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気をつけたい言語の影に潜む異文化の罠

A cultural norm codifies acceptable conduct in society; it serves as a guideline for behavior, dress, language, and demeanor in a situation, which serves as a template for expectations in a social group.

(文化規範は、社会で許容される行動を定めたものです。これは、状況における行動、服装、言語、態度に関する指針として機能し、社会的集団における期待のひな形として機能します)
― Wikipedia より

韓国における「フラットな」もの言いと「言葉遣い」

 先日、韓国の編集者と食事をしたときのことです。
 彼は現在の韓国の状況について、いろいろと話してくれます。いかに社会がフラットになって、職場の環境も自由にものが言えるようになってきたかと彼は強調するのです。21世紀になって、若者の意識も大きく変わり、今や過去の歴史や民主化の問題にこだわっている人も減りつつあるというわけです。
 
 そんな彼が韓国語について解説してくれたときに面白いことを語りました。それは韓国語での丁寧語や敬語のこと、あるいは上下関係を区別するために使われる表現などについてです。
 会社に入った若者は、年上の人を呼ぶときに先輩という言葉を使用します。たとえば、「キム先輩」というふうに話しかけるわけです。同様に、丁寧な表現は社会を維持してゆく基本で、たとえ異なる立場の相手でも、年齢や地位が高ければ、ちゃんと丁寧な言葉を使うのが習慣です。その点、日本では若者の表現がカジュアルになりすぎてびっくりしてしまうというのです。
 
 最初に彼は社会がフラットになったことを強調していただけに、このコメントとの矛盾をどう説明したらよいのか、率直に尋ねてみました。
 
「もちろん、企業や組織文化の違いはあるものの、概して誰もが率直にフラットな感じで意見を言えるようになっているのです。でも言葉遣いは違います」
 
 彼は、そう言い切ります。
 
「たとえば、若い人が年長者に敬語や丁寧語を使わなくなったとき、それはその人との人間関係が文字通り終わったことを意味するんです」
 
 彼は、以前勤務していた出版社の社長と意見が合わず退職したことがありました。そのときですら、社長には最後まで丁寧語を使って退職を告げたといいます。そして、社長は彼に「しょうがないな、本気なんだな」と、まさに上司が部下に使う表現で応対したというのです。
 
 この丁寧語や敬語の使い方は、日本の常識以上に大切で、韓国での社会関係や人間関係を維持するための基本的なルールというわけです。フラットといえば、上司が部下に対して丁寧にものを言うようになる社会の変化だと日本ではとらえますが、韓国ではその差異が厳然とあるわけです。もちろん、日本にも似た文化背景があることは否めません。どんなに組織がフラットになっても、確かに言葉遣いをみれば、人と人とのヒエラルキーをうかがうことができるのです。
 

アメリカ、韓国、日本――それぞれに異なる文化規範

 この話を聞いたあと、あるセミナーでアメリカ人と打ち合わせをしました。
 アメリカ人の場合、たとえば裁判長の前であるとか、大統領や極端に敬意を表さなければならない相手以外に対する言葉遣いはフラットで、人と人とは我々が思っている以上にカジュアルに交流します。もちろん言葉遣いを変えることも、ごく一部の例外を除いて極めて稀です。
 ですから大抵の場合、私もアメリカ人と話すときはカジュアルに上下関係を意識せずにコミュニケーションをするのです。
 
 このように、言語がコミュニケーション文化に与える影響は、目に見えない分だけデリケートなのです。
 韓国の人が今の韓国の組織はフラットになっているとどんなに説明しても、もしアメリカ人が韓国語の機微を理解すれば、とてもそれを信じることはできないはずです。
 
 表にあらわれた現象だけで相手の文化を判断することの脅威が、そこにはみえてきます。仮に、韓国では以前よりも自分の意見をフラットに表明できるようになったとしても、あくまでそれは言語の使い方のルールを守ってのことだからです。アメリカ人のいう平等(イコール)とは、その言語感覚も含めたイコールなのです。ですから、アジアに来たアメリカ人が、アジアの国々も民主化して人と人とは平等だからといって、アメリカの常識で学習したその国の言葉を使い、交流しようとした場合、とんだ落とし穴にはまりこんでしまう恐れがあるわけです。
 
 辞書的に「イコール」という言葉を学習しても、文化によって「イコールな」コミュニケーションに必要なルールやアプリケーション(適用のしかた)が違うのです。そして、この微妙なアプリケーションの差異こそが、国際社会でのビジネスや政治上の誤解につながるのです。課題は、そうした表面にはあらわれない繊細な違いは、翻訳ソフトも卓越した通訳も、さらにはAIであっても、察知したり修正したりはしてくれないということです。
 
 もう一つ、象徴的な事例を紹介しましょう。
 「決裁」という言葉は英語で Decision making と訳します。しかし、同じ決裁でも、アメリカと日本とではその意味する本質に差があります。アメリカの場合は、前に進もうと決めることが決裁ですが、日本では前に進み、コンセンサスをとり、リスクを調整して、最終的にプロジェクトを開始する段階を決裁といいます。つまり、日本では「決裁」のあとは後戻りや変更が難しいのです。
 
 よくアメリカは契約社会だといいます。しかし、契約をしてもそこに不都合があった場合、それを話し合いによって調整することに対して、アメリカ人は柔軟です。逆に日本人は、日本人の感覚で決裁をして契約をするために、一度契約をしたことを遵守できないことは重大な信義則違反と解釈されかねません。
 
 決裁や契約という言葉を辞書的な意味ではなく、文化的な側面から解釈すると、そこには国や文化による微妙なニュアンスの違いがでてくるのです。
 

意思疎通は言語の学習と文化への適応の両輪による

 言語を学ぶとき、我々は同時にこうした言語の背景にあるニュアンスや、その言語に対する期待値などを押さえておく必要があるわけです。
 だからこそ、たとえTOEICで最高点をとった人でも、実際の業務では英語を使えない人が多いのです。言語の習得には言語そのものの学習と、それを使うコミュニケーション文化への適応訓練の双方が必要なのです。
 

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『絵で見る日常生活の韓国語表現』IBCパブリッシング (編)絵で見る日常生活の韓国語表現』IBCパブリッシング (編)
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21世紀に入って、間もなく25年を迎えようとしています。社会の価値観は、SNSなどの進展によって、よりミニマムに、より複雑化し、ややもすると自分自身さえ見失いがちになってしまいます。

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