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社会のガードレールが維持できる欧米という社会

European leaders met on Thursday in Brussels for emergency talks on the Ukraine war and European defense.

(ヨーロッパの指導者たちは木曜日、ブリュッセルでウクライナ戦争とヨーロッパの防衛に関する緊急協議を行った)
― CNN より

右か左かだけではないヨーロッパの東西にある分断

 表題のように、ウクライナ問題が今ヨーロッパでの喫緊の課題になっています。
 確かに、ヨーロッパに来ると、とたんにウクライナ、そして中東やアフリカが近くなります。
 地理的に近いというよりも、こうした地域の動きを肌で感じるという意味での近さです。これらの地域からの難民や移民が市民権をもってヨーロッパで生活していることもあり、ニュースで中東などの事件を取り上げる頻度が日本などとは全く違うことも、その背景かもしれません。
 
 そんなヨーロッパの中に、よくいわれる右派と左派との分断とは別の、もう一つの目に見えない分断が存在します。それは東ヨーロッパと西ヨーロッパとの間にある経済的な分断です。
 
 例えば、東側のブルガリアでいうと、国民の平均年収は約190万円に過ぎません。ルーマニアは230万円、ハンガリーは270万円です。それに対して、西欧諸国の多くは700万円を超えています。ちなみに、日本は500万円です。もちろん、換算レート等によって多少の誤差があるにせよ、東西の格差は鮮明です。しかも、ウクライナでの戦争などの煽りで物価が高騰しているために政治も不安定です。
 
 ブルガリアの場合は少数政党が議会を分断しているために、なかなか安定した政策がとれません。「この5年間ずっと無政府状態さ」と市民は訴えます。
 
「EUの一員でいることはとてもうれしい。ただ、ユーロが高くなって我々はどんどん貧しくなる」
 
 ブルガリアはユーロではなく、自国の通貨を持っているためにそのようなぼやきがあちこちで聞かれます。
 この東と西の分断の中で、ウクライナへの対応で一致点を見出すのもなかなか困難です。
 

見えない“ガードレール”に守られた持てる国の楽観主義

 一方では持てる国の人々の中には、ある種の楽観主義がみられます。
 
「我々には見えないガードレールがあるんです」
 
 ドイツの友人はそう言います。その人はアメリカにも国籍があり、そのガードレールはアメリカにも当てはまると主張します。
 
「仮にトランプが大統領になったとしても、アメリカで人種差別が合法化されたり、言論への統制をしたりすることは絶対にできないように、国内の世論や政治体制には越えられない“ガードレール”が社会に存在する。逆にいえば、社会はその透明なガードレールに守られているわけ」
 
 彼は、ドイツで極右政党が第二党になったあとに他の党が連立を組んで社会のバランスを保とうとしたことを例にとって、それも社会に見えないガードレールがあるからだといいます。
 
 見えないガードレールがあるのはアメリカやドイツだけではありません。イギリスの場合も同様で、たとえイギリスがEUを脱退しても、ガードレールを解体したわけではないのです。ですから、ウクライナ問題でも、西欧側はウクライナへの一方的なサポートに対してそれほど躊躇なく一致点を見出すことができるわけです。
 
 そこでドイツの友人が私に問いかけます。
 
「日本はどう思う。日本にとってのガードレールはなんだと思う?」
 
 そんな質問を受けて即座に答えられたのは、
 
「他国と戦争をしたり、侵略をしたりしないことかな。あとはどうだろう」
 
 そう自らに問いかけて、日本に言論の自由があるだろうかと思ってしまいます。日本ではいわゆる同調圧力の強さが際立っていて、言論の自由が完全に保障されているとは思えないからです。
 
「そんなガードレールはあるはずがない」
 
 東欧の人はそう反論します。
 
「だから、我々はあえてウクライナの問題にも関わりたくない。こうした問題はどうせアメリカとロシアで片付けるはずだから」
 
と彼らはかわします。
 
 実際、東欧諸国にはいまだに紛争の火種がないわけではありません。自分たちがいつウクライナのようになってもおかしくないという気持ちが、彼らの頭のどこかにあるように思えます。その不安感が、ガードレールに守られている西欧の中には希薄なように思えるのです。その楽観主義への不満が、東欧のEU加盟国にとってはウクライナ問題に立ち入ることへの躊躇につながります。
 

日本に“ガードレール”はあるのか問うてみれば

 イタリアで仕事を終えて食事をしているとき、隣のテーブルにいたイギリス人の老夫婦から声をかけられました。
 レストランでのメニューについて楽しく意見を交換したあと、ふと彼らが最近アイスランドに旅行したことについて話し出しました。
 
 アイスランドといわれると真っ先に考えたのは、トランプがアメリカの州に編入したいと言い、宗主国のデンマークの怒りを買ったグリーンランドのことです。グリーンランドはアイスランドのすぐ側にある大陸です。
 そこで彼らに、「じゃあ急いでアイスランドに行ってみよう。急がないとトランプが領有すると言いはじめるから」とジョークをいうと、彼らは大笑いをして、いかにイギリス人がトランプのことが嫌いなのか話してくれます。
 
 そのとき、つくづくどんなにトランプが騒ごうが、イギリスはしっかりとしたガードレールに守られている国だなと確認しました。だから、こうしたジョークを交わしながら、アメリカの動向をシニカルに笑い合えるのです。株価などの経済的なインパクトを除いて、東欧の人々の中にある国際情勢の火花を受けるかもしれないという不安は、彼らの中にはないのです。
 
 そこで再び思い出したのが、ドイツの友人の質問です。
 
「でも日本には言論への変な圧力があって、社会もEU諸国同様に右傾化してきているように思えて心配なんだよ」
 
と私が答えた時のことでした。
 
 ドイツの友人が
 
「それは仕方ないよ。日本には中国という恐ろしい隣人がいるからね」
 
とコメントしたのです。
 
 欧米からみると、日本にはガードレールがないようにみえているのだと直感しました。確かに、地政学的にみた場合、東欧の置かれている位置と日本の置かれている位置には微妙な共通点があることは否めない事実です。
 
 グローバルな視点で世界を鳥瞰したとき、海外からみえている日本は、日本人がみている日本とは根本的に異なっていることを、我々はどこまで理解しているのでしょうか。外交政策等において、その認識を持って海外と接することが必要なのです。
 
 東欧と西欧との間にある分断は、EUの将来のあり方を占う上で重要なファクターです。その視点でみたときに、日本には言論の自由への検証も含め、日本なりの透明なガードレールをしっかりと建設する努力が必要だということを、ここで改めて強調したいと思うのです。
 

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