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アメリカ化に成功した寿司が新たなブームを巻き起こす

In 1985, when Molly Ringwald’s character in The Breakfast Club pulls out a bento box of sushi at the fictional Shermer High School, the other students are unnerved by this mystifying lunch.
In 2025, when lunch period starts at the real Stevenson High School in Lincolnshire, a Chicago suburb similar to the movie’s setting, students race to line up at the sushi bar in the school cafeteria.

(1985年、映画『ブレックファスト・クラブ』でモリー・リングウォルド演じるキャラクターがシャーマーという架空の高校で寿司弁当を取り出すと、他の生徒たちはこの奇妙な昼食を見てひいてしまったものでした。
そして2025年、映画の舞台に似たシカゴ郊外のリンカーンシャーにある実在のスティーブンソン高校で昼休みが始まると、生徒たちは駆けだして、校内食堂の寿司バーに列を作るのです。)
― New York Times より

友人のアメリカ人が故郷で始めた「食パン」ビジネス

 友人のアメリカ人が長年にわたる日本滞在を終えて、17年ぶりに故郷のメリーランドに戻って真っ先に始めたビジネスがあります。彼の住んでいる地域はワシントンD.C.郊外の多様な人々が同居する住宅地です。
 そこで、彼は自宅からオンラインでパンの販売を始めたのです。主力商品は食パンで、そのアイディアが浮かんだのは日本でのことでした。
 
「アメリカの主食はもちろんパンだけど、日本のあのやわらかい食パンは存在しない。あの味はきっとアメリカ人を魅了するはずだ」
 
と彼はいいます。
 
 彼は日本で神戸のパン屋さんなどに通って、食パンの製造方法を学びます。
 
「アメリカ人は細かいプロセスにこだわるのが苦手で、当たって砕けろというノリで物事に取り組むことをよしとする。でも、食パンの製造については、それではだめ。良いパンをつくるために、さまざまなデリケートなプロセスを踏まえなければならない。プロセス・オリエンティッド(process-oriented)の日本人にしかできない食パンに今チャレンジしているというわけ」
 
彼は、そう説明します。
 
 もともとシステムエンジニアでもありビジネスコンサルタントでもあった彼は、その知識も活用して自分のパン屋の受注発送システムをつくり、実に緻密にパンを製造します。売上は確実に上昇中ということでした。
 

アメリカで急速にファストフード化するSUSHI

 1970年代、日系人の需要に応え、シカゴで寿司がはじめて販売されたとき、誰も今のようにアメリカ人が寿司好きになることを予測できませんでした。
 すでに60年代にロサンゼルスのリトル・トーキョーでは、寿司屋がオープンしていたという記録もありますが、いずれにしろ、生魚を食べる風習が全くなかったアメリカでは、あくまでも日系人への特殊な食品でしかなかったわけです。
 
 寿司が受け入れられはじめたのは、その後アメリカならではの「巻き寿司」として知られるカリフォルニアロールが出来上がってからともいえそうです。海苔をご飯の内側に逆に巻いて、たとえばアボカドとマグロとを合わせて巻き込んだりする、日本の常識とは異なる新しい寿司がアメリカ人の支持を得たのです。
 確かに、アメリカの寿司屋に行ってカリフォルニアロールを頼むと、日本では味わえないアメリカの寿司に出合えて、それはそれでいいものです。
 
 その後、さまざまな巻き寿司が考案され、アメリカの寿司店は、それぞれ独自のロールをいくつも開発して競争をしているのです。あたかもバーテンダーが自前のカクテルを常連客に振る舞うように、そこの店に行けばこんなロールが食べられるというのも、アメリカでの寿司の楽しみ方といえましょう。
 
 私の友人が東海岸で本格的な食パンの販売を始めたのは、まだほんの一年前のこと。これがどこまで成長するか、寿司が市民権を得た歴史と比較しながら応援しているところです。
 
