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ジョージア州の事件で露呈した国内政策とグローバル経済の歪みと矛盾

US immigration agents arrest hundreds at Hyundai plant, mostly Koreans

(アメリカの移民当局はヒョンデの工場の職員を大量に逮捕。そのほとんどが韓国人)
― ロイター より

韓国自動車メーカーの工場でおきた不法移民摘発

 9月4日のことです。アメリカ・ジョージア州にあるヒョンデ自動車の工場に移民局の係員が捜査に入り、そこで勤務していた475名以上の外国人を不法滞在の疑いで拘束 するという事件がおきました。
 しかも、そのうち300名以上は韓国籍であったといいます。ヒョンデが同じく韓国のLGエナジーソリューションと合弁で建設している大規模な電池工場でのできごとです。
 
 アメリカは、トランプ政権になって以来、「アメリカファースト」をスローガンに他国に関税をかけ、アメリカへの投資を条件にその税率を緩和する戦略をとってきました。
 同時に、不法滞在者の摘発にも注力しています。今回、気になるのは300名を超える韓国人が、その不法滞在の対象として摘発されたことです。
 
 このできごとは、ある意味でグローバル経済の実情と、アメリカの国内政策との矛盾を露呈した事件といえそうです。さらに、これはアメリカのみならず、多くの国が内向きになっている現状との矛盾と言い切ってもいいかもしれません。
 その矛盾とは、企業の国外進出に必要な環境と、たとえば外国人労働者への規制とが両立し得ないということです。
 

困難な技術移転と徹底的な移民政策とのはざまで

 今回のような大規模な企業投資による工場建設は、ただ箱物を作り、現地の人を雇用すれば生産ができるという単純なものではありません。
 ヒョンデの場合、その基本的な技術は本社のある韓国にあるはずです。となれば、工場を建設すること一つをとっても、膨大な技術移転が必要です。
 
 製品を製造する技術だけではなく、生産ラインの管理などの基礎的な工程に至るまで綿密な技術移転が求められます。よくいうローカライゼーションとテクノロジートランスファーの過程が求められるのです。それをいかに効率よくこなし、現地の人材を育成して現地の組織に権限移譲を行うかは、その海外投資が成功するかどうかの鍵となるわけです。当然、そのためには膨大な社員の出張や駐在が必要になります。
 
 アメリカに外国人が出張する場合、B1というビザを取得して、現地での業務を手伝うことができます。しかし、このビザでは現地での就労はできません。そこで主だった駐在員には、その業務に応じてH、L、Eと呼ばれる種類のビザの発給が必要になります。ところが、移民への管理を厳しくしている関係で、そうしたビザの発給に際しての審査が厳しくなり、さらにその枠も大きく制限されようとしているのです。
 
 そうなると、まずB1で出張した社員が中期滞在をしながら、現地での指導にあたらなければなりません。緊急のときはB1ビザの発給を待たずに、まずは通常の旅行者として現地に出張することもおおいに考えられます。
 今回の事件は、そうした滞在者がアメリカで就労しているとみなされたのではないかと推測されるのです。
 
 さらに、こうした大規模な投資の場合、そこに駐在したり出張したりする社員や関係会社への福利厚生も考えなければなりません。
 慣れない海外での業務をストレスなくこなすためには、韓国企業の場合であれば、医療から駐在員の家族の教育や生活全般にわたって、韓国の環境をできるだけ維持した衣食住全般でのバックアップも必要となるはずです。
 そうした一般の人々の現地での韓国風コミュニティづくりも必要なのです。
 
 つまり、トランプ政権が推し進めている「優秀で資金を持った移民は歓迎」という政策とこの現実とは乖離しているのです。さらに、国家公務員の削減政策によって、リストラを進めているアメリカの在外公館では、ビザの発給サービス自体が人員不足によって遅延しがちという、もう一つの矛盾もあります。
 今回の摘発事件は、こうした背景すべてが負のベクトルにつながった結果おきた悲劇だと思われるのです。
 

政治家は内政だけでなく世界経済にも目を向けて

 これは対岸の火事ではありません。こうした多様な背景を知らずに、ただ海外からの移住者や入国者を規制する動きが、日本を含む世界各国でおきているからです。
 どこの国でも、政治家はそうした新しい傾向に敏感です。そうした傾向を察知して有権者の票を獲得して内政をスムースに進めるには、グローバル経済とは無縁だと思っている有権者にアピールすることが必須です。この内政のニーズと経済の実態との乖離が、今回のような事件の背景となったのです。
 
 気になるのは、台湾のTSMCのアリゾナ工場です。
 半導体は最先端の、かつナノレベルでの繊細な工程を経て生産されます。このテクノロジートランスァーは容易ではなく、すでに数年前からアリゾナ工場では現地従業員への台湾側の過剰な要求による摩擦が顕在化しているからです。
 
 QC、つまり品質管理は企業存亡の最も大きな課題です。技術の中枢となる本国の示す水準に現地の工場や企業が追いつくには、相当の試行錯誤と時間が必要です。そこに、トランプ関税や移民制限などの圧力が加わったとき、アリゾナの工場では予想を超える損失が生まれ、さらに稼働への時間的な無駄もでてくるはずです。そうなると、TSMCの九州への投資がアメリカの圧力で先送りされかねず、その波紋はすでに現実のものとなっているようです。
 
 今回のジョージア州でのヒョンデの事件が対岸の火事ではないということは、こうしたことからも指摘できるのです。
 
 政策立案者である政治家が、内政だけに目を向けて、支持率を気にして一見わかりやすい政策を立案すれば、それは確実にこうした世界経済への負のスパイラルを生み出して、最終的には我々の生活にも影響を与えることになるはずです。日本社会が苦しむ低賃金と物価高の課題を考えるときも、こうした世界経済との関係を押さえておく必要があることはいうまでもないことです。
 

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『日英対訳 英語で読む地政学』山久瀬洋二 (著)、エド・ジェイコブ (訳)日英対訳 英語で読む地政学
山久瀬洋二 (著)、エド・ジェイコブ (訳)
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