
 しかし、そこにある国境とは関係なく、人々がそれぞれの部族や民族としてのプライドを持ち、そこに豊かな文明があったことを忘れてはなりません。問題は、そうした人々のプライドが部族の対立、そして国家間の戦争へと拡大した背景に何があるのだろうということを考えたいのです。
 
「我々が心から言いたいことは、いかに欧米の人々が中東について無知かということなのです」
 
 シアトルに住む中東出身の友人が、以前このようにこぼしていました。
 欧米の植民地獲得競争や戦後の冷戦での利権の対立、さらにはインドとパキスタンとの宗教的な対立など、ありとあらゆることが中東の情勢を複雑にしてきました。そして21世紀になって、そこにあのバルチスタン州の事例のように中国の台頭も、現地での摩擦の原因となっています。
 
 中東のことは、そこにある国と国境、そしてそれぞれの国がどこの支援を受けているかという事実だけでは読み解けないということだけは、はるか東の彼方の島に住む日本人も知っておかなければならないのではないでしょうか。
 

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『日英対訳 英語で話す中東情勢』山久瀬 洋二 (著)日英対訳 英語で話す中東情勢』山久瀬 洋二 (著)
さまざまな宗教・言語・民族が出会う世界の交差点・中東の課題を、日英対訳で学ぶ! 2023年10月に始まったハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃と、イスラエル軍によるガザ地区への激しい空爆と地上侵攻は世界に大きな衝撃を与えました。中東情勢の緊迫化は、国際社会の平和と安定、そして世界経済にも大きな影響を及ぼします。地理的にも遠く、ともすれば日本人には馴染みの薄い中東は、政治・宗教・歴史などが複雑に絡み合う地域です。本書では、3000年にわたる中東・パレスチナの歴史を概説し、過去、現在、そして未来へと続く課題を日英対訳で考察します。読み解くうえで重要なキーワードや関連語句の解説も充実!

 

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