I grew up poor, in the Rust Belt, in an Ohio steel town that has been hemorrhaging jobs and hope for as long as I remember.
(私は貧しいラストベルトのオハイオ州の鉄鋼の町で育った。私が覚えている限り、この町からは雇用と希望という血が吸い上げられてきた)
― Hillbilly Elegy(J.D. Vanceの回顧録)より
米副大統領バンス氏が語るHillbillyと自身の生い立ち
アメリカの分断について、多くの人が絶望的な分断だと考えています。人種、貧富、教育の有無。こうした分断が、もはや治癒不可能なまでにアメリカ社会を蝕んでいると思っているわけです。しかし、本当に解決の糸口はないのでしょうか。
我々はこの課題を、もつれた紐を解くように、地道に、しかも頑固に解決してゆかなければなりません。それはアメリカだけはなく、世界の今後にも影響を与える重大な課題だからです。
それだけではありません。よくみると、この分断は欧米各地のみならず、日本社会にとっても鏡であることがみえてきます。
そこで、ここに一冊の書籍を紹介します。それは、アメリカの現職副大統領である
バンス氏(J.D. Vance)が2016年に著した
Hillbilly Elegyという書籍です。Hillbillyとは〔アメリカ南部の〕田舎者を卑下した言葉で、Elegyは哀歌や挽歌という意味の言葉です。
彼はトランプ大統領に忠誠を誓い、最も重要な側近としてホワイトハウスで活動している人物です。これを執筆した2016年当時、彼自身も将来自分がアメリカの副大統領になるとは思っていなかったのではないでしょうか。
バンス氏は、書籍の中でこう言います。自分はHillbillyの中にいたと。しかも、自分は白人ではあるが、多くの人が思っているような人種構造の上部にいる白人層だとは思っていないと。彼はスコティッシュとアイリッシュ、つまりスコットランドとアイルランドの祖先を持ち、中西部で崩壊した社会の中で貧困に悶える白人の子どもなのです。
「友人にボブという奴がいた」とバンス氏は述べています。彼には19歳で妊娠したガールフレンドがいて、経済的な重圧もあり、知人の紹介でバンス氏がアルバイトをしていたタイル屋で仕事をもらったのです。ちなみにバンス氏は、合格したロースクールに入学するために、重たいタイルの束をトラックに積み込む仕事をしていました。
ところが、ボブのガールフレンドは3日に一度は無断欠勤をする有様で、ボブ自身も1週間に一度は会社に来ないだけでなく、会社に来てもトイレといって30分も1時間も職場に戻りません。結局、彼もガールフレンドも解雇されることになったのですが、妊婦を解雇するのかとボブは雇用主に詰め寄ったというのです。
バンス氏はいいます。自分の周りはこんな連中ばかりで、今刑務所にいる知人もいる。そして彼の両親は離婚し、母親はドラッグ中毒で離婚と結婚を繰り返していると。バンス氏は高卒の祖父母に育てられ、親戚を見渡しても大学に進学した者はほとんどいないのです。
だから彼は自分のことを、よくステレオタイプにみられる社会の上層部にいる白人だと思ったことは一度もないと言い切るわけです。Hillbillyという言葉が、自分の家族の背景にはぴったりだというのです。

アメリカ、そして日本にもあるHillbillyと分断の影
バンス氏が住んでいた地域の近郊には、工場が点在し、日系の自動車生産工場も多くあります。以前そこを仕事で訪ねて工場を見学したとき、文字通りボブのような従業員がガムをかみながら、時にはため息をつきながら、決められた部品をドライバーではめ込んでいました。彼らの一日はそんな単調な仕事の連続です。それをみていたアメリカ人の同僚が、こういう連中がHillbillyなんだよと、帰りの車の中で笑いながら話してくれたことを忘れません。
特に、スコットランド系とアイルランド系の人々は、移民してきた頃から後発の移民で、しかも多くがプロテスタントではないこともあり、差別の対象になった人々です。ステレオタイプにいえば、酒焼けをした頬をした大柄なおじさんと、ショールをまとって、時には一人でピックアップを運転して雑貨屋に買い物にくるおばさん、といったところでしょうか。
アパラチア山脈の中には、こうした人々が多く住み、ヨーロッパから移住してきた頃の彼らの歌が、その後地元の人々の間で変容してカントリーミュージックとなり、その一部が南部から流れてきたブルースなどとも混ざって、ジャズの原点になったこともよく知られています。
そして、貧しい生活のなかで地元に埋もれ、教育の機会を失った彼らのライフスタイルが、一見怠惰にもみえるボブの姿なのです。ボブの中にある、救いようのない倦怠感がみえてきます。
それは、貧困層を象徴するかのようなラテン系や黒人系の人々よりもさらに絶望的な、社会の底に沈澱した白人系の人々なのです。彼らのフラストレーションが、今回のトランプ政権誕生の一つの要因といえるのです。
この地域の産業が輸入商品に押されて衰退し、ラストベルト(錆びついたベルト地帯)となり、そこで働いていた労働者たちが、本来は組合とも関係の深い民主党支持者だったところ、ボブの両親のような人々がトランプ支持に鞍替えしていったのです。
バンス副大統領はそうした背景をもちながら、高学歴をもった成功者としてその後政界にもデビューしたわけですが、彼自身は自分がHillbillyの出身で特別に選ばれた人間だとは到底思えない、というふうに語っています。
そして、詳しい理由はわからないにしろ、彼自身も最近カトリックに改宗していて、トランプ政権の移民政策を批判するローマ教皇への対応も気になるところなのです。
さて、ここまで書いたときにふと思い出すのが、私の故郷である九州の田舎や、東京の郊外などに住むボブと同じような人々と、都会で働く人々や知的階層にいる人々との分断です。パチンコ中毒になって借金を重ねる主婦が、私の知人の調停員のところで離婚調停を受けていたことを思い出します。這い上がれない無力感。さらに生活を充実させる術を失った若者のフラストレーションは、日本でも社会問題になっているはずです。
ある日、私の家にそんな若者をアルバイトで使っている中年の男がやってきて、市から委託を受けた福島原発被害の除染作業をしたいといったことを覚えています。その仕事は一部の軒先の土をとって、少し離れた森の中に埋めるだけです。
これで除染になったのか気にして訊ねると、「これで補助金がもらえるんだよ。もらえるものはもらわないと」という言葉が返ってきました。
横にいた若者は、終始無言で無気力な視線で横を向いていました。やるせない気持ちがしたことを覚えています。

これからの社会に欠かせない分断への処方せん
トランプ政権の評価はおいておくとして、この分断の原因をしっかりと掴み、そこへの理解と、理解から生まれる政策を地道に作ることが、分断を埋める唯一の鍵といえそうです。
明らかに民主党はその努力を怠ったことから、東西両海岸のより国際的に知的なレベルの高い人々のみからの支持しか受けられなかったことになります。この傾向は、今後のアメリカの動向を知るうえで重要なポイントです。
そして、日本でも日本のボブへの理解と、処方せんを親身に考えることが、これからの社会づくりには絶対に欠かせない課題なのです。
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