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選挙を動かす Wait and See というアメリカ人の価値観

“I think what I appreciated about the conversation that I had with the president was that we were not shy about the places of disagreement, about the politics that has brought us to this moment. And we also wanted to focus on what it could look like to deliver on a shared analysis of an affordability crisis for New Yorkers,” said Mamdani.

(「大統領との対話で評価できたのは、意見の相違や、現状への政治的経緯について遠慮なく話し合えたことです。同時に、ニューヨーク市民に住宅費高騰の危機があるという課題に共通の認識をもって、具体的な解決策をどう実現するかについて焦点を当てたかったのです」とマムダニは述べた)
― CBS より

トランプからマムダニへ――人々の意識変化と Wait and See

 一昨日、次期ニューヨーク市長に選ばれたゾーラン・マムダニ(Zohran Mamdani)氏がホワイトハウスを訪ねたとき、予測に反して友好的な会談ができたことを多くのメディアが伝えています。
 お互いにどのような意図があったのか、さまざまな憶測が語られます。
 
 ダラスで不動産事業と企業研修を兼業する50代の友人とランチを共にしました。
 「君は今でもトランプを支持しているの?」と私が尋ねると、彼はこのように笑いながら答えてくれました。

「とんでもない。前の選挙のときは経済的な閉塞感から、もしかしてトランプならと思ったのだけど、やはりとんでもない間違いだったよ」
 
 これは、今多くのアメリカ人が抱いている率直な気持ちかもしれません。
 前回の記事では、こうした意識が、ニューヨーク市長選挙においてトランプ大統領と全く逆の主張をするマムダニ氏への投票へと繋がった事実をお伝えしました。
 この友人には多くの甥や姪がいて、一人は大学を卒業してニューヨークで働いています。彼女も今回マムダニ氏に投票したということです。
 
 現地で、できるだけ多くの人にそんな意識の変化について尋ねました。
 
「われわれ40代以上の世代は、すでに何度も選挙や政治の動向を経験してきているからね。正直言って、今の政治家は誰も信用できないよ」
 
 ある学校の教師が語ってくれます。
 
「たとえばマムダニの主張は魅力的だ。でも、現実の政治や社会のしがらみの中で彼の公約を実現できるかといえば、それはそれで大変なはず。あれだけ大言壮語していたトランプだって、実際に職につくと、やりはじめたことがどんどん後退しているし。綺麗ごとだけに魅了されて投票行動を変えるのは、経験がなくSNSに翻弄されやすい若者世代だけだよ」
 
 こうしたシニカルな答えも、多くの人の意見を代弁しています。
 
 しかし、ニューヨークの有権者の多くは、マムダニ氏がどういう舵取りをするか、Wait and see、つまり見守ってゆこうとしていることは間違いないようです。
 
 アメリカの都市部でタクシーの運転手に話しかければ、そうした有権者の意識がよく見えてきます。運転手それぞれが、異なった地域からアメリカにやってきている人々だからです。
 彼らは大体ガーナ、ケニア、エチオピアなどのアフリカ組、バングラデシュや中国、あるいは北インドなどといったアジア組、さらにドミニカやエクアドルといった中南米組に分けることができます。おそらく一人として、生粋のアメリカ人はいないと言っても差し支えないほどです。この現象は日本では理解できない事実でしょう。彼らは今のアメリカの移民政策に一様に不安を抱いています。
 
「どこからって? ガーナの出身だよ。でも数年前にアメリカの国籍を取得できた。そして今息子はビジネススクールに行っているんだ」
 
 このガーナ出身の運転手は、息子のことが自慢で、毎日仕事に励んでいます。しかし、彼の同僚の中にはトランプ大統領の移民への強硬な政策に脅威を抱いていて、故国への帰郷をやめている人も多くいるといいます。再入国する時に送還されるかもしれないからです。
 彼はまさに、マムダニ氏に投票した一人ですが、その彼が言った言葉が、「他の候補よりはまともだし、でもやれるかどうか。これは Wait and see だね」ということでした。
 

Contingency(不確実性)への柔軟性と投票行動の変化

 アメリカでは、ビジネスなどにおいて100%の検証を嫌う文化があることを知っている人は多くないかもしれません。しっかりと準備をしても何が起こるかわからない。だから、30%から40%はそこに柔軟に動ける余白を作っておくべきだというのが、軍事から経済に至る政府の政策や、ビジネス界の戦略を決定する際にもよく語られます。いわゆる contingency(将来起こる不測の事態)への対応です。
 
 この contingency への柔軟なプランがない限り、企画を立ててもなかなか信用されません。逆に、ビジネスプランを強くアピールして、それが採用されるときも、採用する側は日本のように細かいリスクや検証漏れへの指摘はあまりしません。それをしたところで、contingency への対応はまさに予測できないからです。ですから、6割以上おもしろいと感じた段階で、プロジェクトが動きだすことも多くあります。
 これが今世紀初頭にあったITバブルの背景です。この発想が、一度決定したことを変化させることが苦手な日本にはない、アメリカ社会の柔軟性となるのです。
 
 同様の意識が有権者の投票行動にも大きく反映されます。
 つまり、マニフェストが語られたときに、人々は、面白いぞ、まずは様子をみてみよう(Wait and See)という姿勢に傾きやすいのです。この意識が、トランプ支持者がマムダニ支持へと180度ハンドルを切った大きな原因といえるのです。
 
 トランプ政権は、現在「エプスタイン・ファイル」問題で揺れています。未成年の少女らの買春や勧誘、性的行為の強要などで投獄され、その後死去した大富豪のエプスタイン氏について、同じセックス・スキャンダルに関与した人物の名前が含まれるとされる捜査時の関連文書が開示されることで、トランプ自身がそのファイルに載っているかどうか、アメリカ中が注目しているのです。
 議会の要求はあっても、政権側の圧力によるなんらかの改ざんがあるのではないかと大方の人は思っていて、大統領は極めてグレーでもやっぱり免れる、というのは多くの人の意見です。
 
 しかし、明らかに Wait and see という対応をした有権者の多くが、こうした大統領の資質に失望しはじめています。
 MAGA(Make America Great Again の略)という彼のスローガンを掲げる岩盤支持層はあっても、そのときの勢いで投票をした人の意識の変化は否めません。
 
 ただ課題は、中間選挙が来年の秋で、次の大統領選挙まではまだあと3年あるという事実です。この時間はアメリカ人にとって極めて長いのです。その間に何が起こるかによって、Wait and see という人々の姿勢が振り子のように振れかねないのです。
 選挙は最後の1か月で大きく変わるといわれています。であれば、今起きているさまざまな事件が今後の政局にどう影響するかは簡単に評論できないのが現状です。
 

根深い分断のアメリカ社会に生きる有権者たち

 
「引っ越しはよかった。でも一つ問題は、隣の一家がね、MAGAなんだよ。ほら国旗を庭先に掲げているだろ。彼はね、典型的なブルーカラー・ミリオネアなんだ」
 
 この言葉が心に残りました。これは、リタイアして郊外に引っ越した、あるビジネスコンサルタントの家を訪ねたときのコメントです。
 
 今、AIやITの浸透で、明らかにホワイトカラーの中に将来の職業への不安が広がっています。さらに、アメリカでの労働者不足から、いわゆる一部のブルーカラーの賃金が高騰していて、彼の隣人のように呼ばれる高所得者が増えつつあります。アメリカ社会のGAP(分断)の見えない、さらに深い実情がそこにあります。
 
 こうした人々の不安と Wait and see の意識とが交錯しているのが、今のアメリカに生きる有権者たちの現状なのです。
 

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