「世界の心の交差点で」〜コミュニケーションと誤解の背景〜

アメリカ人の上司になれず、苦しんだ物語


その人は、すでにノイローゼ寸前でした。
アメリカに赴任して既に半年、彼はいまだに部下の2人のアメリカ人のマネージに悩まされ続けているのです。

「彼ら、ともかく僕の指示を聞いてくれないんです。聞いてくれないから注意すると、逆に反論され、つっかかられて」

その人は、ぼそぼそと悩みを打ち明けます。
これはアメリカの小さな駐在員事務所でのこと。
オフィスが小さいだけに、そんな行き違いの毎日は彼にとってたまりません。

「それって、ごく簡単な指示なんですか?」

「ええ、例えば、ある書類を夕方までにまとめておいてといったような。でもまず間違いなく時間通りには完成しません。だからそれを注意すると、他にもやることがあるし、夕方までにやらないといけない理由もみつからないってくるんです。だんだん感情的になってしまい、君には責任感があるのかというと、どういうことだとつっかかってくるんです。僕には家族にも責任があるし、仕事にもある。誰だって社会に責任をもって生きている。あなたにそんなことをいわれる筋合いはないってくるんです」

事態は深刻だなって思いました。
でも、私にはコミュニケーションの糸がもつれた原因がなんとなくわかってきたような気がしてきました。

彼は、大きなため息をひとつ。そして続けます。

「アメリカ人はいつも言い訳ばかり。決して謝らない」

「そうですか。確かに辛いですね。でも、あなたの今のコメント、多くの日本人がアメリカ人に対して思っていることです。決してあなただけが悩んでいるのではないんです」

「そうなんですか」

「ええ、でも日本人がそう思っているとき、アメリカ人も同じように日本人に不満を持っているんですよ」

「どんな?」

「よくあるのが、日本人はいつもはっきりものをいわず、フィードバックがない。だから自分がどう思われているかわからなくなるというような。またあなたのケースでは、アメリカ人はきっとあなたが決して自分の力量や達成したことを認めてくれないって不満をいだいているかもしれませんね」

実際、ある日本の商社では自分はいつも否定されていて、そこには人種的な優越感すら感じてしまうと言ったアメリカ人がいました。ここまでくると事態は相当深刻です。実際、その商社でも、日本人の指示の出し方を巡って深刻な「異文化紛争」がおきていました。
私はそこでのケースを思い出しながら、この日本人の駐在員にアドバイスをすることにします。

「まず、考えましょう。慣れない英語で指示を完璧にだすことはほぼ不可能だということを。だから、相手が指示をちゃんと理解できたかを確認し合うようにしてはどうでしょう」

「確認ですか」

「そう。まず Am I clear? などという言葉を使っても構わないので、相手がちゃんと理解したかチェックをするのです。さらに、相手にもしわからないことがあれば、どんどん確認して誤解を埋める責任を担わせましょう。レポートの提出期限の確認だけではなく、それまでにちゃんと完成できるかどうか相手からもあなたに事前に話してもらい、難しいようだったら、その場で今その人が抱えている仕事のプライオリティを整理するなどして、締め切りを守れるよう、一緒に合意に至るまで話合うのです」

「じっくり話し合わなければならないのですね」

「ただポンと指示をだすよりは、確かに時間はかかります。でも、こうして合意をしておけば、後で誤解に苦しまなくてもすみますよ。そして、それでもこちらの要求通りにレポートが完成しなければ、部下の責任になるわけですから。事前に合意をとることはとても大切なのです。おそらく、あなたの場合、指示をただ一方的に出して、相手がそれに 100% 応じるだろうという期待だけを自分で抱いていたんでしょう」

「だって、彼は私の部下ですから」

「そこなんです。部下といっても、人としては平等だと多くの欧米の人は思っています。ですから、理不尽だと思えば上司にも反論します。だからお互いに理不尽だとか、指示の理由が不明瞭だとかといった積み残しがないように、ちゃんと合意する必要があるのです」

「なるほど」

「それには、Do you have any question? といったような質問をして、相手が同意しているかどうかチェックする行為も大切です。また、相手から積極的にチェックしたり、レポートなどの作成途上で困難などがあったとき、そこでもどんどんこちらに働きかけてくるように促し、合意してもらうことも大切です」

「充分にコミュニケーションをとるわけですか」

「そうです。英語の世界では、一を言って十を理解してもらうことは不可能です。十を理解してもらうには、双方向からチェックして課題をつぶすことがなによりも大切です」

私は、そう解説したあとに、相手との緊張感を緩和するもう一つの戦略を語りました。

「もう一つ。相手とトラブルがあったとき、ただ一方的に注意をするのではなく、相手の言い分を言い訳と思わずにじっくりと聞いて、一理ある部分がちょっとでもあれば、そこを敢えて聞き取って、褒めてあげます。相手の能力のある部分を認めてあげるのです。その上で改善点を合意します。相手を認めてあげることによって、部下のモチベーションは向上します。その上で、さらに改善に向けて努力してもらうのです」

彼の場合、一度糸がもつれている以上、さらにじっくりと部下と話し合う機会が必要です。
そのときに、今のように相手の良いところは認め、次に誤解を解くには双方どのような努力が必要かを話し合います。話し合うことは、相手が自分という人格をちゃんと認めてもらっているというプラスの印象をこちらに持つ大切なプロセスです。それがあってこそ、その向こうに合意が形成されるのです。

異文化環境で部下をマネージする上司には、指示や命令を出し、部下を率いるのではなく、部下と話し合い、最善の解決策を導きだすファシリテータとしての能力が求められます。
より効果的なファシリテーションをし、そこから部下のモチベーションを向上させ、ゴールに共に向かう環境を整えることが、グローバルなビジネスでのリーダーシップの取り方なのです。

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