「世界の心の交差点で」〜コミュニケーションと誤解の背景〜

多彩な文化が交差するグローバルなビジネス環境


Deductive or inductive? High contents or high context? Individual or group? And equality or hierarchy?
(ワシントンポスト より)

詳細重視か総論重視?阿吽の呼吸かロジック重視?自らの判断を重視、それとも集団の判断を配慮?そして、万人は平等と思って自ら進んで行動するか、それとも人の背景に敏感か?

今シカゴへのフライトの中でこの記事を書いています。

私にとって、通奏低音のような飛行機のエンジンの唸りを聞きながら、就寝中の暗い機内でコンピュータに向かう瞬間は、「またここにいる」と思わせる、ちょっと落ち着いたひとときです。
これから仕事で、アメリカ中西部のセントルイス、そしてニューヨークへと旅をします。
今回は、そんな機内で思索をしながら、いつもとは趣向を変えて、海外の人とのコミュニケーションという課題についてまとめてみたいと思いました。

海外のニュースを読むとき、そして海外でビジネスをするとき知っておきたいことは、我々が常に異文化という環境に晒されているという事実です。
国や地域には、独自の常識や宗教観、価値観があり、現地の人はそうしたものに従って相手を判断し、自らも行動しています。しかし、それらの価値観は視聴覚では捉えられません。見えて (聞こえて) いるのは、その結果としての相手の言動だけなのです。そんな言動を見聞きして、それを自分の価値観で判断するというプロセスを我々は繰り返しているのです。
ですから、相手が自分の価値に従って行動したことが、こちらからみると不可思議に見えたり、時には不愉快に映ったりすることもあるのです。もちろん逆も真なり。日本人の行動が相手からみると変に見えることがあるのも、こうしたプロセスが働いているからです。

もちろんどの文化にもそれに従った典型的な行動をする人とそうでない人がいます。とはいえ、一つの文化に属する人には、ある程度共通した行動パターンがあるのも事実です。そんなパターンについて、ちょっと考えてみましょう。

例えば、deductive cultures という概念があります。これは、ビジネスなどで、何かプロジェクトを進めるにあたって、まず全体観や総論に賛同し、とりあえず前に物事を進めることに積極的なビジネス文化を有する人々です。例えば韓国やイタリアの人々の多くがそれにあたり、アメリカ人もどちらかといえば、そうした人が多くいます。しかし、一般的に日本のビジネス文化はその逆です。総論ではなく、細かい検証や数字を先にしっかりと詰めなければ、物事は前に進みません。この日本型の行動様式を持つ文化は inductive cultures です。

ですから、アメリカや韓国の人は決裁を早くしたがります。それに対して、日本では決裁に時間がかかります。決裁を早く進めたがる人々は、決裁した後に状況に応じて試行錯誤をすることに柔軟です。しかし、しっかりと検証して決裁をする人々は、決裁した後の変化を嫌います。これが日米や日韓の摩擦へとつながります。ニュースの上でも、日本政府は一度合意したことなので、相手国が今更変更を言ってくることは、何々談話や議定書に反して極めて遺憾であるなどという報道がありますが、その背景には以上のビジネス文化の差異からくる誤解があるのです。

次に、島国の中で生活してきた我々は、基本的に言葉に頼らず相手とコミュニケーションをすることに慣れているという事実を説明しましょう。
文字に頼る場合でも、ロジックの詳細な説明が不十分なのです。こうした文化を high context cultures といいます。逆に多くの人が交錯する大陸国家や移民国家では、相手に詳しく説明をしなければ意図が通じません。日本人からみれば、しつこいほど明解に語らない限り、それが誤解の原因となるのです。この文化を high contents cultures といいます。日本人がどんなに英語が流暢でも、表現が曖昧なために誤解を産むのは、そんな文化背景の違いがあるのです。

さらに、high contents cultures の人々は、自らの意思を積極的に表明することに躊躇がなく、むしろそれが良いことだという常識を持っている人が多くいます。いわゆる「私」、つまり「I」の価値を重んずる individual な文化と、人との融和を先に考える group 志向の文化との違いです。アジアの多くが後者にあたりますが、日本はその中でも際立って group oriented culture です。また、こうしたアジア型文化圏に代表される人々は、相手の地位や立場に individual oriented cultures の人々より遥かに気を使う傾向にあるのです。逆に individual oriented cultures に属する人々は、そうした意識が相対的に希薄で、どんどん自らの意思を表明する傾向があります。それは、hierarchy を重んずるか equality を原則とするかというコミュニケーション文化の違いです。

英語ができても、こうした文化背景の相違を知らずに相手と接すると、思わぬ誤解のスパイラルに陥ることがあります。海外でのコミュニケーションの成功の是非が、英語力だけではなく、異文化への柔軟性と対応能力によって大きく異なる背景もそこにあるのです。

人々はこうした各々の文化背景に従って、さらに個性にも影響された多様な行動や意思表示をしています。ですから、個々人を理解することも同時に大切です。韓国政府が、こういったからと報道され、「だから韓国人は…」と思ったり、アメリカのメディア報道をみて、「やはりアメリカ人は…」と判断したりすることこそ、浅薄なナショナリズムにも繋がりかねません。こういった考えがステレオタイプの原因となる危険なプロセスであることを、知っておかなければなりません。

もちろん、日本へのステレオタイプについても、我々自身がしっかりと説明することが大切です。説明方法を習得するためにも、相手の思考回路に合った説明をここで記した異文化のトレンドを理解して進めることが求められるのです。

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