 最近、ニューヨーク・タイムズに面白い記事が掲載されました。
 今、寿司はアメリカで最も急成長の食品だというのです。確かに最近アメリカに出張すると、どこのスーパーマーケットでも中食産業の中に寿司が幅をきかせていることに驚かされます。それも、大都市だけではなく地方都市でも同様なのです。もともと食材に保守的な人々が、ファストフードとして寿司のパッケージを買って帰る光景にびっくりしたのは、つい最近のことでした。
 
 その理由は、コロナのパンデミックだったとその記事は解説します。毎日自宅に閉じこもっていなければならなかった当時、アメリカでは定番のピザなどに飽き飽きした人が、寿司のテイクアウトに飛びつきはじめたのがきっかけだったのです。
 それまでは、大都市のおしゃれでエキゾチックな食として評判を得ていた寿司が、一般大衆に一気に浸透をはじめたのです。
 
 面白いことに、そこにテイクアウトのための技術開発のストーリーがありました。ご飯が固くならず、生魚の鮮度も保ちながら、食中毒を回避していかに新鮮なまま寿司を楽しめるかという課題に、さまざまな技術者が挑戦し、独自のテイクアウトのためのパッケージ開発が進んだのです。
 パッケージのデザインには、Appleの著名なクリエイティブ・ディレクターだったクレメント・モック氏まで参画し、テイクアウト業界で熾烈な開発競争がはじまったというから驚きです。大手のスーパーマーケットチェーンの広報担当者が、寿司の需要は2019年には前年比50%の伸び率を示したと発表するほど、そのブームは全米の食品業界の注目を浴びているのです。
 

ビジネスのローカライズに求められる柔軟性

 友人の紹介する食パンも、あのカリフォルニアロールのような特別な味わいを持ったものを開発し、次第にアメリカ人の主食であるパンの食生活を変化させていけるかもしれません。ビジネスチャンスというものがどこにあるのかを知るための、興味深いケーススタディとなればいいなと思っているところです。
 まさか食パンがと思っている人が、脱帽する結果が楽しみです。
 ぜひ、寿司がアメリカで都会の高級店で食べるメニューから、スーパーマーケットで買えるファストフードへと変化していった過程と比較してみたいものです。
 
 逆にみれば、日本にマクドナルドやスターバックスが進出したときも、日本ならではの味付けや商品を提供し、日本市場に定着したことを考えれば頷けるかもしれません。スターバックスの日本一号店のオープンは1996年です。それからおよそ30年経過した今年は、2,000店舗を上回るのではないかと予想されています。
 では、アメリカの寿司レストランの数はどうでしょう。AIに検索させると、なんと2025年現在で17,301店舗となっています。驚愕する数字です。アメリカの消費者の底力を見せつけられる数字です。
 
 いずれにせよ、ビジネスを海外で展開する秘訣は、その国に合った商品への進化の過程が必要です。いわゆるローカライズに対して、柔軟な対応なしには、文化の異なる場所でのオリジナル商品の販売には限界がでてしまいます。
 カリフォルニアロールが日本に本格的に逆輸出されたらどうなるかと、日本で食パンを見つけてアメリカに持ち込んだ友人のアイディアからふと考えてみたのですが、いかがでしょうか。
 

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『日本の家紋 Family Crests of Japan』IBCパブリッシング (編)日本の家紋 Family Crests of Japan』IBCパブリッシング (編)
日本の伝統的デザインである“家紋”を文化的、歴史的背景からとらえた決定版! 日本では12世紀の公家時代から、家名を象徴するデザインが用いられてきました。本書は850点以上の家紋を収録し、デザインの元となったモチーフの解説、文化的背景、そして旗や看板、建物などにどのように家紋が用いられているかを写真で紹介します。デザイナーやイラストレーターはもちろん、本文はすべて英文なので、日本の文化に興味のある海外の方にもオススメの一冊です。

 

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