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ステレオタイプに陥り、判断を誤らないために

あるドイツ人が、過去に会った日本の顧客を再度訪問したいと連絡してきました。その打ち合わせのために、日本時間の午後6時、ドイツの午前11時にスカイプをつないで話し合いを持ったのです。

「あの人に会ってもう一年になります。でもまだ具体的なビジネスにはなっていませんね」

「おそらく、すぐに先方が発注してくるとは思えません。できるだけ資料を送り、こちらのサービスについて説明をしておくことが大切です。そうすれば、ニーズが合ったとき、向こうから連絡をしてくるはずです。相手に無用のプレッシャーを与えると逆効果。じっくりと構えてゆきましょうよ」

「そうか。日本は決裁をするのに時間がかかるからねえ。本音と建前を見抜かなければね」

「よくご存知ですね」

「日本人とビジネスをするには一に忍耐、二に忍耐、三にもさらに忍耐というわけかな」

「そうともいえませんがね。日本のマーケットに合致するものをタイミングよく、さらにライトパーソンにプレゼンしないと、何をやっても空回りしてしまいますよ。確かに、決裁までに時間がかかることはありますが」

「決裁には根回しが必要だってやつですな」

「まあね。私の場合、最初のコンタクトから受注まで18ヶ月はかかるものと思い、その間は適宜に間合いをおきながら、相手に情報を提供しながらコンタクトを続けたりしているケースもありますし」

「じゃあ、今回の訪問も人間関係造りということで、相手の方々を夕食に招きましょう。日本ではノミニケーションという言葉がありますよね。まずは食事をして、お互いによく知り合うことが大切なんでしょ?」

「いえ、そんなにまだ深い人間関係を築いているわけでもないから、今回は訪問だけにしておきましょう。昔と違って、今の日本人は必ずしもアフタファイブの付き合いを好むわけではないんです。却って押し付けがましく思われ、敬遠されるかもしれませんし」

「そうですか。韓国の人なんか、午前中のアポで相手のオフィスを訪ねても、よくランチに誘われるし、午後遅くなるとそのまま夕食ということも多々あるのに、日本は違うんだ」

「昔は、そうだったかもしれない。でも、今の日本人は思っているよりビジネスライクだし、仕事と個人の時間もしっかりと分けている人が多いんです」

このドイツ人は昔日本に駐在したこともあり、日本のビジネス文化にはある程度の知識も持っています。 
でも、顧客を開発するときに「ノミニケーション戦略」をすぐ導入しようというのは、ちょっとしたステレオタイプかもしれません。
彼の知識は知識として尊重するものの、日本のビジネス文化を象徴する用語をどんどん出して私に語ってくることに、抵抗がないわけではありません。
確かに、一つの国の文化を完全に理解し、臨機応変に使いこなすことは、並大抵なことではありません。彼は日本文化に接して、それを消化しながらも、得た栄養と消化不良との狭間で試行錯誤しているのでしょう。それが、異文化を理解するプロセスでもあるのですが。

しかし、その中で注意したいことは、日本人はこうだとか韓国人はああだとか思い込んでしまい、その知識を過信してしまうことです。その思い込みは、時としビジネス上の失敗にもつながりかねないリスクを含んでいます。

「日本人にも色々な人がいますよ。全ての人が同じではなく、個性や育った環境によって、それぞれにアウトプットも変わってくるわけですから」

「確かにそうですね。でも、私が今まで得てきた日本に関する知識は、世の中が変化してきて使えなくなったのでしょうか?ちょっとショックだなあ」

「そんなことはないんです。あなたの語っていることは全て正しい知識なんです。でも、考えてみてください。これは、知識と理論だけでスポーツをしても、実際にはうまくいかないことと同じなんです。現場での実践の積み重ねの中で、相手の世代や経験、個性やそのときにおかれている状況など、様々な要素に接して経験を積んでゆく必要があるのです。その状況をみたときに、あなたのもっている引き出しから何を、どれくらいのボリュームやインパクトで出してゆけるかを判断できるようになればいいのです。異文化の体験は、例外と大半の人に共通したパターンとが錯綜した空間での体験に他ならないというわけです」

私も、そのドイツ人も、これからも異なった文化背景からやってくる人々との試行錯誤を続けてゆくはずです。
知識は持ちながらも、最初からステレオタイプに接することなく、相手の状況を把握してゆく技術。それを習得することが、異文化ビジネスコミュニケーションの世界では必要なのです。

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山久瀬洋二・著
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